Mizudori’s home

二次創作まとめ

ラブコメディは突然に

【サトセレ】

■アニポケXY

■未来捏造

■短編

***

 

スマホロトムに表示された“サトシ”と言う名前に、私の心臓は大きな太鼓をドンと鳴らされたかのように脈打った。
アップテンポな着信音が心臓に悪い。
1年以上ぶりにかかってきたその電話の裏側を勘繰ってみるけれど、彼が私に電話してくる用事なんて思いつかなかった。
とにかく出なくちゃ、とスマホロトムに手を伸ばした瞬間、着信音が切れる。

「えっ」

まだ1コールしか鳴っていないのに、どうして切るの?
通話しようとして電話をかけたにしては切るのが速すぎる。
間違えてかけてしまったのだろうか。
そんなことを考えているうちに、再びコール。
表示された名前はやっぱり“サトシ”だった。
既にスマホロトムを片手に握っている状態で鳴り出してしまったものだから、考える間もなく反射的に通話ボタンを押してしまう。

「も、もしもし?」
『あっ、もっ、せ、セレナか?』

1コール目が鳴り終わらないうちに通話に出てしまったため、あまりの応答の速さにサトシを驚かせてしまったらしい。
電話の向こうでサトシが甘噛みしている。
セレナか?と聞かれても、私のスマホロトムにかけたんだから私が出るのは当たり前なのに。
少し戸惑いながら“そうよ”と答えれば、サトシは少し早口で“そっか、そうだよな、久しぶり”とまくしたてた。
なんだか随分慌てているようだ。
一体どうしたのだろう。

「うん、久しぶりね。1年ぶりくらい?」
『そう、だな。えっと、元気してたか?』
「元気だよ。サトシは?」
『俺はまぁ、その、変わんないかな』
「そっか」

沈黙。
昔なら次の話題は何にしようか、なんて考える間もなく話したいことが湯水のように溢れ出ていたというのに、10代後半を迎えた今はそうもいかないらしい。
顔が見えない分、対面での沈黙よりも電話での沈黙の方が居心地が悪い。
普通こういう時は、電話をかけてきた側が話題を切り替えるものだけど、サトシは一向に話し始める気配がない。
とにかく、この痛い沈黙を破らなくちゃ。
そんな気持ちで、私は絞り出すように話題を振った。

「あ、えっと、今日はどうしたの?」

あのサトシのことだ。
声が聴きたくなって、とか、久しぶりに話したくなって、とか、そういう甘い理由で電話をかけてきたわけではないだろう。
なにせ彼はヤドン並みにどんかんで、コダックなみにのーてんき。
何年も片想いしている私が、電話がかかってきただけでドキドキしているなんて知るはずもない。
こちらから今日の用件を質問して引き出してみると、サトシは何故か言いづらそうに口ごもり始めた。
なんだろう、そんなに言いづらい頼みごとなのかな?

『来月なんだけど、いつ空いてる?』
「え、来月?うーんと、2週目の土曜日なら空いてるけど・・・?」
『2週目の土曜だな。分かった。じゃあ・・・』

会いに行くから。

耳元で囁かれた言葉は、サトシらしくもない弱弱しい声色だった。
聞き間違いだろうか。
会いに行くって、何のために?
何の用事があって会いに来るの?
私、カロス地方にいるんだよ?
サトシは今、カントーを拠点にしているはず。
わざわざ飛行機に乗って来るつもりなの?
え、なんで?どうして?

「え、会いにって、なん――」
『じゃあそういうことで!11時にプリズムタワー前な!』

言いたいことだけ早口まくしたてて、さっさとサトシは通話を切ってしまった。
スマホロトムを耳から離し、“通話終了”と表示された画面に視線を落とす。
一体何だったんだろう、今のは。
嵐のように過ぎ去ってしまったサトシとの通話は、ただただ私の心臓を高鳴らせるだけで何の収穫もないまま終わってしまった。

通話アプリを閉じて、今度はカレンダーアプリを開いてみる。
とにかく忘れないうちに予定を入力しておかないと。
来週土曜に“サトシ”と入力してみれば、否が応でも胸が高鳴ってしまう。
編集完了のボタンをタップすると、“カテゴリが未設定です”というポップアップが表示された。
一方的に会いに行くと告げられてしまったこの予定、カテゴリを設定するとしたら何だろう。
買い物? 仕事? それとも。
カテゴリ一覧の一番下、ピンク色に表示された“デート”の文字の上で指が止まる。

これって、デートなのかな?
会いに行くって言ってたし。
でも、もしかしたら私の知らないところでシトロンやユリーカも誘ってて、久しぶりにみんなで会おう!みたいな会なのかもしれない。
そうじゃなかったとしても、サトシがわざわざ私一人に会うために遠いカロスまで来るわけがない。
きっと何かのついでに違いない。
となれば、これはデートとは言えない。
そもそもサトシと私は、悔しいけどデートするような間柄じゃないし。
そうだ。これはデートなんかじゃない。
期待しちゃだめよ、セレナ。

そんなことを自分自身に言い聞かせながら、私はこの予定のカテゴリを“友人”に設定するのだった。


********************


姿見の前で、こんなにも長い時間自分と睨み合っていたのは初めてだった。
服はこの前買ったばかりの白いワンピース。腰には少し大きめのベルト。
靴はブラウンのショートブーツに黒のタイツを合わせ、上着に選んだのは黒のレザージャケット。
髪もきまってる。鞄もOK。お化粧もナチュラルに決めて完ぺき。

