Mizudori’s home

二次創作まとめ

湯気の向こうに知らない世界

【タイユニ】

ゼノブレイド3

■ゲーム本編時間軸

■短編

 


エルティア海を漂う船の上。一行はコロニーの協力者から依頼された素材集めのため大海に連なる離島を巡回していた。
船の操縦を任されているリクの運転は苛烈極まるが、数時間と乗っていればそれなりに慣れてくる。
今日もまた海上でモンスターと戦闘を終えたばかりの6人が甲板から操縦室へと戻ってきた。
操縦桿を握っているリクの隣でおやつを頬張っていたマナナが振り返り、“お疲れ様デスも”と微笑んでくる。


「さっきのモンスター、ちょっとばかしヤバかったな」
「そうだね。船をひっくり返そうとするんだもん。びっくりしちゃった」


自分の席に座りながら、ランツとセナが笑い合う。
つい先ほど一行が相手にした巨大なシルドンは、その巨体で大波を起こし、船ごと転覆させようとしていた。
その前になんとか撃破できたから良かったものの、もう少し決着が遅れていれば6人と2匹は海の藻屑となっていただろう。
それも、敵の注意を引き続けていたユーニとタイオンの功績が大きいだろう。
戻ってくるなり自分の席にどっかりと座り、ため息をつきながら腕を回しているユーニは相当疲れた様子を見せていた。


「ユーニ、大丈夫?」
「ん?あぁ……慣れねぇブレイドだと肩が凝るなぁって」


ミオからの問いかけに応えながら腕を回すユーニ。
確かに彼女の関節からはコキコキという小気味よい音が聞こえてきている。
ユーニは数日前から、一行の戦闘バランスを考えディフェンダーブレイドを装備していた。
なんでもそつなくこなす器用な彼女だが、本来の得意分野はヒーラー。
相手の攻撃を一身に受けて仲間を守るディフェンダーは彼女の適正とは正反対の役割だ。
仲間たちとのためとはいえ得意ではない役割を続けていくことはかなりの気力を要する。
戦闘のたび疲れた顔を見せるユーニを、仲間たちは常々心配していた。


「同感だ。ディフェンダーは敵の攻撃を受けやすいがゆえに疲れる。ランツはよくこんな役割をずっとやってきたものだな」
「少しは俺の凄さが分かったか?タイオン」
「癪だがな」


眼鏡をかけなおし、ため息交じりに言うタイオンの表情にも、疲れの色が滲んでいた。
ユーニと同じく、タイオンも数日前からディフェンダーを務めている。
プライドが高いため決して口には出さないが、支援を得意とする彼にとってもまた、ディフェンダーはそこまで得意な役割とも言い難い。
素材集めの手伝いを連日行っているせいで、一行は暫く何処のコロニーにも立ち寄らず野宿が続いている。
慣れない武器に悪戦苦闘しているうえ、暫く布団で眠っていないともなれば、疲労が蓄積しても無理はない。
2人そろって疲れ切った顔をしているユーニとタイオンの様子に、ノアとミオは顔を見合わせた。


「これ以上タイオンとユーニに無理させるのは厳しいかもしれないわね、ノア」
「そうだな。とはいえ、ここからどこかのコロニーに立ち寄るには少し距離があるしな…」
「だったらあそこ行けばいいも」


操縦桿を握っている耳とは反対の耳でリクが指したのは、進行方向の景色を映し出しているモニター。
そにに映っていた島は、以前一行も訪れたことのある島だった。


「あれは…以前イスルギ軍務長と訪れた島か」
「オンセンがあったところだよね!」


セナの問いかけに、タイオンは当時のことを思い出しながら“あぁ”と頷いた。
疲れたイスルギに癒しを与えるため訪れたあの島で、ユーニによってオンセンへと蹴落とされてしまったのは記憶に新しい。
熱湯の中に着衣のままダイブしてしまったおかげで散々な目に逢ったものだ。
あれ以来あの島を訪れていなかったが、どうやら知らぬ間に近くまで来ていたらしい。


