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二次創作まとめ

これは呪いかそれとも恋か

カミュセニャ】

ドラクエ11

■ゲーム本編時間軸

■短編

 


恥ずかしい呪い、というものをご存じだろうか。
人に話しかけようとすれば声が裏返ってしまったり、魔物と戦おうとすれば過去の醜態を突然思い出したりと、突然恥ずかしくなって何も手につかなくなるという、それはそれはとても恐ろしい呪いである。
魔王を倒すため旅を続ける一行の筆頭、勇者イレブンも、その恥ずかしい呪いにかかっている。
仲間たちや町の人間に声をかけようとした瞬間、突然赤く鳴った顔を両手で隠しながらうずくまったり、魔物と対峙している真っ只中でいきなり赤面して動かなくなったりと、この呪いのせいで危機的状況に陥ったことが何度もあった。
なんとか仲間たちの協力と理解のお陰で、この呪いともうまく折り合いをつけつつ過ごしているが、常々恥ずかしい思いをしているイレブンに、セーニャは同情の念を抱いていた。

どちらかというと自分も恥ずかしがりやな方だが、あそこまで酷くはない。
何をするにも突如襲ってくる謎の恥ずかしさと戦わなければならないなんて、きっとつらいものがあるだろう。
イレブンが両手で顔を覆うたび、そんなことをぼんやりと考えていたセーニャだったが、そんな彼女の精神に僅かながらの変化が表れていた。

なんだか無性に恥ずかしいのだ。
時折、人の目をまっすぐ見れないことがある。
話をしていると、不意に顔が赤くなって、心臓がバクバクと激しく鼓動する。
何をしていても落ち着かなくて、目が合うと途端に恥ずかしくなって逸らしてしまう。
この症状に、セーニャは心当たりがあった。
恥ずかしい呪いである。間違いない。
そう確信した彼女は、姉や他の仲間たちに相談する前に、既にその呪いの餌食となっているイレブンに相談を持ち掛けた。


「えぇ!? セーニャも恥ずかしい呪いに?」
「はい。そうみたいです」


大海原を悠々とわたるシルビア号の甲板。
夕日に照らされたこの場所にイレブンを呼び出したセーニャは、真剣な表情で呪いについて打ち明けた。
自分しかその呪いの被害に遭っていないと思い込んでいたイレブンは当然驚愕し、目を丸くしている。


「お姉さまに相談しようと思ったのですが、心配をかけたくなくて、まずはイレブンさまにお話ししておこうと・・・」
「そっかぁ。僕だけじゃなく、回復薬のセーニャまでこの呪いにかかっちゃうなんて困ったね」


先述した通り、恥ずかしい呪いとは実に厄介なものである。
街中で発動したのならまだいいほうで、戦闘中に恥ずかしさに襲われれば何もできなくなってしまう。
一行の中で、回復魔法を得意とするセーニャの存在は大きく、彼女が少しでも行動を制限されるとなれば大打撃となってしまうだろう。
これは今後の戦い方をみんなで考え直す必要があるかもしれないな、とイレブンは腕を組みながら考えていた。


「ただ、私にかかっている恥ずかしい呪いと、イレブンさまがかかっているものとでは、少し違いがあるようなんです」
「違い?」
「特定の方と話したり目が合ったりするときだけ、この呪いが発動するんです」


恥ずかしい呪いにかかっていることは間違いない。
だが、すぐ近くでイレブンの呪いの効果を見ていたセーニャには、自分が襲われている呪いとの決定的な違いが見えていた。
イレブンがかかっている恥ずかしい呪いは、誰が相手でも一定の確率で発動してしまうもの。
たとえそれが街のセクシーなぱふぱふガールでも、屈強な荒くれものでも、元気に駆け回る子供でも、話しかければ恥ずかしい思いをしていしまう。
だがセーニャの呪いは全く違うものだった。
特定の人と話すときだけ不自然に恥ずかしくなり、それ以外の人相手では全く問題ないのだ。
この相違点が意味するものは一体何だろうか。
きっと先にこの呪いを経験しているイレブンならば、答えをくれるはず。


「特定の人って、つまり誰?」
カミュさまです」
「えっ」


彼女の口から飛び出た相棒の名前に、イレブンは思考停止する。
聞き間違いだろうか。
いやそんなはずはない。
確かに彼女ははっきりとカミュの名前を出していた。


カミュにだけ、呪いが発動するの・・・?」
「はい。カミュさまとお話ししているとどうしようもなく顔が赤くなってしまったり、目を合わせられなくなってしまったり、声をかけられるたびに心臓がうるさくなってしまったり、とにかくカミュさまの近くにいると恥ずかしくて仕方がないんです。今も、カミュさまのお名前を出すだけで胸が苦しくて・・・」


