Mizudori’s home

二次創作まとめ

マカロン、ポフレ、時々コロッケ。

【サトセレ】

■アニポケXY

■アニメ本編時間軸

■短編

***

 

それほど熱い視線を送っても、眼前に広がるのは無機質な天井だけ。
3日もこの天井を見上げていればさすがに飽きてくる。
自分のベッドが窓際にあることだけが救いか。
窓から見えるミアレの街並みは、3日前の騒動のせいで荒れ果てている。
無理もないだろう。カロス中を震撼させるほどのあんな事態が起きてしまったのだから。

フラダリ率いるフレア団がジガルデを利用しカロス地方を混沌の渦に巻き込んだ例の事件から今日で3日。
ようやく平和が訪れたミアレシティでは、事件によって破壊された街並みの復旧作業が進んでいた。
その破損ぶりは1日2日で治るようなものではなく、3日たった今でも窓の外からは工事の音が聞こえてきている。
本当は自分もその復旧作業を手伝うはずだったのに、とサトシは深いため息を零す。

フラダリに囚われ、ゲッコウガとの間に生まれた力を利用されそうになったサトシは、例の騒動が収まってすぐに倒れてしまった。
カロスリーグ終了直後という精神的にも疲弊しているタイミングであのようなことが起きてしまったため、サトシ本人が気付かないうちに体は限界を迎えていたのだろう。
目が覚めると、いつのまにか今いるこの無機質な病室のベッドに寝かされていて、後でセレナやシトロンから緊急搬送されたのだと聞かされた。
目が覚めた頃には既に体調も戻っていたため、すぐに退散しようとしたのだが、念のため検査入院をすべきだと勧められ、こうして短期間の入院が決まってしまった。

本当は入院なんて嫌だった。
ポケモンセンターならともかく人間の病院なんて今まで無縁だったし、何より短期間とはいえずっとこの堅いベッドの上で安静にしていなくてはならないなんて気が狂いそうだった。
しかし、仲間たちや医者がサトシのそんなわがままを許すわけもない。
特にセレナからはほとんど懇願のような形で検査入院を勧められてしまっていた。
“あんなことが起きた後だし、また体に異常が出たら怖い。お願いだから入院してほしい”と。
瞳に涙を貯めながら必死で訴えるセレナの気迫に、サトシは頷くしかなかったのだ。


ピカチュウたち、元気にしてるかな・・・」


この病院は患者、面会人ともにポケモンを連れてくることを禁止している。
もし連れてくるのだとしたらモンスターボールに入れまま出してはいけない、という決まりだ。
そのため、セレナやシトロン、ユリーカはたびたび見舞いに来ているが、ピカチュウは入院後一度も顔を見ていない。
もちろん、一緒にカロスリーグを戦ったゲッコウガたちもである。
トレーナーとしては、手持ちのポケモンたちが元気にしているのか心配でしかなかった。


「サートーシ!」


天井を見つめ続けることに飽きてきたころ、病室の入口から幼い声で名前が呼ばれる。
ユリーカの声だ。
視線を向けた先には、案の定果物入りのバスケットを抱えたユリーカと、シトロンにセレナの姿もあった。


「おう!やっと来たか!」


毎日誰かしらはお見舞いに来てくれているが、ともにカロスを旅していたセレナたちは入院後毎日面会に来てくれていた。
一人で天所を見上げることしかすることがないサトシにとって、仲間たちの来訪は入院生活の中でもっとも楽しみなイベントの一つである。


「はいこれ果物ね!全部ユリーカが選んだんだよ!」
「おっ、サンキュー、ユリーカ。美味そうだな」
「体調の方はどうですか?」
「全然平気!むしろ元気すぎて暇なくらいだな」
「それは何よりですね」


シトロンからの問いに、サトシは力こぶを作って答えて見せる。
旅をしていた時は毎日長距離を歩いていたため体力には自信があったが、3日前入院してからは一切の運動が禁じられてしまい、体がなまって仕方がない。
ベッドで安静にしている、という医師からの言いつけは、サトシにとって非常に酷な命令なのだ。


