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二次創作まとめ

第二次キス実行作戦

【サトセレ】

■アニポケXY

■未来捏造

■短編

***

 


茶色い彼の瞳がまん丸くなんて、こちらを見つめてきた。
逃がさないようにグローブの上から彼の手を握っている力が強くなる。
目と目が合って、ぐっと顔を近づけてみるけれど、やっぱりあの頃のように勢いに任せて行動するなんて出来るわけもなく・・・。
脱力感に襲われて、セレナはサトシの手を離した。


「セレナ?どうしたんだ?」
「ううん・・・なんでもないの。イキナリごめんね」


さっと体を離して距離をとると、サトシは不思議そうに首を傾げつつ、、背を向けてバルコニーから去って行ってしまった。
あぁミルフィ―、やっぱり無理だよ。
もう一度キスするなんて。そんなの出来ないわ。
サトシが去った後に残ったのは、どうしようもなく顔を赤く染めているセレナだけ。
手を握って、顔を近づけて、目を見ただけでこんなにもドキドキしたのに、3年前の自分はよくあんな大胆なことが出来たなぁ。なんて、変に冷静になって考えてみる。
火照った顔を手で仰ぎながら、サトシに続いてセレナもバルコニーから屋内に戻ることにした。

サトシやシトロン、ユリーカと一緒にカロスを旅していたあの頃から5年。
ホウエンをはじめ、様々な地方でパフォーマンスの修行をしていたセレナは、再びトライポカロンに出場するためにカロスに帰ってきていた。
3年前は惜しくも負けてしまったけれど、今度はきっと負けない。
またプリンセスキーを1から集めて、マスタークラスに出場してみせる。
そんな意気込みの元、カロスでの旅を始めた彼女のもとに、サトシから久しぶりに連絡が来たのは1か月ほど前のこと。

ユリーカがトレーナーデビューするらしい。
せっかくだからお祝いのパーティーをやらないか?
ショータやアランたちにも声かけるからさ!

そのお誘いに、セレナは迷うことなくOKと返事をした。
一緒に旅をしていた頃のユリーカはポケモンを持てる年齢ではなく、トレーナーになることを心から楽しみにしていた。
そんな彼女が、この度キープポケモンだったデデンネを兄のシトロンから正式に譲り受け、カロスリーグに出場するため旅に出るのだという。
晴れてトレーナーデビューするユリーカに会えるのはもちろん楽しみだったけれど、それと同じくらい、サトシやシトロン、そしてかつての旅で知り合った大切な人たちに会えることも楽しみだった。

満を持して参加したパーティーには、5年前より大人になった面々が待ち構えていた。
眼鏡をはずし、コンタクトデビューを果たしたシトロン。
幼さが消え去り、すっかりトレーナーの顔になったユリーカ。
そして、背が高くなったサトシ。
他にも、アランやショータ、ティエルノにトロバといったカロスリーグでサトシと一緒に戦ったライバルたちや、サナやミルフィ、ネネやマノンといった女の子たちも駆け付けていた。
会場となったシトロンの家は、主役であるユリーカを中心に大賑わいを見せている。

そんな時だった。
ミルフィから例の話を振られたのは。


「聞いたわよセレナ。あんた5年前にサトシにキスしたんだって?」


飲んでいたモモンの実のジュースを吹き出しそうになってしまう。
急いであたりを見渡してみるけれど、幸いにもサトシの姿は近くに見当たらない。
安心すると同時に、周囲で雑談をしていた女性陣たちが次々と駆け寄ってきた。


「え、うそ!セレナいつの間にそんなことしてたの?」
「案外やるわねぇ」


サナとネネがセレナの両脇を固め、肘で軽く小突いてくる。
そう言えば、3年前カロスからホウエンに旅立ってからというものの、そっち方面の報告はこの3人に一度もしていなかった。
恐らくユリーカから聞いたのだろう。
まさか5年も前の話を今になって掘り返されるとは思わず、セレナは狼狽える。


「サトシとセレナって、そういう間柄だったんだぁ。なんか大人!」
「ち、違うのよマノン!私とサトシはそういうのじゃなくて・・・」


セレナよりも身長の小さいマノンが、目をキラキラさせてセレナを見つめてくる。
彼女はずっとアランと一緒にプラターヌ博士の助手として旅をしているらしいけれど、まだ彼とは何の進展もないのだと最近愚痴を零していた。
そんなマノンの羨望の眼差しは、今のセレナにとっては居心地が悪いだけ。


