【サトセレ】
■アニポケXY
■アニメ本編時間軸
■SS
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「ジャジャーン!」
跳ねるような声色と共にセレナが取り出したのは、高級感のある大きな黒い箱。
まるで宝石箱のようなその箱の中には、それぞれ形の違う小さなチョコレートたちが詰まっている。
カロスリーグ出場を目指し、各ジムをめぐる旅を続けていたサトシ達。
旅の道中、とある街に立ち寄った彼らは、ポケモンセンターのバルコニーで一休みをしていた。
街に到着して早々、買いたいものがあるからと別行動をとったセレナだったが、仲間たちと合流するなり上機嫌でこの箱を差し出した。
「うわぁ!チョコレートだ!」
「おいしそうですね!」
「セレナが買いたかったものってこれだったのか」
サトシの言葉に、セレナはほんの少し頬を紅潮させて頷く。
この街には、有名なショコラティエが経営しているチョコレート専門店がある。
セレナが差し出したのはまさにその店の数量限定チョコレートであり、わざわざ並んで購入した代物である。
残念ながらひと箱しか購入できなかったが、4人で食べるには十分な量である。
サトシたちは購入に走ってくれたセレナに感謝しつつ、おもいおもいに好きなチョコレートを選んで口へと運んでいった。
「うん、なかなか美味しいですね」
「だな!でも、なんか変わった味だよな」
口の中でとろけるチョコレートの風味は、そのあたりで売っている安いものよりも芳醇である。
しかし、甘すぎない後味は子供であるサトシたちにとってあまり馴染みのない味だった。
特に最年少のユリーカには口に合わなかったようで、一口食べた瞬間に口をきつく結び、苦い顔を見せている。
「うーん、ユリーカこれあんまり好きじゃない・・・」
「これ、ウイスキーボンボンだからね。ユリーカにはまだ早かったかも」
「ウイスキーボンボンってなんだ?」
「お酒が入ったチョコレートのことですよ」
ウイスキーボンボンを初めて食べたサトシは、不思議な後味の癖になっていた。
甘くてとろけるようなチョコレートももちろん好きだが、甘すぎないこう言う味も悪くない。
大人の味とはこういうものをいうのだろう。
そんなサトシと同じく、買って来た張本人であるセレナもまた、このチョコレートを気に入ったらしい。
一口食べるとうっとりと頬を赤く染め、すぐさま二つ目へと手が伸びる。
「うーん!ホント美味しい。何個でもいけちゃうわ」
「確かに癖になる味ですよね」
二つ目、三つ目と次々に完食していくセレナ。
チョコレートをつまむ彼女の手は他の三人に比べて明らかに早く、いつの間にか10個以上も食べてしまっていた。
やがて、バルコニーでの談笑の時間が20分ほど過ぎた頃、ユリーカがとある異変に気が付く。
「あれ?セレナ、寝ちゃったみたい」
椅子に座ったまま俯き、こくりこくりと眠ってしまっているセレナ。
彼女の頬はわずかに赤く色づき、規則正しい寝息を立てている。
ユリーカが顔を覗き込み、目の前で手を振ってみるが何の反応もない。
どうやら本当に熟睡しているようだった。
「もしかして、ウイスキーボンボンで酔っぱらってしまったんでしょうか」
「随分たくさん食べてたからなぁ。大丈夫か?セレナ」
セレナの肩を軽くたたき、起こそうとするサトシだったが、彼女は一向に起きる気配がない。
いくら他三人より多くチョコを食べていたとはいえ、ウイスキーボンボンは人が完全に酔っぱらってしまうほどの量の酒は入っていない。
どうやらセレナは相当アルコールへの耐性が低いらしい。
「起きないね、セレナ」
「仕方ない。ここで寝てたら風邪ひくだろうし、部屋まで連れていく」
「じゃあ僕も手伝いますよ」
「いや大丈夫。シトロンはユリーカとここで待っててくれ。ピカチュウもな。部屋まで連れて行ったらすぐ戻って来るから」
そういうとサトシは、座ったまま眠りに落ちているセレナの両ひざの裏に手を差し入れ、横抱きにして抱き上げる。