「そういやぁ、あのオンセンには傷を癒す効果があったんだっけか」
「そっか。オンセンに入ればユーニとタイオンの疲れも取れるかもしれないわね」
「あの島なら30分もあれば着くも。寄るなら今のうちも」


この広大なエルティア海では、たとえ船があったとしても島から島を移動するのは非常に時間がかかる。
この機を逃せばあの島に立ち寄るチャンスはもう巡って来ないかもしれない。
話し合いの結果、一行の船は例の島に停泊することとなった。
桟橋のない砂浜近くに船を寄せ、6人と2匹はその島に2度目の到来を果たす。


「じゃあ俺たちは頼まれてた素材を探しに行くから」


砂浜に降り立って早々、ノアがそんなことを言い出した。
まっすぐオンセンに行くものだと思っていたタイオンとユーニは驚き、互いに顔を見合わせる。


「なんだよ。ノアたちはオンセン行かないのか?」
「俺たちはそんなに疲れてねぇしな。なぁ?ノア」
「あぁ。ユーニとタイオンの二人で行ってきたらいい。二手に分かれて行動したほうが時間短縮にもなるしな」


収集の依頼をされていた素材はこのエルティア海で多くとれると聞き及んでいたが、当初の想定よりも集まりが悪く、進捗はあまり良くなかった。
この島ではまだ探索したことがなかったため、くまなく探して素材を集めたいところだが、依頼者をこれ以上待たせるのも悪い。
少しでも時間を短縮できるのであれば、二手に分かれて行動したほうが効率がいいというノアの意見はもっともであった。
 
自分たちだけ休息をとることに若干の罪悪感を感じたものの、それが一番効率的だと言われれば断る理由もない。
素材集めのため島の奥へと向かったノアたちに手を振り、タイオンとユーニは共にオンセンがある丘へと向かい始めた。


「オンセンか…。イスルギ軍務長と言った時以来だな」
「だな。あの時はタイオンがウキウキで飛び込んじまって大変だったよなぁ」
「あれは君が蹴落としたんだろうが」
「あれぇ?そうだっけ?」
「ったく…」


ニヤけた顔で視線を逸らすユーニ。
タイオンをオンセンに突き落としたことを忘れたフリをしているようだった。
あの時は散々だったが、確かにオンセンの中は非常に心地よかったことを記憶している。
以前教わった作法通りきちんと服を脱いで浸かれば恐らくもっと大きな癒しを得られるのだろう。

服…。服、か…。

ふと、隣を歩くユーニへと視線を向ける。
自分よりも低い背、華奢な体格に、豊かに膨らんだ乳房と柔らかな曲線を描いた体つき。
自分やノア、ランツたちとは違う体のつくりをした彼女を視界にとらえ、タイオンは思わずごくりと生唾を呑んだ。
そんな彼の視線に気づいたのか、ユーニが怪訝な顔でこちらを見つめてくる。


「なんだよ?」
「えっ?」
「今ガン飛ばしてただろ?オンセンに蹴落としたこと、未だに根に持ってんのか?」
「い、いや違っ…!確かに根には持っているが…!」
「持ってんのかよ!悪かったって言ってるだろ?」
「……」


呆れたようにため息を零すユーニ。
そんな彼女から焦ったように視線をそらしたタイオンは、内心穏やかではなかった。
 
ユーニたちと出会ってから、もっと言えばインタリンク出来るようになってから、これまでの常識を揺るがすようなわずかな心情な変化を感じ始めている。
今までは異性と一緒に風呂を共にしても何も感じなかったのに、今ではそういう場面を思い浮かべるたび心がざわつく。
コロニーにいたころ、男も女も皆一緒に平気な顔をして裸の付き合いをしていたあの頃がまるで嘘のようだ。
 
失念していたが、オンセンに入るということはつまりユーニの前で裸になるということ。そしてユーニの裸を見るということだ。
そんなことが出来るのだろうか。考えれば考えるほど、心臓の鼓動がどんどん激しくなっていく。
まずい。やっぱり引き返すか?適当な理由をつけて自分だけ断るか?
そう考えているうちに、勾配の先に昇り立つ湯気が視界に入ってきた。


