Mizudori’s home

二次創作まとめ

会心の一撃

【タイユニ】

ゼノブレイド3

■ゲーム本編時間軸

■短編


「これを」


タイオンから“それ”を渡されたのは、森の中で焚火を囲んでいた時のことだった。
いつも通り野宿をするため薪を集めて火をつけた一行は、夜の訪れと同時にマナナの食事にありつき、完食した後は寝るまでの時間を自由に過ごしている。
 
ブレイドを素振りするノア。
リクとマナナに挟まれながら幸せそうな顔で眠っているミオ。
並んで筋トレに勤しむランツとセナ。
ユーニもまた、タイオンに強請って淹れてもらったハーブティーを寝袋の上に座ってちまちまと飲んでいた。
そんな彼女に、同じくハーブティーを飲んでいたタイオンが歩み寄りすぐ隣に座る。
彼が“それ”を差し出したのは、一言二言適当な会話をした後のことだった。


「なにこれ」
「チョーカーだ。先日ノポンの行商から譲ってもらった。かなりのレアものらしい」
「レアもの?これが?」
「なんでも、着けた者の回復力を大幅に上げる効果があるのだとか」
「へぇー」


タイオンが差し出したのは、小ぶりな翡翠色の石がついたチョーカーだった。
アクセサリーには身に着けた者の能力を上げてくれるものあり、筋力を上げるものや素早さを上げるものなど、効果は様々だ。
回復力を上げる効果があるというこのチョーカーは、商魂たくましいノポンの行商でさえ入手が困難なほどの逸品だという。
ウロボロスの皆には世話になってるから特別サービスも!”という一言と共に譲り受けたこのアクセサリーを、タイオンはユーニへと贈ることにした。
理由は単純。6人の中で最もヒーラーとしての適性があるのがユーニだからだ。

ユーニのように頭に羽根が生えたケヴェスの兵士たちは、エーテルの扱いに長けている者が多い。
当然、ユーニも例にもれずエーテルの扱いは6人の中で飛びぬけて上手い。
回復力を高めるというこのチョーカーを持つにふさわしい者は誰かと問われれば、タイオンでなくても即答で“ユーニ”と答えるだろう。
そこに特別な感情や思惑などは何もなかった。


「それを着ければ君のヒーラーとしての実力も上がるだろう。活用してくれ」
「そりゃどーも。プレゼントとして受け取っとくよ」
「プレゼントって、別にそんな深い意味は……」
「ばぁーか。こういう時は“君のために用意したんだ”とか言ってカッコつけるところなんだよ」
「はぁ。“君のために用意したんだ。是非活用してくれ”。これでいいか?」
「心籠ってねぇ~」


タイオンの言い草は驚くほど淡白で薄っぺらいものだった。
実際、ユーニのために用意したわけではないのだろう。
強いて言うなら“6人のため”だ。
ユーニがヒーラーとしての真価を発揮することで一番利を得られるのは他の仲間たちである。
ユーニにこのチョーカーを贈ることは、拡大してみれば6人全員の命を守るためにもなる。
そこに特別感などあるわけもないと、ユーニ自身よくわかっていた。

既に自分の首に着けていた古いチョーカーを外すと、ユーニはつい先ほど受け取った新しいチョーカーを着け始める。
首の後ろについた金具をつけるため腕を伸ばしていたユーニだったが、なかなチョーカーがつけられない。
“ん?あれ?”と戸惑っているユーニの様子を、タイオンは隣でただ黙って見つめていた。
1分ほど格闘したのち、チョーカーはようやくユーニの首元に落ち着いた。
中央についた小さな翡翠色の石が、焚火の炎に照らされて美しくきらめいている。


「似合う?」
「ん?あぁ。似合うんじゃないか?」
「うわっ、超テキトー」


チョーカーを身に着けてた姿を見せびらかすユーニに、タイオンはまたも淡白な返しをした。
そんな彼の反応に、ユーニは思わずむっと膨れてしまう。
もっとこう、“すごく似合ってる”とか、“可愛い”とか、“綺麗”とか、そういう気のきいたセリフを言ってくれればいいのに。
しかし、相手を喜ばせるような言葉を簡単には言えないところが彼らしいといえばらしいのだが。


「ありがとな。結構嬉しい」
「そうか」
「デザインも可愛いし気に入った。なんか戦闘で使うのが勿体ないな」
「大げさな」


たとえ情からではなく利を見た結果贈られたものであっても、ユーニにとっては嬉しい贈り物だった。
心を寄せている相手からの贈り物なら、どんな背景があろうとも嬉しいものである。
ティーの人間はこういった心の動きを“恋”と呼ぶらしいが、自分たちよりも長く生きているあの町の住人がいうのだから間違いないのだろう。
 
ユーニはタイオンに、淡い恋をしていた。
その恋とやらは実に単純明快で、タイオンから自分宛てに注がれるものであればなんだって嬉しくなってしまう。
言葉だろうが、物だろうが、行動だろうが。
彼が自分に向けてくれたと思うと嬉しくてたまらないのだ。

この気持ちを言葉にしてタイオンに伝えてもいいが、生憎ゆりかごから生まれたユーニにはこの感情をうまく言語化する自信がなかった。
だからと言って、好意を隠すつもりは毛頭ない。
たとえこの気持ちが一方的なものであっても、せっかく自分の中に生まれた初めての感情を隠し持っているのは勿体ない。
 
この“恋”という感情は、ユーニにとって初めて手に取る宝石のようなものだった。
きっと誰も見たことが無いこの感情を、誰かに見せびらかしたくて仕方がない。
抱いた恋心を、なるべく素直に、そしてなるべくたくさん伝えてしまいたい。
無邪気な恋心は、その矢印の対象であるタイオンへと容赦なく降り注がれる。


「明日ミオとセナに自慢してやろっと」
「そんなに嬉しいのか」
「そりゃ嬉しいだろ。タイオンから貰ったんだから」


隣でハーブティーを飲んでいたタイオンの手がぴたりと止まる。
焚火に照らされる見慣れた横顔に目を向ければ、眼鏡のレンズ越しに彼の視線がきょろきょろと泳いでいる様子がうかがえた。


「それは、なによりだ」


ユーニによる会心の一撃を受けたタイオンは、明らかに動揺している様子。
困っているのか、それとも照れているのか分からないが、ユーニはタイオンの動揺している様子を見るのが好きだった。
 