身長はセレナの方がわずかに高いはずだが、力は当然男であるサトシの方が強い。
細身のセレナを持ち上げることなど、サトシには容易なことだった。
セレナを軽々と持ち上げたサトシは、相棒であるピカチュウやシトロン、ユリーカをバルコニーに残し、ポケモンセンターの中へと入っていった。
「セレナ、酔いがさめたら恥ずかしさで爆発しちゃうかもね」
「えっ、どうしてだい?ユリーカ」
「どうしてって・・・お兄ちゃんやっぱりにぶーい」
ポケモンセンターの中へと消えてゆくサトシの背中を見ながらにやにやと口角を上げるユリーカ。
隣に座っている兄のシトロンには、そんな妹の言動がいまいち理解できていないようである。
そんな兄に少々落胆しながら、ユリーカは深いため息を零すのだった。
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セレナを抱き上げたままポケモンセンターの階段を上がり、2階の宿泊部屋にたどり着く。
両手が塞がっているためドアを開けるのに苦労したがなんとか中に入り、4つ並んでいる一番端のベッドにゆっくりとセレナを下ろした。
彼女を抱えたまま階段を上がってきたというのに全く息が上がっていないサトシ。
それほどまでにセレナという少女の体は細く、そして軽かった。
まじまじと見て見れば、スカートから覗く足も、白い腕も、何もかもが自分より細い。
自分よりも背が高いはずなのに、明らかに体重が軽いセレナのことを、サトシはほんの少しだけ心配になってしまう。
「もっと太った方がいいぞ、セレナ」
セレナの柔らかな髪をそっと撫で、シトロンたちが待つ1階のバルコニーに戻るため背を向けたサトシ。
そんなサトシの足は、一歩進んだ瞬間に止まってしまう。
誰かに腕を引っ張られているのだ。
振り返ると、薄目を開けたセレナが赤い顔をしながらサトシの日に焼けた腕をつかんでいる。
「セレナ・・・?」
「どこ、いくの?」
彼女の名前を呼んでみれば、呆けたようにふわふわとした口調でサトシに問いかけてくる。
寝ぼけているのだろうか。
それともまだ酔いがさ覚めていないだけだろうか。
まるで色づき始めたさくらんぼのように頬を染めるセレナは、何故だかいつもより色っぽく見えた。
「シトロンたちのところだよ。バルコニーで待たせてるからさ。セレナはここで休んでろよ」
「やだ・・・」
「へっ?」
舌っ足らずな拒否の言葉と共に、セレナはサトシの腕をつかむ力をわずかに強めた。
「行かないで。ここにて・・・」
「せ、セレナ・・・?」
「寂しいから・・・」
まるで留守番を嫌がる子供のように、セレナは瞳を濡らしてサトシの腕にすがる。
セレナはいつもしっかりしていて、彼女が誰かに甘えるような行動は一度も見た事が無い。
だが今日は違う。
僅かなアルコールで正常な判断力を失った彼女は、赤い顔でサトシにすがり、行かないでと甘えている。
上目遣い気味に懇願してくるそんなセレナを視界に捉え、サトシは自分の心臓の鼓動が急速に早くなった気がした。
頭の奥深くにある本能が、危険信号を発している。
これ以上セレナを見つめてはいけない。
心臓が破裂するぞ、と。
思わず目を逸らしたサトシ。
セレナにつられるように赤くなった顔を必死に隠そうとしたのは、照れていることを悟られないためだった。
「ま、まぁ、べつにいいけど・・・」
彼女に腕を引かれ、行かないでなどと頼まれれば、断れるはずがない。
けれど、いつものように無邪気に承諾できないのは何故だろう。
急かすように早まる心臓の鼓動が、サトシから素直さを奪っていく。
らしくもなく不愛想に承諾したサトシだったが、そんなぶっきらぼうな言葉でもセレナを喜ばせるには十分だった。
「ありがとう」
ふにゃりと力の抜けるような笑顔をこぼすセレナに、サトシは一瞬だけ視線を向けてまた逸らす。
ベッドのわきに置いてあった椅子に座ったあとも、セレナから握られた手が離れることは無かった。
そして、またすぐに眠りに落ちるセレナ。
規則正しい寝息を立てるセレナの幼い寝顔を見ながら、サトシは自分の心臓を抑えた。
