Mizudori’s home

二次創作まとめ

あなたのいちばんについて

【サトセレ】

■アニポケXY

■アニメ本編時間軸

■短編

***

 

最近は激動に次ぐ激動の連続だった。
カロスリーグが終わったかと思えば、息つく間もなくフレア団の陰謀が動き出し、このミアレシティはその身勝手な計画に巻き込まれた。
そんなミアレシティを救った2人の青年、アランとサトシの名前は、瞬く間にカロス中に知れ渡ることとなる。
カロスリーグでも1位、2位に並ぶ2人はもはや有名人そのものであり、彼らをカロスの英雄と讃える者もいるほど。
そんな現状に、彼らの関係者であるセレナらは戸惑うが、どうやら当の本人たちはそこまで気にしてはいないらしい。
今日もまた、いつも通りサトシの特訓がミアレのポケモンセンター横のバトルフィールドで行われる。


ピカチュウ、エレキボール!ゲッコウガ、いあいぎりだ!」


対峙するピカチュウゲッコウガの間に立ち、指示を飛ばすサトシはいつも通りの気迫である。
彼の特訓の様子を離れたベンチで眺めるセレナ、シトロン、ユリーカの姿もいつも通り。
ただ、この空間にどうしても“いつも通り”とは呼べない存在がある。
バトルフィールドのすぐ側で、サトシに熱視線を送る数人の女の子たちだ。
ピカチュウゲッコウガの技がぶつかり合い、突風が吹き荒れてサトシの黒髪が揺れるたび、彼女たちは黄色い声を上げている。
そんな異様な光景に、彼の旅仲間である3人は戸惑いを隠せずにいた。


「ねぇ、なんか昨日よりも人数増えてない?」
「え、えぇ。サトシがここで特訓しているという情報を、どこからか掴んだのでしょうか」


ユリーカの言う通り、サトシを見に来た女の子たちの人数は、昨日ここで特訓していた時に訪れていた数よりも少しだけ増えていた。
カロス各地を巡っていた頃は、特訓中にこれほど多くのギャラリーが集まる事はほとんど無かったが、これもリーグや例の事件でサトシが知名度を上げた効果なのかもしれない。
彼のファンとも言える女の子たちはどこからか集まり、サトシへ憧れの目線を向けている。


「サトシ、気が散ったりしないのかな」
「さぁ。見た所いつも通りですけど」


ユリーカとシトロンは、ギャラリーが大声で声援をあげるたび、サトシの気が散らないか心配していた。
しかし、当のサトシは彼女たちの黄色い悲鳴などほとんど耳に入っていないようで、いつもの調子で特訓を進めている。
その超人的な集中力に改めて感心するセレナ。
そんな彼女を、横で見ていたユリーカは肘で軽く小突く。


「大変だねぇセレナ。ライバル続出で」
「え?あぁそうね」


随分と薄い反応を示すセレナに、ユリーカは首をかしげる
きっとまた顔を真っ赤にしながら首を横に振るのだろうと想像していたのだが、セレナはやけに落ち着き払った様子で、特訓中のサトシを見つめていた。


「あれ?なんか落ち着いてるね」
「うん。そりゃあ、ちょっと妬けちゃうけど。サトシの魅力にみんな気付いてくれたんだって思うと、少しだけ嬉しくて」


照れたように笑うセレナの視線は、優しげにサトシへと注がれている。
彼女がこんな風に自分を思ってくれている事を知ったら、彼はどんな顔をするのだろう。
早いところその気持ちを伝えてしまえばいいのに。
ユリーカのそんな考えとは裏腹に、鈍感な彼女の兄はウンウンと頷きながら横槍を入れる。


「同じようにサトシに憧れる者として、その気持ち良く分かります!」
「お兄ちゃんにっぶーい」
「へ?」


シトロンはセレナの気持ちを全く理解していない。
彼が抱いている“憧れ”と、セレナが抱いている“憧れ”は全く質の違うものであり、彼女の気持ちはシトロンが分かり得るものではないのだ。
サトシと肩を並べるほどに鈍感な兄に、ユリーカは僅かな呆れを感じている。


ゲッコウガ、みずしゅりけん!ピカチュウ10まんボルト!」


そんなセレナたちのやりとりなど知る由もなく、サトシは特訓を続けていた。
再び指示を飛ばされたピカチュウゲッコウガは、お互いの大技を全力でぶつけ合う。
高レベルなポケモン同士の手合わせは、周囲への影響も大きい。
ぶつかり合った2つの技は、バトルフィールドに激しい粉塵を巻き起こし、突風が吹き荒れる。
その場にいた者たちが、舞い上がった粉塵から目を守るように下を向いていたが、サトシだけは違った。