自分の言葉や行動一つ一つにいちいち反応して、分かりやすく視線を泳がせるタイオンを見ていると、ユーニの心の中で何かが跳ねる。
今、この堅物な男の心を搔き乱しているのだという、ほんの少し悪辣な考えがにょきっと顔を出すのだ。
もっと振り回してやりたい。もっと動揺させてやりたい。
そうして、なるべく長い時間彼が自分のことを考えるよう仕向けていた。


***


アエティア地方は比較的晴天に見舞われることが多かった。
戦争において、雨は味方にもなり敵にもなり得る。
混沌を呼ぶ悪天候に見舞われないというのは何よりの利点であったが、命の火時計の束縛下から逃れた今となっては雨があまり降らないというのも困りものである。
 
軍務長であるゼオンの号令により、せっせと芋づくりに励んでいるコロニー9にとって、この天候不良は悩みの種といえた。
今は命の粒子よりも、雨水が欲しい。
かつては雨が降るたび敵からの奇襲に怯えたものだが、このように雨を欲する日が来るとは思わなかった。
青く広がる気持ちの良い空を見上げつつ、ユーニはため息を零してしまう。


「全然降る気配ねぇじゃん……」
「天候は人間の自由になるものじゃない。気長に待つしかないだろう」


隣に立って同じように空を見上げているタイオンの言葉に、ユーニは二度目のため息を零す。
久方ぶりにコロニー9を訪れたのは3日ほど前のこと。
なにか困りごとはないかと聞いて回ったのだが、軍務長のゼオンと副官のカイツが死にそうな顔をしながら言ったのだ。“雨が降らない”と。
 
教本によれば、野菜は健康な土と水によって育つという。
農業の先人であるコロニータウのユズリハも、野菜を育てるうえで水は必要不可欠だと言っていた。
雨が降らないということは、これからもちもちイモで生きていこうとしているコロニー9にとって危機的状況といえた。

コロニー9に滞在し始めて3日。未だ小雨すら降っていない。
ゼオンの話によれば、今まで2週間連続で雨が降っていないという。
お陰で畑の土は乾ききり、もちもちイモの種も悲鳴を挙げている。


「土がカラッカラだ。このままじゃまた駄目になっちまうかもな……」


畑に座り込み土に触れてみるユーニ。
指で掬い取った土は全く水気を含んでおらず、ぱさぱさと乾燥している。
この畑で初めてもちもちイモが数十個収穫されたのはつい先日のこと。
既に数百個ものもちもちイモを収穫してきたのだが、ここにきて躓いてしまった。
 
折角上手くいきかけていたもちもちイモ作戦が再び壁にぶち当たり、ゼオンは軍務長室で頭を抱えている。
そんな彼の力になってやりたいと積極的に動いてみた6人だが、問題が天候にあるのならばどうしようもない。
降らない雨を無理やり降らすなど、きっと両国の女王でも不可能だ。
気落ちするユーニだったが、彼女の横で腕を組み足元に視線を落としているタイオンはまだ諦めてはいなかった。


「湖の水を撒けばいいのでは?」
「へ?」
「コロニー9は湖の上に位置している。この湖の水を有効利用しない理由はないだろ」


タイオンの言うことは最もだった。
だが、それは当然6人のウロボロスがこのコロニーに再訪する前から検討されていた案である。
上手くいかなかったからこそゼオンは頭を抱えているのだ。


ゼオンも最初にそれを実行しようと思って失敗したらしいぜ?畑全体にうまいこと水を撒くのが難しかったらしい」


当初、コロニーの兵士たちが毎日順番にバケツを持って少しずつ水を撒く算段だったらしいが、あまりにも効率が悪く却下された。
次に出た案としては、自動操縦出来るレウニスによって水を運ばせるというもの。
だが戦闘用に特化されているコロニー9のレウニスにそんな器用な芸当が出来るわけもなくあえなく却下。
最後に出された案は比較的現実的で、畑から湖に向かってパイプを伸ばし、汲み取り式にして水を畑に撒こうというものだった。
しかし、蛇口の近くは撒けても遠くの方は全く水が届かない。
畑全体に均等に水を撒くという意味では、全くもって愚策と言えた。
湖から水を持ってくるという案は悪くないが、適切な方法が見つからない限り実現は不可能だろう。


「レウニスで運べばいい。自動操縦にしておけば誰かが見ている必要もなく勝手に水やりが出来る」
「だからぁ、それはもう――」
「戦闘特化のレウニスにやらせるからそうなるんだ。水やり特化型のレウニスにやらせればいい」
「水やり特化型……?」


そんなレウニス、ケヴェスには存在しない。
戦闘特化型、移動特化型、運搬特化型などは存在するが、畑の水やりなどというピンポイントな使い道に特化したレウニスなど聞いたことが無い。
アグヌスにも存在するとは思えないし、そんなレウニスがどこにあるというのだろうか。


「そんなレウニス、どこにもねぇだろ」
「ないなら作ってもらえばいい。コロニー30にな」
「あ……」


タイオンの話の糸口がようやく見えてきた。
土で汚れた手をパンパンと叩いて落としながら立ち上がるユーニの横で、タイオンは遠くに見える山々の向こうに目を向けている。
恐らく、あの峰の向こうにあるはずのコロニー30を見つめているつもりなのだろう。


「ルディが作っていた超小型レウニスがあっただろ。名前は確か……」
「メカトモ!」
「それだ。あのサイズ感のレウニスを量産してもらい、コロニー9に輸送してもらうんだ。操縦士がいなくとも自走できるあのレウニスなら、雨が降らない日は勝手にバケツを持って水撒きするくらい簡単だろう」
「確かに!でも、そんな簡単に作ってくれっかな?ルディは即OKしそうだけど、あそこだって資材不足で困ってるハズだろ?それに量産ともなれば時間もかかるだろうし」
「ルディと初めて会った時、彼は短い時間であのメカトモを作り上げた、いくらルディが天才的なメカニックとはいえ、一人で短時間で作り上げられる程度のレウニスを量産することはそう難しいことではないだろう。それに、あそこはノポンが多い」
「確かに多いけど、それが何だってんだよ?」
「ノポンは大食らいが多いからな。コロニー9で育てたもちもちイモの定期納品を条件に出せば即了承するだろう」