「服よし、髪よし、お化粧よし!」

指先確認は基本中の基本。
一つ一つ丁寧にチェックして、変なところがないか確認する。
よし、たぶん、きっと、恐らく、私史上最高に可愛いコーデとメイクが完成した。
彼の好みかどうかはわからないけど、とにかく昨日寝ずに悩んで編み出したこの最強チームを身に纏い、ミアレに借りている自分の部屋を飛び出した。
マンションを出た瞬間、向こうの方に見えるのはプリズムタワー
あれの下でサトシが待ってるはず。
そう思うと、次第に心臓がうるさくなってきた。
一歩、また一歩とプリズムタワーとの距離が縮むたび、緊張感は高まっていく。

サトシ、可愛いって思ってくれるかな?
少しは意識してくれるかな?
目が合った瞬間、“今日もきれいだな、セレナ”とか言ってくれたりして。
…いや、ありえないか。だって相手はあのサトシだもん。
1にポケモン、2にバトルなサトシだもん。
女の子がときめくようなこと言えるような人じゃないのはわかってる。
まぁ、そんなサトシだから好きなんだけどね。

ようやくプリズムタワーにたどり着いた私だったけれど、周囲にサトシの姿は見当たらない。
会うのはかなり久しぶりだから、顔を見てもすぐに判断できないだろうなとは思っていた。
だから、いつも彼がつれているピカチュウの姿を探してみるけれど、可愛らしい黄色い影がどこにも見当たらない。
ならばと、いつも彼が被っていたキャップを探してみるけれど、それでもやはり見当たらない。

あれ?おかしいな。時間間違えたかな?
それとも待ち合わせ場所を間違えたとか?
ポケットからスマホロトムを取り出して、サトシに電話をかけてみる。
すると、私が電話をかけたとほぼ同時に、すぐ近くで着信音が鳴り響いた。
なんだ、近くにいたんじゃない。
音がする方を振り返ってみると、そこにいた彼もまた、私の方を振り返っていた。

「あ・・・」
「え・・・」

紺色のロングカーディガンに黒のショートブーツを合わせた彼は、遠目に見れば少し年上に見えるほど大人っぽい顔立ちをしている。
だから気付かなかったんだ。
まさか、彼がサトシだったなんて。

「うそ!サトシ!? 服装いつもと全然違ってたから気付かなかった!背伸びたね」
「あ、あぁ、少しな」
「というかどうしたの?この恰好。キャップも被ってないしなんかサトシっぽくないね」
「そうか?もしかして変か?」
「ううん全然!すっごく似合ってる!かっこいいよ」

勢いに任せて口走ってしまった言葉にはっとして、思わず口元を抑えてしまった。
かっこいい、だなんて少し素直すぎたかもしれない。
ぽろっと打ち明けてしまった本音に動揺し、恐る恐るサトシを盗み見る。
すると彼は、何故だか気まずそうに視線を外して鼻先を掻いている。
少し寒いからだろうか。顔が赤いような気がする。

「セレナも、その・・・綺麗だよ」
「へ?」
「昔から大人っぽくておしゃれだったけど、ますます綺麗になったっていうか・・・」

頭がフリーズする。
キレイニナッタ?
そんな言葉、サトシの口から聞けるだなんて思わなかった。
しかも、なんだか少し気恥ずかしそうにしているその態度が、本音を言っているのだと物語ってくれる。
なんだかサトシの顔を直視するのが恥ずかしくなって視線をそらしてしまった。

「あ、ありがとう」

本当はもう少し可愛らしく微笑んで、愛想よくお礼が言いたかった。
でも、サトシが綺麗になったなんてらしくないこと言うから、思わず動揺してしまう。
サトシの雰囲気がいつもと違って、なんだか大人っぽく見えるからかな。
凄くドキドキしてしまう。
この心臓の鼓動をごまかすために、私は急いで次の話題を探し始めた。

「あ、あれっ、そういえばシトロンとユリーカは?」
「シトロンとユリーカ?なんであの二人の名前が出てくるんだ?」
「えっ、呼んでないの?てっきりみんなで会うんだと思ってたから」
「そんなこと言ったっけ?」

確かにサトシは他の誰かも誘うとは言っていなかったが、二人きりで会うとも言っていなかった。
辺りを見渡してみても、シトロンやユリーカはもちろん、サナやティエルノ、トロバのような共通の知人の姿は見当たらない。
いやそれどころか、いつもサトシと一緒にいるあのピカチュウすらも今日は姿が見当たらない。
シトロンやユリーカたちはともかく、ピカチュウまでいないというのはさすがに違和感があった。

ピカチュウもいないみたいだけど・・・」
「あぁ。あいつは留守番だよ」
「留守番!? 一緒じゃないの?なんで?」
「なんでって・・・。たまにはいいだろ?ほら行こうぜ」

子供の頃、サトシとピカチュウは常に一緒だった。
それはサトシにとってピカチュウが何にも代えがたい相棒であるが故。
サトシが行くところには必ずピカチュウがいる、というのは当たり前の常識だったから、サトシの肩に彼が乗っていないという事実がなんだかしっくりこない。
どうして連れてこなかったんだろう。
怪我でもしてポケモンセンターに預けてるのかな?
体調が悪くて外に出られないとか?
でも、だとしたら大事なピカチュウが大変な時にわざわざ出かけたりしないよね。
ということはつまり、サトシがわざとピカチュウを置いて来たということ。
どうしてそんなことをしたんだろう。
分からないことだらけで聞きたいのは山々だけど、サトシはそのことにあまり触れてほしくないようで、さっさと会話を切り上げて足早に歩き出してしまった。

