【サトセレ】
■アニポケXY
■未来捏造
■短編
***
イケメンって、どういう人のことを言うのかな?
私には正直よくわからない。
今話題のイケメン俳優に一日密着!
なんてテロップと共に、街頭テレビに映るドキュメンタリー番組はとある一人の男性を特集していた。
最近ドラマや映画に出ている若手俳優みたい。
名前は確か……覚えてない。
パフォーマー仲間からもよく名前が挙がっていて、イベントで彼と共演した人はこぞって自慢していた。
高い鼻。澄んだ綺麗な青い瞳、高い身長。今風の髪型、そしてさわやかな声。
確かに、世の女の子たちが夢中になる要素がこれでもかというくらいに詰め込まれている。
なるほどなぁ。完ぺきなイケメンって、彼のような人のことを指すのかも。
でも、どんなに顔がよくても、どんなにスタイルが良くても、私にとってはせいぜい2番目にしかならない。
永遠の1番は、子供のころから既に決まってる。
ということで今日は、私が子供のころから大好きだった人のことを紹介します。
あ、くれぐれも好きになっちゃだめよ?
そこだけは約束ね?
「あ、この人知ってる。この前イベントで一緒になったよ」
ビルに取りつけられた大画面を見上げながら、隣のサトシは言う。
肩に乗せたピカチュウの背を撫でながら、画面に映るイケメン俳優の姿に笑顔を見せていた。
「すっげぇいい人でさ。イベント会場もこの人のファンの女の子たちでいっぱいだったんだよ。まぁかっこいいから当然か」
いえ。私には貴方の方が何十倍も何百倍もかっこよく見えます。
私が見上げているのは、高いところにある液晶モニターの俳優などではなく、すぐ隣にいるサトシ。
随分前から想い続けて、最近ようやく私の彼氏になってくれた人。
彼氏。その言葉を頭の中で繰り返すたび、未だににやけが止まらなくなる。
そう、そうなのよ。私の彼氏はこのサトシで、サトシの彼女もこの私なの。
すごくない?ねぇこれってすごいことじゃない?
サトシに告白された翌日にサナへと電話をかけて同じことを語ったら苦笑いをされてしまった。
でも、こんなにも舞い上がってしまうくらい、私には嬉しくて仕方のないことだったんだ。
ホント言うと、今こうして一緒にデート出来ていること自体夢のよう。
あぁなんかもう、生きててよかったとすら思える。
「やっぱセレナも、かっこいいと思う芸能人とかいるわけ?」
「えっ?うーん…」
正直、一人もいなかった。
カルネさんやエルさんだとか、素敵だなと思う女性はいる。
でも男性となると、途端に誰も思い浮かばなくなる。
唯一浮かんでくる顔は、やっぱりサトシ。
でも、まさかサトシが一番カッコよくて素敵だなんて恥ずかしいこと言えるわけがない。
とにかく適当な人の名前を言ってしまおうと、私は例のモニターに映っているイケメン俳優へと目を向けた。
「あの人は確かにかっこいい、かな」
名前も知らないけど。
サトシ自身もかっこいいと発言していたし、これなら角が立たないだろう。
案の定サトシは不愉快そうな顔など一切せず、“だよなー”と笑って見せた。
「あの人、ポケモンバトルも結構強いんだって。今度相手してもらおうかな」
マスターズエイト入りしているサトシには絶対敵わないと思う。
というか、その他の要素を全部合わせても、サトシに敵う人なんていない。
そう断言できる。
恋は盲目というけれど、それを言ったら子供のころからサトシに恋をしている私は最初から最後まで盲目だったに違いない。
「サトシ、そろそろ予約の時間じゃない?」
「そうだな。じゃあいくか」
そう言って、サトシは自然に私の右手を握った。
指先が絡み合い、サトシのぬくもりがダイレクトに伝わってくる。
付き合い始めてそろそろ3か月。
手を繋ぐだなんて、もう何度もしてきたはずなのに、未だに心臓がバクバクする。
最初の頃はサトシもぎこちなくて、お互いガチガチになりながら手を繋いでいたけれど、今では慣れてしまったのか、二人で歩くときはほぼ必ず手を取ってくる。
それも、すごく自然に。
緊張したりドキドキしているのは私だけみたいでなんだか不平等を感じるけれど、慣れないものは仕方ない。
本当なら、付き合って暫く経てばこのドキドキにも慣れているはずだったのに。
サトシの隣に立った瞬間、嫌でも心臓が騒ぎ出す。
予約していたカフェに入り、評判のランチメニューを注文すると、先にピカチュウ用のポケモンフーズが運ばれてくる。
床に座って美味しそうなフーズをもりもりと食べ始める黄色い相棒に、サトシは“美味いか?”と微笑みかけた。
口元を汚しながら笑顔で返事を返すピカチュウに再び笑いかけ、手を伸ばして頭をなでる。
「かわいいなお前」
ぐっ!