「あーあ。早く退院したいぜ。ピカチュウたちにも全然会えてないし」
「それなんだけどね、サトシにちょっとしたプレゼントがあるの」
「プレゼント?」


手にぶら下げていたバッグからサトシの着替えを取り出していたセレナが、ニコニコと嬉しそうな顔をしながら荷物を漁り始める。
そして、“ジャジャーン”といつもより控えめな声を挙げてサトシに差し出したのは、ぶ厚く膨らんだ茶封筒だった。
中身の正体が全く予想できず、首をかしげながら封筒を受け取ったサトシだったが、中身を取り出した途端彼の表情は宝石のように輝き出す。


「これ・・・ピカチュウたちの写真!?」
「そう!サトシのためにみんなで撮ってきたの!」


セレナが持って来たものは、ピカチュウをはじめとするポケモンたちが映った大量の写真であった。
サトシのポケモンたちだけでなく、セレナやシトロンのポケモンたちやデデンネも映っている。
楽しそうにご飯を頬張るピカチュウデデンネの写真、喧嘩をしているハリマロンヤンチャムの写真、カメラに向かって決めポーズをとっているルチャブルの写真、鍛錬に励むゲッコウガファイアローの写真。
めくるたび違う画角、違うポケモン、違うシチュエーションが切り取られているこの写真たちは、すべてセレナが撮影したものだった。
ピカチュウたちに会えず、寂しい思いをしているであろうサトシに、少しでも元気を与えあられたらと考え、シトロンにカメラを見繕ってもらったのだ。


「ねぇお兄ちゃん、ユリーカなんだか喉乾いちゃった」
「じゃあ僕のお茶飲むかい?まだ余ってるから」
「ううん、いい!一緒に買いに行こう!」
「え?でも・・・」
「いいからいいから!」


一緒に写真の束を覗き込んでいるサトシとセレナに気付かれないよう、ユリーカは半ば強引に兄の手を掴んで病室を出ていった。
それはユリーカの、セレナに対する気遣いのつもりだった。
けれど、写真に夢中になっている2人はシトロンとユリーカがいなくなっていることに全く気が付いていない。
一枚一枚セレナが撮ってきた写真を堪能しながら、二人で笑いあっていた。
そして、最後の一枚へと到達する。
それは、ポケモンたち全員で一文字一文字作った大きな文字カードを掲げて映っている集合写真だった。
彼らが持っているカードには、いびつな並びで“サトシ早く元気になってね!”と書かれている。


「もう全然元気なんだけどな」


苦笑いを零すサトシは、愛し気な表情で写真に視線を落としていた。
どうやら喜んでもらえたらしい。
入院生活が始まってからというものの、サトシはあまりの退屈ぶりからか日に日に元気をなくしていた。
もちろん体の方は何の問題もなく健康なのだろうが、決して“大人しいタイプ”とは言えない彼にとって、一日中ベッドの上で安静にしていなければならないこの入院生活は非常にストレスが溜まるものなのだろう。
さらにピカチュウなどのポケモンたちに会えないこの状況も、彼にとっては辛いはず。
そんなサトシの気持ちを汲み取り、写真を持って来たセレナの気遣いは功を奏し、サトシはほんの少しだけ気持ちが上向きになったようだった。

写真をまとめ、セレナに返すサトシだったが、セレナが彼から写真を受け取った瞬間、ぐぅという間の抜けた音が病室に響く。
どうやらサトシの腹の虫が鳴ってしまったらしい。
時間的にはつい先ほど朝食が終わったばかりのはずなのだが。


「あれ、お腹空いてるの?」
「あぁ。病院のご飯って正直美味しくなくてさ。あんまり食が進まないんだよな」
「そっかぁ。栄養重視だから薄味になりがちってよく聞くもんね」
「そうそう。食べた気がしないんだよなぁ。あーあ、コロッケが食べたいなぁ」


空腹状態なお腹を押さえ、サトシはため息交じりに呟いた。
仲間内の中で、サトシは一番よく食べる。
ハリマロンにも引けをとらないほど食いしん坊で好き嫌いのないサトシだが、それでも病院食はさすがに苦手らしい。
そんな彼の口から飛び出した“コロッケ”という単語に、セレナは首を傾げた。