つらつらと症状を伝えてくれるセーニャの言葉に、呆然とするイレブン。
しかし当のセーニャはいたって真面目である。
長い間恥ずかしい呪いに悩まされてきたイレブンにはよく分かる。
彼女の症状は、恥ずかしい呪いなどでは決してない。
その症状にあえて名前を付けるなら、恋というやつだろうか。
強いて言うなら初恋か。
まさか自分の恋心を恥ずかしい呪いだと解釈してしまうとは驚きである。
このセーニャという少女は、恋愛小説やおとぎ話が三度の飯よりも好きだというのに、何故だか自分のことになると疎くなるようだ。
カミュも苦労するな。
苦笑いが似合う相棒の顔を浮かべながら、イレブンは頭を抱えた。


「えっと、セーニャ。その呪いのこと、いっそカミュに話したら?案外すぐに解決するかもしれないよ?」
「それはダメです!カミュさまを見るたび呪いが発動するなんて言ってしまったら、お優しいカミュさまのこと、きっと気を遣われてしまいますわ」


気を遣うどころか、下手したら向こうも赤面すると思うが。
彼女の体を蝕んでいる恋の呪いの症状について馬鹿正直にカミュに話せば、とにかくドキマギしてしまうだろう。
いっそ正直に話してうまくいけばいいのに。
そんなことをイレブンが考えているなど露知らず、セーニャは赤面して視線を甲板の床に落とした。


「それに、こんなことをカミュさまに打ち明けるだなんて、恥ずかしいですわ」


長いまつげを伏せ、頬を赤らめて瞳を揺らすセーニャなんとも可愛らしい。
恋する乙女は綺麗になるものだとシルビアが言っていたが、その通りかもしれない。
その顔でカミュに話せば、きっとイチコロだろうに、もったいない。
だが、奥手な彼女が恥ずかしいというのなら、無理強いは出来ない、
恥ずかしい呪い、恐るまじ。
イレブンは、この後起こるであろうこの恥ずかしい呪い(仮)が巻き起こすカミュとセーニャの喜劇を想像し、思わず笑みをこぼした。


********************


セーニャの心を蝕む恥ずかしい呪いは、次第にその威力を増していった。
以前まではカミュと手が触れ合ったり、長く二人きりで話していたりするとほんのり恥ずかしくなったり、顔が赤く鳴ったりする程度だったが、あれから暫くたった今は、目が合ったり近くに着たりするだけで心臓が晴れるしそうなほど苦しくなったり、どうしようもなく落ち着かなくなったりしてしまう。
いつか顔から火が出そうになることを恐れ、出来る限りカミュと二人きりにならないようにしてはいるが、それでも長い旅の中で彼と二人で行動しなくてはいけなくなる状況は起こりうる。
そのたび恥ずかしくて恥ずかしくて、もう消えてしまいそうになるほどである。

何度か教会でこの呪いを解いてもらおうと神父に相談してみたが、呪いが解けることもなく、ただただ恥ずかしさが増すばかり。
このままではいけない。
これ以上症状が重くなったら、他の仲間たちに迷惑をかけてしまうかもしれない。
それに、カミュにも申し訳ない。
耐性をつけなければ。

そんなことを考えていたある日の朝。
いつもより早く起きてしまったセーニャは、眠っているベロニカやマルティナを起こさないよう、そっとテントを抜け出した。
外へ出たセーニャの視界に、太陽の光と共に青い髪が飛び込んでくる。
その後ろ姿を見た瞬間、セーニャの心臓はうるさく騒ぎ出す。
カミュが1人で朝食の準備をしていたのだ。
そういえば、今日の朝食当番がカミュだったことをすっかり忘れていた。
どうしようか。テントに戻ろうか。
いやでもせっかくカミュが朝食の準備をしてくれているのだから、手伝わなくては失礼ではないだろうか。
でもでもカミュと二人きりだなんて恥ずかしすぎる。
いやでも・・・


