Mizudori’s home

二次創作まとめ

くらがりのふたり

カミュセニャ】

ドラクエ11

■ゲーム本編時間軸

■短編



 


数日間滞在した街を出発して2日。
険しい山道に差し掛かった勇者一行は、急な登り道に体力をすり減らしながら前へ前へと進んでいた。
これまで多くの戦いを経験し、片手では数え切れぬほど危険な目に逢ってきた彼らだったが、さすがに丸一日山道を歩き続ければ疲労も溜まる。

日暮れが近付いてきたところで、そろそろキャンプにしようかという話になっていたその時だった。
絶壁の影から魔物の群れが飛び出してきたのだ。
厄介なことに彼らの数は多く、出くわした場所も川を背にした崖の上。
一番戦いたくない場所で魔物と鉢合わせしてしまった不運を呪いながらも、一行の先頭に立つイレブンは剣を構えた。

最初に魔物へと襲い掛かったカミュを切り込み隊長として、イレブンを中心にシルビアとマルティナが前衛で戦い、ロウとベロニカが後衛にて魔法で援護。
そして一番後ろでセーニャが回復などのバックアップを行う。
これが一行の戦い方だった。

しかし、今回は狭い足場が仇となり、戦っているうちに次第にその陣形が崩れていってしまう。
絶壁の道に溢れ返るようにして殺到している大量の魔物たちが、早くこの場を切り抜けなければと急いている一行を一層焦らせる。
事態はそんな戦闘の最中に起きてしまった。


「うわっ!」


イレブンと並ぶように戦っていたマルティナが、魔物の触手によって体ごと払いのけられてしまう。
魔物たちは、まるでイレブンが勇者その人だと分かっているかのように、守りが手薄になったイレブンめがけて攻撃を仕掛けてきた。


「あぶねぇ!」


敵の動きにいち早く反応したのはカミュだった。
短剣を片手にイレブンの前に飛び出すと、伸びてきた敵の触手が真正面から直撃してしまう。


「ぐあっ!」
カミュ!」


右手に持っていた短剣が弾かれたと同時に、カミュの体は大きく後方へと吹き飛ばされてしまう。
イレブンの彼を呼ぶ悲痛な叫びが峡谷に木霊するが、宙に打ち上げられたカミュの体を引き留められるわけもない。
カミュの体は後方の崖に叩きつけられ、転がるようにして断崖から落ちてしまう。
何とか右手で崖の出っ張りに捕まることが出来たのは、カミュの咄嗟の反射神経によるものだった。


カミュさま!」


一番後ろで回復呪文を唱えていたセーニャが急いで崖の先端に駆け寄り、カミュの右腕を掴む。
しかし、引き揚げようにも力の弱いセーニャ一人では成人男性であるカミュを引っ張り上げることはかなわなかった。


「セーニャ!カミュ!」


カミュの引き上げを手伝うために駆け寄ろうとするベロニカだったが、一歩後ろに踏み出した瞬間に違和感を感じてしまう。
崖を形成している岩場が、ミシミシと音を立て始めているのだ。
やがて、ベロニカとセーニャたちを分断するかのように地面に亀裂が入る。


「い、いかん!近づいてはならん。崩れるぞ!」
「でもセーニャが!!」


今にも飛び出そうとしているベロニカを、ロウは両手杖で抱き込むように静止している。
このままセーニャとカミュを助けるために前に出れば、まとめて川へと一直線に落ちてしまうだろう。
ベロニカを守るために起こした行動だったが、妹が危険に晒されている状況を黙って見ているわけにはいかないベロニカは必死でもがく。
そんなロウとベロニカ背後では、今もイレブンたちと魔物による必死の攻防が繰り広げられていた。
セーニャたちとベロニカたちを阻む崖の亀裂は次第に大きくなり、やがて一層足場を脆くしてしまう。
そしてついに、セーニャとカミュをこの場につなぎとめていた地面は、大きな地響きとともに崩れ落ちてしまった。