「コロッケ?」
「俺、コロッケが一番好きなんだよ」
「そうなの!? 知らなかった」
「病院だと揚げ物なんて食べれないから余計食いたくなるよな」


サトシとはそれなりの期間一緒に旅をしてきたが、コロッケが好きだというのは初耳だった。
そういえばサトシは、ポケモンセンターの食堂でコロッケが出た時はいつも以上に上機嫌だったような気がする。
だが、病院でコロッケのような揚げ物を差し入れることなど出来るわけもない。
サトシはベッドの横に置かれたサイドチェストの上に置かれている果物が入ったバスケットに手をかけた。


「あ、じゃあ私が皮剥いてあげるね」
「お、サンキュー、セレナ」


フルーツと一緒にバスケットに入れておいた小さな果物ナイフを取り出すと、セレナは慣れた調子で1つ目の果物の皮を剥き始める。
一定の幅でするする向けていく皮を見つめながら、セレナはコロッケのことを考えていた。
ポフレやクッキー、マフィンのようなスイーツ作りには自信があるのだが、コロッケのような料理はあまり作り慣れていない。
毎日ご飯を作ってくれているシトロンの手さばきを何度か横から見ていたから、作り方が全く想像できないわけではない。
検査入院とはいえ、この入院生活はサトシにとってそれなりに大変だったはず。
退院するときはサトシの好きなものをたくさん作って迎え入れたい。
そんなセレナの思惑が、一つの決心をさせるのだった。


********************


時刻は18時。
すでに陽が落ちきった頃、シトロン宅のキッチンでセレナは立ち尽くしていた。
キッチンテーブルに置かれた皿の上にはきつね色に揚がったコロッケが十数個。
食欲をそそる香ばしい匂いが立ち込めているものの、油から引き揚げたその丸いコロッケを見た瞬間セレナの顔色は蒼くなる。
真ん中がまるで火山のように盛り上がり、周りを覆っているはずの衣が爆発してしまっているのだ。
 
全体のうち一部のコロッケがそのような状態だったならまだよかったが、すべてのコロッケが爆発してしまっているのだから始末に負えない。
旅に出る前に母が家で揚げてくれたコロッケも、ポケモンセンターのレストランで食べたコロッケも、このように無様な形はしていなかった。
誰がどう見ても失敗作であるこのコロッケを、今日の食卓に並べるわけにはいかない。
何故なら、今日はサトシの退院パーティーなのだから。
 
長いようで短かった検査入院を終え、彼は今日ミアレの病院から帰って来る。
検査の結果は良好で、体のどこにも異常がないとみなされたサトシは、予定よりも1日早い今日の夕方頃退院する予定だ。
そう、まさに今、シトロンが自身の父であるリモーネの運転する車でサトシを迎えに行っているところ。
留守番を頼まれたセレナとユリーカは、退院パーティーに出す料理をサトシ達が返ってくるまでの間に作っておく必要がった。しかし。


「これじゃ出せないわね・・・」


菜箸片手に肩を落とすセレナ。
そんな彼女の横から料理風景を見ていたユリーカは、揚げあがったばかりのコロッケを一つつまみかじりつく。
揚げたてということもあり、サクッという衣の音が大袈裟なほど響いた。


「でもこれ美味しいよ?出しちゃえばいいのに」
「ダメよ。せっかくのパーティーなんだから、こんな失敗作出せないわ」


味は全く問題ない。だが問題は見た目にある。
積み上げられたコロッケの山はどれもこれも不格好で、祝いの席にはどう考えても向かない一品だろう。
入院中、サトシは美味しいものを一切口にできず辛い日々を過ごしてきた。
そんな彼に、今日くらいはごちそうをお腹いっぱい食べてほしい。
だが、この爆発したコロッケはサトシにとってごちそうとは言い難いだろう。