心臓が撃ち抜かれたような気がした。
サトシは別に、私に対して言ったわけじゃない。
相棒のピカチュウに対して言っただけ。
なのに、まるで私が言われたかのような感覚に陥ってしまう。
頬杖をついて笑うその笑顔も、ちらりと見える白い歯も、さらりと言葉を紡ぐハスキーなその声も、彼がつけている黒いグローブすらも愛おしく見えてしまう。
これをミルフィにそのまま話してみたら、“たぶんそれ病気よ”なんて笑われてしまった。
「お待たせいたしました。三種のチーズリゾットです」
やがて、店員さんによって私が注文した料理が運ばれてくる。
湯気からしてもう美味しそうな匂いが漂ってくるこのリゾットは、ネットでも話題になるくらい有名なメニューだった。
あぁ美味しそう。ずっと食べたかったのよね、このリゾット。
でも、サトシの料理がまだ来ていない。
先に食べるのは失礼だし、サトシの料理が来てから食べることにしよう。
「どうした?食べないのか?」
「サトシのが来てからにしようかなって」
「気遣わなくていいって。冷めたらもったいないだろ?」
「…いいの?」
「おう。それに一刻も早く食べたいって顔してるし」
「えっ!」
そんなにはしたない顔してた!?
慌てて頬に両手を当ててみる私に、サトシは歯を見せていたずらっぽく笑う。
「うそ」
子供っぽい笑顔に射抜かれて、胸が苦しくなる。
そういう気遣いが出来るところも、無邪気なところも、クダラナイ嘘つくところも、全部好き。
たぶん私は、彼にどんなにからかわれても怒れないんだろうなぁ。
“もう”と怒ったふりをして、手元のスプーンを掴む。
とろけるチーズの海にスプーンを浸し、そっとすくい上げれば、面白いくらいカマンベールが伸びていく。
美味しそう。一口食べた瞬間、チーズの風味と一緒に耐えがたい熱が舌を襲う。
出来立てのリゾットほど、熱いものはない。
「はふ、はうっ、あふい」
「ん?なんて?」
「あふい!れもおいひい」
「あははっ、全然何言ってるか分かんないって」
けたけたと肩を揺らしながら笑うサトシ。
まっすぐに向けられたその笑顔に心がふわふわしてしまう。
あぁもうその笑顔が一番好き。
でも怒った顔も嫌いじゃない。
バトルしてる時のキリっとした顔も素敵だし、たまにしか見れないしょんぼりした顔も捨てがたい。
とにかくどんな顔も全部好き。
と、前にネネに語ったら真剣な声色で“落ち着いて”となだめられた。
「すんごい美味しい」
「そっか。一口くれよ」
「いいわよ。はいどう…」
リゾットをスプーンですくい上げ、サトシの方へと差し出そうとした瞬間我に返る。
あれ?これって関節キス?
しかもいわゆる“あーん”ってやつ?
今、さらっととんでもないことしようとしてるんじゃ…。
「どうした?」
「え、あっ、ううん。なんでもない」
口を開けるサトシめがけてスプーンを差し出すと、彼は勢いよくかぶりつく。
あぁ、食べちゃった。
私が口をつけたスプーンで、食べちゃった。
けれど、悲しくなるくらいサトシは何も意識していなくて、いつも通り少年のような笑顔を見せてくれる。
「うん、美味い!」
サトシは付き合う前も付き合った後も、笑ってしまうくらい鈍感だった。
こっちがどきどき胸を高鳴らせているにも関わらず、一方で彼はケロッとしていたり、私だけが空回ってしまうことも多い。
たぶん今も、間接キスだなんだと小さなことでときめいているのは私だけなんだろうな。
けど、それでもいいと思えるくらい、サトシの彼女に就任できた事実は私にとって喜ばしいものだった。
「そうだ。セレナにプレゼントがあるんだった」
「うん?」
何かを思い出したサトシは、自分の懐を探り始める。
プレゼントと言われても、今日は私の誕生日でもなければクリスマスでもホワイトデーでもない。
サトシから何かを貰う心当たりなど何もなかった。
首をかしげている私をよそに、サトシはにやにやしながら一枚の封筒を差し出してくる。
「ジャジャーン!防衛戦のチケット!」
「えっ、うそ!」
カントーリーグチャンピオン防衛戦。
そう印字された封筒の中身は、一枚のチケットだった。
先日カントーチャンピオンになったばかりのサトシは、数日後に初めての防衛戦を控えている。
チャンピオンとチャレンジャーの試合といえば、リーグ戦以上の盛り上がりを見せる戦い。
当然チケットの倍率も他の試合や大会の比ではない。
VIP席と印字されたそのチケットがそう易々と手に入るものではないことはセレナもよく知っていた。
「チャンピオンになると誰か一人VIP席に招待できるらしくてさ。だからセレナにプレゼント」
「えっ、でも1席だけなんでしょ?私でいいの?オーキド博士とかママさんとかは?」
「誰にしようか少し迷ったけど、初めての防衛線はちゃんとセレナに見てもらいたかったからさ」
な、ピカチュウ?