なんだったんだ、今の。
心臓がバクバクして、体の奥がじんわりと熱くなった。
セレナの顔をまっすぐ見られなくなって、どうしても落ち着いていられない。
胸の奥がきゅんと可愛らしい音を立てて、途端に苦しくなった。
この気持ちは一体何なんだろうか。
答えが出ないまま、サトシはただただセレナの寝顔をじっと眺めるのだった。
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瞼を開けた瞬間、こめかみが締め付けられるような猛烈な頭痛に見舞われた。
天井を見上げながらふと思い出す。
そうだ。例のウイスキーボンボンが美味しくて次々に食べていたら、だんだん頭がふわふわしてきて、しまいには眠たくなってしまったんだ。
そこからの記憶はあいまいで、誰かに抱きかかえられてベッドに寝かされたところまでは覚えている。
そのあとは・・・。
頭を抱えながら寝返りを打つセレナ。
反対側に体を向けた瞬間、そこにあるはずのない寝顔が視界いっぱいに広がった。
サトシが、隣で添い寝をしていたのだ。
「うわぁああっ!」
思わず大声をあげ、後ろに仰け反った瞬間、セレナはベッドの脇に置いてあったローチェストに頭をぶつけてしまった。
ゴンっという鈍い音が響き、後頭部を激しい鈍痛が襲う。
「いったぁ・・・」
「んん・・・あ、セレナ?起きたのか・・・ふぁああ」
セレナがローチェストに頭を打った音で、隣で寄り添うように眠っていたサトシが目を覚ました。
眠気眼をこすりながら大きなあくびを零す彼は、まだ眠そうである。
「さ、サトシ・・・なんでここに?」
「なんでって、行かないでって言ったのはセレナだろ?」
「へ・・・」
「なんだ、覚えてないのか」
ほんの少し残念そうに苦笑いしながらベッドを出るサトシ。
立ち上がるなり背筋を伸ばして体の凝りをほぐしている彼を見つめながら、セレナはベッドの中で体を小さく丸めていた。
何も覚えていなかったのならどんなに良かっただろう。
今のサトシの言葉ではっきりと思い出してしまった。
自分がまどろみの中で彼に一体どんな醜態をさらしてしまったのか。
腕をつかみ、呆けた顔で行かないで、ここにいてなどと甘えてしまった。
そんな大胆なこと、普段なら絶対に言えないはずなのに。
これもアルコールのなせるわざなのだろうか。
恥ずかしい。
《あなをほる》が使えたなら今すぐ地中深くまで掘り進めて身を隠してしまいたい。
「セレナさ、今度ウイスキーボンボン食べるときは絶対俺がいる場にしてくれよ?」
「え、どうして・・・?」
突然何を言うのだろう。
赤くなった顔を隠すため布団を被っていたセレナだったが、サトシの言葉が気になって布団から顔を半分出してみる。
するとそんなセレナの視線が捕らえたのは、やけに赤い顔をしたサトシの姿だった。
「またあんな風に酔っぱらったら大変だろ?それに・・・。セレナのあんな姿、他の誰かに見せられるわけないし」
「へ・・・」
なにそれ。どういうこと?
そんなに赤い顔で、どうしてそんなことを言うの?
どうしてそんなに恥ずかしそうにしているの?
そんな風に言われたら勘違いしてしまうじゃない。
サトシが私に独占欲を抱いてくれているんだって。
「とにかく約束な!絶対俺以外のまえでウイスキーボンボン食べないこと!」
「は、はい・・・」
「じゃ、じゃあ俺、シトロンたちのところに戻るから」
半ば強引に約束を取り付けていったサトシに、セレナは思わず頷くしかなかった。
彼女の同意を確認したサトシは、そのまま逃げるように部屋を出て行ってしまう。
一人部屋に残されたセレナは、今にも頭から煙が出そうなほど顔を赤く染め上げ、再び布団を被る。
「うわぁ・・・どうしよう」
胸の鼓動が収まらない。
心がぎゅっと掴まれているみたいで苦しい。
まるでさっきまで食べていたチョコレートのように甘やかな爆弾を落としていったサトシ。
彼がシトロンたちに一連の出来事を打ち明けてしまったばかりに、後々ユリーカに散々からかわれることになってしまったのは言うまでもない。
END