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二次創作まとめ

君の代わりなんて

【サトセレ】

■アニポケXY

■アニメ本編時間軸

■SS

 

***

 

この数日間は本当に楽しいものだった。
この街で異文化交流フェスティバルが行われるのは1週間。
その間、様々な地方の催し物が開かれ、サトシたちは退屈せずに済んだ。
1日目のカントーフェアに遊びにきたカスミやタケシとは翌日に別れ、2日目のシンオウフェアでは懐かしいナエトルヒコザルポッチャマの展示に心躍らせた。
3日目のジョウトフェアではセレナがエンジュシティグッズに夢中になり、4日目のホウエンフェアではユリーカがフエン煎餅に興味を示していた。
5日目のアローラフェアはサトシが行ったことのない地方という事で、彼が一番はしゃいだ日でもある。
そして6日目となる今日は、イッシュフェアが行われる。

このイッシュフェアが始まる数日前、サトシの端末に一本のメールが入っていた。
差出人はデント。
共にイッシュを旅した個性的な男である。
そんな彼からのメール内容は、サトシを喜ばせるものだった。
“カロスで行われるイッシュフェアに、アイリスと一緒に遊びに行く予定なんだ”
その一文を見て、直ぐにサトシは彼へ電話をかけた。
自分も今、その異文化交流フェスティバルを楽しんでいる事を話せば、自然な流れで会おうという話になる。
こうして今日、サトシは長らく会っていなかったイッシュでの仲間たちと会うことになったのだ。

会場を練り歩き、目当ての2人を探すサトシたち。
かなり目立つ2人だから、特に待ち合わせ場所を設定せずとも会えるだろうと思っていたが、どうやら間違いだったようだ。
人が多過ぎて簡単には合流できそうにない。
セレナやシトロン、ユリーカも一緒に行動していることだし、あまり疲れさせないためにも無駄に歩き回ることは避けたい。
さてどうしたものかと考えていると、サトシの耳にとある大声が飛び込んでくる。


「イッツ、テイスティングターイムッ!」


あまりの大声に、周囲はざわめく。
セレナたちも例に漏れず、いったい何事かと辺りを見渡す。
しかし、サトシにはその大声の主がいったい誰なのか一瞬で判断できた。
あの特徴的な声、テンションの高い声色。
間違いない。
サトシはセレナたち3人を引き連れ、人混みをかき分けて行く。
人々が群がるとある屋台に出てみると、その喧騒の中心にいた人物の姿が現れる。
やはり、あの声の主はデントであった。


「ひんやり冷たい中に滑らかな舌触り!そしてまろやかな甘みを引き出しているこのヒウンアイス!なんとも素晴らしいテイストだね!このカロス地方で食べられるなんて思わなかったよ!さすが異文化交流フェスティバル!来てよかったねアイリス!」
「そーね」


まくしたてるように喋り散らす緑髪の男の横で、キバゴを肩に乗せた奇抜な髪型の女の子は頷く。
そのテンションには妙な差があり、2人並ぶ光景はやけにシュールであった。
さすがは異文化交流フェスティバルというだけあって、可笑しな人たちもいるものだ。
目の前の男女を見つめながらそう思うシトロン。
しかし、サトシがその男女に向かって“よぉデント!アイリス!”と声をかけた途端、思わず“えっ”と声を漏らしてしまった。
まさか、この2人が!?


「あ、サトシ!遅かったじゃない!」
「やぁサトシ!楽しませてもらってるよ!」


ビジュアル的にもテンション的にもかなり目立つこの2人に堂々と話しかけるサトシ。
そんな彼とシトロンたちの間には、筆舌に尽くしがたい溝のようなものが一瞬で生まれてしまった。
サトシ、本当にその2人が例の2人なのか?
本当にその目立ちまくりな2人が仲間だというのか?
何も言わないが、セレナたち3人の顔はそう物語っていた。


「みんな、紹介するよ。イッシュで一緒に旅してたアイリスとデントだ!」


そう紹介され、セレナたちはやはりかと苦笑いをこぼした。
流石はサトシ。
どんなに個性的な人でも友達になってしまうあたりは、彼のコミュニケーション能力の高さを表していた。

個性あふれる4人が祭りの中を歩く様はやはり目立ち、他方から視線を浴びることになる。
最初は居心地の悪さを感じていたが、デントやアイリスと話すうち、セレナたちはそんな違和感をいつの間にか忘れてしまっていた。
デントはやけにテンションが高いが、話してみればすごく楽しい男である。
対してアイリスも自由奔放な女の子だが、とても明るくて型にハマらない所はサトシによく似ていた。
そんな2人にセレナたちは親しみを感じることとなる。
友人の友人ということもあり、気があうのは必然ということなのかもしれない。

一通り祭りを巡った6人は、会場広場から少し離れた公園へとやって来た。
バトルフィールドが設置されているその公園で、先程屋台にて買ったヒウンアイスを頬張っている。
セレナ、ユリーカ、アイリスがベンチに腰掛け、そのすぐそばでサトシ、シトロン、デントが立ったままアイスを食べていた。


「ユリーカ、ヒウンアイスって初めて食べた!」
「私も!すごく美味しいね!」
「カロスの食べ物も美味しいけど、イッシュの食べ物も負けないくらい美味しいでしょ?」


キバゴを抱えながら聞いてくるアイリスの言葉に、隣で座っていたセレナとユリーカは大きく頷く。
早くも女性陣は意気投合したらしく、先程から会話が途切れることなく笑いあっていた。
そんな3人の様子を微笑ましく見つめていたデントとシトロンの横で、サトシは驚異的なスピードでヒウンアイスを平らげる。
包み紙を丸めてゴミ箱に投げ入れると、見事に中へと吸い込まれていく。
そしてベンチに腰掛けるアイリスへと視線を向けると、瞳に闘志を燃やして言った。