「じゃあどういう間柄なワケ?まさかキスまでしといて未だにただのトモダチってわけじゃないでしょ?」
「う・・・」
「え、まさか、図星?」


ミルフィの言葉が痛い。
肩を落としながら頷くと、その場に居た全員が“えぇっ!?”と驚愕の声を漏らした。
そんなに驚くようなことないじゃない。
カロスの旅が終わった後も、割と頻繁に連絡を取ってはいた2人。
けれど、直接会うのはあれ以来今日が初めてだった。
3年前にキスをしてお別れした事実がまだ頭に残っているせいで、会うのが少し気まずかったけれど、顔を突き合わせた瞬間“久しぶり”なんてサトシが笑いかけてくれるから、ほんの少しだけ安心した。
と同時に、胸がちくりと痛んでしまう。
自分はあのキスをあんなに意識していたのに、サトシは全然気にしてないんだ、と。


「もう少し行動に移しなさいよ。さっさとしないと誰かにとられちゃうわよ?」
「だってぇ・・・」
「そういえばさっきサトシから聞いたんだけど、カロスで旅した後のアローラって地方でスクールに通ってたんだって」
「あぁ、うん。それなら私も知ってる」
「可愛いクラスメイトの女の子がいっぱいいたってことも?」
「えっ」


サナからもたらされた事実に、すっと血の気が引いていく思いがした。
サトシとちょくちょく連絡を取り合っていたお陰て、彼が旅の後にアローラへ滞在していたことはよく知っている。
けど彼は、電話ではアローラで出会ったポケモンやバトルの話ばかりしていて、クラスメイトの話なんて一切聞いていなかった。
そりゃあスクールなわけだし、女の子くらいいたとは思うけど、“かわいい子がたくさんいた”なんて聞いてない。


「つまり、サトシは私たちが思ってる以上に女友達が多いってことね」
「キスしたからって一歩リードとは言えないのよセレナ!今日のチャンスを生かしてぐっと距離を縮めなきゃ!」
「そ、そんなこと言ったって、サトシは皆が思ってる以上に鈍感だし、今更何したって・・・」
「じゃあもう一回キスすればいいじゃない」


さらっと言い放ったネネに、一同の視線が集まる。


「3年前は意識してなくても、今2回目のキスをすればちょっとは意識してくれるかもしれないでしょ?」
「セレナ!それいい!すっごくいいと思う!」


ネネの提案に、マノンが再び目を輝かせ始めた。
彼女の腕の中に納まっているハリさんが、渾身の力で抱き締められているせいで息苦しそうにしている。


「私も賛成!さすがに2回もキスされたらサトシだって何か察するんじゃない?」
「うん。確かに一理あるわね」
「ちょ、ちょっと待って!私2回目なんて無理よ!」
「セレナ!」


不意に後ろから肩を掴まれる。
振り返るとそこには、デデンネを肩に乗せたユリーカが立っていた。
どうやら話を聞いていたらしい。
あの頃と変わらないいたずらっぽい笑顔を浮かべ、親指を立ててこう言った。


「当たって砕けろだよ!」


これに関しては砕けちゃいけない気がする。
そんなことを考えてみたけれど、女の子たちの期待の眼差しを一身に受け、“出来ない”なんて言えない雰囲気が作られていた。
これが同調圧力ってやつなのね。
心の中でため息をつきながら、セレナは小さく頷いた。

それからしばらくたって、隙を見てサトシをバルコニーに誘い出してみたけれど、何の実もない世間話しか出来なかった。
強引に手を取って顔を近づけてみたけれど、やっぱり怖気づいてしまう。
やっぱり無理よ、キスなんて。
あれは旅の空だから出来た事だと思うし、なにより別れ際に強引に押し付けてきたようなもの。
真正面からもう一度、だなんてハードルが高すぎる。
肩を落としながらリビングに戻ると、遠くから様子をうかがっていたらしいサナ、ミルフィ、ネネに苦笑いされてしまった。
そんな時、キッチンの方からユリーカの大声が響いてくる。