「あ、待って」

その背を追いながら、私は考える。
なんだか今日のサトシ、いつもと違う。
服装が違うからとか、背が伸びたからとか、久しぶりに会ったからとか、そういう単純な理由じゃなく、なにかがおかしい。
妙によそよそしいというか、少し距離があるというか。
なんか、緊張してるみたい。

ん?緊張?
私と会うののに緊張してるってこと?
いやいやないない。ありえない。
だってサトシだし。
ヤドン並みに鈍感なサトシなら、たとえミュウツーを前にしたとしても緊張なんてしないはず。
まぁ、私は今にも心臓が飛び出そうなほど緊張してるんだけどね。
自分とサトシの温度差を感じながら、私は密かにため息を吐いた。


********************


ミアレシティはスイーツとファッションの街と言っても過言ではない。
プリズムタワーを中心に四方八方に伸びる路地には、様々なショップがひしめき合うように並んでいる。
私が店のショーウインドウに見とれて立ち止まるたび、サトシは“入るか”と提案してくれた。
おかげで楽しくウインドウショッピングが出来ているけど、私が興味のあるお店ばかり巡っていてなんだか申し訳ない。
“どこか行きたい場所はないの?”と聞いてみれば、サトシは少し間を開けて“気になってる店がある”と言って来た。
きっとサトシのことだから、いろいろなボールがそろっているモンスターボール専門店とか、ポケモンのための道具がたくさんそろっているフレンドリーショップとかだろう。
そんなことを考えて付いて行ってみれば、彼は一軒のカフェの前で立ち止まった。

「え、ここって・・・」
「なんか話題になってる店なんだろ?」

カフェアラモード。
ミアレシティで話題になっている有名なカフェである。
ここの目玉商品はクリームがたんまり盛られたワッフル。
見た目よし、味よしなこのスイーツを求め、トレンドに敏感な女性たちがカロス中から集まってくるのだ。
もちろん私もこの店の存在は知っていたし、気になっていたけれどなかなか時間が取れなくて結局来れていなかった。

「サトシが行きたかったお店ってここなの?」
「俺がっていうか、セレナこういう店好きだろ?」
「うん、好きだけど・・・。いいの?なんかさっきから私が好きなところばっかり・・・」
「いいんだよ。セレナが楽しいなら俺も楽しいから」

そんなことを言いながら、サトシは店内へと歩き始めた。
店頭に立っていた可愛らしい制服を着た店員に出迎えられ、2人で、と告げている。
サトシも昔からそれなりに甘いものは好きだったはずだけど、私ほどではなかった。
このお店に行きたいと言ってくれたのも、言葉の通り私が好きそうだったから、というだけの理由なのだろう。
シトロンやユリーカを交えて懐かしい面々に会いに来たわけでもないというのなら、きっとカロスにしかない珍しいお店に行きたくて、ついでに私を誘ったのだろうと一瞬思っていたけれど、その予想も違ったみたい。
サトシは、私が好きそうなところばかり選んで立ち寄っている。
どうしてそんなことをするんだろう。これじゃまるでデートみたい。

いや違う!絶対違う!
これは断じてデートじゃない!
だって相手はサトシだし。
私が何年も片想いしているにも関わらず全く振り向く気配が無かったサトシだし。
サトシにとってこれは久しぶりに会ったただのトモダチとのショッピングイベントでしかないんだ。
デートとか、そういう甘いイベントなわけがない。
勘違いしちゃだめよ、セレナ。

自分自身に言い聞かせ、私は店内へと入っていくサトシの背を追った。

店内はやはりと言うべきか当然と言うべきか、女性客とカップルばかりで、私たちの席の周りはほとんどが同年代のカップルで埋め尽くされていた。
右も左も後ろも斜めも全員カップル。
なんだか、恋人同士じゃない私たちが場違いのように感じる。
これだけカップルが多いとなると、私たちも周りからカップルだと思われてるのかな?
ワッフルを切り分けながら、そっと目の前に座るサトシを盗み見る。

「うんまい!セレナ、このワッフルめちゃくちゃ美味いな!」

美味しいものを前にすると、サトシも昔の無邪気さを取り戻す。
何かを食べている時の嬉しそうな顔と、ポケモンたちを見つめる優し気な顔だけは、昔と何も変わらない。
どれだけ大人っぽくなっても、どれだけ背が高くなってもサトシはサトシなんだ。
カッコよくて、優しくて、ポジティブで、それでいてちょっと憎らしいくらい鈍感なサトシ。
あーあ。やっぱり好きだなぁ。
ほんと、これがデートだったら良かったのに。
そんなことを考えながら、私はサトシに微笑みかけた。

「ほんと、美味しいね」


********************


カフェを出た後、自然な流れでサトシが前を歩いてくれた。
また行きたいところがあるのかもしれない。
素直に従ってその背に付いて行ってみれば、またもや意外な建物の前で立ち止まる。
ミアレ映画館である。

