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二次創作まとめ

天邪鬼

【サトセレ】

■アニポケXY

■アニメ本編時間軸

■SS

***

 

それは、カロスリーグ出場のためミアレシティに向かう道中のことだった。
自分たちが通るルート上に、以前通った“うつしみの洞窟”があることを知ったユリーカは、鏡の向こうの国に遊びに行こうと提案したのだ。
以前鏡の国に行ったのはサトシだけであり、ユリーカやセレナ、シトロンは向こうの世界のことをよく知らない。
“行こう”のひと言で簡単に行けるような場所ではないのだろうが、多少なりとも興味があったシトロンやセレナも、ユリーカの提案に賛同した。
サトシの了承もあり、こうして4人は再びうつしみの洞窟へと足を運ぶこととなる。

問題は、どうやってあの世界に飛び込むかだが、その問題もあっけなく解決されることになる。
鏡の向こうにいる自分たちに会いたい。
その気持ちが鏡を開き、サトシたち4人を向こうの世界へと導いたのだ。
あまりにもあっけなく鏡の国へと舞い降りたことに驚く4人だったが、驚きまだ終わらない。
なんと、鏡の国の4人、つまりもう1人の自分たちも、同じように彼らに会いたいと願いこのうつしみの洞窟にやって来ていたのだ。
偶然か、はたまた必然か。
会うはずのなかった8人は、こうして再会を果たしたのだ。


「ですから!魔法などという非科学的なものは信用できません!科学こそ優れた力なのです!」
「科学なんて胡散臭いものをよく信じていられるな⁉︎ 魔法こそ至高!科学なんて足元にも及ばない!」


この言い合いは一体何分続いているのだろうか。
2人のシトロンが科学と魔法、どちらが優れているか言い争う横で、ユリーカは呆れたようにため息をついた。
しかし、並んで兄たちの様子を見ていたもう1人のユリーカは、ずいぶん楽しげにその様子を眺めている。


「さすがお兄様!もう1人の自分を相手に信念を曲げないだなんて素敵ですわ!」


随分と言葉遣いや行動が丁寧なもう1人の自分に、ユリーカは苦笑いをこぼす。
違う世界の住人とはいえ、同じ“ユリーカ”でもこんなに違いが生まれるものなのか。
そんなことを考えていると、横から聞き慣れた声で聞き慣れない関西弁が声をかけてくる。


「あんたら何してんねん。今サトシたちのバトルの真っ最中やねんで」


自分たちのセレナでは考えられない口調にぴしゃりと言われ、ユリーカはそちらへと目をやる。
サトシは鏡の国に来るなり、もう1人の自分へとバトルを挑んだのだ。
もう1人のサトシは涙目で渋っていたが、関西弁を話すセレナに“情けない”と背中を叩かれたことでようやく首を縦に振った。
お互い戦わせているポケモンピカチュウ
同じ姿の人間が、同じポケモンを戦わせている光景はそれこそまさに鏡のようである。
言い争いをしていたシトロンたちもようやくサトシのバトルに目をやり、その場にいる全員の視線が2人のサトシへと集まる。


ピカチュウ、10万ボルト!」


サトシの指示を受け、ピカチュウは強烈な閃光をもう一匹の自分に浴びせる。
真っ正面から攻撃を浴びた鏡サトシのピカチュウは、パタリと倒れて目を回す。
戦闘不能である。
“よっしゃ”と拳を上げて喜ぶサトシに、セレナはタオル片手に頬を染めながら駆け寄って行く。
こちら側からすれば日常でしかないその献身的光景は、鏡の国の自分たちにとって不思議な光景だったらしく、鏡シトロンと鏡ユリーカは驚きの表情を見せていた。


「お疲れ様サトシ!はいタオル」
「おう!サンキュー、セレナ」
「ったく、なにしてんねんサトシ。こんなにあっさり負けるやなんて」
「だって……うぅ……


目を回しているピカチュウを抱え、鼻をすすって泣き出してしまう鏡サトシ。
そんな彼に、鏡セレナは追い討ちをかけるように“またそうやってすぐ泣く!”と声を荒げる。
そんな光景に、ユリーカやシトロン、セレナは驚きの表情を見せるが、鏡の国の彼らにとっては日常的光景らしく、何も不思議がる様子はない。


