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二次創作まとめ

やきもちは焼き菓子の仲間なの?

【サトセレ】

■アニポケXY

■アニメ本編時間軸

■短編

***

 

お兄ちゃんは頼りない。
発明は得意だけどいつも失敗しているし、ジムリーダーだからバトルも強いけど、自分が作ったロボットにジムを乗っ取られてしまうほど詰めが甘い。
だから私がしっかりしなくちゃ。
ついでにお兄ちゃんを支えてくれるしっかり者のお嫁さんも見つけなきゃ。

お兄ちゃんよりも料理が上手で、私にポケモンのお世話の仕方も教えてくれて、ずぼらなお兄ちゃんのために身なりに気を遣えて、綺麗で可愛くて優しい。
そんな人をシルブプレしなくちゃ。
お兄ちゃんは余計なお世話だなんて言うけど、女の子の友達が極端に少ないんだから少しは危機感を覚えてほしい。
妹としては、やっぱりお兄ちゃんにはモテていてほしいから。
機械にばっかり目が行って、気付いたらお嫁さんを貰えませんでしたー、なんて悲しすぎるもん。

だから、セレナみたいな人に出会えたのは本当に運が良かったと思う。
セレナはお菓子作りが得意でおしゃれも大好きだし、何より綺麗で可愛い。
私にも優しくしてくれる。
身長はお兄ちゃんの方が低いけど、でも大人になったら男の人は背がぐんぐん伸びるっていうし多分大丈夫。
セレナがお兄ちゃんのお嫁さんになってくれたらいいのになぁ。
そんな風に思っていたけど、現実はそんなに甘くはなかった。

ミアレジムをシトロイドに追い出されてから最初にお友達になった人、サトシ。
バトルも強くて、運動も出来て、リーダーシップもあって、ポケモンのために一生懸命になれるそんなサトシのことを、セレナはすごくあったかい目で見つめていた。
話しかけるときはいつもほっぺを少しだけ赤くしているし、逆に話しかけられたときはとっても嬉しそうに微笑んでいる。
セレナはみんなに優しい女の子だったけれど、サトシに対してだけは少し接し方が違っていた。
だから何となく気付いちゃったんだ。
そっか、セレナはサトシのことが好きなんだなぁって。

「ジャジャーン!今日のおやつはクッキーよ」

昼下がり。見晴らしのいい丘を見つけた私たちは、セレナの提案で一休みすることになった。
ポシェットの中からデデンネとプニちゃんを出して、お兄ちゃんやサトシが用意してくれた折り畳み式の椅子に腰かける。
お兄ちゃんがお茶を入れてくれたと同時に、セレナが小さなバスケットを取り出してテーブルの上に置いた。
中に入っていたのはクッキー。
お店に売っているものみたいに綺麗で美味しそうな見た目だったけど、きっとセレナの手作りなんだと思う。
お兄ちゃんもサトシも、そして私も目を輝かせて一枚ずつ食べ始めた。

「うん、今日も美味しいですね」
「ユリーカ、セレナのクッキー大好き!」
「ありがと!」

セレナは何を作るにも美味しく仕上げてくれる。
こうしておやつを作ってくれた時、不味い思いをしたことがないのは本当にすごいことだと思う。
私とお兄ちゃんが褒めると、セレナはにっこり笑って返してくれる。
作ってくれるたびに美味しい美味しいと褒めているから、褒められることに慣れてしまったのかもしれない。
けれど、サトシからの言葉だけは反応が違っていた。

「さっすがセレナだな」

そう言って、もう一枚に手を伸ばすサトシ。
クッキーに夢中になっているサトシは多分気付いていない。
隣に座っているセレナが、サトシに褒められた途端ほっぺを赤くしていることに。
ついでに言うとお兄ちゃんも気付いていない。こういうことには鈍いから。
そう、セレナはサトシの言葉一つでいつも顔色を変える。
その様子はものすごく分かりやすいけど、鈍感な男の子たちは全く気が付かない。
そういうことが積み重なっていって、私はセレナにお兄ちゃんをシルブプレするのをあきらめた。
多分セレナはサトシ以外受け入れないだろうから。