「セーニャ!!」
「お姉さま!」


妹へと必死に手を伸ばすベロニカだったが、幼児の腕では届かない。
カミュとセーニャは、岩や砂とともに、数十メートル下の川へと転落していった。
脆くも崩れ去った岩場を前に、妹の名前を呼ぶベロニカの声だけが渓谷に響き渡るのだった。


******************


崖下を流れる川は意外にも深く、体を包み込むような冷たい水のお陰で、カミュは川底に叩きつけられずに済んだ。
しかし、川の急流は容赦なく彼の体を押し流し、体の自由を奪う。
流されながらも周囲を見渡すと、陸地から伸びた長いツタが大岩に絡まっているのが見えた。
必死に手を伸ばしそのツタに掴まると、なんとか急流から身を守ることが出来た。
安全を確保できたと一瞬だけ安堵したカミュだったが、自分の肩に何かが当たる感覚にハッとする。
流されて肩に当たったのはセーニャのステッキだった。
そうだ。セーニャも自分と一緒に落ちたはず。彼女はどこだ。
見渡すと、自分が流されてきた方から同じように急流に飲み込まれそうになっている人影が目についた。
セーニャである。


「セーニャ!掴まれ!」
「か、カミュさま・・・!」


カミュによって差し伸べられた自分のステッキを必死で掴むセーニャ。
彼女が捕まったことを確認すると、カミュは渾身の力で彼女を引き寄せた。
腰を抱き、なんとかその体を捕まえようとするカミュの首に、セーニャは腕を回す。
冷たい川の水にさらされ、セーニャの美しい金髪はひんやりと冷え切っていた。


「大丈夫か、セーニャ」
「はい・・・カミュさまもご無事で・・・」


********************


陸地に上がることが出来た二人は、息も絶え絶えにその場に座り込んでしまった。
崖から落ちた上に、冷たい川に流されてしまった彼らの体力は限界に近い。
おまけにびしょ濡れになった衣服を身に纏っていることで、体が冷え込み余計に体力が奪われてゆく。
カミュは着ていた服の袖をぎゅっと絞り、服が吸収した水を絞り出していく。
その横では、セーニャが腰を抜かした状態でぜぇはぁと息を整えていた。


「散々な目にあったな。平気かセーニャ」
「は、はい。なんとか・・・」
「随分流されちまったが、はやいとこイレブンたちに合流しなきゃな」
「そうですね。行きましょ・・・あッ」


立ち上がろうとしたセーニャだったが、突然全身の力が抜け落ち。再びその場に座り込んでしまう。
どうやら川に流されているうちに利き足をくじいたらしい。
彼女の足首は赤く腫れあがっていた。


「足、怪我したのか」
「少しひねっただけです。このくらいなんとも・・・」
「無理すんな。この辺は強い魔物も多いし、とりあえず休めるところを探そう」
「しかし・・・!」
「いいから!」
「きゃあ!」


眉をひそめ、悔しそうにごねるセーニャ。
そんな彼女にしびれを切らしたカミュは、細い彼女の両ひざの裏に腕を差し入れ、軽々と横抱きにしてしまう。
突然浮遊感に襲われたセーニャは怯え、思わずカミュの首にしがみついた。


「お、おろしてくださいカミュさま!一人で歩けます!」
「馬鹿言うなって。無理矢理歩いて悪化するよりマシだろ?」


真っ赤な顔で恥じらうセーニャだったが、彼女の要望をカミュが受け入れることは無く、横抱きにしたままの状態で岩場の道を歩き出した。
ここは足場が悪い。
捻挫している人間がそのまま歩けば悪化は必至だろう。
かといって、あの場にとどまっていては魔物たちの格好の的になる。
川に落ちる直前に武器を手放してしまっていたカミュには戦う術がなく、今はイレブンらと合流するために歩き回るよりは、安全を確保することが第一優先事項であった。