「セーニャ、おはよう」


テントの入口でオドオドしていたセーニャに声がかかる。
聞き慣れた声に肩を震わせたセーニャは、恐る恐る声の主の方へと顔を向けた。
カミュが、リンゴの皮をむきながらこちらを見つめている。
あぁ、恥ずかしい。
今すぐ逃げ出してしまいたい。
でも、これはこの呪いを克服するチャンスかもしれない。
ごくりと生唾を呑んだセーニャは、心の中で意気込みを入れた。


「お、おはようございます、カミュさま」


結局、セーニャはカミュと並んで朝食の準備をすることになった。
カミュは遠慮していたが、いくら当番とはいえ彼一人に準備を任せきりにするのは忍びない、
前回訪れた街で購入したパンを切りながら、誰か起きて来てくれないかなと祈るセーニャだったが、いつも早く起きてくるロウやマルティナが、今日に限ってなかなか起きてこなかった。
2人きりの時間が、1秒、また1秒と長くなっていく。
セーニャを襲う恥ずかしさも次第に大きくなっていく中、カミュは何か話しかけ来ていたが、ほとんど頭に入ってこなかった。


「んっ・・・」


心落ち着かぬまま、セーニャはパンに塗るためのジャムの便を手に取った。
ふたを開けようとするセーニャだったが、いくら力を入れても空きそうにない。
真空状態になったジャムの瓶は、女性のセーニャの力では到底空きそうもないほど固くなってしまっていた。
力を込めて開けようとするセーニャだったが、そんな彼女の手から不意にジャムの瓶がひったくられる。


「いよっと。ほらよ、開いた」


カミュによって奪われたジャムの瓶は、蓋が空いた状態でセーニャの手元へと帰ってきた。
あんなに力を込めても一向に開かなかったというのに、カミュの力によっていとも容易く開け放たれてしまった瓶の中身を見つめながら、セーニャは胸がきゅっと締め付けられるような感覚に陥った。
涼しい顔で力の差を見せつけてくるカミュは無性に頼りがいがあって、優しくて、それでいてかっこいい。
あぁだめだ。
これ以上カミュと一緒にいると、きっとだめになる。


「ありがとう、ございます・・・」


胸が苦しくて、息が詰まる。
必至の想いで絞り出したお礼の言葉は、きっと震えていた。
赤い顔を隠すようにカミュに背を向けたセーニャだったが、彼が視界から消えても胸の高鳴りが収まりそうもない。
なんて厄介な呪いなのだろう。
カミュが近くにいると思うだけで、胸が締め付けられて、顔が赤くなって、恥ずかしい。
開いた状態の瓶を胸に抱えながら、セーニャはしばらく動けずにいた。


********************


「セーニャに避けられてるような気がする」


カミュからそんな相談を持ち掛けられたのは、セーニャから恥ずかしい呪い(仮)について聞かされた2週間後のことだった。
ここまで意外に早かったなと感心しつつ、イレブンはカミュの言葉に相槌をうつ。
呼び出されたのもセーニャの時と同じくシルビア号の甲板。
この二人は妙なところで似ているような気がした。


「そんなことないと思うけど」
「いや。絶対避けてる。俺が話しかけよとすると明らかに逃げるし、目も合わせようとしねぇ」


甲板に置かれた重い樽の上に腰かけ、腕を組みながら遠くの海を見つめるカミュの目からは生気が感じられない。
あの日のセーニャと同じく、彼に甲板に呼び出されたイレブンは、さざ波の音をBGMにカミュの相談事に耳を傾けていた。
今、この甲板に二人以外の人影はない。
それをいいことに、カミュは死んだ目をしながら彼らしくもない情けないため息をついていた。


「なんでだか分かるか?」
「うーん、さぁ・・・」


無論、セーニャがカミュにそのような態度を取っている理由はよく知っている。
だがこれは第三者である自分が告げ口するようなことではないし、内緒にしておくのが一番だと判断したわけだが、そんなイレブンの返答に不満を隠せないカミュは組んだ足の上で頬杖をつく。
セーニャがカミュを意識的に避けているのも、目を合わせようとしないのも、すべては恥ずかしいからである。
好きだから避けてしまうという、なんとも可愛らしい理由なのだが、まったく事情を知らないカミュからしてみれば理由もなく避けられているようにしか感じ取れない。
落ち込むのも無理はないだろう。