「あっ、次の街、美味しいパンケーキ屋さんがあるんだって」
「パンケーキ!? どれどれ?」

ピンク色の二つ折り端末で調べ物をしていたセレナが、跳ねるような声色で言う。
お兄ちゃんが入れたお茶を飲んでいたサトシは、すぐにティーカップを置いた。
そして身を乗り出してセレナの手元にある端末の画面を除き込む。
ぐっと顔を寄せたサトシとセレナの距離は近い。
すぐそばまで寄って来たサトシの顔に、セレナはチェリンボみたいに顔を赤くした。

「お、美味そうだな。街についてら寄ってみるか」
「え、えぇそうね・・・」

端末を覗き込んでいたサトシの顔が、セレナへと向く。
距離はまだ近いまま。
至近距離でかちあった視線に赤い顔を隠せない様子のセレナは、まるで逃げるように視線をそらしてしまった。
そりゃあ好きな人にそんな近くで見られたら恥ずかしいよね。
セレナは端末を折りたたんでポケットにしまい込むと、勢いよく立ち上がる。

「し、シトロン!片づけ手伝うわね!」
「ありがとうございます、セレナ」

少し離れたところで後片付けを始めていたお兄ちゃんの方へと賭けだすセレナ。
あ、逃げたな。
多分、恥ずかしさに耐えきれなくなったんだと思う。
せっかくサトシと接近できる絶好のチャンスだったのにもったいない。
そんなことを考えていると、近くで小さなため息が聞こえてきた。
さっきまでセレナの隣に座っていたサトシのため息だ。
二人並んで後片付けをしているお兄ちゃんとセレナの背中を頬杖をついて見つめるサトシは、なんだか気に食わない顔をしていた。
サトシがこんな表情をするんなんて珍しい。

「サトシ、どうしたの?」
「ん?いやぁ・・・」

何かを言おうとして、サトシは口を開く、
けれど、ためらうように動きをとめて、やがて開きかけた口をすぐに閉じてしまった。

「なんでもない」

お兄ちゃんやセレナたちから視線を逸らし、サトシも立ち上がる。
そして他のポケモンたちと一緒に遊んでいるピカチュウを呼び、“特訓するぞ”と言いながらその場を離れていった。
なんだか、サトシの機嫌が悪いように思える。
さっきまでセレナのクッキーを食べて上機嫌だったはずなのに、今の一瞬でなにがあったんだろう。
首をかしげてみても、答えは見つからない。
ふとお兄ちゃんとセレナの方へ視線を向けてみると、談笑しながら近い距離感で一緒にお皿を洗っていた。
あの距離感、きっと相手がサトシだったらセレナはまた真っ赤になるんだろうな。
普通に話せているのは、相手がお兄ちゃんだから。
それはつまり、お兄ちゃんにはどう転んでも脈なしということ。
なんだかそれもそれで悲しいなぁ。
サトシみたいに深いため息を吐くと、近くでクッキーを頬張っていたデデンネに心配そうに見つめられた。


********************


歌を歌うのは結構好き。
特に森の中で歌うと声が響いて楽しい。
今日もプニちゃんの歌を口ずさみながら森を行く。
ポシェットの中でうたたねをはじめたプニちゃんとデデンネの姿はすごくかわいくて、ずっと見ていたくなっちゃう。
でも前を向いて歩かなきゃ、またお兄ちゃんに注意されちゃうから気をつけなくちゃ。
あれ、そういえばお兄ちゃんはどこだろう。
また後ろの方でぜぇはぁしてるのかな?
気になって後ろを振り返ってみると、お兄ちゃんはセレナと並んで少し後ろを歩いていた。
ちょっとだけひそひそしながら、それでいて楽しそうに。
セレナが時々恥ずかしそうにほっぺを赤くしているのは、葉っぱの間から漏れる木漏れ日のせいでそう見えるだけなのかな。