「せっかくだし、映画観るか」

この映画館には大型モニターが設置してあり、現在上映中の映画の予告PVがランダムで流れている。
サトシの横でモニターを見上げてみると、現在上映されているものの中で注目作と呼ばれている2作品のPVが流れていた。
カロスだけでなく全国で大ヒットしているエルレイドが主役のヒーローもの。
たしかポケンジャーズというシリーズの最新作だった気がする。
もう一本は、あのカロスチャンピオンのカルネさんが主役を務めているラブロマンス映画。
タイトルはカロスの休日。
こちらは主に女性やカップルに人気のタイトルだ。
正直私としては後者の方が興味があるけれど、きっとサトシは前者の方が好きだろう。
それに、ラブロマンス映画を男女で見るなんてデートじゃあるまいし、ここはポケンジャーズの方が相応しい気がする。

「じゃあ、ポケンジャ・・・」
「カロスの休日の方でいいよな?」
「えっ」

当然のように後者を選んだサトシに、私は思わず言葉を詰まらせた。
あれ?サトシってヒーローもの嫌いだったっけ?
大人になったから趣味が変わったのかしら。
まさかサトシが恋愛映画を好きになるわけもないし。

「いいの?エルレイドの映画の方が好きだと思ったんだけど・・・」
「まぁ好きだけど、カルネさんも出てるし、セレナはそっちの方が好きだろ?」
「うん、まぁね。けどなんか悪いなぁ。さっきから私の好きなものばっかり巡ってるし」
「いいんだよ。セレナが楽しいならそれでいいから」

私がよく知るサトシは、いつも元気で、ポケモンのことしか頭にない、そんな幼い少年だった。
もちろん優しかったけれど、彼の中の優先順位はいつもポケモンやバトルのことばかりが上位を占めていて、たぶん私のことなんて優先順位的には下の方。
それこそがサトシの良いところでもあったから、不満を持ったことは一度もなかった。
でも、今日は何かが違う。
何もかもが私のために用意されていて、私を楽しませるため、喜ばせるためだけにサトシが行動しているように感じる。
これって自惚れ?それともただの勘違い?

こんがらがった頭のままチケットを購入し、映画館に入る。
流石に人気の映画というだけあって、館内はほとんど満員状態だった。
スクリーンに映し出されるのは、カロスの大女優カルネさんと、これまた有名なイケメン俳優。
カルネさん演じる王室の王女様がこっそり城を抜け出して、スクープを狙う新人記者役の俳優と一緒に丸一日ミアレシティで過ごし、その過程で愛が芽生えるという物語だ。
記者役の俳優とカフェでコーヒーを飲むシーンに切り替わり、女王役のカルネさんの心理描写が入る。

《これってデートなの?ううん、違う。だってこの人は私のスキャンダルを狙っているだけのただの新聞記者だもの。デートのつもりなんてないに決まってる》

スピーカーから流れてきたカルネさんの心の声に、私は少し呆れてしまった。
いやいやデートじゃない?
新聞記者の男の人は、王女を楽しませるために彼女が喜びそうなカフェやブティックばかり案内しているし、映画館で一緒に恋愛映画を見ている描写もあった。
なのにこれがデートじゃないというのなら、じゃあ一体何がデートと言えるのか。
相手が自分に好意を寄せるような人じゃないと分かっているから、これはデートじゃないと思い込んで無意識に予防線を張ってるんだわ。
期待だけしておいて、実はそんなつもりなかった、なんてことになったら悲しいから。
新聞記者の方も緊張してたり赤くなってたりしてるし、女王のことが好きなのは明白なんだから大人しくデートだと認めたらいいのに。

そこまで考えて、私はフリーズしてしまった。
あれ、ちょっと待って。
よく考えたらこれって今の私たちと同じじゃない?
私が好きなカフェやブティックを巡って、こうして恋愛映画まで一緒に見てる。
もしかして、やっぱりこれもデートなの?

そっと隣のサトシを盗み見る。
彼はスクリーンに視線を集中させていて、私が見ている事なんて全く気が付いていない。
うん、やっぱり違う。これはデートなんじゃない。
だって相手はあのサトシだし。
この恋愛のれの字も知らないような彼が、私をデートに誘うなんてありえない。
どうせこの後夜から別の予定が入っているとかで、私はその予定のついでに誘われたに過ぎない。
そうに決まってる。
期待しちゃだめよ、セレナ。
期待しすぎるとどうせ別れ際に泣きたくなっちゃうんだから。

再びスクリーンに視線を戻すと、ちょうど女王と新聞記者のキスシーンが映し出されていた。
2人の顔がアップになったロマンチックなキスシーンが映し出され、私は思わず息を詰める。
さっきまで全然違うシーンだったのに、いつの間にこんな甘いシーンに!?
こういうシーン、サトシはどんな顔してみているんだろう。
気になってしまった私は、視線を再びサトシの方へと向けてみた。
すると、彼もほとんど同じタイミングでこちらに視線を向けていて、ばっちりと目が合ってしまう。
キスシーンを前に目が合ってしまうなんて、これ以上恥ずかしくて気まずい場面は思い浮かばない。
即座に顔を逸らすと、サトシもまた同じタイミングで反対側へと顔を逸らす。

あぁまずい。めちゃくちゃ目が合っちゃった。
なにこのラブコメみたいな展開。
よりによってキスシーンの直後に目が合うなんて。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。穴があったら今すぐ飛び込みたい。
ここが薄暗い映画館で助かった。
明るい場所だったら顔が赤いのがバレていたかもしれないから。
一瞬だけ目が合ったサトシの顔が、スクリーンの明かりに照らされて少し赤らんでいたように見えたけれど、きっと気のせいだ。
サトシがキスシーンを見て照れるなんて、そんなのありえない。