「あーー!たいへーん!ジュースがなくなっちゃったーー!」


美しいまでの棒読みが、パーティー会場であるシトロン宅のリビングに響く。
大型冷蔵庫を覗き込むユリーカの大袈裟なほど大きな声に、一同の視線は一斉にキッチンへと向く。
家主であるシトロンは、飲み物がないという不測の事態に焦り、急いでキッチンへと駆け込む。


「ほんとかい?ユリーカ!・・・ん?なんだ、ちゃんとあるじゃ・・・むぐっ!」


シトロンの言葉を強引に遮り、ユリーカは彼の口を素早く塞ぐ。
苦しそうにもがくシトロンの口から絶対に手を離そうとしないユリーカに、なんとなく察しがついてしまった。
飲み物がないなんてきっと嘘だ。
あの顔は何かたくらんでいる。


「じゃあ俺が買いに・・・」
「アランはだめーっ!」
「え?」


この中では最年長であるアランが気を利かせて買い出しを申し出よう立ち上がってが、隣に座っていたマノンが即座に腕を掴んで引き留める。
強い力で引っ張られたせいで再び椅子に腰を下ろしたアランは、マノンが何故こんなにも強引に引き留めてくるのか訳が分からず首をかしげていた。
なんだか嫌な予感がする。


「飲み物がないなんて大変ね!すぐに買いに行かなくちゃ!」
「ということでセレナ、頼んだわよ!」


やっぱり棒読みなネネとミルフィの言葉に、セレナは苦笑いを浮かべる。
そう来ると思った。
わざとジュースがないなんて嘘を吐いて、この空間から自分を追い出そうという腹積もりらしい。
となれば、セレナだけじゃなくもう一人追い出される羽目になるのは誰が見ても明らかなわけで。


「セレナが行くなら僕が・・・」
「ティエルノは留守番!サトシ、セレナと一緒に行ってあげてくれる?」
「え、俺?」
「もうすぐ日も暮れるし、ジュースなんて重いんだから男手が必要でしょ?」
「だから僕が行くって~!」
「ティエルノはダメなの!」


陽気なティエルノの耳を引っ張りながら止めるサナ。
あぁやっぱり。ユリーカたち、私とサトシを二人きりにしようとしてる。
なんて強引なやり方なの?
端から見てるショータとトロバなんて、この異様な空気感にきょとんとしちゃってるし。
シトロン風に言えば、小さな親切大きなお世話なのに。
ユリーカの方を見て見れば、兄の口を封じながらまた親指をこちらに立ててきた。
この親切を無下にしたら、きっとみんなから怒られるのだろう。


「それもそっか。じゃあセレナ、行こうぜ」
「う、うん」
「すぐ戻るから、ピカチュウのこと頼むな」
「あ、はい!任せてください!」


鈍感なサトシがユリーカたちの作戦なんて察するわけもない。
屈託ないの笑みで微笑みかけてくるサトシに抱くのは、ちょっとの罪悪感と大きなときめき。
ピカチュウをショータに預け、サトシは上着を羽織る。
ピカチュウ、置いていくんだ。
ホントに二人きりになっちゃうじゃない。
高鳴る心臓の音を隠しながら、セレナはサトシと一緒にシトロンの家を後にする。


「な、なんだか今日、女の子たちの勢いが凄いような気がします」
「た、確かにそうですね・・・」


2人が家を出る直前、トロバとショータのそんなやり取りが耳に入ってきた。
そんなやり取りを背に、サトシとセレナはスーパーに向かって歩き始める。
電話では言いたいこと、話したいことが次々にあふれ出してくるくせに、直接会ったら何もかも頭から飛んでしまうのは何故だろう。

適当な会話をぽつぽつとかわしながら、スーパーでジュースを袋2つ分購入した。
重い方の袋はサトシが持ち、セレナが持っている方の袋には小さな缶ジュースが数本しか入っていない。
こういう小さな気遣いをしてくれる優しいとこをは、5年前とかわらない。
けれど、5年前の方がもっと気楽に会話できていた気がする。