「あーもう!いっつもそうやってすぐ泣くのやめーや!情けないやろ!」
「な、泣いてなんか……ヒック、ないよぉっ」
「泣いてるやんか!」
「ま、まぁまぁ……


ひくひくと泣き出してしまう鏡サトシと、それを責め立てる鏡セレナ。
2人の間に割って入ったのは、セレナだった。
彼女はもう1人の自分を止めるようにその腕を掴むと、肩を震わせて泣いているもう1人のサトシに顔を向ける。
いつもセレナが見ているサトシは頼り甲斐がって、誰よりも強い。
彼と同じ顔で、同じ声で涙を流すその姿はセレナの母性本能を面白いほどにくすぐってしまう。


「負けて悔しいと思うのは当然のことよね?泣いたって仕方ないわよ」
「グスッ……セレナ
「さっきのバトル、もう1人のサトシもすっごく頑張ったと思うよ!だから、もう泣かないで。ね?」
……ありがとう、セレナ」


あやすように声をかけるセレナ。
そんな彼女の優しさに触れ、鏡サトシは目の端に涙を溜めながらふにゃりと笑った。
“サトシ”のそんな表情を見たことがなかったセレナは、その妙に可愛らしさを孕んだ姿に胸をときめかせてしまう。
しかし、そのすぐ後ろではもう1人のセレナがむっとした表情を浮かべている。
自分がよく知る泣き虫サトシが、もう1人の自分相手に笑顔を向けている。
その事実がなんとなく面白くなくて、鏡セレナは2人のやりとりから目をそらす。


「セレナ、どうしたんだ?」
……何でもあらへんわ!」


何故だか怒った様子の鏡セレナに首をかしげるサトシだったが、当の鏡セレナは視線を逸らしたまま何も答えてはくれない。
どうしてそんなに怒っているのだろう?
彼女の心がわからない様子のサトシに、ユリーカはため息をついた。


「ふふっ、そちらのサトシさんは鈍感でいらっしゃいますわね」
「そうなの。お兄ちゃんと揃って鈍いの」


顔を見合わせてクスクスと笑い合う2人のユリーカ。
性格は違くとも、やはり同じ人間には変わりないようで、2人はそっくりな表情でニシシと笑う。
そんな時だった。
2人のサトシの腹が、ほとんど同時に“ぐぅ”と鳴る。
空腹を告げるサインに苦笑いをこぼし、そんな彼らのためにセレナは昼食の提案をした。

その提案に人一倍の張り切りを見せたのは2人のシトロンである。
先程まで科学と魔法、どちらが優れているかと言い争っていた2人は、今度は料理対決で優劣を決めようという結論に至ったのだ。
科学の力で作った料理と、魔法で作った料理。
どちらが美味いかみんなに決めてもらおうという旨だったが、出来上がった料理を食べたサトシの“科学と魔法の力ってすげー!”のひと言で、シトロンたちの不毛な争いは一気に収集がついた。
鏡の国独特の不思議な色の空の下、8人で食べる昼食はやはり美味しい。


「ねぇ、もう1人の私はどうしてサトシたちと旅をしているの?」


それはセレナの素朴な疑問であった。
何の脈絡もなく投げられた疑問に、鏡セレナはサンドイッチを口に含みながら答えに詰まる。
セレナがサトシたちと旅をしているのは、彼女がサトシを追いかけたからでもあり、サトシに“一緒に行かないか”と誘われたからでもある。
性格があまりにも違うもう1人の自分は、一体どういう経緯で鏡サトシたちと旅を始めたのだろうか。
自分であって自分ではない存在に対し、セレナは興味を抱いていた。