********************


映画館を出ると、外は既に暗くなっていて、ミアレの街並みは夜の顔を見せ始めていた。
さて、そろそろいい時間だし、サトシが別の用事を入れているのだとしたらこの辺でお開きかな。
そんなことを考えながらスマホロトムで時間をチェックしてみると、時刻は18時過ぎを指していた。

「セレナ、まだ時間大丈夫か?」
「うん、私は大丈夫だよ?」
「そっか、じゃあ飯いこうか」
「えっ」

再び歩き出そうとするサトシの背中を見つめ、私は思わず立ち止まって驚いてしまう。
だって、もう夜だよ?
夕飯まで一緒に食べたら、サトシの一日が、丸々私に費やされることになるのよ?
用事を入れているのならもう行かないといけないんじゃないの?
立ち止まって目を丸くしている私に気付き、サトシは立ち止まる。

「あ、悪い。嫌だったか?」
「ううん全然!むしろ嬉しい。行きたい!」

“そっか”と言って笑うサトシの頬がほんの少し赤い気がする。
寒いからだろうか。

「でもいいの?この後用事あるんじゃない?」
「用事?俺そんなこと言ったっけ?」
「言ってないけど…。わざわざカロスに来たってことは、大事な用事が別にあって、私に会いに来たのはついでだったんじゃないのかなって思ったから」
「ついで?そんなわけないだろ!俺はセレナに会うためだけにカロスに来たんだから!」
「へ…?」
「あ…」

勢い余って言ってしまったのか、サトシは寒さで赤くなった顔を隠すように口元を手で覆った。
そんな彼の言葉を、私は一瞬飲み込めずに頭の中でぐるぐると考えてしまう。
私に会うためだけに来た?
カントーから飛行機で十数時間もかかるこのカロスまで?
なんで?どうして?
何かのついでとかじゃないの?
というか、どうしてそんなに気恥ずかしそうな顔をしているの?
頬が赤くなっているのは、寒さのせいなんだよね?
別に照れてるとか、ドキドキしてるとか、そういうことじゃないよね?
だってサトシがそんな感情抱くわけないもの。
あの鈍感なサトシが、私を前に緊張したり照れたりドキドキしたりするなんて、絶対にありえないもん。

「と、とにかく、もう行こうぜ。俺腹減っちゃったからさ」
「う、うん・・・」

歩き出したサトシの背に大人しくついていく私。
彼の後ろを歩いている間、何も言えなかった。
ただ自分の足元に視線を落として、今の状況をなんとか冷静に分析しよう頭を働かせる。
でも、どれだけ考えても前を歩くサトシの気持ちなんてわかるわけもない。

そうこうしているうちにサトシの足はとあるレストランの前で止まる。
そこは小さくておしゃれなレストランで、ミアレに部屋を借りている私ですら来た事が無いようなお店だった。
店員に案内され、店内奥のテーブル席へと通される。
木目調の店内は落ち着く雰囲気で、置いてあるアンティークな小物もすごくオシャレ。
メニューを開けば美味しそうな料理ばかりが並んでいて、見ているだけでよだれが出てきそう。
実際運ばれてきたオムライスも、一口食べただけで卵の風味が口いっぱいに広がりすごく美味しい。
こんなにオシャレで美味しいお店がミアレにあったなんて知らなかった。

「こんなにいいところよく知ってたわね。住んでる私でも知らなかったのに」
「カロスに来る前に調べたんだよ。こういうオシャレな店、好きだろ?」

昔から変わらない太陽のような笑顔を見せるサトシ。
そんな彼の顔を見ていると、胸の奥がきゅんとしてたまらなくなる。
私が喜びそうなものや場所を調べて、私に会うためだけに何時間もかけて来てくれて、その上そんな笑顔まで見せてくれるなんて。
やっぱり私、何年経ってもサトシのことが――

「うん、好きだよ」

お店のことも、映画の内容も、お昼に食べた甘いワッフルも、聞かれれば簡単に好きだと口に出せるのに、サトシのことだけはどうして気持ちを口にできないのだろう。
オシャレなお店より、素敵な恋愛映画より、甘い甘いスイーツより、サトシのことが好きなのに。
私の言葉を聞いて、食事をするサトシの手が一瞬だけ止まった気がした。
好きだという言葉に動揺してる?
私じゃあるまいし、そんなわけないか。
再びオムライスに口をつける。
サトシが私のために選んでくれたこの店は世界一オシャレだし、そんなこのお店のオムライスは世界一美味しく思える。
あぁ、サトシと一緒にいるこの時間が、永遠に続けばいいのに。
店の壁に賭けられた時計の針が、また動き出す。
もう19時半。楽しい時間は驚くほどに早く過ぎていく。


********************


レストランを出た私たちは、ただあてもなく街を歩いていた。
ミアレシティには思い出の場所も多い。
カロスリーグの舞台となったミアレスタジアムとか、シトロンとのジム戦が行われたプリズムタワーとか。
いろいろな場所を巡っていったあとで、私たちはいつの間にかとある公園にたどり着いていた。
バトルフィールドが併設されたこの小さな公園は、サトシがシトロンと初めてバトルを行った場所。
サトシが当時ケロマツだったゲッコウガと初めて出会った場所。
そして、私がサトシと最初で最後のバトルをした場所だった。