「すみませんカミュさま。足手まといになってしまって・・・」
「何言ってんだよ。そもそもあの崖から落ちたのは俺の責任だろ?セーニャが謝ることねぇって」


崖上での戦闘時、カミュが魔物に吹き飛ばされたことがきっかけで崖から落ちることになってしまった。
カミュを助けようと手を伸ばしたセーニャは、いわば巻き添えを喰らった形である。
むしろカミュは、自分を助けようとしたばかりにこんな目に逢わせてしまったセーニャに対し、罪悪感を強く感じていた。
腕の中で小さくなっているセーニャに、カミュは薄く微笑みかける。
そんなカミュの前向きな言葉に多少は肩の荷が下りたのか、セーニャもまた小さく笑って頷いた。


「あ、カミュさま。あそこ」
「洞窟か。ありがたい。あそこでしばらく休むぞ」
「はい」


髪や服からしたたり落ちる水滴を気にする暇もなく歩き続けていたカミュに、彼の腕の中にいるセーニャが声をかけた。
彼女が指さす先に見える小さな洞窟は、消耗した二人が身を隠すにはうってつけの場所である。
迷うことなくその洞窟に入ってみると、意外にも奥行きが十分にあり、魔物たちの目から隠れるのに最適であった。
つい数日前にも誰かがこの洞窟で休んでいたのだろう。
都合よく焚火の跡まである。
セーニャをそっと地面におろしたカミュは、慣れた手つきで薪に火をつける。
彼が灯した炎は、暗く冷たい洞窟に明るさと暖かさをもたらしてくれた。


「よし、ここなら一晩くらいは休めそうだな」
「そうですね。・・・ってカミュさま!? どうして服を脱ぐんです!?」


濡れた服をさっさと脱ぎはじめたカミュに、セーニャは戸惑い急いで制止しようとする。
しかし当のカミュは何故そこまで驚かれるのか全く分かっていない様子で首を傾けていた。


「どうしてって・・・濡れた服のままだと風邪ひくだろ。セーニャも脱げよ。俺が前に着てた装備貸してやるから」


カミュから投げ渡されたのは、彼が最初に会った頃来ていたカーキー色の服。
こちらも水に浸かったため多少は濡れているが、今の服を着ているよりは暖が取れるだろう。
以前まで着ていた装備を一式街で売り払ってしまったセーニャにとって、カミュからの服の提供は非常にありがたいものであった。
気を遣って背を向けてくれているカミュの言葉に甘え、セーニャは彼の服に着替えることにした。
シュルシュルという衣擦れの音を背後に聞きながら、カミュはほんの少しだけ自分の鼓動が速くなっていることに気が付く。

仲間とは言え、すぐ後ろで同年代の美人が着替えているという状況は、まだ若いカミュには不慣れすぎる。
一緒にいるのが幼児の体をしたベロニカだったなら、こんなにも悶々としなかったのかもしれない。
余計な考えを振り払うかのように、カミュは予備として用意しておいた大海賊のコートを肩から羽織る。
これで少しは暖がとれそうだ。
そんなことをぼんやりと考えていると、後ろから声がかかった。


「もう、いいですよ」


恐る恐る振り返ると、そこには自分の服を身にまとったセーニャが恥ずかしそうに俯きながら座っていた。
セーニャにとってカミュの服は少々大きいようで、丈の短いワンピースのように着こなしている。
自分の服を着て、恥じらい顔を赤らめているセーニャ。
彼女の姿を見た瞬間、何故だか顔中に熱が昇ってくる感覚を覚え、カミュはとっさに視線を外す。
だめだ。余計なことは考えない方がいい。
それ以上の思考を遮断するかのように、カミュは目の前で燃え盛る炎を一点に見つめることにした。


「お姉さまやイレブンさまたち、大丈夫でしょうか。大量の魔物に取り囲まれていましたけど・・・」


膝を抱え、背中を小さく丸めたセーニャがつぶやく。
オレンジ色の炎を見つめながら、彼女の瞳は不安げに揺れていた。


「マルティナやシルビア、それにロウじいさんも一緒なんだ。大丈夫だろ。というか向こうからしてみれば、俺たちの方が心配されてるんじゃないか?」
「そうですね。あんなに高いところから落ちて無事だったなんて、自分でも信じられません」