腕を組んだままつらつらと述べられていくタイオンの案は、コロニー9に山積した数々の問題を丁寧に砕いていく。
コロニー30との交渉次第ではあるが、確かにもちもちイモを報酬としてちらつかせれば上手くいくかもしれない。
あのコロニーにとってノポンは、レウニス建造において決して欠かせない存在ではあるが、大食らいな彼らを大量に常駐させているせいでいつも食料保管庫は空に近い状態なのだと副官のユゼットは言っていた。
食料を求めている彼らにとって、このもちもちイモはそれなりに価値があるはずだ。
いけるかもしれない。


「その案ならいけるかもな。両コロニーにとってもメリットのある話だし」
「あぁ。あとは交渉次第だが、相手はあの人のいいルディだ。副官のユゼットも何だかんだルディの意見を尊重しがちだし、そこまで苦労せずに交渉できるだろう」
「すげぇすげぇ!なんか初めて建設的な意見に出会えた感じがするわ。さっすがタイオン!」


難解なピースをいともたやすく解いてしまったタイオンに、ユーニの心は跳ね上がる。
なんとなく嬉しくなって、勢いに任せて彼の腕をバシバシ叩きながら褒めたたえると、タイオンは戸惑いながら一歩後ずさった。


「そ、そんなに騒ぐほどのことじゃないだろ」
「だってすげぇじゃん!みーんなどうすればいいか分からなくて頭抱えてたのに、こんな短時間でいい案思い浮かぶなんてさ。やっぱこういうこと考えさせたらタイオンの右に出る奴はいねぇな」
「そう、かな。まぁ、頭脳労働は僕の得意分野だからな」
「やっぱお前はアタシらのブレインだな。頼りになるわ」


矢継ぎ早に放たれるユーニからの誉め言葉を一身に受け、タイオンは少し赤くなっていた。
そして、その赤い顔を隠すように眼鏡を押し込む。
ひたすら誉めそやすユーニだったが、その言葉に嘘偽りは一切なかった。
多少大げさに称賛してはいるものの、素直にすごいと思ったのは間違いない。
 
誰にも思いつかないようなアイデアを瞬時に脳内でくみ上げ、現実的かつ建設的な道を示してくれるタイオンの頭脳働きを、ユーニは密かに尊敬していた。
なにより、打開策を求めて思考を巡らせている時のタイオンの横顔に、ユーニは色気を感じている。
その横顔を見ていると、胸のあたりがきゅうんと引き締まる。
だからもっと見たくて、オーバー気味に褒めてしまうのだ。

そんなユーニの考えなど知るはずもないタイオンは、彼女からの正直すぎる誉め言葉に一層動揺していた。
“頼りになる”
その言葉は、会心の一撃としてタイオンの胸に突き刺さった。
短い一言を何度も心の奥で咀嚼し、味わう。
なんとも甘美な響きだ、
その言葉を貰うたび、心が雲のように浮き上がる。
照れ笑いを浮かべることしかできないタイオンの横で、ユーニは半ば興奮気味に笑顔を見せている。


「さっそくゼオンたちに報告して来ようぜ!」
「お、おいユーニ……!」


タイオンの腕を強引にとって歩き出すユーニ。
そんな彼女の行動に戸惑いつつも、タイオンは赤い顔をしたまま大人しく後をついて行くのだった。


***


コロニー9とコロニー30の会合は、終始和やかな雰囲気で執り行われた。
調整役として間に立ったランツやノアの活躍もあり、コロニー30は驚くほどあっけなく超小型レウニスの量産を承諾。
会合はコロニー9側の要望通りの結果に終わった。
相変わらずアエティア地方は晴天続きだったが、試験運用となる水撒き用のレウニスを1週間以内に納品される予定を取り付けたゼオンとカイツにとっては、もはやこの晴天もさほど憎たらしく思えない。
会合を終え、コロニー9に帰ってきた面々は早速祝杯の用意を始めた。
芋の豊作を願い芋料理で宴を催すという、芋尽くしの祝賀会である。

マナナを筆頭に、ミオやセナ、ユーニはコロニー9の炊事班と一緒に食事の用意を。
ノアやランツ、そしてタイオンは祝賀会に向けて準備という名の雑用を担当することとなった。
今回祝賀会に出す予定のメニューは、もちもちイモのマッシュサラダ、もちもちイモコロッケ、もちもちイモの蒸かしバター添え、もちもちイモとカリカリベーコン炒め、そしてもちもちイモモンブランである。
全てもちもちイモで構成されたメニューにユーニはげんなりしたが、同じく食事係を任されていたゼオンは珍しく上機嫌だった。

これほどの芋料理を大人数分作るには、まず大量にもちもちイモの皮むき作業を行わなければならない。
ユーニはゼオンと共にこの作業を担当していた。
右側のバケットに入った大量のもちもちイモの皮を剝き、左側のバケットに入れていくという簡単かつ単純な作業である。
しかし、この作業を何個も何個もこなしていくのは流石に厳しいものがある。
要するにつまらないしすぐに飽きてしまうのだ。


「やっべぇなこの作業。ダルすぎて気が遠くなる」
「そうか?無心でやれば案外簡単だ」
「さすが芋の伝道師だなおい」


ピーラー片手にひたすら芋の皮を剝いていく。
既に十数個皮を剥いてきたが、バケットに入った芋たちが無くなる気配がない。
そこに、木箱を両手で抱えたタイオンが歩み寄ってくる。
彼が抱えている木箱からは、もちもちイモの茎がいくつか顔を出していた。


「頑張っているようだな。芋追加だ」


そう言って、タイオンはまだ泥が付いた新鮮な芋たちをバケットにごろごろと追加していく。
おそらく貯蔵庫から新しく出してきた芋たちだろう。
少しずつ減っていたバケットの中身が再び満タンになっていく光景を前に、ユーニはキッチン台を思い切り両手で叩いた。


「あぁもう!右も左も前も後ろも芋イモいも!頭おかしくなるわ!」


1時間近くもちもちイモと向き合っているせいで、ユーニの精神はもはやボロボロだった。
終わりが来ないこの皮むき作業をしていくうちに、あっという間に成人を迎えてしまうのではないかとも思うほどである。
イモの泥を洗い流す作業を任されていたリクは、水桶の中でイモを撫でながらユーニを見上げた。


「芋は皮を剥かなくちゃ食べられないも。黙って剝き続けるも」
「お前の皮を剥いてやろうかリク」
「ももっ!? なんて恐ろしいことを言うも!」


ユーニに睨みつけられたリクは、急いで顔を逸らして芋を洗う作業へと戻った。
相当苛々しているユーニの様子を傍から見ていたタイオンは、呆れつつ彼女の手元へと視線を落とす。
隣で皮むき作業をしているゼオンに比べて、ユーニはあまり数をこなしていない模様。
ただ単に集中力が持たないのか、それとも不器用なだけなのか。どちらにせよ、この単純作業はユーニには向かないらしい。