「あ、着いたぜ。オンセンだ!」


独特な匂いが立ち込める中、二人はとうとうオンセンへとたどり着いた。
見たところモンスターの姿もなく、貸し切り状態のようである。
あぁ、着いてしまった。
タイオンの杞憂など知る由もなく、ユーニは早速上着を脱ぎ始める。


「おっしゃ。じゃあとっとと入っちまおうぜ」
「ま、ま、待った!」
「ん?」


上着を半分脱ぎ、白い肩を露出させ始めるユーニに焦ったタイオンは、眼鏡を抑えながら急いで制止した。
衣服を脱ごうとしている手を止めたユーニは、切羽詰まった様子のタイオンを不審に思い首をかしげている。


「そ、そこで脱ぐのか!? せめて向こうで…」
「はぁ?なんで別々に脱がなきゃいけないんだよ」
「それは…。いや、だったら別々に入ろう!最初はユーニ、そのあとに僕が…」
「あのなぁ、出来るなら時間短縮したほうがいいってノアも言ってただろ?別々に入ったら時間かかっちまうだろ」
「うっ…」


普段は論理的な思考を忘れないタイオンが、ユーニの正論に手も足も出なかった。
言い返す言葉もなく、口を噤んでしまう。
それを良しをとらえたのか、再びユーニが上着を脱ぎ始める。
そしてついにインナーに手をかけ始めた時、タイオンの動揺も最高潮に達してしまう。


「ま、待て!待ってくれ!」
「なんだよもう」
「せ、せめて別々の場所で入ろう!奥!奥で入ってくれ!あの岩陰のむこう!僕は手前で浸かってるから!」
「はぁ…。はいはい、わかったよ」


至極あきれた様子でため息交じりに吐き捨てると、ユーニは再びインナーに手をかける。
咄嗟に背を向け、彼女を視界に入れないよう目をそらしたタイオンだったが、背後でユーニが服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえてきた。
すぐ後ろで、ユーニが服を脱ぎ捨てている。その事実が、タイオンから冷静さを徐々に奪っていく。
 
やがてバシャンというオンセンに飛び込む音が聞こえて、彼女の気配が次第に遠ざかっていった。
振り返るとやはりそこにユーニの姿はなく、彼女が先ほどまで着ていた衣服が乱雑に放り出されている。
バクバクと主張する心臓を抑えながら、タイオンは一人息を呑んだ。

戸惑っている場合じゃない。
自分もさっさと入って疲れを癒さなければ。
ディフェンダーを務めている自分が疲れていては仲間に迷惑が掛かってしまう。
そそくさと服を脱ぎ、眼鏡をかけたままオンセンに足をつける。
ゆっくりと肩までつかれば、全身にたまった疲労感が溶けていくような感覚に陥った。
あぁ、これはいい。しばらく浸かれば、きっと疲れも癒えるだろう。


「はぁー…なんか気持ちいいな、タイオン」
「あぁ、そうだな」


背にしている岩場の向こうから、間の抜けたユーニの声が聞こえてくる。
彼女もまた、オンセンに心も体も癒されているようだ。
このオンセンという場所には、コロニーの風呂とはまた違った癒し効果がある。
どんな原理なのかは知らないが、傷が癒える魔法の湯、と言ったところだろうか。
こんなに気持ちがいいなら、毎日でも浸かりたいほどである。


「ところでさ、タイオン」
「ん?」
「なんでお前、そんなにアタシとオンセン入るの恥ずかしがってるんだよ」
「なっ…!」


不意に投下されたユーニからの爆弾のような質問に、タイオンは狼狽する。
何故、と言われてもタイオン自身分かっていないので答えようがない。
むしろこちらが教えてほしいくらいだ。