後ろの二人から視線をそらして右隣りを見上げてみると、サトシが隣を歩いていた。
いつもは会話の中心にいるサトシが、今は何故か一言もしゃべらない。
肩に乗っているピカチュウに話しかけるわけでも、隣を歩いている私に話しかけるわけでもなく。少し怖い顔をしてまっすぐ前を向いている。
あれあれ、また不機嫌なのかな。

最近、お兄ちゃんとセレナが二人でこそこそ話していることが多くなった。
と同時に、サトシが少し怖い顔をすることも多くなった。
今までのサトシは、ロケット団相手に怒ったり怒鳴ったりすることはあったけど、旅の途中で何故か不機嫌になるようなことは無かったのに。
それも、サトシの機嫌が悪くなるのはきまってセレナとお兄ちゃんが話し込んでいる時だった。
これって気のせいかな?

「ねぇサトシ」
「ん?」
「もしかして、怒ってる?」
「えっ」
「だって、さっきからなんか怖い顔してる」

誰だって、怒っている人がいる空間は苦手なはずだ。
それも、相手がいつもは怒らないような人ならなおさら。
なんとなく、不機嫌なオーラを纏うサトシの隣は居心地が悪かった。
思い切って聞いてみると、サトシは驚いたような表情を浮かべて一瞬だけ動きが止まる。

「悪い。そんなに怖い顔してたか?」
「うん。オコリザルみたいだった」
「あははっ、ごめんごめん、ちょっと腹減っててさ。早く次のポケモンセンターにつかないかなって思ってたんだ。な、ピカチュウ、お前も腹減っただろ?」

肩の上に乗っているピカチュウは、サトシに首元を撫でられ気持ちよさそうに顔を摺り寄せている。
なんだか、ピカチュウを使ってうまくあしらわれたような気がする。
でも私は見逃さなかった。
サトシが一瞬だけ、後ろを歩いているお兄ちゃんとセレナに視線を向けたことを。
やっぱりサトシの不機嫌の原因は、あの二人だ。
何でだろう。お兄ちゃんと喧嘩でもしてたのかな?
でも今朝はお兄ちゃんと仲良く話してたし。
じゃあセレナと喧嘩したのかな?
でもサトシ、さっきは普通にセレナに声かけてたし。
考えても考えても、原因が分からない。
ただこのままだと、せっかく仲良く旅をしていたこの4人の関係にひびが入るような気がして、気が気じゃなかった。


********************


「シトロン、例のあれ、今夜付き合ってもらえる?」
「えぇ、もちろん構いませんよ」

夜。ポケモンセンターについた私たちは、食堂でご飯を済ませたあと、宿泊用にとっておいた部屋の中で思い思いの時間を過ごしていた。
そんな時、お兄ちゃんとセレナのひそひそ話が聞こえてくる。
一緒の部屋にいる私たちには聞こえないよう小さな声で、かつ近い距離感で話す二りの雰囲気はなんだか怪しげだ。

「例のあれって何?」
「あっ、な、何でもないのよ!」
「気にしないでください、ユリーカ」

ひそひそと話し込む二人の背後から聞いてみると、びっくりしたように肩を揺らして二人同時に振り返ってきた。
なんでもない、なんていうけれど、かなり動揺しているのが丸わかり。
とくにセレナの方は見るからに焦っていた。
首をかしげる私をよそに、二人は顔を見合わせて頷くと、そそくさと部屋の扉の方へと歩き出す。

