Mizudori’s home

二次創作まとめ

小さな箱に愛をこめて

【サトセレ】

■アニポケXY

■新無印時間軸

■SS

 

***

 

サクラギ博士がカロスでの長期出張から帰ってきたのは、今日の昼過ぎごろだった。
各地方によって色が異なるビビヨンの研究のためカロスに赴いていた彼は、5日間の期間を設けてカロスへ旅立った後、大きめの旅行鞄とおみやげ袋を手に提げて研究所へと帰ってきた。
おみやげに興味津々なサトシ、ゴウ、コハルの前で、サクラギ博士は自ら紙袋の中を開ける。
可愛らしい包装紙に包まれていた缶の箱の中には、色とりどりのマカロンがぎっしりと詰まっていた。

「うわぁ!マカロンだ!可愛い」
「俺初めて食べる!」

箱を覗き込むゴウとコハルの目はいつも以上に輝いている。
カラフルなこのマカロンミアレシティの名物であり、地元カロスでは大人気なスイーツだった。
“みんなで仲良く分け合って食べるように”
そう告げると、サクラギ博士はマカロンと3人の子供たちを残して研究室を出て行ってしまった。
きっと荷解きをするのだろう。
残されたサトシたちは好きな色のマカロンを一つずつつまみ、口へ運んでいく。

「う~ん美味しい!」
「マカロンってこんな味なのかぁ。結構美味いな」

ゴウやコハルは、初めて口にしたマカロンの味に感動を覚えていた。
見た目の可愛らしさは勿論のこと、口内に広がる甘やかな風味も魅力的である。
こっちの色はどんな味だろう。こっちも美味しいのかな?
そんなことを話しながらパクパクと上機嫌に食べ進めていくゴウとコハル。
そんな彼らの正面に座ってマカロンを味わっていたサトシは、他の2人に比べて随分と静かに食べ進めていた。

「サトシ、もしかしてマカロン好きじゃない?」

美味しい美味しいと口々に繰り返す自分たちと温度差があるサトシに、コハルは首を傾げた。
いつもならこういったお菓子やスイーツを前にすると目にもとまらぬスピードで口に運んでいるサトシだが、何故だか今日はあまり食いつきがよくない。
サトシに食に関する好き嫌いがあるとは思えないが、彼はマカロンを一口かじったまま難しい顔をして静止していた。

「へっ?なんで?」
「だって全然食べてないから・・・」
「サトシって甘いもん苦手だったっけ?」
「いや。そういうわけじゃないんだけど・・・」

サトシは指につまんだ齧りかけのマカロンを口内に放り込む。
わざわざサクラギ博士が買ってきてくれたお土産であるがゆえに、どうやら気を遣っているのだろう。
鼻頭を掻きながら、サトシは少し言いづらそうに苦笑いを浮かべた。

「なんか、セレナの作ったマカロンのほうが美味いなって。あぁこのマカロンが不味いわけじゃないんだけどさ」
「セレナ?誰だ?」
「あれっ、言ってなかったっけ?前に一緒にカロスを旅してた友達」
「え?サトシ、女の子と一緒に旅してたの?」
「二人きりじゃないけどな」

サトシが各地方を旅していたことは、コハルもよく知っていた。
けれど、まさかその旅仲間に女の子がいたとは知らず、面食らってしまう。
ゴウとばかり一緒にいるイメージが強いからだろうか。
彼が女の子と一緒にいるところをあまり想像できなかった。

「そのセレナって子、マカロン作りが上手かったのか」
「マカロンだけじゃないぜ!クッキーとかマフィンとかポフレとかもめちゃくちゃ上手に作るんだ!セレナの作るお菓子、すっげぇ美味かったよな、ピカチュウ

自分の膝の上で行儀よく座りながらマカロンを齧るピカチュウに笑いかけるサトシ。
そんな主人の言葉に、ピカチュウは可愛らしく頷く。
ゴウとコハルがセレナという女の子の名前を聞いたのは初めてだった。
サトシの口ぶりから察するに、どうやら相当お菓子作りが得意な子だったらしい。
女子力高い子だったんだなぁ。
コハルは嬉々として話すサトシを眺めながらそんなことを思っていた。

「それにさ、セレナはパフォーマーなんだけど、トライポカロンのマスタークラスで優勝するほどの実力なんだ。最後はカロスクイーンのエルさんに負けちゃったんだけど、あの時のセレナのパフォーマンスすごかったなぁ。あとポケモンたちの世話もうまくてさ、セレナにブラッシングされたポケモンたちはみんな見違えるくらい綺麗になるんだよ」

顔も知らないセレナという少女のことを語るサトシは、随分と楽しそうだった。
まるで大好きなポケモンたちを語るときのように、声色が弾んでいる。
サトシがポケモンではなく人に対してここまで楽し気に語っている光景を見たことがなかったコハルの胸に、妙な違和感が生じた。

「もしかしてサトシ、そのセレナって子のこと好きなの?」
「えぇっ!? そ、そうなのか?」

コハルの指摘に、隣に座っていたゴウが思わず立ち上がる。
彼が立ち上がったことでテーブルが揺れ、ガタンと大きな音が鳴ってしまった。
サトシに好きな女の子がいるなんて初耳だ。
そもそもそういうことに興味があったのか。
ゴウはコハルからもたらされたサトシの意外な一面に驚きを隠せなかった。
だが、動揺しているゴウとは裏腹に、当のサトシはキョトンとした表情を浮かべている。