「随分苦戦しているようだな。落ち着きのない君には難しい作業だったか」
「んだとこら。どうせタイオンだって苦手なくせに」
「僕が?馬鹿な。そんな単純作業、簡単に決まっている」
「じゃあやってみろよほらぁ」


もちもちイモとピーラーを差し出すと、タイオンは何故かどや顔でそれを受け取った。
こんな単純作業に苦戦するハズなどないと高を括っているのだろう。
だが、もちもちイモの側面にピーラーを這わせた瞬間、タイオンは“ん?”と顔をしかめながら首を傾げた。
もちもちイモの皮は固く、それなりにコツを掴まなければ簡単に皮は剥けない。
上手く皮を剥くことが出来ず、一瞬でどや顔を崩した相方の姿に、ユーニは“ぶはっ”と吹き出してしまった。


「全然出来てねぇじゃん!“不器用な君には難しい作業だったか”」
「くっ、この……!」


もちもちイモとピーラー片手に踏ん張っているタイオンに、ユーニは先ほど彼から浴びせられた煽り文句を眼鏡を押し上げるフリをしながら投げ返した。
下手なもの真似をされた上に煽り返されたことに苛立ちを覚えたタイオンは思わずユーニを睨みつけるが、そんな彼女の隣から聞こえてきた“スルッスルッ”という音に気が付く。
音はゼオンの手元から聞こえてきていた。
ピーラーを持った彼は、驚くべき速さでもちもちイモの皮を剥いていく。
機械的に次から次へと皮を剥いていくゼオンの手元に見とれていると、同じように凝視していたユーニが“すげぇ!”と声を挙げた。


「速っ!なんでそんなに速く剝けるんだよ」
「慣れだな。もちもちイモ生活が長いせいだろう」
「流石。やっぱり頼りになるな」


ゼオンは昔から人間関係においては不器用だが、手先は器用なタイプだった。
長く続いたもちもちイモ生活で、皮むきの技術が向上したのだろう。
恐ろしいスピードで皮を剥いていくゼオンの手つきに、ユーニは惜しみない称賛を贈った。
だが、そんな光景を複雑な心境で見守る人物が一人いた。タイオンである。


「タイオンどうしたんだも?なんだか怖い顔してるも」
「……いや、別に」


つい先ほどまでいつも通りだったはずのタイオンが突然機嫌を損ねだしたことに、ユーニも気が付いていた。
見るからにむっとした表情で視線を逸らしている。
やがて手に持っていたピーラーを調理台に置くと、“はぁ”と短くため息をついて背中を向けた。


「とにかく、サボらず頼むぞ」


吐き捨てるように言うと、タイオンはそそくさと去っていった。
何をいじけているのだろう。
ゼオンを褒めたことが気に食わなかったのだろうか。
いやまさか。あのタイオンがそんな幼稚なヤキモチを焼くとは思えない。
不可解なタイオンの態度に首を傾げつつ、ユーニはもちもちイモの皮むき作業に意識を戻すのだった。


***


コロニー9を出発したのち、一行はシティーへと向かった。
最近はケヴェス、アグヌス両陣営の各コロニーを巡っていたため、シティーへの来訪は久方ぶりである。
到着早々ロストナンバーズの宿舎に部屋を確保した一行は、疲れた体を癒すためそれぞれ思い思いの時間を過ごし始めていた。
女子部屋のベッドでくつろいていたユーニもまた、到着早々ベッドで眠ってしまっていたが、夕方ごろ起床すると同室のミオやセナの姿は消えていた。
恐らく風呂にでも行ったのだろう。

自分も後々入るとして、今は小腹が空いた。
ミチバ食堂に行くのもいいが、がっつり食べるというよりは、少しだけつまみたい気分だ。
そういえば、この宿舎には利用する兵士のために小さなバゲットが常備されていたはず。
無料で好きに手を付けていいと言われていたし、あれを食べよう。
 
そう思い立ったユーニは、あくびを零しながら上着を羽織り、部屋を出て宿舎の談話室へと向かう。
宿舎の談話室は、大き目のソファーが二つ向かい合うように置かれていて、その奥に簡易キッチンがある。
そのキッチンも、宿舎の利用者なら好きに使用して構わない共有スペース扱いだった。

階段を下りて談話室へ入るとそこにはノア、ランツ、タイオンの3人の姿があった。
ソファに座り向かい合って談笑するノアとランツ。そして、ノアの隣に腰かけ足を組みながら教本を呼んでいるタイオン。
男性陣3人の中で、いちやはやくユーニの訪れに気付いたのは、彼女が来た方角に体を向けていたノアだった。
“お疲れ”と声をかけてくるノアに適当な返事をすると、釣られるようにしてランツとタイオンもこちらに視線を向けてきた。


「ずっと寝てたのか?ぐうたらしてんなオイ」
「うっせぇ。脳筋なお前とは違ぇんだよ」


揶揄うようにニヤつきながら言ってくるランツに言い返し、ユーニはキッチンへと入る。
一瞬だけタイオンと目が合った、彼はノアやランツと違って声をかけてくることはなく、すぐさま視線を逸らして手元の教本と向かい合ってしまう。
なんだよ、“おはよう”くらい言ってくれてもいいじゃん。
 
少しだけいじけながら足元の戸棚を開けると、案の定小さなバケットがいくつか保管されていた。
それを1つだけ取り出して立ち上がり、皿に乗せてトーストの用意をしようとしていると、背後から手が伸びてくる。
その手は、自分用に用意したバケットが1つ乗った手元の皿に、もう1つバケットが乗せてきた。
驚いて振り返ると、そこには先ほどまでソファで教本を読んでいたあのタイオンの姿があった。