「ごめん。ちょっと私たち出てくるね」
「えっ?出かけるの?今から?」

時刻はもう20時。
私が言うのも変かもしれないけど、子供が出かけるような時間じゃない。
外はもう暗いし、二人だけで何をするつもりなんだろう。

「大丈夫ですよ。外には出ませんから」
「ちょっと遅くなると思うから、先に寝てていいからね!おやすみなさい」

それだけ言うと、お兄ちゃんとセレナはまるで逃げるように部屋から出ていった。
2人がいなくなった部屋は嫌に静かで、居心地が悪い。
扉が閉じられてから3秒ほどした後、私は背中から冷たい空気を感じて身震いした。
振り返るとそこには、ベッドに座ったままじーっと部屋のドアを睨みつけるサトシの姿が。
まただ。またサトシが不機嫌になってる。
それも今日はいつもよりさらに怒っているように見える。
その証拠に、サトシの横に座っているピカチュウがなんだか焦ったような表情でサトシを見上げていた。
このままじゃマズイ。
大好きな4人の関係にひびが入っちゃう!
原因なんてわからないけど、とにかくここは私がしっかりしなくちゃ。

「さ、サトシ落ち着いて!お兄ちゃんもセレナも悪気があるわけじゃないんだよ!」
「えっ?」
「お兄ちゃんとセレナを責めないであげて!嫌いにならないであげて!」
「嫌いにって・・・ユリーカ、何の話だ?」

腕を掴んで頼み込んでみると、サトシの不機嫌オーラはさっと引いていく。
代わりにきょとんとした表情を浮かべて、私の方を見下ろしてきた。

「だってサトシ、お兄ちゃんとセレナと喧嘩したんじゃないの?」
「喧嘩?そんなのしてないって!」
「そう、なの・・・?」

恐る恐る聞いてみると、サトシは気持ちがいいくらいにすっぱり否定してきた。
いつも通りの笑顔にちょっとだけ安心したけれど、まだ疑問が晴れたわけじゃない。

「じゃあ、なんで怒ってるの?」
「えっ?いや、怒ってなんか・・・」
「怒ってるよ!それもお兄ちゃんとセレナが話してるときだけ」
「それは・・・」

視線を逸らして、なんだか気まずそうにしているサトシ。
この前は怒ってなんかない、と否定してきたけれど、今日は勘違いなんかじゃ納得できないほど、明らかに怒ってた。
誤魔化す言葉が見つからないのか、なんだか観念したみたいに肩を落として、小さく口を開いた。

「なんかさ、セレナに避けられてるような気がして」
「え、避けられてる?」

ため息交じりに明かされた言葉は、ちょっとだけ意外なものだった。
胡坐をかいてベッドのうえに座りなおしたサトシは、隣に座っているピカチュウの頭を片手で撫で始める。
さっきまで不機嫌な顔をしていたサトシだったけれど、今は何故だか少しすねているように見えた。

「セレナのやつ、俺が話しかけても目を逸らすし、少しでも近づくとすぐに距離取ろうとするし、話そうとしてもさっさとどっか行こうとするしさ。なのに、シトロン相手だと全然態度違うし」
「お兄ちゃん・・・?」
「シトロンと話してるときは距離取ろうとしないし、話も長く続いてるし、きちんと目を見て話してるし。なにより、俺と話してるときよりシトロンと話してるときの方が楽しそうだし・・・」

唇を尖らせて言うサトシは、なんだか子供みたいだった。
もちろんサトシだって私よりお兄さんとはいえ子供なのは同じなんだけど、サトシはそれなりに大人というか、拗ねたり駄々をこねたりするような人じゃないと思っていたから、なんだか意外。
サトシもこういう顔するんだ。

「それってさ、やきもちってやつ?」
「やきもち?」
「うん。セレナをお兄ちゃんに取られた気がして嫌なんでしょ?」

サトシはたぶん、勘違いしてる。
セレナがサトシと話すとき目を逸らすのも、すぐに話を切り上げようとするのも、距離を取ろうとするのも、みんなサトシのことが好きだから。
逆に言えば、サトシ以外にはそんなことしない。
照れ隠しでそういうことをしちゃうだけであって、別にサトシと一緒にいるのが詰まらないとか、そういうことじゃないはず。
だからちょっと踏み込んで話してみることにした。
サトシがセレナに抱いている感情が、セレナと同じものなら、きっとそれは“ドクセンヨク”って奴だと思う。
そういう感情は、好きな相手にしか抱かないはずなんだ。