「うーんそうかなぁ。サトシなら喜ぶと思うけそなぁ」
「私が嫌なの!サトシにはうんとおいしいものを食べてもらわなくちゃ」


幸い、他にもサトシが好きそうな料理は何品か作ってある。
一品数が減っても問題はないだろう。
この失敗作のコロッケは、ポケモンたちにも協力してもらいながら後でこっそり食べよう。
ラップを手にし、山盛り盛られたコロッケのお皿にかぶせようとしたその時だった。
玄関が空いた音共に、サトシの“ただいま”という元気な声が聞こえてくる。
サトシ達が返ってきた。
 
廊下を歩き、何故か一直線にこのキッチンの方へと向かってくるサトシらしき人の足音に焦り、セレナは急いでコロッケを冷蔵庫にしまう。
本当はサトシが見つけないように冷蔵庫の奥の奥にしまい込みたかったけれど、既に収納されている食材たちを一度外に出す余裕がなく、手前に収納してしまった。


「おっ、いい匂い!」


肩にピカチュウを乗せたサトシがキッチンにやってきたのは、セレナがコロッケを冷蔵庫にしまった直後だった。
キッチンに漂う香ばしい匂いに目を輝かせるサトシだったが、どうやらコロッケの存在には気付いていないらしい。
安堵しつつ、例の失敗作の存在を悟られぬよう平静を装いながら、セレナはサトシに微笑みかけた。


「お、おかえりサトシ」


********************


ミネストローネにホワイトシチュー、ナポリタンにサンドイッチ。
デザートにはマカロンやロールケーキ、クッキーにポフレ。
食卓に並べられた豪勢な品々は、すべてセレナがサトシのために作ったものであり、朝から早起きして一品一品仕上げた自信のご馳走であった。
その料理やデザートたちに口をつけるたび、サトシは美味い美味いと感動しながら食べ進めている。
食いしん坊な彼にとって、薄味な病院食しか食べられない入院生活はそれほどにつらいものだったらしい。
サトシだけでなく、同じ席についていたシトロンやリモーネまでもが、並べられた料理たちに感動を覚えていた。


「これ全部ひとりで作ったのか。すごいなセレナちゃん」
「はい。ありがとうございます」
「どれもこれもすごく美味しいですよ!さすがですねセレナ」


その場に居た全員が、セレナが作った料理の味に舌を巻いていた。
旅に出る前は母の手伝いなどほとんどせず、自分の趣味であったお菓子作りしかしてこなかった。
料理の経験は旅に出るまでほとんどなかったためあまり自信が無かったが、ここまで褒めてもらえると思っていなかったセレナは頬を紅潮させる。
朝から頑張っていたセレナを横で見ていたユリーカは、恥ずかしそうにしているセレナの努力をもっと兄やサトシたちに知ってもらおうと、身を乗り出して口を開いた。


「あのねあのね、セレナすごいんだよ!これだけじゃなくてコロッケも作っ」
「うわぁユリーカ!」
「むぐっ」


焦ったセレナの手によって、ユリーカの口が塞がれる。
隣の席に座っていたセレナからの妨害に驚き顔を上げたユリーカだったが、セレナが必死で首を横に振り“言わないで”と無言のメッセージを出したことで、ユリーカはようやく大人しくなる。


「ん?コロッケがどうかしたのか?」
「う、ううんなんでもない!それより、そのミネストローネどう?結構自信作なんだけど・・・」
「あぁ、めちゃくちゃ美味いぜ!こっちのナポリタンも最高」
「そっか、よかった」


ごく自然に話題を逸らしたセレナに、サトシは何の違和感もなく笑顔を向ける。
欲を言えば、サトシにはコロッケを一番褒めてもらいたかった。
退院したその日のご飯は、サトシが一番好きなコロッケを食べてもらいたかった。
本当だったら、この食卓に山盛りのコロッケも並んでいたはずなのに。
コロッケもあれば、きっとサトシはもっと喜んでくれたはず。
あぁ、失敗さえしなければ・・・。
後悔しても後の祭り。
心配そうに見つめてくるユリーカの視線を横目に、セレナは落ち込んでいることを悟られないよう笑顔をキープし、サンドイッチに口をつけるのだった。