「え、なに?」
「僕のも頼む」
「えー自分でやれよ」
「ひとつ用意するのも二つ用意するのも変わらないだろ」
「ちぇっ」


すぐ後ろから腕を伸ばしてきたタイオンの顔と体が、驚くほど近くにある。
その事実に気付いて思わず動揺しそうになったが、なんとか平静を装うことが出来た。

あぁびっくりした。そんな急に背後に立つなよ。
めちゃくちゃ心臓バクバクしたじゃん。

少し赤くなった顔を隠すように顔を逸らし、二つのバケットをトースターに入れてタイマーをセットする。
焼き上がりを待っている間、ユーニはキッチンに設置された冷蔵庫へと手をかけた。
中には様々な食材が入っているが、今回の目当ては奥に入っているジャムの瓶である。
腕を伸ばして取り出したのは、サンサンイチジクのジャムだ。
トーストしたバケットにこれを塗って食べるのが、最近のユーニのマイブームとなっている。
冷蔵庫からジャムの瓶を取り出して蓋を開けようとするが、固く締められた蓋はびくとも動かない。


「ん?あれ?」
「どうした」
「瓶、開かねぇ」


腕に力を入れて踏ん張り、渾身の力で蓋を回そうと試みるも、蓋は瓶から離れようとしない。
“ふんぬぅっ”と実に男らしい声を挙げながら再び力を籠めるも、やはり回らない。
前回ジャムを使った誰かが、過剰にきつく閉めてしまったのだろう。
まったく、次に使う人間のことも考えてほしいものだ。
顔と指を真っ赤にしながら蓋を開けようとしている隣のユーニを見下ろしながら、タイオンはふっと笑みを零す。


「パワーアシストなしではジャムの蓋を開けるのも一苦労か」
「うっせ。こんのぉ~~~!」
「はぁ。まったく仕方ないな君は。貸してくれ。僕が開け――」


タイオンが催促するよりも早く、ユーニの手中にあったジャムの瓶は何者かによってひったくられてしまう。
瓶を掻っ攫ったのはランツであった。
いつの間にかキッチンに入ってきていた彼は、“うらぁっ”と猛々しく声を挙げながら手をひねり、いとも簡単にジャムの蓋を開けてしまう。
“ぱこっ”という小気味よい音と共に、キッチンにサンサンイチジクのいい香りが漂ってきた。


「おおすっげぇ。よく開けたな」
「こんくらい楽勝だって。ほらよ」


得意げに笑うランツは、蓋が緩くなった状態の瓶をユーニへと返した。
あんなに硬かった蓋をこの一瞬で開けてしまうなんて、流石はランツ。
コロニー9内でも指折りの力自慢だったが、継続している筋トレのおかげかその怪力ぶりは衰えていないらしい。
その剛腕加減に素直に感服したユーニは、キッチンを後にしようとしているランツの広い背中に向かって称賛の言葉を投げかけた。


脳筋もたまには頼りになるな」
「うっせぇぞ。そんなこと言ってっと、もう二度と開けてやらねぇからな」
「ハイハイ悪かったって。頼りにしてまーす」


瓶の蓋を開けるという仕事を颯爽とこなしたランツは、再びソファに腰かけ正面に座っているノアとの談笑を再開した。
ちょうどそのタイミング、バケットを焼いていたトーストが“チン”と高音で焼き上がり完了の合図を出してくる。
トースターを開けてアツアツに焼けたパンを取り出し皿に盛ると、先ほどランツの活躍によって蓋が開け放たれたジャムをバターナイフで塗りたくっていく。


「はい出来上がり。ほら食え」
「……」
「タイオン?」
「……ありがとう」


出来上がったバケットを受け取ったタイオンは、何故だか浮かない顔をしていた。
落ち込んでいるような、拗ねているような、そんな顔だ。
つい先ほどまでは口元に笑みを浮かべていたというのに、急にどうしたのだろう。
何か気に障るようなことを言っただろうか。

この前のコロニー9でのやりとりといい、最近のタイオンは機嫌が乱高下が激しい。
数分前まで穏やかに話していたかと思ったら急にへそを曲げるし、不機嫌が続いていると思ったらいつの間にか上機嫌になっていることもある。
元々面倒くさい性格をしているとは思っていたが、最近は気難しさが加速しているように思える。
何がそんなに気に食わないのか。そして何をすれば機嫌が上向きになるのか是非知っておきたいものだが、恐らくタイオンはわざわざ教えてはくれないだろう。
何にせよ、心を寄せた相手が急にぷりぷり怒り出すのは心臓に悪かった。


「ところで」
「ん?」
「あのチョーカー、最近は着けていないようだが?」
「へ?あぁ……」


不機嫌な表情のまま指摘してくるタイオンに、ユーニは自分の首元を見た。
“あのチョーカー”とは恐らく、先日タイオンから贈られたもののことだろう。
回復力を増長させるというあのチョーカーは、今もしっかりユーニの手荷物の中で大事にしまわれているが、確かにここ数日の間は身に着けていない。


「ほら、アタシ今アタッカーやってるだろ?アタッカーが回復力増強のアクセサリーつけてても意味ねぇし」
「まぁ、それも、そうか……」


言葉では納得したようだったが、態度では全く腑に落ちていないように見える。
相変わらずタイオンは微妙な顔をしたままで、ユーニと目を合わせようとすらしてくれない。
気難しい相方の態度に首を傾げるユーニだったが、彼女が事情を尋ねる前にタイオンはバケットを片手にキッチンから出ていってしまった。
なんだあれ。なんであんなに不機嫌なんだよ。
ソファに腰かけ、再び教本と向き合いながらバケットにかじりつくタイオンの背中を恨めしく思いながら、ユーニは焼き上がったバケットを一口食べた。


「うわ、美味っ」


***


ティー滞在3日目。
セナの“瞳”に、救援要請の連絡が入った。
送り主はコロニーミューの軍務長、マシロ。
エルティア海の島に鉄巨神を構えているミューの周辺海域に、巨大なシルドンの群れが縄張りを築き始めているという。
 
海に魚を捕りに行こうにも、シルドンに襲われるため食料確保もできず、かつ周辺の魚を彼らが食べつくしてしまっているためミューは未曽有の危機に陥っていた。
その報告を受けたセナは即座にランツに相談。
これは共有すべきだと判断したランツが、ノアやタイオンに連携したことで、6人のウロボロスによるコロニーミュー救援作戦が始動した。

すぐさま船に乗りコロニーミューを目指すと、報告にあった通り遠くに何匹ものシルドンが悠々と浮かんでいる様が見えた。
確かにすごい数だ。おそらくはどこかの海域から流れてきたのだろうが、あんなにいたらミューの暮らしにも影響が出るのは仕方ないだろう。
退治するか、二度とこの海域に近付かないように追い払うかしなければならない。
船酔いと格闘しながら、船の甲板で遠くに漂うシルドンを見つめつつタイオンは思考を巡らせていた。