「ピカァッ!」
ピカチュウ!」


巻き起こった突風によってピカチュウの体は吹き飛ばされ、後方へと飛ばされてしまう。
その光景をしっかり目にしていたサトシは焦った。
このままでは、ピカチュウは地面に叩きつけられてしまう。
考えるよりも先に、サトシは手を伸ばして後方へと飛び込んでいった。
ズサーッと派手な音を立て、地面にスライディングするサトシ。
そんな彼の伸ばされた両手には、きちんとピカチュウが着地していた。
どうやら、なんとか相棒を受け止めることができたらしい。


「サトシ!」
「ふぅ、間に合った。大丈夫か?ピカチュウ
「ピカピ、ピカッチュ!」


盛大に地面に体をぶつけた彼の身を案じ、セレナは思わずベンチから立ち上がる。
ユリーカやシトロンはもちろんのこと、バトルフィールドの外で黄色い声援を飛ばしていた女の子達も、サトシに心配そうな視線を向けている。
しかし、彼がピカチュウを抱えて何事もなく立ち上がった姿を見ると、みんな一斉に安堵の表情へと変わった。
ただ1人、セレナを除いては。


「サトシ、相変わらずだね」
「ですね」


そう笑い合うユリーカとシトロンの横で、セレナはリュックから取り出したポーチをガサゴソと漁っていた。
どうかしたのだろうかと首をかしげる2人。
そんな彼らを横目に、セレナはそのポーチからあるものを取り出す。
“あった!”と嬉しそうに笑う彼女の手に握られていたのは、一枚の絆創膏だった。


「よし、じゃあ今日はここまでにしよう。戻れ、ゲッコウガ


長く続いた特訓もようやく終わりを告げ、サトシは腰に取り付けられていたモンスターボールへとゲッコウガを戻した。
腕に抱えられていたピカチュウはいつも通りサトシの肩へと移り、その赤い頬をすり寄せる。
特訓を終えたサトシはセレナたちが待つベンチの方へと歩き出すが、それを阻むように、数人の女の子たちが彼の前に立ちはだかった。


「サトシ君お疲れさま!」
「すっごくカッコよかったです!サインください!」
「あの、よかったら握手してもらえませんか!?」
「えぇ!?」


絆創膏を持ってサトシに駆け寄ろうとしたセレナだったが、あっという間に彼は女の子たちに囲まれ、見えなくなってしまう。
サインだ、握手だ、記念撮影だと迫る女の子たちの勢いは凄まじく、割って入って行くだけの隙など微塵もない。
先ほどは“サトシの魅力に気付いてもらって嬉しい”などと言ったセレナだったが、これにはさすがに肩を落としてしまう。
前までは、特訓を終えた彼に一番最初に駆け寄るのは自分だったのに、と。


*1


しかし、セレナはここで諦めるわけにはいかなかった。
いつもの特訓だったのならこの状況も甘んじて受け入れるのかもしれないが、今日は違う。
何としても、サトシにこの絆創膏を渡さなくてはいけない。
このメロメロ状態の女の子たちを掻き分けてでも、彼の元へ行かなくては!
気合を入れ、セレナは絆創膏片手に女の子の群へと飛び込んだ。
しかし……

 

 

「ぅわっ!」


勢いよく飛び込んだものの、女子達から押しに押され、跳ね返されてしまった。
盛大に尻餅をつくセレナ。
そんな彼女の姿をベンチから見ていたシトロンは焦って立ち上がる。
助け起こさなければ、と一歩前に出るが、ユリーカに腕を掴まれて先へ進めない。
何故行かせてくれないのかと背後の妹に振り返れば、彼女は黙って首を横に振った。
そんなユリーカの行動の意図がつかめず、首を傾げるシトロンだったが、数秒後、ようやく止められた意味を知ることになる。


「セレナ!ごめん、ちょっと通して!」


セレナの小さな悲鳴が耳に入ったらしい。
サトシは自分を囲んでいた女の子たちを掻き分け、前へ進んで行く。
やがて一番後ろで尻餅をつき、地面にへたり込んでいたセレナの前までやってくると、サトシは彼女へと右手を差し出した。


「セレナ、大丈夫か?」


まさかサトシの方からやって来てくれるとは思わず、セレナは思考停止してしまう。
自分へと右手を差し出してくれているサトシの微笑みに胸を掴まれ、心臓がバクバクと急速に鼓動する。