「懐かしいなぁ、ここ」
「そうね。あの頃と全然変わってない」
「あれから何年になるかな」
「私たちが今年17歳だから、7年かな」
「7年か。そりゃ大人になるわけだよな」
「そうね。サトシ、見た目の雰囲気は変わったけど、中身は全然変わってないから安心しちゃった」
「なんだよそれ。褒めてるのか?」
「褒めてるわよ。そういう明るくて前向きなところが・・・」

好きなんだから。
勢い余って口から滑り落ちそうになるこの言葉を、私は寸前で止めた。
あぁまただ、また気持ちを打ち明ける機会を逃してしまった。
何度だって気持ちを伝えるチャンスはあったのに、いざとなったら怖じ気ずいて逃げてしまう。
こんな風にもたもたしていると、きっといつかサトシは誰かのものになってしまう。
分ってはいるけれど、今の関係を壊したくないばかりにブレーキをかけてしまうんだ。

「セレナ?」

話の途中で言葉を失っている私を不思議に思ったのか、サトシが顔を覗き込んでくる。
時刻は既に21時を回っている。そろそろお別れしなくちゃいけない。
嫌だな。もっと一緒にいたいのに。
でも仕方ないんだ。
私はサトシの恋人でも何でもない。
サトシの時間を拘束する権利なんてない。
そもそもこれはデートでも何でもないんだから、帰りたくないとか行かないでとか、まるで彼女みたいな可愛いセリフも場違いだ。
寂しさをぐっと心の奥にしまい込んで、私は必死に笑顔を浮かべる。
大丈夫、笑顔を作るのはトライポカロンで慣れている。

「サトシ、今日は誘ってくれてありがとうね」
「おう。楽しんでくれたならよかったよ」
「うん。ほんと、楽しかったよ。まるでデートみたいで・・・」

サトシとこうして二人きりで過ごすなんて、何年ぶりだろう。
一緒に旅をしていた頃は二人きりになることもあったけれど、丸一日二人きりでいたなんて初めてだったかもしれない。
楽しい、なんて言葉では片づけられないくらい、楽しかった。
これが本当のデートだったら良かったのに、なんて思ってしまうほどに。
独り言のようにつぶやいた私の言葉を聞いて、隣に立っているサトシが動揺したようにこちらへ顔を向けてくるのが横目で分かった。
あ、もしかして不愉快だったかな。
そう思った矢先、彼の手が私の腕をいきなり強く掴んで引き寄せられる。
何事かと驚いてサトシを見上げてみれば、彼は真っ赤な顔で私を一点に見つめながらこう言った。

「デートみたいってなんだよ。俺は最初からデートのつもりだったんだけど?」
「・・・え?」

聞き間違いだろうか。
デートのつもりだった?そんなまさか。
あのサトシが?鈍感で、恋愛に疎いサトシが?
私が長年片想いし続けているにも関わらず、全く振り向く気配のないサトシが?

「で、デート…?」
「映画見たり食事したり、デートってそういうもんだろ?」
「え、いやっ、あの、これデートだったの?」
「だからそうだって!何回も聞くなよ、傷付くだろ…?」

拗ねたように視線を逸らすサトシ。
相変わらず赤い顔で、ばつが悪そうにしている。
彼のこんな表情を見たのは初めてだった。

「ご、ごめん。だってサトシ、そういうことに全く興味がないんだと思ってたから…」
「俺だってもう17なんだぞ?昔の俺とは違うんだって」
「じゃ、じゃあ、デートがどんなものなのかちゃんと分かってる・・・?」
「あたりまえだろ!? 好きな女の子とふたりで色々出かけたりするんだろ?だからわざわざピカチュウも置いてきて・・・」

そこまで早口でまくし立てると、サトシはぴたりと石のように固まってしまった。
そして、やってしまったと言わんばかりに頭を抱え、肩を落とし始める。

「ああもう!こんな流れで言うはずじゃなかったのに!」

うなだれる、とはまさにこのことだろうか。
悔しがっているサトシを前にしながら、私の頭はパニックに陥っていた。
今サトシ、デートは好きな女の子とするものって言った?
今日のこれはサトシの中でデートとしてカウントされているのよね?
そしてデートの相手は他の誰でもない私。
つまり、サトシが好きな人って、私?

え、うそ。嘘よね?
なにこれ、こわい!どっきり?
このあとユリーカが看板を持って出て来て“どっきり大成功!”とかいうオチじゃないの?
だってサトシだよ?
私が長年片想いし続けたサトシなのよ?
7年前空港で別れ際キスをしてもその後なんの進展もなかったあのサトシよ?
そんなのあり得ないはずなのに、なんでそんなに赤い顔をしてるの?

「もっとちゃんとセリフも考えてきたってのに、はぁ・・・。かっこ悪っ」

信じられないのに、こんなにも悔しそうに肩を落としているサトシを見たら、信じざるを得なくなる。
ピカチュウを連れてこなかったのは私とふたりきりでデートするつもりだったから?
カフェやレストランとか、私が好きそうなお店ばかり選んでくれたのは、デート相手である私を喜ばせるため?
サトシが絶対に好みじゃないような恋愛映画を見ようと言い出したのは、そっちの方がデートに相応しい内容だったから?
時々気恥ずかしそうに視線をそらしていたのは、緊張していたから?