サトシ、私と一緒にいてちゃんと楽しいかな?
沢山いる他の女友達のほうが、話してて楽しいのかな?
さっきまでシトロンやショータたちと話していた時の方が、笑顔が多かったような気がする。
ネガティブな気持ちは不安を呼び寄せて、セレナを一層無口にしてしまう。
もうすぐシトロンの家に到着するけれど、結局キスは愚か楽しい話すらできなかった。
気を遣ってくれたユリーカたちには後で謝らなくちゃ。
そんなことを考えていると、頬に冷たい何かが落ちてきた。


「あ・・・」
「うわ、降ってきたな」


本日の天候は曇りのち雨。
夜から雨が降るとは聞いてたけれど、こんなに早く降って来るとは思わなかった。
シトロンの家はここから徒歩10 分ほど。
あっという間に本降りになってきてしまったこの雨のなか走って帰るには、かなり厳しい距離だった。


「あそこで雨宿りさせてもらおう!」


サトシが指さしたのは、とあるブティックの前。
どうやら今日はお休みらしく、扉に“cclose”の立て札がかかっている。
そのお店は扉のすぐ上に屋根があり、あそこの下にいれば暫く雨を防げそうだ。

急いでそのお店の前に駆け寄り。屋根の下に入ると、案の定雨から身を守ることが出来た。
濡れてしまった体をハンカチで拭きながら隣を盗み見ると、サトシは曇天の空を見上げながら濡れた髪を掻き上げていた。
あれ、なんだか大人っぽい。
というより、色っぽい?
雨でぬれた黒髪を掻き上げるサトシは、実年齢よりも少しだけ大人に見えた。
ドキリとして目を逸らす。
今となりにいるサトシは、いつのまにか少年から青年に成長してしまった。
なんだか、サトシがサトシじゃないみたい。
どうにかこの心臓の高鳴りを悟られないように息を殺しながら、セレナは視線を足元に移す。


「雨、やむかなぁ」
「どうだろうなぁ。まぁ傘も持ってないし、ここでやむのを待つしかないよな」
「そうね・・・」
「・・・」
「・・・」
「寒くないか?」
「うん、平気」
「そっか」
「・・・」
「・・・」
「あ、あのさ」
「ん?」
「・・・なんでもない」


会話の糸口が見つからない。
ただただ痛い沈黙だけが続いていく。
しとしとと降り続く雨の音が鳴り響く中、セレナは適切な話題を見つけようと必死に頭をフル回転させていた。
けれど、考えても考えても浮かんでくるのは、ネネの非現実的なあの提案だけ。

じゃあもう一回キスすればいいじゃない。

そんなの無理に決まってる。
2人きりで話すことさえこんなにも苦戦させられているのに、もう一度キスするなんて出来るはずもない。
もうここは大人しく黙って雨が止むのを待とうか。
サトシもさっきから口数が少ないし、きっと今は誰かと話したい気分じゃないんだ。
うん、きっとそうだ。無理に話しかけない方がいい。
無理矢理に自分に言い聞かせて納得させようとしていたセレナだったが、彼女の隣で雨雲を見上げていたサトシが口を開いたことで沈黙は破られる。


「なぁセレナ。一つ聞いていいか?」
「ん、なに?」
「5年前、なんで俺にキスしたんだ?」


息を呑む。
雨の音がうるさいくらいに響いていたはずなのに、サトシの言葉を聞いた瞬間無音になったような気がした。
頭が真っ白になって、思考回路が狂う。
まっすぐサトシを見つめたまま動かせない視線。
いつもよりも大人びて見えるサトシ瞳の奥には、目をまん丸くさせたセレナだけが映っていた。


「え、」
「最初はただの別れのあいさつのつもりなんだろうなって思ってた。けど、年々分からなくなってきたんだ。ただのトモダチだと思ってる相手に、そんなことするのかなって」
「わ、わたし・・・」
「何か深い意味があったんじゃないか、伝えたいことがあったんじゃないかと思うと、心臓の奥が苦しくなってさ。気になって気になって仕方なくなってた。そんで、他の誰かにも同じようにキスしてたりするのかなとか考えたりして、すっげぇ嫌な気持ちになったり」
「っ、そんなことしない!」


思わず大声を出して、サトシに詰め寄るセレナ。
顔がぐっと近づいて、彼の茶色い瞳に反射する自分の顔が近くなる。
戸惑って思わず後ずさりしてしまったサトシに怯むことなく見つめているセレナの瞳は、悲しくもないのに潤んでいた。