「え、あ、うん!ありがとう」


伸ばされた彼の手を掴むセレナ。
手を取り合ったその瞬間、サトシは思いきりその手を引き、彼女を引き寄せる。
ほとんど強制的に立たされたセレナはバランスを崩し、サトシの胸へと飛び込んでしまう。
そんな彼女を支えるように、サトシも反対の手をセレナの背に回していた。

側から見れば、サトシがセレナを抱き寄せたようにしか見えないこの光景に、囲んでいた女の子たちはざわめく。
しかし、セレナにはそんなざわめきを気にしていられるだけの余裕はなかった。
こんなにも近くにサトシがいる。
その事実はセレナの心をときめかせ、そして顔の熱をどんどん上げてゆく。
ああ、そういえばこんな事が前にもあったような気がするが、サトシは覚えているだろうか。
ようやく我に返り、サトシから体を離すセレナ。
顔を真っ赤に染めた彼女とは対照的に、サトシはケロっとした顔で言った。


「服の後ろ、汚れてるぜ?」
「へぇっ!?」


どうやら尻餅をついたせいで、羽織っていた赤い上着の後ろが汚れてしまったらしい。
確認しようと振り返ってみるが、真後ろの汚れなど自分では確認できそうにない。


「じっとしてろ、払ってやるから」
「う、うん


困った様子のセレナをなだめ、サトシは正面から彼女の背後へと手を伸ばす。
ポンポンとお尻のあたりを叩く彼の手つきはやけに優しい。
普通、異性にお尻を触られるなど嫌悪感しか感じないはずだが、相手はサトシだ。
恥ずかしさや、彼の優しさに対する喜びは感じるが、嫌だという気持ちは一切湧いてこない。

こんなにも気遣ってくれて、尚且つ優しくしてくれるサトシは、やっぱりカッコイイ。
改めて彼の魅力を噛み締め、感傷に浸るセレナであったが、一瞬だけ妙な居心地の悪さを感じてハッとする。
気付けば先ほどまでサトシを囲んでいた女の子たちが、鋭い目つきで自分を睨んでいるのだ。
嫉妬を孕んだねっとりした視線たちに射抜かれ、セレナは背筋を凍らせる。


「よし、終わったぜ」
「ありがとうサトシ。あのね、これ、よかったら使って」
「ん?」


お尻の汚れを払い終わったサトシに、セレナは握りしめていた一枚の絆創膏を手渡す。
彼の肩越しから感じる恨めしい視線たちは痛いが、負けてはいられない。
彼女たちの怨みを買う覚悟で、セレナは勇気を出し、サトシへとその絆創膏を差し出したのだ。


「肘、怪我してるでしょ?」
「ああ、そういえば。けど、これくらいどうって事ないって」
「ダメよ!放っておいてばい菌が入ったら大変なんだから」


突風で吹き飛ばされたピカチュウを助けるため、地面にスライディングしたサトシは、右肘を擦りむいていた。
無茶の多い彼にとって、こんな傷はかすり傷にも満たないものだが、セレナはそれを許してはくれないらしい。
サトシを囲っていた女の子たちは、サトシが怪我をしていた事実に気付いていなかったらしく、一様にみんな顔を見合わせている。
こんなに小さな傷を負ったこともバレてしまうだなんて、セレナには敵わないな。
そんなことを考えながら、サトシは苦笑いをこぼす。


「そっか、そうだな。サンキュー、セレナ。助かるよ」
「うん。お疲れさま、サトシ」


潔く絆創膏を受け取るサトシに、セレナは満面の笑みを返す。
彼ら2人にとってはいつも通りの、且つ何の変哲もないやり取りであったが、サトシに好意を向ける女の子たちにとっては圧倒的な差を感じさせる光景であった。
サトシとセレナの間には、他者が入り込めない様な独特の空気感がある。
それは誰もが感じ取れるものであり、サトシにとってセレナという存在が、他の女の子たちとは一線を置く存在であることは明白だ。
セレナに集まっていた恨みと嫉妬の視線は、次第に悲しみと羨望の視線へと変わっていく。


「そうだ。セレナ、お茶あるか?なんか喉乾いてさ」
「あ、うん!あるわよ。ちょっと待ってて」


サトシの要望に応えるべく、セレナは小走りでシトロンやユリーカが座っているベンチへと戻っていく。
そこに置いてあるピンク色のリックを漁り、中に入っていた水筒を取り出した。
これはセレナがポケモンセンターへ寄る度に淹れたいた緑茶が入っており、以前サトシが好きだと言っていた銘柄のお茶でもある。