カミュたちが落ちた場所は、まさに断崖絶壁と呼ぶにふさわしい場所だった。
あそこから落ちて捻挫だけで済むとはまさに奇跡と言えるだろう。
今頃イレブンたちは必死になって自分たちを探しているかもしれない。
けれど、武器を持っていないカミュと負傷しているセーニャだけでは、魔物はびこるこの渓谷を歩き回るのは危険すぎる。
歯がゆい思いをしながらも、この場を動くわけにはいかなかった。


「でも私、一緒にいるのがカミュさまでよかったと思っています」
「なんでだ?」
「だって、カミュさまは一番頼りになりますから」


セーニャからの評価は意外なものだった。
世話焼きであるという自覚はあるが、あの猛者ぞろいの一行の中で一番頼りになるという言葉は自分に相応しいとは言い難い。
セーニャと同性であり腕もたつマルティナや、逆境にあっても飄々とした態度を崩さないシルビア、人生経験豊富なロウに比べれば、自分などセーニャにとっては寄りかかり甲斐のない存在だと思っていた。


「頼りになる?俺がか?」
「はい。カミュさまがいてくれたから、こんな状況でも落ち着いていられるのだと思います」


穏やかに微笑むセーニャからは、確かに不安の色は見えない。
仲間や姉と別れ、魔物だらけの場所で負傷しているという最悪な状況だというのに、彼女は落ち着き払っていた。


「ふぅん。意外だな」
「意外?」
「俺とお前は性格的にも正反対だし、どちらかというとイレブンと一緒にいる方が楽なのかと思ってたからな」


元盗賊のカミュと、聖地ラムダで箱入り娘の如く大切に育てられてきたセーニャ。
2人の生い立ちや生き方、性格はまるで正反対で、仲間たちの中でも対極に位置しているとカミュは考えていた。
それはセーニャも同じだったらしく、彼の言葉に鈴の音を転がしたような軽やかな声で笑う。


「そうですね。確かに私とカミュさまは正反対かもしれません。イレブンさまは守るべき勇者様で、二人きりになると気を張ってしまうと思うんです。でも、カミュさまと一緒にいると不思議と落ち着きます。この方と一緒ならきっと何があっても心配いらないなって」
「過大評価過ぎないか?」


純粋無垢なセーニャからのまっすぐな言葉は、カミュの心を刺激する。
なんとなく照れくさくて、カミュは鼻先を軽く掻きながら視線を泳がせた。


「確かに最初はちょっとだけ怖い人なのかなって思っていました。でも、一緒に旅をしていく中で分かったんです。カミュさまはすごく優しくて、包容力のある方なのだなと」
「お、おいもうそのくらいで勘弁してくれ」


家族や友人の温かみからは無縁ともいえる生活を送っていたカミュは、褒められることに慣れていない。
セーニャからの言葉は素直にうれしかったが、同時に筆舌に尽くしがたい居心地の悪さも感じていた。
しかし、それでもセーニャは止まらない


「旅の途中、みなさんが体調を崩したり負傷したりした時、真っ先に気が付くのはいつもカミュさまですし、先ほどもイレブンさまを身を挺して守っておられました。私、カミュさまほど周りをよく見ていらっしゃる方はいないと思うんです」
「セーニャ、おい・・・」
カミュさまは本当に強くて優しくて、素敵な方です」
「だ・か・ら!もうやめろって。マジで勘弁してくれ」


セーニャからの誉め言葉による攻撃は、カミュの心に会心の一撃を与えたらしい。
真っ赤になった顔を片手で覆い隠すようにしてうなだれているカミュの様子に、セーニャはまたしてもけたけたと声を挙げて笑った。


「すみません。少しからかい過ぎましたね」
「からかってる自覚あったのかよ・・・」


天然な人間はたちが悪い。
その言動が無意識によるものなのか、意識的なものなのか判断がつきにくくなるからだ。
今回はからかう目的でわざと褒めちぎっていたようだが、彼女の場合無意識に口を突いて出た本心だったということも考えられる。
褒められ慣れていないカミュは、たとえ冗談だったとしてもセーニャの言葉に照れを隠し切れない。
彼女の渾身のからかいは成功だったと言えるだろう。