「なぁアイリス!折角だしバトルしようぜ!」


そんな彼の提案は、その場にいた全員を同じ気持ちにさせる。
“やっぱりそう来たか”
肩に乗るピカチュウと同じように挑発的な笑みを浮かべるサトシに、アイリスはニヤリと笑みを浮かべた。


「バトルバトルって、相変わらず子供ね〜。でも……


すぐりと立ち上がり、アイリスは闘志に溢れた瞳でサトシを見つめ返す。


「受けて立つわ!」


サトシのバトル好きは、別の地方を旅していても変わらないらしい。
アイリスの言う通り、“相変らず”なサトシの様子は、デントを安心させる。
彼らが腰掛けているベンチの目の前にあるバトルフィールドへ駆けていくサトシとアイリス。
審判を務めるのはシトロンだ。
2人の手によって投げられたボールからは、ゲッコウガカイリューが飛び出して来た。
レベルの高いポケモンたちが向かい合えば、見えない火花がぶつかり合う。

シトロンのバトル開始の合図とともに、2人は自らの相棒へと合図を飛ばす。
れいとうビーム》と《みずしゅりけん》がぶつかり合い、冷気と水蒸気が辺りを覆う。
隙を作らないようアイリスは即座に《ドラゴンダイブ》を指示するが、サトシの素早い判断で繰り出された《いあいぎり》で真正面から受け止められてしまった。


「うわぁ!カイリューって可愛い上に強いんだね!」
「うん。あのゲッコウガ相手に互角に戦ってるなんて……
「アイリスはドラゴンマスターを目指しているからね。それなりに腕は立つよ」


セレナはデントの言葉を聞きながら、フィールドに立つサトシの姿を見つめる。
ゲッコウガカイリューのぶつかり合いに熱視線を送る彼の表情は、楽しさで溢れていた。
バトルを心から楽しむ、サトシらしい嬉々とした表情。
セレナは、彼のそんな顔を見るのが好きだった。
けれど同時に、その表情はセレナを卑屈にさせる。
自分はきっと、サトシにあんな表情をさせることは出来ない。
バトルセンスのあるアイリス相手だからこそ、サトシはあんなに楽しそうに笑っているのだ。
彼にあんな顔をさせられるアイリスが羨ましい。
もし、自分にもバトルのセンスがあったなら、サトシのあの表情を真正面から見ることができたのかもしれない。
もしそれが出来るのなら、それはどんなに……


「《つばめがえし》!」


サトシのドスが効いた指示のすぐあとに、大きな衝突音が聞こえてくる。
その音に驚いて視線をあげれば、フィールドにいたゲッコウガの前で、カイリューは倒れ込んでいた。
ゲッコウガの勝利を告げるシトロンの言葉と同時に、サトシは拳を上げて喜びを爆発させる。
離れた向かい側に立っているアイリスも相当悔しいようで、先ほどの威勢はどこへ行ったのかと疑うほどにしおらしい。

バトルが終わったとわかるや否や、セレナは自分のピンク色のリュックを漁って水筒とタオルを取り出した。
それを抱え、彼女はサトシの方へと走り寄っていく。
足早に去っていく彼女の様子が物珍しいのか、デントはその後ろ姿を不思議そうに眺めていた。


「彼女、いつもあんな感じなのかい?」
「うん。あんな感じだよ!」


ベンチに座ったままのユリーカに、セレナを指差し聞いてみるデント。
するとユリーカからは気が抜けるほど意外性のない回答が返ってきた。
遠くでサトシにタオルと水筒を渡しているセレナ。
そんな彼女に対し、サトシは見たことがないほど優しげな笑みを浮かべていた。
一緒にイッシュを旅していた頃、彼のあんな顔を見たことがあっただろうか。
記憶の淵をたどってみても、やはりそんな覚えはない。
彼からあんな表情を引き出すなんて、あのセレナという少女はなかなかの手練れらしい。

そんなことを思っていると、当のセレナが小走りでこちらのベンチへと戻ってくる。
サトシから何か頼まれごとをしたらしい。
ベンチの上に置いてある自分のリュックを漁り出すセレナ。
そんな彼女に少しだけ微笑みかけ、デントは声をかけた。


「相当信頼されてるんだね」
「へ?」
「サトシのあんな顔、初めて見たよ」


バトルフィールド上でアイリスやシトロンと立ち話しているサトシへと視線を向けるデント。
そんな彼の視線を追うように、セレナも彼へと目を向ける。
先程まで優しげな笑みを浮かべていたサトシの表情は、いつも通りの楽しげな笑みに変わっていた。
もしかすると、さっきの彼の表情はかなりレアだったのかもしれない。

デントの言葉はセレナを少なからず喜ばせた。
ああ、私にしか向けてくれない表情があるのなら、それは十分に幸せなことなのではないだろうか。
ポジティブにものを考えるのなら、それは彼にとって“代わりがいない”ということなのだから。
サトシに頼まれたマカロンが入った籠を片手に、セレナはバトルフィールドにいる3人の元へと走り出す。
そして彼らの元に到着する前に足を止め、笑顔でデントの方に振り返る。


「ありがとう」


その表情は恋する乙女なテイストだった。


END