「恥ずかしがってなんて…」
「いやいや絶対恥ずかしがってんだろ。大体……うわっ!」


突如、ユーニの叫び声が岩陰の向こうから聞こえてきた。
オンセンに浸かっているだけなら決して出さないようなその声に、タイオンは驚き肩を震わせる。
水が跳ねる派手な音が数回聞こえたと思ったら、すぐに静寂が訪れた。
岩陰の向こうで何が起きているのだろうか。


「ユーニ、どうした?」


湯気の向こうにいるであろうユーニに声をかけるが、反応はない。
どうする?様子を見に行くか?
だが、今は互いに裸だ。行っていいものだろうか。
いや、もしも彼女が溺れでもしていたらそれはそれで大惨事になる。
切羽詰まった声だったし、何かあったのかもしれない。
これは身の安全を確保するための正当な行動だ。やましいことなど一つもない。
自分自身に言い訳を並べながら、タイオンは意を決して岩陰の向こうを覗き込んだ。


「ゆ、ユーニ!?」


するとそこには複数のターキンと、岩に寄りかかるようにして気を失っているユーニの姿があった。
恐らくこのターキンに背後から不意を突かれ気絶させられたのだろう。
ターキンは目を閉じているユーニを取り囲み、今にも襲い掛からんとしていた。
まずい。助けなくては。
咄嗟に自らのブレイドを取り出したタイオンは、神速の勢いでターキンたちを蹂躙する。
多勢に無勢であったが、相手が弱小だったためか、少し傷付けただけで怖気づき一匹残らず逃げ出していった。


「はぁ…はぁ…よし」


なんとか片付いたか。
去っていくターキンたちの背を見つめながら、ブレイドを手放し安堵したその瞬間、今置かれている状況のまずさに気が付いた。
今自分は裸で、すぐ近くで気を失っているユーニもまた、裸である。
普段の彼女ならあのようなターキンごときに後れを取るわけもないが、丸腰で、しかも背後から不意を突かれたとなれば不覚を取っても無理はない。
気を失っているユーニの方へと恐る恐る近づき、彼女の華奢な肩を掴んで少しだけ揺らしてみる。


「お、おいユーニ、しっかりしろ。ユーニ?」


だが、何度揺り動かしてもユーニは目を覚まさない。
今目を覚まして互いの裸を目視しあうのも気まずいが、このまま目覚めないのはもっとまずい。
高温の湯に体を浸し続ければ、いずれのぼせてしまうだろう。
せめてオンセンから出してやらなければ。
白濁した湯に浸かっているユーニの体に視線を移し、タイオンはぐっと息を呑む。
湯から出すには彼女を抱き上げる必要がある。そうなれば必然的にユーニの裸はあらわになり、視界に入れざるを得なくなる。
だがこれも仕方のないことだ。そう、不可抗力なのだ。

すまないユーニ。

心の中で謝りつつ、タイオンは彼女の膝裏に腕を差し込み、横抱きにして抱き上げた。
力の抜けたユーニの頭がタイオンの鎖骨に寄りかかる。
彼女の頭から生えた白く美しい羽根が肩にあたり、なんだかこそばゆい。
彼女の白い腕が、柔らかな太ももが、豊かな胸が、体に触れる。
落ち着け、冷静になれ、無心になるんだ。
そう自分に言い聞かせながら、タイオンはユーニを抱き上げたままオンセンから出るのだった。


********************

頭がぼんやりする。
体中がほんのり暖かくて、意識がふわふわと浮遊している。
ぼやけた視界がゆっくりとクリアになって、茜色の空の下にいるのだとようやく理解できた。
上体を起こすとめまいに襲われ、思わず頭を抱えてしまう。
何をしていたんだったけ?
そうだ。急に背後から何かに襲われたんだ。気を失う前に見えたのは固そうな羽と大きな嘴。あぁ、ターキンか。ターキンに襲われたのか。
そう理解できたとほぼ同時に、背後から声がかけられる。


「目が覚めたか」


その声の主は、こちらに背を向けた状態で座っているタイオンだった。
いつのまにか服を着ていて、髪も乾いている。
それはユーニも同じで、つい先ほどまで裸だったはずなのに着た覚えのない服を身に着けているうえ、髪や体は完全に水気をぬぐい取られていた。