「でも、全部本心ですよ」


楽しそうに声を挙げて笑ったあと、セーニャはその柔らかな笑顔を崩さぬままつぶやいた。
その言葉も、からかいの一環なのか。
それにしては、冗談には聞こえない。
彼女の本心が知りたくて、横に座る顔に目を向けてみると、彼女もこちらを見つめていた。
交わる視線。一瞬の静寂。
彼女の大きな瞳に映る自分の姿を見て、カミュは初めて気が付いた。

そうだ、俺は今、セーニャと二人きりなんだ。

彼女の宝石のような瞳をずっと見つめていると、不思議と己の中にあった理性がゆるりゆるりと溶けていくような気がした。
聖なる魔法を操る彼女は、その瞳にも魔力を秘めているのだろうか。
まるで巨万の宝石を見つけた時のように、無意識にその瞳に引き寄せられていく。
揺れる瞳から目が離せない。
愛おしさにカミュが目を細めたその時だった。


「っくしゅ!」


その場の雰囲気には不似合いな一つのくしゃみが、セーニャの口から飛び出した。
彼女の生理現象によって一気に崩れ落ちた静寂とともに、カミュのとろけていた理性がよみがえってくる。
自分は今何をしようとしていたのか。
問いかけるまでもなく己の不埒らを自覚していたカミュは、羞恥心と罪悪感にいたたまれなくなって目を逸らす。


「すみません。ちょっと冷えたみたいで」


鼻をすすりながら笑うセーニャ。
どうやら彼女は、つい先ほどまで飢えた狼のごときカミュの前で無防備をさらしていたことに気が付いていない様子。
このときばかりは、どんな状況にあってもふわふわとしている彼女の性格に救われた。


「あ、あぁ・・・川に落ちたわけだしな」


カミュはごまかすように必死で言葉を紡ぐ。
焚火を焚いているとはいえ、全身水に浸かっている状態であることには変わりない。
クレイモラン出身で寒さに強いカミュはともかく、屈強という言葉とは程遠い存在であるセーニャには耐え難い環境だろう。
そこでカミュはひとつの行動に思い立った。
先ほど自分を盛大にからかってくれた彼女への仕返しと。消化不良のまま仕舞い込んでしまった己の心へのささやかな慰めである。
セーニャとの距離を縮めたカミュは、肩から羽織っていた大海賊のコートを大きく広げ、隣の彼女の華奢な肩を包み込む。


「あ、あの、カミュさま・・・!?」


一枚のコートを二人並んで羽織った二人の距離はあまりにも近い。
コートと一緒に肩に添えられたカミュの手が、セーニャの肩を引き寄せていることで、二人の間にわずかな隙間すら消え失せてしまった。
突然の出来事に、セーニャは戸惑ってしまう。
揺らめく焚火の炎を前に、異性に肩を抱き寄せられているのだから。


「こうしてれば暖まれるだろ」


人肌のあたたかさは、何よりの暖になる。
バイキングの下っ端として荒波に揉まれ、何度もひもじい思いをした経験がるカミュはそれをよく知っていた。
あの頃は、妹とよくこうして肩を抱き寄せあって暖を取っていた。
今みたいに、たった一枚しかない厚手のコートを二人で羽織って。
けれど、セーニャにはカミュのような思い出などあるわけがない。
女兄妹しかいない彼女にとって、歳の近い異性とこうして密着する機会などそうそうないのだ。
戸惑いと恥じらい。
二つの感情がセーニャの思考をかき乱す。


「嫌だったか」


俯いたまま何も言わないセーニャに不安を覚えたカミュは、彼女の顔を覗き込む。
そして隠すように下を向いた彼女の表情を見た途端、カミュは心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に陥った。
赤く染まった顔に、泣き出しそうな潤んだ瞳。
彼女は明らかに、カミュという一人の仲間を男として意識していた。


「い、いえあの・・・嫌というわけでは・・・。ただ、男性にこういうことをされたことが無いので、ちょっと緊張してしまって・・・」


セーニャはこのような状態にあっても、どこまでも素直であった。
緊張や動揺を隠すことなくさらけ出せる彼女の態度に、カミュはなんだかおかしくなって、思わず吹き出してしまう。