「あんなこと、誰にでもするわけない。サトシじゃなきゃ、しないもん・・・」
「セレ、ナ・・・?」
「なんでキスしたのかなんて、分かり切ったこと聞かないでよ・・。恥ずかしくて、死んじゃいそうになるじゃない」


頬を赤く染めながら視線を逸らすセレナ。
今にも消え入りそうな声でつぶやく彼女の言葉は弱弱しくて、心がぎゅうっと音を立てて鷲掴みにされたような気がした。
胸の奥からこみあげるこの感情は何だろう。
マグマのように熱い何かが体の奥から湧き上がってきて、心臓の鼓動を速めていく。
心が起こす衝動にあらがえなくなったサトシは、いつの間にかセレナの肩に自分の手を置き、彼女の小ぶりな唇に自分のものを押し当てていた。

柔らかな感触は、5年前に味わったときのまま。
あの時、された側だった自分がそうであったように、今度はセレナの方が驚き、息を詰めたのがわかる。
ゆっくりと顔を離すと、顔を赤く染めるのも忘れ、目を丸くしたセレナがそこに立っていた。


「え、え・・・」
「わ、悪い。なんか急にしたくなって・・・」


まるで吸い寄せられるかのように口づけを落としてしまった自分の行動に、サトシはただただ困惑していた。
元々理性よりも本能で生きている自覚はあったけれど、こんなにも衝動的な行動に出たのは初めてだった。
どうしてそんなことを?と聞かれたら、分からないと答えるしかない。
全ては正体不明なこの感情と抑えられない衝動のせいだ。
つい先ほどまでこちらに詰め寄ってきていたセレナは、先ほどまでの勢いが嘘のように大人しくなり、一拍遅れて顔を赤く染め上げる。


「な、なん・・・っ、なんで、」
「ごめん、ほんとごめん。そんなつもりなかったっていうか、なんか衝動的にやっちまったっていうか・・・」
「しょ、衝動的って・・・。だめよ、そんなの!」
「へ?」
「だ、だって、キスって誰とでもしていいものじゃないのよ?す、好きな人とするものなの!そんなに簡単にしていいものじゃないの!」
「な、なんだよそれ!それじゃまるで俺がセレナのこと好きじゃないみたいじゃんか!」
「好きじゃないでしょ別に!」
「好きに決まってるだろ!」


ハスキーボイスが、ミアレの寂しげな小道に響く。
雨の音に負けないくらい大きな声で叫ばれた素直すぎるサトシの言葉に、セレナは声を失った。
両腕をつかみ、逃がさないように捕まえているサトシは、逃げ出したくなるくらいまっすぐな瞳でこちらを射抜いている。


「他の誰か相手に、こんな気持ちになったことなんて一度もない」
「サトシ・・・」
「うまく言葉に出来ないけど、少なくとも、俺がキスしたいなんて思うのはセレナただ一人だけだよ」


これは夢?それとも幻?
耳に届くサトシの声は、幻聴なのかな?
それにしてはやけに現実味を帯びている。
雨に濡れた肩が寒い。こちらを見つめてくるサトシの視線が熱い。高鳴る心臓が痛い。
夢にまで見た光景が、目の前に広がっている。
そう思うと、自然に喜びの感情が津波のように襲ってきて、瞳に涙が溜まってきてしまった。


「セレナ!? な、泣くほど嫌だったのか?」
「ううん、違う。違うの。嬉しくて、夢みたいで・・・」


何度指で拭っても、涙はとめどなく溢れてくる。
頬を伝う一筋の涙に構うことなく、セレナはサトシをまっすぐ見つめて微笑みかけた。


「私もすき。サトシがすき」


泣きながら笑っているセレナの顔は、今まで見た彼女のどんな表情よりも綺麗だった。
また、サトシの心臓がひとつ脈打つ。
つい先ほど経験したばかりの衝動が再びサトシを襲う。
あぁ、今無性にキスがしたい。
湯水のように溢れ出るこの正体不明な感情を、セレナに無責任に押し付けてしまいたい。
目の前にいる彼女の唯一無二になりたい。そう思えたのは初めてだった。