「もしかして、あいつ」


顎に手を添え、眉間にしわを寄せながら考えるカミュ
もしやセーニャの想いに勘付いたのか。
そう期待したイレブンだったが・・・。


「オレのこと嫌ってるのか」


真逆の回答をたたき出したカミュに、イレブンは思わず脱力してしまう。
なぜそうなる。
いや、女性に避けられている状況ならばそう判断してもおかしくはないか。


「何でそう思うの?」
「この前一緒に歩いてるとき、ちょっとキツめの段差があったから転ばないように手を差し伸べたんだよ。そしたら手ぇ握り返しながらすっげぇ苦い顔してきたし。子ども扱いされたと思って不愉快だったのかもしれねぇ」


気遣いで手を差し伸べてくれたカミュにときめいて目を合わせられなかっただけだろう。


「森を歩いてた時、セーニャの髪が枝に絡まっちまったからほどいてやったんだけど、いくら声かけても何も反応が無かったし。女は髪触られるの嫌がる奴もいるだろ?馴れ馴れしすぎたのかも」


近い距離で髪に触れられている状況が恥ずかしすぎて硬直していただけだろう。


「昨日も二人で朝食の準備してて、セーニャがジャムの蓋開けるの苦戦してたから代わりに開けてやったら、思いっきり顔逸らされたし。自分の力で開けたかったのに余計なことすんなってことか?」


カミュのやさしさとたくましさを実感してドキドキしていただけだろう。

彼が思い浮かべる“嫌われている根拠”は、すべてセーニャの恥ずかしさからくる言動で会った。
嫌われているどころか、ものすごく好かれているというのに。
このままでは、カミュはセーニャのことを誤解していしまうかもしれない。
嫌われていると分かった相手に対して、好意を向ける者はなかなかいないだろう。
恥ずかしくなるほど彼を想っているセーニャのためにも、ここはカミュの誤解を解かなくては。
口を開こうとするイレブンだったが、そんな彼の言葉は、カミュの口から出た深いため息寄って阻まれてしまった。


「はぁ・・・。人に嫌われるのには慣れてるけど、セーニャに嫌われるのが一番キツイよな・・・」


遠く地平線のかなたを見つめながらため息をつくカミュの表情は、憂いに満ちていた。
落ち込んでいるような、悲しんでいるような、そんな儚い顔。
気のせいだろうか。
その顔はまるで、恋に患っているように見えた。
セーニャに賭けられた呪いが、恋の呪いだというのなら、カミュもきっと同じ呪いにかかっている。
根拠はない。
ただ、もしかするとセーニャの恋の行方にも、希望はあるのかもしれない。
そんなことを考えつつ、イレブンはそれ以上口出しすることをやめた。


*********************


ソルティコは広大なロトゼタシアの中でも有数のリゾート地である。
白で統一された外壁は海の青によく映える。
美しいこの街に立ち寄るたび、セーニャはいつも心躍る気分だった。
しかし、今日ばかりはいつものようにはしゃぐ気に慣れそうにない。
それもこれも、セーニャの心を支配する呪いのせいだ。

街について早々、仲間たちは各々好きな場所へと離散していく。
イレブンとマルティナ、ロウはいい装備品を求めてカジノへ。
シルビアとグレイグはジエーゴのもとへ。
ベロニカは海が見たいと言ってビーチの方へと遊びに行ってしまった。
姉を追おうかと思ったセーニャだったが、カミュも海の方へ行こうとしていることを知り、慌てて辞退した。
ベロニカが一緒とはいえ、カミュと一緒に行動するだなんて心臓がもちそうにない。
セーニャは一人、今日の宿を確保するため宿屋への予約へと向かった。

宿屋の確保はあっさりと終了し、セーニャは一人ソルティコの街をさまよっていた。
さて、これからどうしようか。
姉と合流しようにも、きっと今はカミュが一緒にいる。
ならばカジノに行ってイレブンたちと合流しようか。
だが、セーニャはあのカジノ独特の煩いコインの音があまり好きではなかった。
出来ればあまり立ち寄りたくはない。
ならばグレイグやシルビアを追ってジエーゴの屋敷に向かおうか。
だが、行ったところで親子と子弟の時間を邪魔してしまうのではなかろうか。
ならば一人でカフェにでも入って時間をつぶそうか。

ソルティコの小道を歩きながら、セーニャは当てもなく前へと進む。
すると前から、見慣れた人影がこちらに向かってくるのが見えた。
黒い大海賊のコートを羽織った青い髪。
あれは間違いなく、カミュだった。
まずい。この細い路地の上では、気付かないふりをしてすれ違うなど困難だ。
かと言って引き返そうにも、前を歩いているセーニャに気付けばカミュは必ず声をかけてくるだろう。
どうしよう、逃げられない。
そうこうしているうちに、前方からやってきたカミュは立ち尽くすセーニャに気が付いた。