胸の奥がものすごい勢いで締め付けられる。
どうしよう、嬉しい。嬉しすぎて死んじゃうかもしれない。
だったら私もちゃんと言わなくちゃ。
カッコ悪くなんてないって。
これがデートならよかったのにって私も考えてたって。
ずっと前からサトシのことが好きだったって。
私の腕を捕まえていた彼の手を取って、うつむいている彼の顔を覗き込む。

「あ、あのねサトシ!私も、その・・・ずっとサトシのことが・・・」
「あぁっ!セレナちょっと待った!」
「えっ」

手のひらを突き出され、気持ちを打ち明ける前に制止されてしまう。
突き出された手の向こうで、サトシはやっぱり赤い顔をしていた。

「セレナから言われる前に、俺からちゃんと言いなおしたい。今からあそこ行くぞ!」
「あそこって・・・?」

サトシが指さす先にあったのは、ミアレの中心に立っているプリズムタワー
あそこにはシトロンのミアレジムも入っているはずだが、言いなおしたいとはどういうことだろう。

「夜景が見えるところで告白すると成功するって聞いたんだ。今からあそこの展望台に言ってもう一度最初からやり直すぞ!」
「ええっ!?」

どうやらサトシはわざわざプリズムタワーの展望台まで登って、きちんと告白からやり直したいらしい。
彼は昔から妙なところにこだわりがあって、かつ頑固だった。
一度こう!と決めたことは意地でも曲げない性格が、なぜか告白という一世一代のイベントにまで効力を発揮してしまったようである。
けれど、先ほどのやり取りで彼が私のことをどう思っているのか大体察することが出来た。
今から告白をやり直す意味は正直どこにもないのだ。

「い、いいわよそんなの!サトシが私をどう思ってるのかは十分わかったし!私もサトシのことす――」
「だああぁぁ!だから言うなって!せっかく台詞考えてきたんだ。絶対言うからな俺は!それまでセレナは何も言うなよ?」
「なによそれぇ!」

この公園に私たち以外誰も居なくて本当に良かった。
抵抗する私も、そんな私を引っ張っているサトシも、笑ってしまうくらい顔が赤くなっているだろうから。
結局、プリズムタワー前に到着した時には既に展望台の営業時間を過ぎていて、サトシが用意してきたという告白のセリフは最後まで聞くことは出来なかった。
でもまぁ、なんやかんやあって、サトシの彼女になれたんだから、それで良しとしておこうか。


END


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おまけ


「ピカピ・・・」

俺の横に腰かけたピカチュウが、呆れたように俺の名前を呼んでくる。
かれこれ30分もスマホロトムと睨みあっているのだから仕方ない。
画面はセレナの連絡先が表示してあり、通話開始ボタンを押せばすぐに彼女へ通話が繋がってしまう。
でもピカチュウ、ちょっと待ってくれ。
これからセレナをデートに誘おうというのだ。
緊張くらいしてもいいじゃないか。
本日5回目の深呼吸をして、いざ通話ボタンを押してみる。
無機質なコール音が鳴り響き、1コール目が鳴り終わる前に思わず通話を切ってしまった。

「ピカピ!」
「いやしょうがないだろ?いざ電話かけてみたらどういう切り口で誘うか分かんなくなっちまたんだから!」
「ピカ・・・」

誰かをデートに誘ったことなんて、今までの人生で一度もなかった。
しかも相手はセレナだ。失敗は許されない。
がっつかず、大人っぽく、かっこよく、そしてスマートに誘わなければ。
とりあえず息を整えてから・・・。

「ピッカチュウ!」
「ああぁぁ!お前っ」

横にいたピカチュウが不意に飛び上がり、俺が握りしめていたスマホロトムの画面をタップする。
ピカチュウのかわいらしい黄色い手は見事に通話ボタンにヒットし、2回目の通話を繋げてしまう。
まずい、まだなんて言って誘うか決めてないのに!
とりあえず通話を切ろうとした時だった。

『も、もしもし?』

最悪なことに、予想よりもずっと早くセレナが出てしまった。
こうなってしまった以上後には引けない。
俺は慌ててスマホロトムを耳に押し当てた。

「あっ、もっ、せ、セレナか?」

自分でも驚くほどのテンパり具合に死にたくなってくる。
横ではピカチュウが笑いをこらえていた。
まったくピカチュウの奴、後で覚えてろよ。

久しぶりに聞いたセレナの声は昔と何も変わっていなくて安心したけれど、適当に挨拶を交わすとすぐに沈黙が訪れてしまった。
あぁやばい。何か話さなくちゃ。
でも、今思えば俺って、いつもどんな感じでセレナと話してたっけ?
考えれば考えるほどドツボにはまり、何も言えなくなってしまう。
そんな俺に助け舟を出すように、セレナが話題を変えてくれた。

『あ、えっと、今日はどうしたの?』

セレナは戸惑いながらも、本題に斬りこんでいく。
そうだ、言わなくちゃ。
ようやく気付けたこの気持ちを打ち明けるために。
セレナを連れ出さなくちゃ。
煩く騒ぎ立てる心臓を無視して、俺は意を決して話を切り出す。

「来月なんだけど、いつ空いてる?」
『え、来月?うーんと、2週目の土曜日なら空いてるけど…?』
「2週目の土曜だな。分かった。じゃあ、会いに行くから」
『え、会いにって、なん――』
「じゃあそういうことで!11時にプリズムタワー前な!」