早速ミューに到着した一行は、軍務長のマシロと副官のタローを伴い、作戦立案課の天幕を借り受けて会議を開始した。
目下の目標は、ミュー周辺に群生しているシルドンの討伐、もしくは追放である。
マシロから提出された海図をテーブルの上に広げ、ミューの少ない兵力を駒に見立てながら一行は話し合う。
この会議の中心に立っているのは、かつてコロニーガンマの作戦立案課に所属していたタイオンだった。


「例のシルドンたちは、コロニーミューから見て北西の海域、この岸壁付近に生息している。数は見た限りシルマも含めて40頭ほど。流石に僕たち6人で対処するのは難しいためミューの兵力も借りたい。マシロ、そのあたりは了承してもらえるか?」
「はい、もちろんです!お力になれるかどうか分かりませんが……」


コロニーミューの兵はたちは主に3期から7期の兵で構成されている。
戦闘に慣れている者も少なく、いくら相手がメビウスやケヴェスの兵士ではないとはいえ大量のシルドン相手では荷が重いだろう。
そもそも彼らだけで対処できるのならば最初からウロボロスに救援要請など出していない。
そのあたりの事情も、タイオンには織り込み済みであった。


「策はいくつかあるが、まずは聞きたい。あのシルドンをどうしたいかだ」
「どうしたいか、ですか…?」
「方法は二つに一つだ。殲滅か追い出しか。どちらを目標にするかで策も変わってくる」


指を二本立てるタイオンの言葉に、マシロは下を向き押し黙ってしまう。
追い出しを選べば、一時的な安寧は得られるだろうが再びミュー周辺の海域に戻ってくる可能性もある。
殲滅を選べば、40頭のシルマやシルドン相手に戦闘を行う必要があるが、成功すれば二度と彼らに悩まされることはないだろう。
どちらを選ぶにせよ、選択するのはこのコロニーの最高責任者であるマシロただ一人。
まだ軍務長になって日が浅く、経験豊富とは言えない若き軍務長を、その場にいた全員が見つめていた。
やがて、うつむいてしばらく黙り込んでいたマシロをは顔を上げる。


「追い出しがいいです」
「理由を聞きたい」
「それは……その。可哀そうだから、です」


マシロの選択を聞いていたユーニは、少しだけ心配になって体を強張らせた。
ここは殲滅を選択するのが吉である。
追い出しが不可能なわけではないが、結局戻ってきてしまうリスクがあるのなら殲滅してしまった方が手っ取り早い。
追い出しを選択せざるを得ない特別な理由があるのならまだしも、“可哀そう”という戦場では最も持つべきではない同情心からくる選択ならば、軍務長として決して英断とは言い難かった。
 
比較的6人の中では情に厚いユーニですらこう思うのだ。
一行の中で一番現実主義なタイオンが、そんなマシロの意見に素直に賛同するわけがない。
きっと反対される。
それはマシロ自身も分かっていたようで、タイオンのと目を合わせることなく俯いている。


「タロー、君の意見は?」
「えっ、お、俺ですか!?」


そんなマシロを一瞥し、タイオンは彼女の隣に腰かけていたタローへと話を振る。
タローは隣で俯いているマシロを心配そうに見つめると、ゴクリと生唾を飲んでタイオンの顔をまっすぐ見上げた。


「俺も、追い出しがいいと思います。シルドンたちも生きるために必死なわけだし。それに、マシロがそう決めたなら、俺はそれに従うだけです」


タローは強いまなざしでタイオンを見つめていた。
副官の頼もしい一言に、マシロはようやく顔を上げて嬉しそうに微笑む。
どうやら追い出しの意思は固いらしい。
だが、問題は策を練るタイオンがその意見と心意気に賛同するかどうかだ。
心配になって相方の方へと視線を向けると、彼は眼鏡を押し上げて“分かった”と頷いた。


「では追い出しの方向で策を提案する」


タイオンがそう言って腕を組んだ瞬間、ユーニは思わず“えっ”と声を漏らしそうになった。
驚いたのはユーニだけではない。
ノアたち他の仲間もまた、タイオンがすんなりとマシロの意見を受け入れたことに驚いている。
そして、タイオンに一番近い場所に立っていたミオが、この場にいる全員の疑問を代弁するかのように彼へと投げかけた。


「タイオン、いいの?」
「何がだ?」
「いや、うん。別に」


マシロが“追い出しがいい”と主張するならそれでいい、という考えは、タイオン以外の5人全員が恐らく持っていただろう。
だが、合理的な勝利を求めがちなタイオンは違う。
いつもの彼なら“その後のリスクが伴う追い出しより殲滅を取るべきだ。生ぬるい同情心は捨てたほうがいい”とぴしゃりと言い放つはず。
それをしなかったとこに少々驚きつつも、円満に受け入れられたのなら文句はない。
疑問に思いつつミオは引き下がった。


「異論はないな。では、シルドンの群れを海域から追い出す策だが——」


テーブルの上に広げられた海図を指さしながらタイオンが提示した策は以下のとおりである。
まず、船を5艘ほど用意する。
エルティア海の島に鉄巨神を構えているという立地上、ミューには大小問わずたくさんの船があるため用意は簡単だ。
その5艘の船を一斉に出向させ、背後から圧をかけることでシルドンを追い立てるという作戦である。
 
ただし、実際に乗船するのは6人のウロボロスだけで、彼らを乗せている船以外の4艘は空船だ。
これは、戦闘に慣れていないミューの兵たちを前線へ送ることを躊躇ったタイオンの気遣いである。
 
1艘にはウロボロスたちが乗船するとはいえ、他4艘が空船ともなればシルドンたちを威圧することは出来ないだろう。
そこで、ミューで飼育されているアルマたちの食事として備蓄している大量の藁を使うことにした。
この藁で人形を作り、空船の上に大量に並べることで、あたかも大勢の人間が船で追いかけてきているように見せかけるのだ。
シルドンはさほど目がいいモンスターではない。
藁人形であっても、アグヌスの兵士服を着させていれば誤魔化せるだろう。
しかし、多少はシルドンからの反撃を受ける可能性もある。
ウロボロスの役目は、そんなシルドンたちの反撃をいなしつつ、威嚇射撃等で追い立てることにあった。


「この策なら、コロニーミューの兵たちに被害を出すことも、シルドンたちを無駄に傷付けることもないだろう。下準備に時間はかかるが、そこは協力して欲しい」
「もちろんですタイオンさん!あの、私の我儘を聞いてくださって、本当にありがとうございます!」