カミュさま?」
「悪い。さっきからかわれた仕返しのつもりだったんだが、やりすぎちまったな」


カミュの“仕返し”は、セーニャの恥じらう顔を引き出すという絶大な効果をもたらしてくれた。
目には目を。歯には歯を。
からかいにはからかいを。
作戦成功に上機嫌になっているカミュとは対照的に、からかい返されたセーニャは驚きに満ちた顔で隣のカミュを見つめている。
やがてその顔はむくれた表情に変化し、あまり迫力のない顔でカミュを威嚇し始めた。


カミュさまひどいです!そんなつもりなら離れてください!」
「何言ってんだよ。寒いんだろ?」
「もう寒くありません!」
「嘘つけって。ほら、手冷たくなってるぞ?」
「っ!だから!もうからかわないで下さいよ!」


からかわれたことに怒り、距離を取ろうとカミュの胸板を力いっぱい押すセーニャと、一層抱き寄せようとするカミュ
その状態で彼女の白い手を握ってみると、面白いくらいに再び顔を赤くした。
なるほど。彼女をからかうのは面白い。
言葉では怒っているようではあるが、どちらかというと羞恥心からくる動揺でしかないようだ。
静かだった洞窟には、カミュの笑い声とセーニャの悲鳴にも似た抗議の声だけが響いている。
それから数十分の攻防の後、ようやく大人しくなったセーニャを腕に閉じ込めたカミュ
干してあった二人の衣服はいつの間にか渇き、体を支配していた寒さもどこかへ消え失せてしまっていた。
それでも、二人はこの洞窟から出ようとはしなかった。
どちらも口には出さなかったが、もう少しだけ二人きりの空間に身を置いていたかったから。
やがて陽が沈み、夜が訪れても、洞窟から二人の話し声が途切れることは無かった。


********************


太陽が昇ってすぐの早朝。
イレブンを先頭に渓谷を歩く一行は、昨日別れたカミュとセーニャを探すため、いつもより早い朝を迎えていた。
一晩かけて渓谷を下り、二人が落下し、流れ着いたであろう浅瀬に到着したものの、そこは静けさに包まれていて、人の気配はおろか魔物の姿すらない。


「うーん、おかしいわねぇ。川に流されたとなれば、流れ着く先はきっとここだと思ったのに」
「何の痕跡もないなんて・・・」


上流に比べて流れが緩やかになっている浅瀬の川を見つめ、シルビアとイレブンがつぶやく。
あれからずっとこの川を下り、カミュとセーニャの名前を呼びながら探し続けていた一行だったが、一向に二人の足取りがつかめずにいた。
まさか二人はもう、川底に沈んだまま浮かんではこないのではないだろうか。
そんな不安が、夜明けとともに一行を支配し始めていた。


「セーニャ・・・」


浅瀬の砂利の上に力なく座り込んだベロニカが、今にも泣きそうな声で妹の名前を呼ぶ。
気の強い彼女ではあるが、妹に危機を前にしてはいつもの強気な態度もなりを潜めてしまう。
らしくもなくしおれているベロニカの横にしゃがみ込み、彼女の小さな両肩に手を添えて支えるマルティナも、悲し気に目を伏せていた。


「ベロニカ。希望を捨てちゃだめよ。セーニャもカミュも、きっと生きてるわ」
「えぇ・・・」


しかし、浅瀬に流れ着いているかもしれないという僅かな希望を頼りにここまで探していた一行は、その希望も潰えてしまったことで完全に寄る辺を失っていた。
ここにもいないのであれば、いったいどこを探せばいいというのだろう。
目を合わせ、苦い顔をするイレブンとシルビア。
だがそんな一行の空気を壊すように、最年長であるロウが突然大声を上げた。


「みんな、あれを!」


丸々と太った短い指で刺された方角には、一つの洞窟が存在していた。
どうやら自然にできた小さな鍾乳洞らしい。
大きく口を広げるように開かれている洞窟の入口は暗く、中がはっきりと見えるわけではないが、あの洞窟の中にカミュとセーニャがいる可能性は高い。
新たな希望に表情を明るくさせた一行は、必死になって走り出したベロニカを先頭に洞窟へと駆けこんだ。