まるで逃げるかのように、俺は急いで通話終了ボタンを押した。
通話時間は3分ほど。
それだけで、手が震えた。

「ど、どうしようピカチュウ。俺、ほんとにセレナをデートに誘っちまった・・・」
「ピカッチュウ」

“やったじゃん”なんてこの相棒は呑気に言うけれど、正直俺としてはそんな呑気でいられない。
誘おうと決めてはいたけれど、どこに行くのかも何を食べるのかも決めていない。
そもそも想いを伝えるといってもどんな風に伝えればいいんだ?
いや、その前に何を着ていけばいい?燕尾服とかか?
分からない。青春をすべてポケモンバトルに費やしてきたせいで何もわからない。

「と、と、とにかく誰かに相談した方がいいよな!よ、よしシトロンに・・・いや待てゴウの方がいか?それともデント?タケシは…こういう時は頼りにしない方がいいよな。シンジは…ないな。やっぱりシゲルあたりが無難か?カキやマーマネにも聞いた方がいいか!? いやいやそれともケンジか!?」
「ピカピ!ピーカーチュ!」

小さな体で腕を大きく広げ、ピカチュウは“落ち着いて!”と俺をなだめてくれた。
そうだ。焦っても仕方ない。
まずは一つ一つ課題を解決していこう。
問題は着ていく服、カロスのデートスポット、食事する場所、あとは告白するシュチュエーションだな。
どの問題も、俺が1人で解決できるようなものではない。
そう判断し、俺は自分の持てる人脈のすべてを使ってこのデートを成功させることにした。

そして当日。
飛行機で数時間揺られた末、俺はミアレシティプリズムタワー前に一人で佇んでいる。
肩にピカチュウはいない。今日は留守番だ。
随分と抵抗されたが、必死に頭を下げたら納得してくれた。
帰りにケチャップ風味のポケモンフーズを買って帰らないと根に持つだろうな、あいつ。

帽子を被りなおそうと頭に手を置いて、今日は帽子を被ってきていないことを思い出した。
青いロングカーディガンに黒のブーツ。
今身に着けている物は、すべて今日のために新調したものだ。
何を着ていこうか、どこに行こうか相談しようとして、まずは同性の友人たちに相談してみたのだが、結果は悲惨だった。

まず最初に電話をしたタケシには“愛があればなんとかなる!とりあえず押して押して押しまくれ!”とかなり説得力のないアドバイスをもらい、次に電話したデントは“相手はどんなテイストの子なんだい?サトシが好きになったのならきっといい子に違いないね!是非紹介してくれよ!”と斜め上な言葉を貰った。

ゴウに連絡をしたら“サトシがデート!? 相手はほんとに人間か?”なんて失礼なことを言われるし、最後に電話したシトロンにセレナとデートに行くことになったと伝えたら“うええぇぇ!?”と今までに聞いた事が無いような声量で驚かれた。
おかげでしばらく右耳が聞こえなくなった。

まともだったのは、“ピカチュウは連れて行かない方がいい。相手といい雰囲気になりたいなら身一つで行け”と助言をくれたシゲルくらいだった。

同性の友人たちがことごとく頼りにならなかったため、今度は異性の友人を頼ることにした。
“いつもとは違った服装でギャップ萌えを狙うといいかも!”というハルカ、そして“スタイルが良く見えるブーツを履いていけば万事ダイジョーブ!”というヒカリの言葉を信じて、いつもは着ない服を選んで買って来た。

さらに、“映画を見ればその後も感想を言い合えるから会話が無くなることは無いはずよ!ちなみに絶対恋愛映画をチョイスしなさいよね!”というカスミの言葉を参考に、念のため今シーズン流行っている映画を調べてきた。
カルネさんが出演している“カロスの休日”という映画は恋愛映画のようだし、きっとセレナも気に入るだろう。

“自分の行きたいところばっかり優先しちゃだめだからね?相手が好きそうなお店に立ち寄ること!自分の好きなものばっかりに付き合わせるのは子供がすることよ!”というアイリスのアドバイスもかなり有益だった。
俺はどうしてもポケモン中心にものを考える癖があるから、今日ばかりはセレナを中心に考えなくちゃ。

そして最後に、ユリーカにはミアレシティの隠れた名店をいくつか紹介してもらった。
おかげで食事のために店を探して彷徨う心配はなさそうだ。

「で、告白はここだよな・・・」

すぐ後ろにそびえたつプリズムタワーを見上げ、気合を入れる。
アローラの仲間たちの話によると、告白は夜景が見えるところでするのが一番だという。
夜になったら展望台に上って告白。
うん、完ぺきだ。
せっかく皆に頼んで色々アドバイスを貰ったわけだし、今日は絶対に失敗できない。
まるでポケモンバトルの直前のような緊張感が俺の心を支配する。
すると、ポケットに入れていたスマホロトムがけたたましく着信音を響かせ始めた。
表示されている“セレナ”という名前に、俺の心臓は大きく脈打つ。
もう近くに来ているのだろうか。
スマホロトムを握りしめたままあたりを見渡してみると、すぐそばにいた。
ミルクティー色の髪を揺らしながらこちらを見つめている彼女が。

「あ・・・」
「え・・・」

瞬間、体がかちこちに固まって動けなくなった。
なんだか胸が苦しい。
駆け寄ってくる彼女との距離が縮まるたび、平常だった心が乱されていく。
俺、夜まで耐えられるのかな、この胸の高鳴りに。
笑いかけてくるセレナのかわいらしい顔と声に、俺は一気に自信を失うのだった。

 

 

END