そう言って相棒に笑いかけるサトシに、胸がじんわりと熱くなる。
防衛戦が行われるスタジアムの収容人数は3万人以上。
その中で、サトシの招待客として座れる座席はたった1つだけ。
その唯一の座席に、サトシは私を選んでくれた。
あぁどうしよう。今にも飛び上がってしまうほど嬉しい。
「もしかして、忙しかった?」
「ううん。そんなことない。絶対いく。応援しに行くから」
何としても予定を空けておかなくちゃ。
死力を尽くしてサトシを応援しなくちゃ。
冷めつつあるリゾットのことなんて忘れて、手元のチケットに夢中になっている私に、サトシは再び笑いかけてくれた。
「そっか。セレナが来てくれるなら、かっこ悪いとこ見せられないな」
サトシがかっこ悪かったことなんて一度もないです。
素直すぎるその言葉を喉の奥に飲み込みながら、私は出来る限り可愛く見えるであろう笑顔で頷いた。
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まるで地響きのような歓声はドームを揺らし、カントーチャンピオン防衛戦が行われるこの会場を一層熱くさせる。
数日前、サトシから自分がチャンピオンになって初めての防衛戦があるのでぜひ見に来てほしいと誘われた私は、仕事の合間を縫ってこのカントーの地を訪れていた。
試合が行われるのはクチバシティ。
事前にサトシから贈られていた試合のチケットを使いスタジアムの中に入れば、客席はほぼ満席状態となっていた。
私に宛がわれたのは、スタジアム後方のVIP席。
バトルフィールド全体が見渡せるこの席は、まさにVIP席と呼ぶにふさわしい場所だった。
バトルは6vs6のフルバトル。チャレンジャーもかなり有名なトレーナーらしく、ネット上の勝敗予想は五分五分という結果だったらしい。
先日チャンピオンになったばかりのサトシにとって、追う側ではなく追われる側に立たされるのはこれが初めてのハズ。
バトルフィールドに立ったサトシの表情は、いつもより少し固く見えた。
先手のムクホークから始まり、カビゴン、ワルビアルと繰り出したサトシだったけれど、相手の勢いに押され、先に3体のポケモンを戦闘不能にされてしまった。
チャレンジャーの残りポケモンは残り4体。
一歩リードを許している状況だ。
「では、チャンピオンのポケモンが3体戦闘不能になりましたので、10分間のインターバルを設けます」
実況者によるアナウンスと共に、サトシとチャレンジャーは一呼吸置くためにフィールドから出て奥に引っ込んでしまう。
観客たちも各々立ち上がり、トイレなどを済ませるために席を離れ始めた。
高所にあるこのVIP席からフィールドを眺めていると、バトル中のサトシの焦った表情が脳裏に浮かんでは消えていく。
珍しく押されているサトシを、放ってはおけなかった。
VIP席を出て、階段を駆け下りてバトルフィールドのエントランスに向かって走る。
すると、エントランスの壁に寄りかかるかたちで、彼は立っていた。
ピカチュウも連れず、たった一人で腕を組み考え事をしているサトシを見つけ、私はその場で足を止める。
声をかけない方がいいのかな。
今サトシは集中してるだろうし、いくら応援のためとはいえ、邪魔になってしまうかもしれない。
彼を目の前にして躊躇していると、ふとサトシの瞳が私を捕らえた。
「セレナ」
「サトシ…」
私を見つけた途端、サトシは居心地が悪そうに視線を逸らし、帽子を深くかぶりなおした。
顔を見られたくないのだろうか。
何と声をかけていいか分からずそのまま黙っていると、サトシの方から消え入りそうな声でぽつぽつりと言葉を紡ぎ始める。
「セレナのこと、自分で招待しておいて今更後悔してるんだ。負けるところなんて、かっこ悪いし見られたくないだろ」
その言葉は、サトシらしくないとしか言いようが無かった。
いつも自信に溢れていて、前向きで負けず嫌いな彼なのに、今は下を向いて肩を小さくすぼませている。
いつもチャレンジャーの立場だったサトシは、初めて迎え撃つ側になってプレッシャーを感じているのかもしれない。
チャンピオンという大きすぎる肩書に押しつぶされそうになって、今にも崩れ落ちてしまいそう。
私が支えてあげなくちゃ。
俯くサトシの前に立ち、彼の両手をぎゅと握りしめると、私はその顔を覗き込む。