「うちは……
「僕が誘ったんだよ」


サンドイッチを飲み込み、答えようとする鏡セレナの言葉を阻むように、隣に座っていた鏡サトシが答えてしまう。
鏡セレナへと集まっていた視線は、自然と鏡サトシへと向かう。


「セレナは乱暴で、時々デリカシーが無いけど、本当は強くて優しい人なんだ。セレナと一緒にいると、何だか僕も強くなれるような気がして……。だから、一緒に行こうって僕から誘ったんだよ」


少しだけ照れたように笑う鏡サトシ。
彼の表情はやけに生き生きとしていて、普段“泣き虫”だと揶揄されているとは思えないほど明るいものだった。
どうやらもう1人の自分も、自分と同じような経緯で彼らと旅を始めたらしい。
それが分かったセレナは、鏡セレナへと視線を向ける。
もう1人の自分は、鏡サトシの言葉を聞き、顔をオクタンのように真っ赤に染めていた。
その表情を見て、セレナは察してしまう。
ああ、やはりどの世界の自分も、惹かれる相手は同じなのだなと。


「ら、乱暴でデリカシーが無くて悪かったな!サトシがいっつもいらんところで泣くから悪いんやろ?」
「セレナは優しいから、僕のためを思ってそうやって叱ってくれてるんだよね?ありがとう、セレナ」
「なっ……なっ……


ふにゃりと笑う鏡サトシの言葉には、計り知れないほどの破壊力がある。
その言葉を一身に受けた鏡セレナは、やはりというべきか真っ赤な顔で驚いていた。
どうやら、こちらのサトシも鈍感なようだ。
それも、ただの鈍感では無い。
無意識に爆弾を落としていくような、かなり厄介な鈍感さだ。
ああ、これは心臓がもたないな。
セレナは内心、顔を赤く染めているもう1人の自分に同情していた。


「そちらのセレナも、とても優しいということですね」
「そっちのセレナほどではないがな!」
「ちょ、どういう意味や!」


鏡シトロンの言葉に、鏡セレナは思わず立ち上がって抗議する。
その光景が何だか面白くて、セレナは鈴の音のような声で笑う。


「そっちのセレナも優しいけど、僕のセレナもすごく優しいと思うけど


なんとなく呟かれた鏡サトシのひと言に、その場が一瞬だけ静まり返ったのは言うまでもない。
そして、呆然とした2人のシトロンが、声を揃えて“僕のセレナ?”と呟いた。
なぜこの場がこんなにも妙な空気に包まれているのか分からず、鏡サトシは首をかしげる
その横で顔を赤くしている鏡セレナは、羞恥が限界まで達したようで肩をふるふると震わせていた。


「え?僕たちの世界のセレナって意味だけど……。言い方変だったかな?」
「そうなら最初からそう言えばええやろ⁉︎ 紛らわしいねん!アホ!」
「うぅっそ、そんなに怒らなくても
「あぁもう泣くなぁ!」


照れと怒りの感情をコロコロ入れ替えながら感情を爆発させる鏡セレナ。
そんな彼女に恐怖し、ついに鏡サトシは本日何度目か分からない涙を流し始めた。
その姿に再び怒り出す鏡セレナ。
まさにこの場は混沌と化していた。
泣き出す彼をなだめようと戸惑うセレナと、泣き止まない彼を真っ赤な顔で責める鏡セレナ。
2人のセレナに囲まれて泣くもう1人の自分の姿が何故だが可笑しくて、サトシは“ぷっ”と吹き出してしまった。


「そっちの俺とセレナも、仲良いんだな」
「な、仲良くなんかないわ!」


必死に否定するセレナの顔は真っ赤に染まっており、満更でもないことがよく分かる。
なぜそんな顔をしているのに否定されるのか分からず、サトシは首をかしげた。
どう見ても仲が良いのに、何故そんなに必死に違うと言い張るのだろう?
鈍感なサトシには分かるはずもなかった。


「やっぱりサトシって鈍感」
「ホントですわね!」


顔を見合わせてクスクス笑い合う2人のユリーカだけが、この場の空気を一番理解していた。


END