「セーニャ!」
カミュ!」


妹を呼ぶベロニカと、相棒を呼ぶイレブンが先に洞窟に飛び込んだ。
他の面々は二人の背に続くように洞窟内へと侵入したが、ほどなく前の二人が急に立ち止まったことで足止めを喰らってしまう。


「ちょ、ちょっとイレブンちゃんベロニカちゃん、どうしたの?」
カミュとセーニャはいたの?」


呆然と立ち尽くしているイレブンとベロニカ。
彼らの肩越しから洞窟内部の様子を伺い見たシルビア、マルティナ、ロウの三人は、各々その顔に驚きに色を滲ませた。


「う、うそ・・・」
「ほっほぉ・・・こんなところで、やりおるのぉ」
「ちょっとやだ~!二人とも大胆じゃなぁい?」


炎が消え、細い煙だけが立ち延べている焚火の跡を前に、互いを求めあうように抱き合って眠っている男女が一組。
一行が必死に探し求めていたカミュとセーニャである。
2人ともカミュの大海賊のコートを掛布団代わりにしており、真正面から抱き合っていた。
さらに言えば、カミュの服をワンピースのように着ているセーニャの姿が、寄り添いあっている2人の雰囲気を異様かつ艶やか空気感に変えてしまっている。
それは明らかに、営みの跡の光景にしか見えないのだ。


「あたしたちが必死に一晩中探し回ってたっていうのに・・・あんたたちは・・・」


杖を握ったままぎゅっと拳を握り、小さな体をわなわなと震わせているベロニカの様子に気が付いたイレブンは、本能でマズイと直感した。
怒りに震えるベロニカをなんとか止めようとしたイレブンだったが、もはや間に合うはずもない。


「なにしてんのよこのバカーーーーーーッッ!!!!!」


幼子の体をしていても、大声を張り上げれば鼓膜を突き破るほどの衝撃になる。
それがこのこもった洞窟内であるならば尚更威力を発揮するだろう。
案の定ベロニカによって落とされた怒号という名の雷鳴は、洞窟内で反響し爆音となって響き渡る。
耳をふさいでも頭痛がするほどの衝撃を、眠っていて無防備だったカミュとセーニャが耐えられるわけもない。
2人ともびくりと体を震わせ、やがてそろって寝ぼけ眼のままこちらを見つめてきた。


「あれぇ?お姉さま、イレブンさまたちも・・・。おはようございます・・・」
「なんだお前たちかよ。洞窟ででっけぇ声出すなよな・・・ふあぁぁ」


まだ夢の世界に半分足を突っ込んだままの状態らしいセーニャと、大あくびをしながら目をこするカミュの様子は、ベロニカの怒りの炎に油を注いでしまう。
2人が目覚めても怒り冷めやらぬ様子のベロニカは、顔を真っ赤に染めながら今にも火を噴きそうな勢いで食って掛かった。


「あんたたちねぇ!あたしたちがどんだけ心配しかも知らないで、こんなところで乳繰り合ってんじゃないわよ!!」
「ちっ・・・ば、馬鹿!ちげーよ!そんなことしてねぇって!」


ベロニカの言葉にようやく覚醒したカミュ
今度は彼の方が真っ赤になって否定しているが、彼の腕の中にいるセーニャは未だ眠気を取り払えずにいるようで、こくりこくりと頭をカミュの肩にもたれかけそうになっている。


「違うと言われても・・・ねぇ?」
「抱き合ってたしさ・・・」
「セーニャちゃん、カミュちゃんの服着てるし?」


顔を見合わせ、ひそひそとしながら疑惑の目を向けてくるマルティナ、イレブン、シルビアの三人。
彼らの言葉で、カミュはようやく自分たちがいかに“それっぽい”状況下に置かれているのか理解できた。
乱れた服と髪。
カミュの服を着たセーニャの姿。
そして暖を取るため抱き締めあって寝ていた事実。
そのすべてが現場証拠となって、仲間たちにいやらしい仮説を唱えさせてしまっているのである。