「そうかも」

腕を組んで考え込んでいたサトシが、何かをひらめいたように静かにつぶやいた。
鈍感なサトシがまさかそんなにも簡単に納得するとは思っていなかったから、思わず“えっ”と聞き返してしまう。

「セレナと一番仲がいい男って、俺だと思ってたんだ。けど、実際はシトロンだったんだろうな。最近も二人でこそこそしてるし」
「サトシ・・・」
「けどさ、二人にやきもち焼くなんて、なんか器が小さいよな、俺。二人は大事な仲間だし、取ったとか取られたとか、そんなこと考えても仕方ないのにな」

そう言って笑うサトシの表情は、なんだか寂しげだった。
なんだか心がちくちくする。
サトシの気持ち、私も少しだけわかる気がした。
お兄ちゃんのために綺麗な人をシルブプレしてみるけど、実際そのお嫁さんが私よりお兄ちゃんと仲良くなったったらちょっとモヤモヤするもん。
これって心が狭いからなのかな?

サトシは“もう寝ようぜ”と言って部屋の電気を消し始める。
ピカチュウを抱いてベッドに入ったサトシを見送って、私ものそのそとデデンネを抱き締めてベッドに入る。
このまま寝ちゃっていいのかな?
サトシに何か声をかけた方がいい気がする。
でも、どんな言葉をかけるのが正解なのか分からない。
だから、私が思う素直な気持ちをサトシに伝えてみることにした。

「ねぇサトシ」
「ん?」
「たぶんね、たぶんだけどね、セレナにとってサトシは特別な人だと思うよ?」
「・・・・・」
「セレナの一番はいつだってサトシだもん。お兄ちゃんなんて敵わないよ」
「ふっ、なんだよそれ。シトロンはユリーカの兄貴だろ?」
「そうだけど・・・そうなんだけどさぁ・・・」

不思議だ。
今までは、あわよくばセレナがお兄ちゃんを好きになってくれたらなぁ、なんて思っていたくせに、いつのまにかサトシの味方してる。
お兄ちゃんは頼りないけど、物知りで優しい、誰よりかっこいい。
しっかりしたお嫁さんを貰って幸せになってほしいけど、たぶんその相手はセレナじゃない。
セレナにお似合いなのは、おにいちゃんじゃなくて、多分・・・。

布団の中で丸くなったまま横に寝がえりをうってみると、隣のベッドに寝ているサトシの背中が見えた。
その背を見つめながら、私はいつのまに眠りに落ちていた。


********************


朝。
セレナの支度が遅いのはいつものことだった。
けれど、今日は特別遅い。
私やお兄ちゃん、サトシはすぐに支度を整えたけど、まだ鞄をごそごそしているセレナは何かを探している様子だった。


「おそいね」
「あぁ」


ここはポケモンセンターの廊下。
泊まっていた部屋の扉を挟んで右に私、左にサトシが壁にもたれかかって待っている。
支度が終わるのを待っていた私たちだったけれど、セレナから廊下で待っててと言われたため部屋の外でこうして待っていた。
謎なのは、部屋の中にお兄ちゃんだけが残されているということ。
“ごめん、もうちょっとかかるからサトシとユリーカは外で待っててもらえる?”
手を合わせながらそう頼んでくるセレナに、“どうしてお兄ちゃんは中で待ってていいの?”と聞こうとしたけれど、サトシに手を引かれて外に出てしまった。
昨日、夜遅くまで帰って来なかったお兄ちゃんとセレナ。
それに引き続き、翌日の今日は部屋にこもってふたりきり。
何をしているんだろう、と気になったけど、どちらかというと今私と一緒にいるサトシの様子の方が気になった。
腕を組み、壁に寄りかかり、トントンと一定のリズムでかかとを鳴らしているサトシは、明らかに不機嫌だった。
これはまずいかもしれない。そろそろサトシの我慢の限界が来ているみたい。
とにかくお兄ちゃんにだけはこのことを相談して、なんとかしなくちゃ。
そんなことを考えているうちに、ようやく扉が開いてお兄ちゃんとセレナが外に出てきた。