声を張り上げながら、マシロはタイオンに深々と頭を下げた。
軍務長である彼女に続くように、副官のタローも彼女以上に深く頭を下げる。
勢いよく礼を述べられたことで戸惑ったらしいタイオンは、彼の癖でもある眼鏡を押し上げる仕草を見せながら、“大したことじゃない”とぶっきらぼうに吐き捨てた。

タイオンが瞬時に立てた策は、彼の謙遜に見合わないほど立派なものだった。
恐らく、最初からコロニーミューの兵力を使わないつもりで策を用意していたのだろう。
被害を抑えるため、ウロボロスだけで完結できるような策を見事に提示したタイオンを見つめながら、ユーニは自分の口元が緩んでいくのを感じた。

やっぱりアタシ、こいつが好きだ。

誰よりも現実主義で合理的な解決にこだわるくせに、相手の気持ちを切り捨てられない。
それがどんなに生ぬるい感情だったとしても、口や態度では否定しつつ最後には絶対に受け入れてしまうのだ。
誰よりも回る頭で危機的状況を打開していくタイオンの様を見るたび、ユーニの胸の奥はきゅっと引き締まる。
意外にも自尊心が低い彼はやんわり否定するだろうが、タイオンがいなければ、きっとこの旅はこんなに長く続いていなかったとさえ思えるのだ。


「よし、じゃあ先ずは藁人形作りからだな」
「大変そうだけど、みんな頑張ろうね」


ノアとミオの鼓舞によって、天幕にいた者たちの士気は上がる。
早速アルドンの倉庫に仕舞ってある藁から人形を作り出すため、ランツとセナを先頭に続々と人が天幕から出ていく。
タイオンはテーブルに広げられている海図を片付けるため、仲間たちが出ていった後も天幕に残っていた。
そんな彼の相方であるユーニもまた、タイオンを手伝うた天幕に残ることにした。


「流石だな。あんな策を一瞬で思いつくなんて」


海図の上に散らばっている兵駒を拾いつつ、ユーニはタイオンを褒めてみた。
すると彼は、同じように兵駒を拾っている手を一瞬だけぴたりと止めた後、再び手を動かしつつ口を開く。


「一瞬で思いついたわけじゃない。ミューに船で来る途中、シルドンたちを遠目で観察している時に考えた策だ」
「そうなの?じゃあ、マシロが殲滅する方がいいって言ってたらどうしてたんだよ?」
「一応殲滅する方針を取った時の策も考えてあったが、どうせ追い立てる方が採用されると思っていた。マシロの性格上、いくらコロニーのためとはいえ野生のモンスターに危害を加えることを良しとはしないだろうからな」


タイオンという男は、非常に用心深い男である。
様々な状況を想定して無数の策を用意し、そのすべてに隙が生まれないよう思考を張り巡らせ、一手先を読む。
マシロの返答すらも予想したうえで策を用意していたとは流石に思っていなかった。
なんだそれ。こいつ、めちゃくちゃカッコイイじゃん。

隙のないタイオンの智謀に感心すると同時に、心が躍るような感覚に陥った。
自分の功績ではないのに、タイオンの神算を目にするたび誇らしい気持ちになる。
まるで自分が褒められているような、そんなむず痒い感覚だ。
上手く形容することのできない嬉しさを胸に抱きながら、ユーニはタイオンの腕を軽く小突いた。


「全部織り込み済みだったってことか。頼りになるな、ほんと」
「はぁ……」


ユーニが褒めた後のタイオンの反応というのは大体が決まっていた。
少しだけ照れながら“別にこれくらい…”と謙遜するか、得意げな表情で“当然だ”と胸を張るかのどちらかである。
だが、今回はどちらでもなかった。
落胆したように肩を落とし、深いため息をついている。
褒められた人間の反応としては違和感しかない対応である。
“なんだよ?”と眉をひそめながら問いかけると、タイオンは“前から言おうと思っていたのだが”と前提を提示しながら話し始めた。


「君は“頼りになる”という言葉を安売りしすぎている」
「はぁ?」
「誰にでも言っているだろう。瓶の蓋を開けただけのランツやもちもちイモの皮むきが上手いだけのゼオンにまでホイホイ言ったりして。その程度で頼りになるならこのアイオニオン中の男全員が君にとって頼り甲斐があるということになってしまうじゃないか」
「そ、そうかぁ?」
「そうだろ!1週間前はノアにも言って、その前はグレイにも言っていた。その前にはイスルギ軍務長にまで……。君にとって“頼りになる男”はいったい何人いるんだ!」
「い、いや、ちょっと落ち着けって……」
「これじゃまるで、君に頼られるたびにいちいち舞い上がっていた僕が馬鹿みたいじゃないか!」
「え?」


矢継ぎ早につらつらと抗議される内容に、目を点にしながら聞いていたユーニだったが、最後の一言だけは聞き捨てならなかった。
“舞い上がっていた”?
口からするりと滑り落ちた言葉はあまりにも素直で、目の前に立っているこの男は本当にタイオンなのかと疑ってしまうほどだった。
彼が口を滑らせたたった一つの単語を見逃すことが出来なかったユーニは、駆け足のように話を進めていこうとするタイオンを咄嗟に引き留める。


「ちょ、ちょっ、ちょっと待った!舞い上がってたって何?えっ、舞い上がってたの?アタシが頼るたびにタイオン舞い上がってたの?」
「だったらなんだ。今そのそんな話はどうだっていいだろ?」
「いや良くねぇよ!結構重要だって!」
「そうやって話を逸らそうとするな」
「お前こそ逸らすなよ。ていうか、アタシが他の誰かを頼るのがそんなに気に入らねぇのかよ」
「違う!僕が言いたいのは君は誰彼構わずホイホイ頼ろうとしているから少しは節操を持てと言っているだけであって」
「同じことじゃねぇか!なんだよ“頼りになる”の安売りって。誰を頼ろうがアタシの勝手じゃん!」
「だから!特定の誰か一人を頼ればいいと言っているんだ!」
「特定の誰かって誰だよ!」
「僕でいいだろ!」