********************

その後、サトシは会えなかった時間を埋めるように自分のポケモンたちとの触れ合いにいそしんでいた。
庭でシトロンと久しぶりのバトルを楽しんだり、ポケモンたちをブラッシングしたり。
思い思いの時間を過ごすうち、いつの間にか時間は深夜に突入してしまった。
 
積もる話はまた明日、ということでそれぞれの部屋に戻った4人。
セレナはユリーカの部屋で彼女と並んでベッドに入ったのだが、どうも眼が冴えてしまって眠れそうにない。
ユリーカを起こさないようそっとベッドから抜け出したセレナは、一人で1階のキッチンへと向かった。
 
明かりをつけ、冷蔵庫を開けてみるとそこには夕方頃収納したときのままそこに鎮座しているコロッケの姿が。
サトシにバレる前に、何とかしてこの大量のコロッケを消費してしまわないと。
今食べてしまおうか。でもこんな時間に揚げ物をひとりで大量に食べたら確実に太るだろう。
コロッケが盛られた大皿を手に悩むセレナ。
そんな彼女の背後から忍び寄るひとつの影があった。


「セレナ?」
「っ!」


突然背後から名前を呼ばれ、思わずお皿を落としそうになってしまう。
キッチンの入口からこちらを見ていたのは、他の誰でもないサトシだった。
一番見られたくない人に見られてしまった。
セレナは焦りつつお皿をキッチン台に乗せ、体で隠すようにサトシへと振り返る。


「さ、サトシ。こんな夜中にどうしたの?」
「いやぁ、さっきシトロンとバトルしたせいか小腹がすいちゃってさ。何か余ってないかなぁと思って」


パーティーの席ではあんなにたくさん食べていたというのに、もう小腹が減ってしまったらしい。
無尽蔵ともいえる胃袋を持つサトシに、セレナは思わず苦笑いを零した。


「そっちこそ何してんだ?もしかし新しいポフレの練習とか?」
「あ、いやぁ、その・・・」
「だったら味見役は俺にやらせてくれよ!ちょうど腹減ってるし。セレナの後ろにあるの、ポフレなんだろ?」
「ち、違うのこれは・・・!」
「隠すなって!」


夜な夜な、セレナがトライポカロンに向けてポフレづくりの練習をしていることはよくあった。
今回もきっとそうなのだろうと確信したサトシは、強引にセレナの背後を覗き込む。
なんとか隠し通そうとするセレナに疑問を感じつつ見てみるが、セレナの肩口からちらりと見えた茶色い物体にサトシは首を傾げた。
ポフレじゃない。あれはもしかして。


「うわぁ、コロッケだ!」


セレナの背後に置かれた、大積になったコロッケを見てサトシの目が輝き出す。
だが、そこにあったコロッケはマサラタウンの母が良く作ってくれた楕円状のものとは少し違っている。
真ん中に窪みがあるその形は、まるで噴火寸前の火山のよう。
しまった、見られてしまった。
頭を抱え、思わず視線を逸らしたセレナだったが、サトシに発見されたという事実からは目を逸らせない。


「どうしたんだ?このコロッケ。夕食には出して無かったよな?」
「うん、失敗しちゃったから出せなくて・・・」


なるほど、火山のように盛り上がってしまったこの形が“失敗”だったというわけか。
確かに見た目は随分と奇抜ではあるが、衣の色や匂いは完ぺきにコロッケそのもの。
このまま出されていても十分嬉しいのに。
サトシは皿に盛られたコロッケに視線を落としながらそんなことを考えていた。


「これくらい失敗のうちに入らないんじゃないか?出してくれたら全然食べたのに」
「だめよ!サトシからしてみたら、退院して最初に食べる料理になるわけでしょ?見た目もよくて、ほんとうに美味しいものを食べてほしかったんだもん」
「セレナ・・・」
「でも、コロッケって初めて作ったけど難しいのね。まさか全部こんな形になっちゃうなんて思わなかった。結構練習したんだけどなぁ」
「練習?もしかして、前に俺がコロッケが好きって言ったから?」