「サトシ、ユリーカ、すみません。お待たせしました」
「あ、あのさお兄ちゃん、ちょっと・・・」
「ジャジャーン!」


私がお兄ちゃんに声をかけようとした瞬間、後ろから出てきたセレナが何かをサトシに押し受けた。
はしゃぐように楽し気な声と共にサトシの前に差し出されたそれは、一つのケーキ箱。
驚いたようにきょとんとした表情を浮かべているサトシは、そのケーキ箱に一切ピンと来ていないらしい。
そんなサトシの様子に、セレナとお兄ちゃんは顔見合わせて笑顔を零している。


「サトシ、カロスリーグ出場決定おめでとう!」
「へ・・・?」
「バッチを8つ集め終わったでしょ?そのお祝いに作ってみたの!」


サトシが苦戦の末エイセツジムでバッチをゲットしたのは数日前のこと。
あのジムのバッチを手に入れたことで、サトシの手元には8つのバッチが揃い、カロスリーグ出場が実質決定したことになる。
そういえば、エイセツジムに勝った嬉しさの方が強くて、カロスリーグのことなんてすっかり忘れていたような気がする。
サトシはきょとんとした表情のままセレナから箱を受取り、中を開けてみる。
すぐさま私もサトシの背後に回ってジャンプ。
中を覗き込んだ瞬間甘い香りが漂って来た。


「うわぁ!シュークリームだ!」


箱の中に入っていたのは6つのシュークリーム。
クッキー生地の中に詰まった真っ白なクリームが、まるで光り輝いているかのようにきれいだった。


「サトシと、あとポケモンたちで食べてね。ヌメルゴンに食べさせてあげられないのはちょっと残念だけど・・・」
「もしかして昨日遅くまで二人で出かけてたのって、これを作るためだったのか?」
「そうよ。シュークリームは作るのが難しいし初めて作るものだから、シトロンにも手伝ってもらったの」
「まぁ、僕はほとんど味見役しかしませんでしたけどね」


照れたように頭を掻くお兄ちゃん。
そんなお兄ちゃんに、セレナは“ありがとね”と微笑みかけていた。
そっか。お兄ちゃんとセレナが最近ひそひそしてたのは、ふたりでこっそりシュークリームを作るためだったんだ。
昨日遅くまで帰って来なかったのは、ポケモンセンターのキッチンを借りてこのシュークリームを作っていたから。


「ごめんね、ユリーカにまで内緒にしてて。サトシを驚かせたかったから、なるべく誰にも言わないようにしてたの。ちなみに、ユリーカの分もちゃんとあるわよ?」
「え!?ほんとに?ありがとうセレナ!」


セレナが渡してくれたのは小さな子袋だった。
中を開けてみると、そこには小さなマカロンがたくさん入っていた。
あれ、シュークリームじゃない。
首をかしげている私に、セレナが目線を合わせるようにしゃがみ込み、もういちど誤ってきた。


「ごめん。シュークリームはサトシにだけ用意したの。今回はサトシのお祝いだし、特別感出さないとね」
「そっか。でもユリーカ、マカロンも好きだから嬉しい!」
「それならよかった」


本当はセレナのシュークリームが食べたかったけど、そういうことなら仕方ない。
また今度セレナに作ってもらえばいいんだから。
私は子袋からマカロンを一つつまみ上げて口の中に放り入れる。
うん、これも美味しい。
ポシェットの中にいたデデンネが両手を広げてマカロンを欲しがってる。
仕方ないから1つあげてみる。
美味しそうにマカロンを頬張るデデンネを見つめていると、箱を持ったまま中のシュークリームを見つめていたサトシの“特別、か・・・”という呟きが聞こえた。