「アタシ、たしかターキンに…」
「あぁ。襲われていた。まったく不用心なことだ。僕がすぐに駆けつけて倒したからよかったものの、一人だったら確実に殺されていたぞ。背後からだったとはいえ気を抜いていたのは明らかに君の落ち度であって―――」
「つまり、タイオンがアタシを助けて、体拭いたり服着せてくれたりしたってことか?」
「っ!」


こちらに背中を向けているタイオンが息を詰める。
伸ばしていた背筋を丸め、体を小さく縮こませて頭を抱え始めた。
まるで叱られた子供のように。


「不可抗力だ。仕方がなかった。あのまま目を覚ますまでオンセンの中に入っていたらのぼせ上っていたかもしれないし……。僕だって躊躇したんだ。まずいんじゃないかって。でも後で君が体調を悪くしたりしたらそれも問題だろう?だから…」
「い、いや、別に責めてねぇって…。むしろ感謝してるっての。タイオンがそうしてくれなきゃ、アタシ今頃茹で上がってただろうし」
「それはそうだ。僕は間違ったことはしていない。そうだ。していないんだ。妙なことはなんにも…。あぁ眼鏡を外しておくんだった…」


ぶつぶつと独り言をつぶやいているタイオンは相当参っている様子だった。
オンセンからユーニを引き上げた後、このままでは風邪をひくだろうと思い体や髪を拭いてやったのが間違いだった。
見るべきではないところを見た。触れるべきではないところに触れた。
濡れた髪から香る甘い香りはタイオンから冷静さを徐々に奪っていき、次第に体の奥がのぼせてもいないのに熱くなる感覚に襲われる。
この感覚を抱いた瞬間、ユーニに対し言いようのない罪悪感を抱いてしまった。
本能が告げていたのだ。この感覚は、ただの仲間に向けていいものではないのだ、と。
だからこそタイオンは、自分がした行いを真に正しいものだったと断言できずにこうして一人頭を抱えていたのだ。


「なんだよ。そんなにアタシの裸見るのが恥ずかしかったのか?」
「ち、違っ!」


否定しようと咄嗟に振り返った先にいたのは、まだ少し水分を含んだ髪に手櫛を通しているユーニの姿。
服を着せている途中で理性の限界を感じ、上着は着せずにノースリーブだけを身に着けさせたことを今になった後悔してしまった。
おかげで彼女の白い肩がまた視界に入ってしまい、すぐに視線を逸らす。
目が覚めたならさっさと上着を着てくれ。そう叫んでやりたかったが、またからかわれるような気がして辞めた。


「別に恥ずかしがってるわけじゃない。僕はただ…」
「裸見られるなんて慣れてるだろ?コロニー9じゃ兵士たちはみんな一緒に風呂入ってたわけだしな」


さらりとユーニの口から出た言葉に、タイオンの思考は停止する。
コロニー9といえば、ユーニがタイオン達と出会う前に所属していたコロニーだ。
無論、ノアやランツも同じコロニー9の所属で、確か部隊も同じだったと言っていた気がする。
つまりそれは、ノアやランツとも一緒に入浴していたということか。


「じゃあ、ノアやランツとも…」
「当然だろ?同じチームだったんだから。ちなみにムンバともな。カイツとも一緒になったことあるし、あとゼオンともたまに…」
「待てやめろ!やめてくれ。頭が痛くなってきた…」


少し考えればわかることだった。
コロニー9を初めて訪れた際、案内された風呂は一か所しかなくて、命の火時計から解放される前はここでたくさんの仲間たちと入浴したものだ、とノアが口にしていた。
その言葉の裏には、“ユーニも一緒に”という事実が含まれていたことを何故見逃していたのだろう。
ノアやランツ、果てはその他コロニー9の男連中とユーニが裸の付き合いをしていたことなど、容易に想像できたはずなのに、その事実を聞いて今更動揺している自分自身に、タイオンは驚いていた。