襲い来る衝動に身を任せ、サトシは再びセレナへと口づける。
驚いたように息を詰めたセレナだったが、今度はすぐに受け入れて、目を閉じる。
先ほどの2回目よりも、3回目は数秒間長いキスだった。
唇が離れると同時に、セレナの真っ赤な顔が目に入る。
彼女は上目遣い気味にこちらを見上げながら、涙で潤んだ瞳を揺らし、弱弱しく呟いた。


「い、いきなりでよく分かんなかった。もう一回、ちゃんとして・・・?」


あぁ、だめかもしれない。
セレナの顔を見つめながら、サトシは呼吸が苦しくなっていくのを感じた。
胸がきゅんとして苦しい。
今自分を映し出している彼女の青い瞳に、自分しか映らなくしてしまいたい。
心の奥から騒ぎ始めた衝動に、背中を押されたような気がした。

まっすぐに目を見ながら、セレナの頬に手を添える。
視線が絡み合って、そしてゆっくりと目を閉じる。
穏やかに触れた唇から、相手のぬくもりが伝わってきた。
4回目のキスは、まるでおとぎ話のワンシーンのように美しく、静かで、それでいて穏やかなキスだった。
唇が離れていくことを確認し目を開けると、先ほどとは打って変わって燃えるような目をしているサトシの顔が視界に広がっていた。
バトルをしている時のような、真剣で熱いまなざし。
一言で言い表すなら、野獣の目だった。


「あっ、んっ」


腕をつかんでいたサトシの左手が腰に回り、突然引き寄せられる。
驚いて小さく声を挙げた瞬間、再び唇を押し付けられる。
先ほどの穏やかな口づけとは打って変わって強引な手つきに戸惑い、何とか逃げようとするけれど、開いている右手で後頭部を抑えられてしまい逃げ道が無くなった。
数秒で唇は離れ、そしてまた押し当てられる。
重ね合わせるだけだったキスが、次第についばむようなものへと変わっていく。
あまりに強引で強気なサトシに、セレナはなすすべもなく身を任せるしかなくなっていく。
息が苦しい。心臓がうるさい。
あぁ、今なら恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。


「はぁ、ま、待って」
「待てない。もう一回しろって言ったのはセレナだろ?」
「でも、んんっ・・・はぁっ、こんなに、苦し・・・っ」


何かの衝動に駆られるように、サトシはセレナの唇を貪っていた。
口付けが深くなればなるほど、セレナが自分の色に染まっていくような気がして、やめられなくなってしまった。
そしていつのまにか、どちらのものとも言えない透明な唾液が二人の唇の間から滴っていく。
それを拭う余裕もなく唇を合わせる二人。
サトシの舌が、セレナの小さな口内に侵入し始めた時、セレナがようやく値を上げた。


「んっ、はぁ、はぁ」
「っはぁ、セレナ・・・っ」


体の力が抜け、経っていられなくなってしまったセレナ。
そんな彼女の体を、サトシは地面にしりもちをつく寸前で抱き留めた。
腕の中で息を整えているセレナは、頬を紅潮させて泣きそうな顔をしている。
だが、彼女が嫌がってなどいないことは、サトシの目にも明らかだった。
抱き留めたセレナの体を、階段になっているブティックの店先に座らせる。
その隣に腰かけたサトシは、湿り気を帯びたセレナの金髪に指を絡めた。
そっと耳に神をかけてやると、彼女の綺麗な顔がよく見える。
赤みがかった綺麗な唇に、もう何度目かもわからないキスを再び落とそうと顔を近づけたその時だった。

上着の内ポケットに入れていたサトシのスマホロトムが、けたたましく着信音を響かせたのだ。
驚き、思わずのけぞる二人。
早く出ろ、と言わんばかりに鳴り響くスマホに焦りを覚えながら、サトシは急いでポケットから取り出し画面に視線を落とす。


「し、シトロンだ・・・」
「で、出たら?」
「お、おう」


画面に表示された着信相手は、家で待っているはずのシトロンだった。
彼からの呼び出し音は、熱に浮かされ理性を崩されかけていた2人を強制的に現実へと引き戻していく。
と同時に、先ほどまでの大胆さを思い出して同時に顔を赤くした。


「も、もしもし?」
『あっ、サトシ!大丈夫ですか?雨降ってきましたけど・・・』
『あーもうお兄ちゃん!余計なことしないの!サトシ、セレナー!ゆっくりしてきていいんだよー?じゃあね!』
『あ、ちょっ、ユリー・・・』