ついでだ。
頑張ったピカチュウたちの為にも、今朝焼きあがったポフレをご馳走してあげよう。
取り出した水筒をベンチに置き、セレナは再びリュックの中からポフレ入り小さな籠を探す。
しかし、そんな彼女の耳には、背後で繰り広げられるサトシとそれを囲む女の子たちの会話がばっちり聞こえていた。


「あ、あの、サトシくん。お茶なら私も持ってきてるんだけど
「私も
「私も紅茶を


女の子たちにも抜かりはないらしい。
みんなドリンクを持参でサトシの応援に来ていた様だ。
各々水筒片手にサトシへ迫る女の子たちの様子に、ユリーカは“アチャー”と眉を潜ませる。
チラッと横でリュックを漁っていたセレナへと視線を向ければ、彼女の手はピタリと止まっていた。
サトシは割と博愛主義なところがある。
ああしてストレートに好意を向けられたら、きっと断れなくなってしまうに違いない。
そうなった場合、隣で健気に尽くす彼女はどうなってしまうだろう。
そんなユリーカの杞憂を打ち破るかの様に、サトシはキッパリと言い放った。


「ああ、ごめん。俺、セレナが淹れてくれたお茶が一番好きだからさ」


その言葉を聞いて、ユリーカは思わず“うわっ”と声を漏らしてしまった。
だって、誰がどう聞いても、その言葉は明らかにセレナが喜ぶようなものだったから。
しかも即答というのはかなりポイントが高い。
その証拠に、隣でリュックに手を突っ込んでいるセレナは動きを止めたまま、顔を真っ赤に染めている。
対照的に、サトシを囲む女の子たちは、何かを悟ったようにしゅんと肩を落とし、悲しげな表情を浮かべていた。
可哀想ではあるが、彼女たちは残念ながら好意を向ける相手を誤ったらしい。
長年片想いし続けて来たセレナですら落とせなかったサトシという難攻不落の砦が、突然現れた新入りの兵士に攻め落とせるはずなどないのだ。


「“いちばんすき”だってさ。良かったね、セレナ」
「ゆ、ユリーカ!」
「えへへ。早く行ってあげなよ。サトシ待ってるよ」
「〜〜〜っ!もう!」


真っ赤な顔で睨んでくるセレナには、全く迫力が感じられない。
からかわれているというのに、彼女はどこか嬉しそうで、そんな様子がとても微笑ましい。
水筒とポフレ入りの籠を持ち、サトシに駆け寄るセレナの背を見て、ユリーカはため息をついた。

あんなに可愛くて優しいセレナが、こんなにも真っ直ぐ好意を向けているというのに、何故サトシは気付かないのか。
モタモタしていると、自分が兄のためにセレナをシルブプレしてしまうかもしれないぞ。
至近距離で楽しそうに会話する2人に、頬杖をつきながら視線を送るユリーカ。
その視線を、横に座っている兄へと移してみれば、彼もニコニコと笑顔を浮かべて2人を見つめていた。


「確かにセレナの淹れたお茶は美味しいですからね。特訓後に飲みたくなるのも分かります」
「はぁ、お兄ちゃんってばやっぱりにぶーい」
「へ?」


シトロンはあの2人の空気感をまるで理解していないようだ。
まったく、そんな様子だからいつまで経ってもお嫁さんになってくれる人が現れないのよ。
サトシはあんなにいい人に好かれてるのに、お兄ちゃんもぼーっとしてたら置いていかれちゃうかもしれないよ?
そんなことを思いながら兄を見つめれば、頭にクエッションマークが着いたような表情で見つめ返される。


「あーあ。セレナがお兄ちゃんのこと好きだったら良かったのに」
「え?」
「それは無理かぁ。セレナって一途だもんねぇ」
「あの、何の話をしているんだい?ユリーカ」
「それにお兄ちゃんじゃサトシには敵わないか」
「えっと、バトルの話かな?」
「でも安心してね!ユリーカにとっての一番はいつでもお兄ちゃんだから!」
「は、はぁありがとう」


明るい笑みを見せるユリーカに、シトロンは照れたように鼻を掻きながら頷く。
きっと、サトシとセレナの春は近い。
対して、シトロンの春はまだ遠いらしい。
いつか兄に、セレナのような可愛くて頼りになるしっかりしたお嫁さんが来るはずだ。
それまでは、兄にとっての一番は妹である自分に違いない。
そう思えば、今のままの状況も悪くはないなと思ってしまうユリーカなのであった。


END

*1:だめよセレナ!こんなことで諦めちゃ!