「なんだよその反応。お前だってミオやセナと一緒に入ったことあるんだろ?」
「僕はない!あの二人とはもともと所属が違かったし、ガンマに配属されてまだ日が浅かったから…」
「けど、ラムダでは他の女連中と一緒に入ってたんじゃねーの?」
「それは、まぁ…」
「じゃあおあいこじゃねーか」


ユーニたちと出会ったあの日は、たまたまおくりびとであるミオの護衛を任されていただけで、もともと地形局に属していた彼はミオやセナとは所属部隊が違う。
入浴の時間もあの二人が所属していた部隊とはずれていたし、ミオやセナと一緒に風呂に入った記憶はない。
しかし、彼女たち以外の同じ地形局所属の女性兵士たちや、ラムダにいたころの同僚たちとは何度も一緒に入浴してきた。
 
異性の裸を見るのは初めてではないし、ユーニの言う通りそこに今更羞恥心を持つ方がおかしいのは分かっている。
しかし、どうにも落ち着かない。
視界の端にとらえてしまったユーニの裸体が脳裏にこびりついて離れようとしないのだ。
それに、ユーニの裸をノアやランツたちも目にしていたと考えると、無性に気分が悪くなる。
一緒に旅を始めて以降、ミオやセナもユーニと一緒に何度も入浴しているはずだが、あの二人には全く何も感じない。
何故、ノアやランツたちにだけこんな気持ちを抱くのだろう。


「でもまぁ、ありがとな。タイオンのおかげで助かったよ。ホント感謝してる」
「あぁ…」
「風呂に入ってるときに襲われちゃたまったもんじゃねぇし、今度誰かと入るときはやっぱり近くにいてもらった方がいいな」
「…なら、せめてノアやランツとは入るな」
「なんで?」
「なんでもだ。一緒に入るならミオかセナにしろ」


ユーニがノアやランツと一緒にオンセンに入るかもしれない。
そう考えるだけで、胸がむかむかしてくる。
何事もなければいいが、今回のようなハプニングがまた起きてしまったらどうする?
彼らの前で裸を晒すのか。体を拭いてもらうのか。服を着せてもらうのか。
だめだ。そんなのだめに決まっている。看過できそうもない。


「じゃあ、タイオンとならいいのか?」
「え…?」


背後からの声に、心臓が止まりそうになった。
ユーニの体を見た時、言い知れぬ罪悪感が胸を責め立てた。きっともう、一緒にここに来るべきではないのだろう。
だが何故だろうか。“僕ともナシだ”とは言えそうにない。
心の奥底で、自分でも理解できない薄汚い欲求が潜んでいる。
もっと見て、触れていたい。
ありのままの姿で触れ合えたら、どんなに幸せだろうか。
そんなことすら考えてしまっている。
この心情を吐露すれば、きっとユーニは軽蔑するだろう。
だから言えない。体を拭くとき、まるで吸い寄せられるかのように、すべらかな彼女の脇腹をそっと撫でてしまったことなんて、言えそうになかった。


「ウソウソ。冗談だよ。お前の言う通り、女は女と、男は男と一緒に入った方がいいのかもな。シティーの人間はそうしてるみたいだし」
「あ、あぁ…」
「ほら、もう行こうぜ。ノアたちを手伝ってやらなきゃな」


そういって、ユーニは立ち上がり歩き出す。
既に目眩はなくなっているらしい。
その背を追うように、立ち上がったタイオンも歩き出す。
前方を歩くユーニの白い羽根が、ふわりふわりと揺れるたび、タイオンの鼓動も大きく高鳴った。
忘れてしまえ。あんな感情。
あんな汚い感情は、仲間に向けていいものじゃない。
彼女はただの仲間で、相方で、運命共同体なのだ。
だから収まれ、僕の鼓動、僕の熱。

忘れてしまおうと努力すればするほど雑念となって頭を支配するユーニという存在に、タイオンはすでに手遅れなほど蹂躙されていた。
今日という日の出来事は、二人がただの仲間という境界線を飛び越えるきっかけにしか過ぎない。
タイオンの悶々とした日々は、もうしばらく続くのだった。