ぶちっという音と共に、通話は途切れた。
恐らくは、心配して電話をかけてくれたシトロンのスマホをユリーカが奪って強引に通話を切ったのだろう。
嵐のように過ぎ去ってしまったミアレ兄妹との通話に、サトシとセレナは顔を見合わせて笑う。


「騒がしいな、あいつら」
「ほんとね」
「あっ、見ろよセレナ。雨がやんでいく」


空を指さすサトシに促され外の雲を見てみると、先ほどまで本降りだった雨足がいつの間にか弱まっていた。
どうやら通り雨だったらしい。
あと数分もすれば完全にやむだろう。
先に立ち上がったサトシが、まだ階段に腰かけたままのセレナへと手を差し伸べる。
自分よりも少しだけ大きな彼の手を取って立ち上がると、ふらついた拍子にサトシの胸へと飛び込んでしまった。
腕の中にすっぽりと納まるセレナを見下ろすサトシの目は、優しく暖かな生差しをしている。


「なぁ、最後にもう一回、いいか?」
「・・・うん」


サトシの両腕が、セレナの腰に回る。
セレナの両手が。サトシの服をつかむ。
こんなにも回数を重ねたせいで、自然とキスにも慣れてしまった。
最後に柔らかい感触を楽しみながら、二人は今日一番長いキスを交わすのだった。


********************


翌日の朝は、前日の夜が嘘のように快晴だった。
パーティーから一夜明け、一同はミアレ空港に集まっていた。
カントーに帰るサトシと、ホウエンに帰るショータを見送るためである。
それぞれ個々で会うことはあるかもしれないが、これだけの大人数で再会できることは今後もなかなかないだろう。
サトシとショータを中心に、一同は別れの挨拶を交わしていた。


「ユリーカ、これからジム戦頑張れよ。応援してるからな」
「うん、デデンネと一緒に頑張る!」


肩に乗せたデデンネが、ユリーカの言葉に合わせて小さく手を挙げた。
サトシの肩に乗ったピカチュウが、そんなデデンネに手を振り別れを告げている。
あれから5年経って、ほんの少し大きくなったデデンネは、カロスでの旅を終えた時のように泣きじゃくったりはしなかった。


「サトシ、ショータ、お元気で」
「あぁ、シトロンもな」
「2人とも、次に会ったときはバトルしてくれ」
「もちろんだぜアラン!」
「楽しみにしてますね!」


握手をして、手を振って、別れを告げる。
各々が別れの挨拶をかわす中、セレナは何も言えずただサトシを見つめていた。
再会した時から、再びさよならを言わなくちゃいけなくなることはわかっていた。
けれど、昨日心を通わせてしまったがゆえに、別れが余計につらくなってしまう。
本当は行ってほしくない。
せっかく心が通じ合ったのだから、ずっと一緒にいたい。
けれど、サトシにはポケモンマスターになるという道が、セレナにはカロスクイーンになるという道がある。
歩む道が違う以上、別れは必然なのだ。


「じゃあ、僕たち行きますね」
「またな、みんな!」


手を挙げて、二人は搭乗口に向かって去っていく。
他のみんなは笑顔で手を振りながらその背を見送っているというのに、セレナだけは曇った表情のままその背を見つめていた。


「セレナ、お別れ言わなくていいの?」
「うん」


隣でサナが心配そうに顔を覗き込んでくる。
本当は何か言葉を交わしたい。
けれど、下手に会話してしまうと余計に別れがつらくなる。
だから、これでいいの。


「何強がってるのよ。ほら!」
「え!? うわっ」


ミルフィに背中を押され、セレナはよろめきながら数歩前に飛び出してしまう。
バランスを崩したことで少し大きな声が出て、空港内に響き渡る。
前を歩いていたサトシとショータにもその声は届いていたようで、足を止めてこちらを振り返ってきた。
あぁマズイ。目が合っちゃった。
何か言った方がいいのかな。
そんなことを思っていると、こちらを振り返っていたサトシが小さく微笑んだのが分かった。