ばつが悪そうな顔をして、セレナは小さく頷いた。
コロッケ作りは料理の中でも簡単とは言い難いと母が昔言っていたことを覚えている。
そんな料理を、セレナは自分が好きだと言ったからだけの理由でわざわざ作ろうとしてくれたらしい。
結果、見た目が悪くなってしまったとしても、嬉しくないわけがない。
心の奥から湧き上がる喜びの感情が、表情に現れてしまう。
なんだかにやけそうだ。
鼻の下を掻いたサトシは、一瞬だけ視線を泳がせた。


「あのさ、よかったらこれ、食べてもいいか?」
「え?でももう冷めちゃってるし、きっとおいしくないわよ?」
「俺のために作ってくれたんだろ?だったら美味くないわけがないって」


そういうと、サトシはセレナが止める間もなくコロッケを一つつまみ上げ勢いよくかじりつく。
出来上がってから数時間が経過しているうえ、冷蔵庫に収納してあったため衣はふにゃふにゃとしなび、揚げたての時のようなサクサク感は当然ながら失われている。
けれど、冷たいジャガイモにしみ込んだ香ばしい味が、きちんとサトシの口内へと広がっていく。
一口かじった瞬間に病みつきになるこの味は、一瞬でサトシを虜にしてしまった。


「美味い!すっげぇ美味いよセレナ!」


跳ねるような声色でそういうと、彼はすぐさま2個目のコロッケへと手を伸ばす。
やはりしんなりとしてしまっているが、それでもはやり美味い。
驚異的なスピードで2個目も平らげようとしているサトシに、セレナは首を傾げた。


「ほんとに?気を遣ってない?」
「そんなことないって!冷めてもこんなに美味いなんてすげぇよ」
「そう、かな」


パクパクと次々に食べ進めていくサトシ。
いつの間に5つ目に手を伸ばし始めていた。
明るい表情でコロッケを次々平らげていくサトシの様子に、セレナは徐々に安堵を感じ始めていた。
よかった。美味しいって言ってもらえた。
本当は揚げたてで見た目もいい完ぺきなコロッケを食べてもらいたかったけれど、こんな不格好な仕上がりでさえ美味しいと言ってくれるサトシの優しが嬉しい。
この瞬間、セレナは初めてこのコロッケを作って良かったと思えた。


「うちのママが作るコロッケが一番旨いと思ってたけど、セレナのも負けないくらい旨いな」
「ほんと?」
「あぁ!料理も上手いしお菓子作りも上手い。セレナはいいママになりそうだな!」


サトシの言葉に、特別な意味など全くないことはセレナもよく分かっていた。
鈍感な彼のことだ。
どうせ深く考えずにそんなことを言っているに違いない。
分かっているのに、サトシの何気ない一言に喜びを感じずにはいられなかった。


「ママって。随分先の話すぎじゃない?」
「そうか?だって大人になったらいつか誰かのお嫁さんになって、母親になるんだろ? そう考えると将来セレナをお嫁さんに貰う奴はうらやましいよなぁ。毎日こんな美味いコロッケが食えるんだからさ」


またひとつ、サトシはコロッケを平らげた。
その横顔は悲しくなるくらいいつも通りで、この胸の高鳴りが無駄なものなのだと思い知る。
私がお嫁さんに貰ってほしいのは、サトシなんだよ?とは言えそうもなかった。
そんな大それた勇気、ポケットの中を探してみても見つかるはずがない。
だからセレナは、小さな小さな勇気をかき集めてできるだけ相手の胸に刺さる言葉を選ぶしかなかった。


「じゃあ、もっとサトシの好きな料理を教えて?私、全部作れるようになるから」
「ほんとに?じゃあ何作ってもらおうかな。まずはシチューだろ?あとそれから・・・」


あれもこれもと料理名を挙げていくサトシ。
こっちの気持ちも知らずに、まったく鈍感極まりない。
たぶん、相手の言動にこんなにも一喜一憂してしまうっているのは私だけなんだろうなぁ。
そんなことを想いながら、セレナはサトシを見つめるのだった。

 


END