「サトシ、どうかしましたか?」
「あ、もしかしてシュークリーム苦手だった?」
「いや、そうじゃないんだ。ただ・・・」


シュークリームなんて渡されたら、いつものサトシなら大はしゃぎするはずなのに、今日は全く微動だにしていない。
そんなサトシの様子を心配に想ったお兄ちゃんとセレナがサトシに声をかけた。


「なんか、申し訳ないなって思って」
「申し訳ない?」
「最近セレナとシトロンがずっとこそこそしてたから、モヤモヤしてたんだ。多分俺、昨日ユリーカが指摘してくれた通り、やきもち焼いてたんだと思う」
「えっ」


サトシの言葉に、セレナは驚いているみたいだった。
当然だよね。やきもちやいた、なんてサトシらしくないことをいきなり言われたら。
隣に立ってたお兄ちゃんが私に“なんのはなし?”と耳打ちして聞いてくるけど、説明がめんどくさいから“しーっ”と人差し指を立てた。
今、すっごくいいところなんだから邪魔しないでよね、お兄ちゃん。


「やきもちって・・・私とシトロンに?」
「あぁ。こんなことしてくれてるなんて思いもせずにさ。でも、これもらったら、なんかもうどうでもよくなったよ。ありがとな、セレナ。シトロンもな」
「う、うん」
「礼には及びませんよ」


さっきまでの不機嫌オーラが嘘みたいに、サトシはさわやかに笑っていた。
箱からシュークリームを1つ取り出して、肩に乗っているピカチュウに手渡す。
小さな黄色い手でシュークリームを頬張り、口の周りにクリームをいっぱいつけているその姿はすんごく可愛らしい。


「よし、じゃあさっそく外でお茶にしようぜ!ゲッコウガたちにもこのシュークリーム食べさせてやらないとな!」


“美味いか?ピカチュウ
“ピッカァ”
そんなやり取りをしながら、サトシは廊下を歩き始めた。
その背中を呆然と眺めているセレナに駆け寄って、肘で軽く小突いてみる。


「セレナどうする~?サトシ、やきもち焼いてたって」
「えっ、ど、どうするって・・・。サトシってば、シトロンを私に取られちゃったと思ったのかなぁ?」
「えぇ!?」


まさかそんな解釈をするだなんて思わなかった。
確かにサトシは、誰に嫉妬したとか具体的には言わなかったけど、それくらいわかるでしょ?


「そ。そうなんですかねぇ・・・?」
「え?違うの?」
「んもー!セレナってば肝心なところでにぶーい!」


サトシがやきもち焼いたのは、セレナがお兄ちゃんにばっかり構ってるように見えたからなのに。
自分のこととなるとどうして途端に鈍感になっちゃうんだろう。
サトシとセレナを見ていると、なんだか首筋の当たりがむずむずしてきちゃう。
私はセレナの後ろに回って、その背中を先を歩くサトシめがけて命一杯推した。


「え、ちょ、ユリーカ?」
「ほらほら、サトシ行っちゃうよ?早く追いかけて!セレナの隣は、やっぱりサトシしか似合わないんだから」
「なによそれ、もう・・・」


なにがなんだかわからない様子のセレナは、顔を赤くしながらサトシの隣へ駆け寄っていった。
そう。セレナの隣はやっぱりサトシのものだ。
お兄ちゃんにもあんなに素敵な恋人が出来たら嬉しいけれど、今はユリーカで我慢してもらわなきゃ。
隣に立っていたお兄ちゃんの手を取って、私たちもサトシとセレナを追って歩き出す。


「で、お兄ちゃんの隣はユリーカね」
「うん?どうしたんだいユリーカ。なんだか上機嫌だね」
「えへへ、まぁね」


前を歩くサトシとセレナは、いつものように楽しそうに笑いあっていた。
お兄ちゃんの隣を歩いている時よりも二人の距離は少しだけ空いているけれど、多分あれは好きだからこそ生まれる特別な距離。
あーあ。お兄ちゃんにもあんな距離感でお話しできる恋人がいつかできるといいな、
そんなことを考えながら、私はお兄ちゃんの手を強く握った。

 


END