「セーニャ。何やってんだこんなところで」
「い、いえあの・・・し、失礼します!」


やはりというか当然というべきか、一歩一歩カミュが近付いてくるたび、セーニャの心臓は着実に鼓動を速めていった。
彼と正面で話しているだけで顔から火が出そうだ。
今すぐ逃げ出したい。
そんな衝動にかられ、カミュの脇をすり抜けようとしたセーニャ。
しかしそんな彼女の細い腕を、カミュはとっさにつかみ上げた。


「ちょっと待てよ。なんでそんなに避けるんだ」


まさか捕まるとは思っていなかったセーニャはひどく動揺する。
彼に捕まれている右腕が熱い。
早く離れなければ、きっと恥ずかしさで混乱してしまう。


「さ、避けてなんて・・・」
「避けてるだろ!今だってオレの顔ちっとも見ようとしねぇし・・・」
「そ、それは・・・とにかく離してください!」
「いやだ。離したらまた逃げるだろ」


赤く鳴った顔を見られたくなくて、顔を背けていたセーニャだったが、その行為がカミュの神経を逆撫でしてしまったらしい。
一層近い距離で詰め寄られ、焦ったセーニャはなんとか掴まれている手を振りほどこうとするが、余計に力は強まるばかり。
やがてこれ以上抵抗されまいと、カミュはセーニャの背中を路地の壁に押し付け、彼女の頭の両脇に手を突き逃げ場をふさいでしまう。
壁に追いやられたセーニャの目の前にあるのは、カミュの整った顔。
そして顔のすぐ横にあるのは、壁に就いた彼の手。
紅潮した顔を隠そうにも、もはや逃げられそうもない。


「そんなに俺のことが嫌いか?」
「そんなこと・・・」
「なら理由を教えてくれ。お前の行動にいちいち一喜一憂させられるこっちの身にもなれ」


顔が近い。
彼の青い瞳に、真っ赤な顔をした自分が映っているのが分かる。
彼の目に、自分はこんな顔で映っているのかと思うと、恥ずかしくて仕方がない。
体中の温度が徐々に徐々に上がっていくのが分かる。
恥ずかしい呪いという名の熱に侵されたセーニャの精神は、もはや限界だった。
カミュの肩を両手で押しのけると、セーニャはまるで爆発したかのように大声でわめき始めた。


「は、恥ずかしいんです!カミュさまを見てると、無性には恥ずかしくなって、平静ではいられなくなるんです!」
「は、はぁ?」
「話しているだけで恥ずかしくて仕方がないのに、そんなに近くで見つめられたら、恥ずかしすぎて死んでしまいます!もう恥ずかしすぎて辛いんです!」


ソルティコの細い路地に、セーニャの悲鳴にも似た声が響き渡る。
まくしたてるように早口で告げられたまさかの言葉に、カミュはあただ茫然と立ち尽くしているほかなかった。
こんなに大声を出したのはいつぶりだろう。
いつもははしたないからと、なるべく大きな声を出さないように努めているが、今は感情が爆発してしまって抑えが聞かなくなっている。


「恥ずかしい、って、それ・・・。」
カミュさまのことを嫌うなんて、ありえません。でも、どうしても二人きりになると心臓がどきどきして、どうしようもなくなるんです。今も、すごく緊張してしまって・・・」


赤い顔に潤んだ瞳。
憂いを帯びた表情。
そのすべてが扇情的で、カミュの心を惑わせる。
恥ずかしいだとか緊張するだとか、そんなことを言われたらこっちだって普通じゃいられなくなる。
彼女は、自分の中に生まれたその感情の正体を分かっているのだろうか。


「と、とにかく、ただ恥ずかしいだけなんです。嫌いなわけではないので、それでは・・・っ」
「あ、おいセーニャ!」


脱兎のごとく腕の中からすり抜けてしまったセーニャ。
小さくなっていく彼女の背を見つめながら、カミュの頭の中に張り巡らされた糸が次第にごちゃごちゃと絡み合っていく。
恥ずかしいからと叫びながら顔を真っ赤に染める彼女の態度は憎たらしくらいに分かりやすく、カミュの心を乱すには十分な威力を発揮する。


「マジか・・・」


口元を片手で覆いながら脱力し、壁に寄りかかるカミュは気付いていない。
自分もまた、セーニャと同じく赤い顔をしていることに。