「まだインターバルでしょ?負けるだなんて最後までやってみなくちゃ分からないじゃない!こんな序盤から諦めムードなんてサトシらしくない!」
「セレナ…」
「それに、かっこ悪くなんてないわよ。勝とうが負けようが、問答無用でサトシはかっこいいもん!」
笑っているところも、しょんぼりしているところも好きだけれど、何よりサトシがバトルをしているところが一番好きだった。
追い詰められたときに誰にも真似できないような一手を繰り出せるところも、優勢に転じて嬉々としている顔も、敗北を噛みしめている肩も、勝利を勝ち取り突き上げる拳も、なにもかも全部カッコよかった。
そりゃあ時折、バトルやポケモンたちよりも自分を優先してほしいと思う時もある。
でも、バトルのことばかり考えているようなそんなサトシだからこそ、私は好きになったんだ。
重ねた手をぎゅっと握りしめると、サトシの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「セレナ、わざわざそれ言うために下まで降りてきたのか?」
「いけない?」
「いや。やっぱり、来てくれてよかった。セレナの言葉で目が覚めたよ」
いつの間にか、サトシの顔から不安な表情は消え去っていた。
冷え切っていた闘志の炎が、再び燃え上がる。
光を取り戻したサトシの目に、もう迷いはなかった。
「ピカピ!」
バトルフィールドへ向かう通路から、ピカチュウが顔を出す。
サトシを呼んでいる可愛らしいその声に振り向くと、彼はその小さく黄色い手でフィールドの方を指さしていた。
スタジアムの館内には、まもなくインターバルが終了することを告げるアナウンスが流れている。
どうやらタイムリミットらしい。
「分かってる。じゃあ、行ってくるな」
「うん、頑張って」
帽子を被り直し、バトルフィールドに向かって歩き始めるサトシ。
けれど、数歩進むとすぐに立ち止まり、再びこちらに振り返ってきた。
どうしたのだろう。
踵を返し、首をかしげる私に速足で近づくと、彼の右手が私の後頭部に回ってくる。
あれ、もしかして。
優しく引き寄せられ、ときめく暇もなく口づけを落とされていた。
子供の頃、旅の別れ際に私からして以来、2度目のキス。
正式に付き合ってからは、初めてのキスだった。
触れるだけのそれはすぐに離れていく。
視界いっぱいに広がるのは、目を細めて瞳を揺らすサトシの顔。
恥ずかしくて、今までこんなに近くで彼の顔を見た事が無かったけれど、いつのまにかこんなに大人っぽくなってたんだ。
どうしよう、胸の奥がぎゅっと締め付けられて、平静ではいられない。
「ごめん。ホントは勝ったあとしようと思ったんだけど、我慢できなかった」
ほんの少しだけ、サトシの顔が赤く染まっている。
そんな顔、初めて見た。
サトシとは長い付き合いだったけれど、付き合ってからは知らない顔ばかり見せてくれる。
多分これは、私だからこそ見れる、彼女の特権って奴なんだと思う。
「じゃ、じゃあ、勝った後もすればいいじゃない」
突然落とされたキスに動揺したせいなのか、いつもなら絶対に言えないような台詞が口から飛び出した。
私の言葉に一瞬だけ驚いた表情を見せるサトシだったけれど、すぐに笑顔に戻り、私の頭に手を乗せる。
「そうだな。期待して待ってろよ?」
いつも通りの得意げなな顔、
私は知っている、あの顔をしている時のサトシは、絶対に負けたりしない。
再び背を向け歩き出すサトシは、通路の途中で待っていたピカチュウを肩に乗せ、光の中へ消えていく。
サトシの再登場に会場は湧き上がり、観客たちは割れんばかりの歓声をあげる。
その歓声に負けないくらい、私の心臓はバクバクと大きな音を立てていた。
今、観客たちの視線を総なめにしている彼こそが、私の彼氏。
この会場にいるすべての人に自慢して回りたい。
さぁ皆さん見てください。今フィールドに立っているあのマサラタウンのサトシが、私の彼氏なの。
誰よりカッコよくて、誰より優しくて、誰より素敵な私の彼氏。
マイクを持って、大音量でサトシの魅力を演説してしまいたい。
でもそんなことしたら、きっと世の中の女の子たちがみんなサトシのことを好きになってしまう。
だから、今はちょっとだけ我慢しなくちゃ。
せめて、サトシがこのバトルで勝利を勝ち取ってくるその時までは。
あふれ出る顕示欲は。私の長い話に付き合ってくれたアナタだけにとどめておくことにしよう。
では改めて。
私の彼氏を紹介します。
FIN