「好きに決まってるじゃん。セレナは大事な友達だしな!」

屈託のない笑みを見せるサトシからの返答は、なんとも的外れなものだった。
相変わらず恋だの愛だのに疎いサトシは、ゴウやコハルの期待を裏切らない。
やはりコハルの言う“好き”の意味を全く理解していないようである。
無邪気なサトシの言葉に、ゴウとコハルは顔を見合わせ苦笑いを零した。

「なんか、セレナのマカロンが食べたくなってきたなぁ」

頭の後ろで手を組み、サトシは天井を見上げる。
天井に設置された照明をぼうっと眺めながら思い浮かべるのは、かつて共に旅をしていたセレナの顔。
ポケモンコンテストに出場するためホウエンへ旅立った彼女は、今なにをしているのだろう。
元気にしているだろうか。もうコンテストリボンをゲットしただろうか。
セレナのことを思い浮かべているサトシの顔は、普段無邪気にポケモンを追いかけている彼からは想像もできないほど大人びていた。

そんなサトシの姿を見ていたゴウやコハルは、サトシにここまで絶賛されるセレナのマカロンとやらに興味が湧いていた。
サクラギ博士が購入してきた目の前のマカロンは、カロス名物になるほど大人気なお菓子である。
それ以上に美味いというセレナのマカロンとは、いったいどれほどのものなのだろうか。
ゴウとコハルのそんな疑問は、すぐに解消されることになる。
サクラギ博士がカロスから帰ってきた日から数日後、サクラギ研究所に小包が届いた。
宛先はサトシ。送り主の欄には“セレナ”と記載されていた。

冷蔵便で届けられたその小包に入っていたのは、色とりどりのマカロン
可愛らしい見た目をしているそのマカロンの到着に一番喜んでいたのは、やはりサトシだった。

「これどうしたんだ?」
「この前セレナに作ってもらえないか頼んだんだよ。なんか無性にセレナのマカロンが食べたくなっちゃったからさ。二人も食べるだろ?」
「えっ、私たちも食べていいの?」
「もちろん」

カロンが入っている小袋を差し出してきたサトシの好意に、ゴウとコハルは甘えることにした。
それぞれ好きな色のマカロンをつまみ上げ、一口かじる。
すると、甘く上品な風味が口の中いっぱいに広がり、途端に幸せな気分になってしまう。
これは確かに美味しい。
数日前に食べた人気のマカロンよりも、癖になるような味だった。

「ん~!美味しい」
「確かに美味いな、これ」
「だろ~?さっすがセレナ」

まるで自分のことのように胸を張り、得意げな表情を浮かべるサトシ。
自分も小袋の中に手を突っ込みひとつ口の中に放り込めば、うっとりした顔で“やっぱり美味い”と頷いた。
こんなに美味しいマカロンを作れるなんて、サトシの言う通りセレナという子は相当お菓子作りが得意らしい。
サトシの周りに、こんなに女の子らしい特技を持った子がいるだなんて意外だった。
コハルはサトシがテーブルに置いたマカロンの小袋を手に取り、何気なく中を覗き込む。
するとそこには、マカロンに隠れるように小さなカードが入っていた。

これ、なんだろう。
首をかしげながらカードを引き抜いてみると、それはどうやらメッセージカードのようだった。

“サトシへ。
この前は連絡くれてありがとう。うれしかったです。
この前褒めてくれたマカロンを作ったので贈るね!
気に入ってもらえると嬉しいな。愛をこめて。
セレナ”

可愛らしい丸文字で書かれた短いそのメッセージには、最後を締めくくる言葉の通り愛がこもっていた。
そのメッセージを見た瞬間、コハルはなんとなく察しがついてしまう。

もしかしてこの子、サトシのことが好きなのかな。

特に根拠はない。
けれど、これは女の勘というものだろうか。
なんとなく、コハルは自分が打ち立てたこの仮説に自信を持っていた。
おそらくサトシが連絡し、マカロンを食べたいとでもこぼしたのだろう。
その要望をかなえる形で、セレナはわざわざマカロンを作り、このサクラギ研究所へと送ってきた。
なかなか手間になるであろうこの作業を、ただの友達相手にするだろうか。
コハルは、ゴウの隣でマカロンを頬張るサトシを盗み見る。
先日父が持って帰ってきたマカロンを食べていた時とは比べ物にならないほど嬉しそうにしているサトシは、このセレナという子のことをどう思っているのだろう。

「ねぇサトシ。小袋の中にこんなものが入ってたよ」
「ん?なんだこれ」
「メッセージカードみたい」

サトシに小さなメッセージカードを渡すコハル。
カードに書かれた内容を読み始めるサトシの肩口から、ゴウも背伸びしつつカードを覗き込む。
サトシのあの様子では、おそらくセレナという子のことは本当に友達としてしか思っていないのだろう。
そもそもサトシはそういった方面には超がつくほど鈍感だ。

本当にセレナがサトシに気があったとして、当の本人は気付いていないに違いない。
そう思うと、コハルはなんだかセレナという少女のことが可哀そうに思えてきた。
会ったこともないセレナに対して同情を寄せるコハル。
そんな彼女の考えは、メッセージカードを読んでいるサトシの表情を見た瞬間覆ることになる。
セレナによって紡がれた可愛らしい文字に視線を落としたサトシは、まるで慈しむかのように目を細め、口元には柔らかな笑みを浮かべていた。
愛おしそう、とはまさにこのことだろうか。

サトシのあんな顔、初めて見た。
セレナって子、全く希望がないわけじゃないのかな?
観たこともない表情でメッセージカードを見つめるサトシの姿を目にしたコハルは、自分のことでもないというのに、セレナのことを思ってなんだか安心してしまった。
うまくいくといいね。
そんなことを思いながら、コハルは最後のマカロンをつまみ上げるのだった。


END