「だからこれは・・・っ!暖を取るために!お、おいセーニャ、お前からもなんか言え!」
「え?あ、はい。えっと、昨日はカミュさまが私を横抱きにしてこの洞窟に連れて来てくださった後、服を脱げと言われて、そのまま抱き合って眠ったんです。カミュさまはなんだか意地悪で、いろいろと恥ずかしかったですけれど、ずっと抱いてくださっていたおかげで暖かかったです」


無垢は脅威。
純粋無垢なセーニャは、今自分たちがどのような疑惑を向けられているのかきちんと理解していないらしく、何も恥じらうことなくありのままを話してしまった。
しかし、場面場面のチョイスと話し方の問題で、一層疑惑が深まってしまったらしい。
ベロニカとマルティナはまるで汚物でも見るかのような目でこちらを見てくるし、シルビアは呆れているのか頭を抱えている。
イレブンに至っては苦笑いを浮かべていて、ある意味彼の“触れてはいけない何かを見てしまった”とでも言いたげな反応が一番心に傷をつける。
そして最年長のロウはというと。


「ほうほう。強引に迫るとは若いのぅ。カミュよ、おぬしにそういう趣味趣向があったとは知らなんだ。言ってくれればそっち方面のおすすめムフフ本を紹介したというに」


感心しているように深く頷くロウ。
そのすぐ横では、視線だけで人を殺せそうなほど殺気に満ちたマルティナがぽきぽきと指を鳴らしている。


「ちげぇって言ってんだろ爺さん!セーニャ、お前も圧倒的に説明不足だろ!」
「でも、ありのままをお話ししたつもりだったのですが・・・これ以上詳しく話すのはなんだかちょっとだけ気恥ずかしいです」
「そこで恥ずかしがるな!マジで何かあったみたいだろ!」


からかい、からかわれのくだりを話すのは、セーニャにとって気恥ずかしいことだった。
だが、彼女のそんな反応もカミュの有罪を裏付ける決定的な証拠にしかならない。
焦るカミュを追い詰めるように、一層怒りの色を濃くしたベロニカが杖を構えて迫ってくる。


カミュ。あんたよくもあたしの妹を可愛がってくれたわね」
「あの、お姉さま?いったい何を怒って・・・」
「あんたは黙ってなさいセーニャ。一回このバカには痛い目を見てもらわないとね」


不敵な笑みとともに、ベロニカは右の掌に力を籠める。
鮮やかでかつ殺人的な炎が、彼女の意思に従うように掌の上で燃え上がり始めていた。
彼女は自他ともに認める最強の魔法使い。
その溢れ出る魔力が作り出す“メラ”は、恐ろしいほどの破壊力を持つ。
繰り出す彼女自身が怒りを感じていれば感じているほど、さらにその炎は濃く鮮やかに彩ろられるのだ。


「待てベロニカ!誤解だ、ほんとに!!」
「問答無用よ!!!!」


とっさにセーニャから離れたカミュは、洞窟の奥に向かって走り始める。
そんな彼めがけて渾身の炎を投げつけるベロニカだったが、惜しくも的を外れ、洞窟内に転がっていた岩を溶かしてしまう。
追い打ちとばかりに何発もの炎を打ち続けるベロニカと、逃げ惑うカミュ
そして何故姉が怒っているのか理解できないセーニャ。
そんな三人のやり取りを洞窟の入口で見物していた残りの4人は、哀れみの表協を浮かべていた。


カミュちゃん、哀れね・・・」
「ごめんカミュ。僕、君を助けられそうにないや」
カミュが命の大樹に導かれてきちんと転生できるように、今のうちに祈っておきましょ」
「そうじゃな。では一同、手を合わせよう」


南無。
並んでカミュに合掌するイレブンたち。
そんな仲間たち横目に、カミュは炎から必死に逃げまどいながらやけくその如く叫びをあげた。


「お前ら拝んでねぇで助けろ!!!!」

 

END