静かな天幕に、タイオンの怒鳴り声が響く。
ヒートアップしていた2人の言い合いは、タイオンの魂の叫びを最後に嘘のように静まり返った。
言われたことを上手く頭で処理できず固まるユーニと、言ってしまった事実に焦って固まるタイオン。
見つめ合う2人の間に、甘く気まずい空気が流れ始めた。
いたたまれない雰囲気に、背中がぞわぞわとする。
まずい。今すぐ脱兎のごとく逃げ出してしまいたい。
そんな衝動を耐えながらタイオンを見上げると、彼もまた見たことが無いくらい真っ赤な顔をしながら眼鏡を押し上げていた。


「と、とにかく。誰でも彼でも頼るのはやめてくれ。出来るだけ僕が力になるから……」
「お、おう」
「だから、僕を、頼ってくれ。僕だけを……」
「……うん」


タイオンの口から絞り出す一言一言が、ユーニの心をざわつかせる。
まるで視線を独占しようとしているかのようなその言動が、可愛らしくて仕方ない。
普段は淡白な男の執着心ほど、嬉しいものはない。
あぁまずい。今すぐこのもじゃもじゃの頭をわしゃわしゃっと撫でまわしたい。
でもきっとそんなことをしたら、このプライドの高い男はきっと嫌がるはず。
真っ赤な顔で“やめろっ”と焦っている様子も見たいけれど、距離感は大切にしなくてはならない。

“可愛い”が爆発しそうなところをぐっとこらえ、拳を握り締めながら小さく頷いた。
すると、タイオンは安堵したように瞳を伏せて頷き返す。
そして、数秒間黙り込んだのちユーニの首元に視線を落としながら次の攻撃を仕掛けた。


「それと、今回は君にヒーラーを担当してもらいと思っている。ノアたちの承諾も取っている」
「ヒーラー?あぁ分かった。じゃあクラス変えないとな」


今までのユーニは、アタッカーである攻騎士のブレイドを扱っていた。
暫くアタッカーとして前線で戦っていたため、後方支援型のヒーラーに回るのは久しぶりだ。
“瞳”を起動させ、使い慣れたメディックガンナーのクラスを選択する。
瞬時に服が切り替わり、パーカーにジャケットを羽織ったユーニが現れる。
やはりこの服装が一番動きやすい。
旅を始めた当初から使っていたブレイド、着ていた服なだけに、久しぶりに選択してみると安心感のようなものが生まれるのだ。


「メディックガンナー久々だなぁ」
ブレイドだけでなく、装備も変えるんだぞ?」
「装備?あぁそういえば」


つい先ほどまでアタッカー用のアクセサリーを身に着けていたため、それも外さなければ。
攻撃力が上がる効果を持つイヤリングを耳から取り外すと、懐から小さなチョーカーを取り出した。
以前タイオンから贈られた、エーテル力を増大させるチョーカーである。
首に手を回し、後ろ手にチョーカーを着けようとするユーニだったが、見えていないためなかなか着けられない。


「あれっ、つけらんね」


首を傾げながら苦戦していると、正面に立っていたタイオンが黙って背後に回った。
ユーニの手からチョーカーを引き取ると、そっと優しい手つきで首にかけていく。
タイオンの手によって難なく着けられたチョーカーは、ユーニの首元で翡翠色の石を揺らしながら光を放っていた。


「あ、ありがと……」


アクセサリーの着脱を手伝うなんて、ユーニからしてみれば“彼らしくない行動”だった。
まるで紳士的なその行動は、ミオと一緒にいるときのノアのよう。
らしくないタイオンの行動に不本意ながらドキリと胸が高鳴って、妙に恥ずかしくなってしまう。
再び正面に回ってきたタイオンを控えめに見上げながらお礼を言うと、彼は眼鏡のレンズ越しに優しく目を細めた。


「やっぱり、それが一番似合うな」


チョーカーにぶら下がっている翡翠色の小ぶりな石を指先で触れながら、タイオンは微笑む。
会心の一撃となる一言を放つタイオンを見つめながら、言葉を失ってしまう。
目を細めて笑うその笑顔が、やけにかっこよく見えた。
なんだこれ。急になんなんだ。
さっきは顔を真っ赤にして可愛かったのに、今は穏やかに笑っていて無駄にカッコイイ。
まるで“可愛い”と“カッコイイ”の反復横跳びだ。
この短時間で、いったい何度心臓が跳ねただろう。
左の胸が池のサモンのように跳ね上がるたび、ユーニの想いは加速していく。

恋とは哀れなもので、一度自覚してしまうとその呪縛から逃れられない。
相手のどんな仕草、言葉、表情すらもいちいち愛おしくなって、頭が馬鹿になる。
例えば、策を練っている時の真剣な眼差しが色っぽく見えるだとか、もちもちイモの皮むきがまともにできない不器用さが可愛いだとか、自分だけを頼りにしてほしいと強請る様がいじらしいだとか、自分が贈ったアクセサリーを着けているところを見て満足そうにしている微笑みがカッコイイだとか、そんな小さなことにもときめきを感じてしまうのだ。

タイオンといると心が躍る。
無意識に口元が緩む。
顔が赤くなる。
あぁ、らしくないのはきっと、アタシの方だ。
だったら、もっとらしくないことをしてしまえ。


「あのさ、この作戦が終わっても、しばらくヒーラーでいていいかな」
「えっ?構わないが、何故?」
「これ、出来るだけ長く着けてたい。タイオンがくれたものだから」


チョーカーに触れながら、ユーニは言う。
その一言がタイオンにとって会心の一撃になるとは知らずに。


「い、いいんじゃないか?君がそうしたいなら、その、い、いいと思うぞ」


案の定、タイオンの顔はまた赤く染まった。
かっこよかったはずの顔が、見る見るうちに“可愛い”へシフトしていく。
どっちの方が好みかと聞かれたら小一時間迷ってしまうほど、どちらのタイオンも魅力的だった。


「でもノアたちに反対されるかもな。パーティーのバランス崩すかもだし」
「その時は僕がなんとか説得する!君がヒーラーのままでいられるロールバランスをきちんと考えておくから!」
「そう?ランツとかに文句言われねぇかな?」
「言わせない!だから、ヒーラーのままでいよう。“暫く”と言わず、“ずっと”でもいい!」


ずっとは流石に飽きそうだ。
出来れば1週間に一度くらいは別のロールに回りたい。
けれど、こんなことを言ったらきっとタイオンは拗ねてしまう。
彼の感情を誰よりも理解している相方、ユーニは、必死に自分をヒーラーに留めておこうとしているタイオンを前ににやけが抑えられていなかった。

可愛い奴。

小さく笑みを零しながら、今後半月はヒーラーでいてやろうと決意するのだった。