「悪いショータ。ちょっと待っててくれ」
「えっ、サトシ?」


後ろから呼び止めるショータを気にも留めず、サトシはセレナめがけて駆けだした。
何かを察したのか、彼の肩に乗っていたピカチュウは即座に飛び降りる。
10メートル、5メートルと彼が近付いてくるのを見つめながら、セレナの頭にひとつの思い出が浮かんでいた。
そういえば、5年前のあの時も、こんな感じだったような気がする。
仲間たちを背にして立っていたサトシに、私がエスカレーターを逆走して駆け寄ったんだ。
そして。

唇に、柔らかい感触が触れる。
昨日散々味わった、サトシからのキスだった。
背後から“うえぇぇ!?”という驚きの声が挙がる。
サトシの肩口から覗き見える遠くにいるショータも、まさかの光景に顎が外れそうなほど口をあんぐり開けていた。
そんな周りのリアクションなど気にすることなく、サトシはいたずらな笑みを浮かべ、セレナにしか聞こえないほどの声量でつぶやいた。


「5年前のお返しだ」
「へ・・・」
「じゃあなセレナ!」


そう言って、サトシは踵を返して走り去って行った。
戻ってきたサトシを待ち構えていたのは、苦笑いを浮かべている相棒のピカチュウと、驚きの色を浮かべているショータの二人。


「あの、さ、サトシ、今の・・・」
「さっ、早く帰ろうぜショータ!」
あっちょ、ちょっとサトシ!?」


ショータの華奢な肩に強引に腕を回したサトシ。
まるで連れ去るようにそのままショータと共に搭乗口へと消えて行ってしまった。
残されたのは、脱力したセレナと空いた口が塞がらない友人一同のみ。
あぁ、マズイ。そういえば、みんなにはまだ昨日サトシと何があったのか言ってないんだった。
嫌な予感というのは当たるもので、予想通り女性陣がセレナの周囲を取り囲み鬼のような形相で迫り始めた。


「ちょ、ちょっと!セレナなにあれ!」
「キスしたわよね!? めちゃくちゃキスしたわよね?」
「何があったら別れ際キスする流れになるわけ!?」
「セレナすごい!私誰かがキスしてるところ生で見たの初めて!」


サナ、ネネ、ミルフィ、マノンの四人がセレナへと怒涛の質問攻撃を始める。
目の前で繰り広げられた衝撃の光景に興奮冷めやらずと言った状況だろう。
だがそれは背後で見ていた他の男性陣も同じ。
戸惑いを隠せない様子だった。


「やっぱりキスだったんですねあれ・・・。一瞬のこと過ぎて分からなかったですよ」
「そんなぁ!サトシとセレナがそんなことする関係だったなんて!」


少し照れくさそうに頬を染めているトロバに抱き着きながら涙を流すティエルノ。
流石に目の前で口づけをかわしている光景など見てしまえば、勝ち目はないと悟っても無理はない。
一方、騒ぎ立てる年下の青年たちを一歩引いて見ていたアランは、顔を赤くしながらしどろもどろになっているセレナを眺めながら腕を組んでいた。


「なるほどな。昨日買い物から帰って来るのがやたら遅かったのは、二人でよろしくやっていたからだったのか」
「ち、違っ!」
「え~?そうなのセレナ!やるぅ!」


アランに同調するようにからかってくるマノン。
そんな二人に、はっきりと違う!と言えないのは、ずばり図星でしかないから。
昨日、二人は数えきれないほどのキスを交わした。
帰り際、みんなの前ではそういうことは控えてねとサトシに言い聞かせたはずだったのに、結局彼は爆弾を落としていった。
お陰で取り残されたセレナだけがこうしてからかいの的になってしまっているのだ。


「はぁ・・・5年前といい今日と言い、なんだか二人がますます遠ざかって見えますよ・・・」
「大丈夫!そんなに落ち込まなくてもお兄ちゃんのお嫁さんはあたしが旅の途中で見つけてきてあげるから!」
「だからそれはいいって・・・」


肩を落とすシトロンの様子に、一同は声を挙げて笑った。
みんながけたけたと笑いあう中、セレナは一人、誰も居なくなった搭乗口へと視線を向ける。
またいつか、あの搭乗口をくぐってサトシが会いに来てくれた時は、今度は自分が“お返し”をしなくては。
そんなことを考えながら、セレナは高鳴る胸を抑えるのだった。

 


END