Mizudori’s home

二次創作まとめ

何も知らくていい

【サトセレ】

■アニポケXY

■アニメ本編時間軸

■短編

***

 

これはもはや運命でしかないと思った。
旅の途中で立ち寄った森の中、同じトレーナーの一行に出会った僕は、その中に恋焦がれていた人を見つけてしまった。
ポケモンパフォーマーのセレナ。
つい先日開かれたトライポカロンマスタークラスで、あのカロスクイーン、エルと一騎打ちを演じたただ1人のパフォーマーだ。
惜しくも敗れてしまったけれど、長年トライポカロンを観続けてきた僕にとって、セレナの登場は衝撃的だった。

見ている人々を笑顔にさせる微笑みと、ポケモンたちとの完ぺきな連携、そしてこちらまで踊りだしたくなるような軽快なステップ。
そのすべてが、僕を虜にした。
こんなに実力もあって、それでいて可愛らしい人がいたなんて。

ファンの一人としてその動向を気にしていた僕だったけれど、まさか旅の途中でセレナ本人と会えるだなんて思ってもみなかった。
たぶんこれは神様が僕に与えてくれた最初で最後のチャンスなんだ。
これを機に、セレナとの距離を縮めてやる。


「あ、あの僕、コボクタウンのカイルって言います!君、セレナだよね?」
「え、えぇそうですけど…」
「マスタークラス見てました!あの時のパフォーマンスすごかったです!セレナを生で見れるなんて感激で感激で…!」


詰め寄る僕に、セレナは小さく微笑みながら“ありがとう”と返してくれた。
画面の向こうの存在でしかなかった彼女と言葉を交わせたことは何よりも嬉しくて、思わず舞い上がってしまう。
すると、遠巻きに僕たちを見ていたセレナの同行者の一人がこちらに近付いてきた。
肩にピカチュウを乗せた同い年くらいの彼は、セレナの肩に手を置いて笑いかける。


「こんなに熱烈なファンがいるなんて、流石だなセレナ」


この辺では珍しい真っ黒な髪と茶色い瞳をしたその少年の行動に、僕は少しむっとした。
気安く肩に触るなんて。
こいつはセレナの友達か何かだろうか。
友達とはいえ、一応異性なんだからそんなに気軽にボディタッチするのはどうかと思う。
セレナは嫌じゃないのかな。


「……あの、君は?」
「ん?俺?俺はマサラタウンのサトシ。こっちは相棒のピカチュウ。よろしくな、カイル」


サトシと名乗る少年から差し出された手を、僕は一瞬だけ戸惑いつつも握り返すことにした。
こんなに可愛い女の子と一緒に旅をしているなんて、羨ましい。
セレナに恋焦がれる僕にとって、彼女に気安く触れる男は誰であろうとライバルでしかない。
牽制してやろうと渾身の力でぎゅっと手を握り返してみたけれど、何故だかサトシは涼しい顔をしている。
力には自信があるのに、こんなに握り込まれて痛くないのだろうか。


「あ、そうだ。カイルはこれからどこに行くつもりなんだ?」
「えっ、西の方の街だけど」
「そっか。じゃあ俺たちと同じだな。せっかくだし街まで一緒に行かないか?」


サトシからもたらされたのは意外な提案だった。
この森から街までは少なくともあと2日かかる。
つまり、2日もセレナと一緒にいられるということだ。
セレナに近付くサトシは気に入らないけれど、彼からもたらされた提案は僕にとって都合のいいものだった。


「それいい!ユリーカ賛成!」
「そうですね。旅は大勢の方が楽しいですし」


遠巻きに見ていた他の仲間と思しき二人、金髪に眼鏡の少年と小さな女の子も、サトシの提案を後押ししてくれた。
これに乗らない手はない。
僕はサトシの手を握る力を一層強め、笑顔を浮かべながらうなずいた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


********************


陽が落ち始めた頃、サトシの提案で森の中にキャンプを張ることとなった。
どうやらこのパーティーの実質的なリーダーはこのサトシのようで、一行の行動はサトシの言葉を中心に回っている。
リーダーシップがあるのか、はたまた自己主張が激しいだけなのか、とにかく中心的な役割を担っているサトシはなんとなく鼻についた。
シトロンとユリーカという兄妹は人畜無害で特に気にする必要はない。
気を付けるべきはサトシ一人だけだ。
食事のため折り畳み式のテーブルを出せば、サトシは自然とセレナの隣に腰かけていたし、一行の中でセレナと一番言葉を交わしていたのもサトシだった。


「うわぁ、テールナーニンフィアだ!それにヤンチャムも!こんなに近くで見れるなんて感激だなぁ」


食事の時間になり、一行は手持ちのポケモンたちを出してポケモンフーズを与えていた。
当然、セレナも手持ちのポケモンたちを外に出している。
テールナーをはじめとする、マスタークラスで活躍していた彼女のポケモンたちを前に、僕は心を躍らせていた。
特に見て見たかったのはニンフィアだ。
このニンフィアはステップが素晴らしくて、まるで踊っているかのような独特のステップをステージで披露していた。
是非是非触ってみたい。
思わず手を伸ばすと、近付いてきた僕に気が付いたニンフィアはビクリと体を震わせて走り去ってしまった。
そして、隠れるようにセレナの足元へ避難する。


「あれ?」
「あぁごめんなさい。私のニンフィア、人見知りなの」
「そうなんだ。でもほんの少しでいいんだ。ちょっとだけ撫でさせてくれよ、ニンフィア
「あ、ちょっと…!」


小さくなって震えているニンフィアに、僕は再び手を伸ばす。
怯えているようだけど、きっと大丈夫。
一度撫でてしまえば慣れるはずだ。
僕はポケモンに好かれる方だし、ニンフィアも懐いてくれるに決まってる。
それに、人見知りな自分のポケモンが僕に懐けば、セレナの僕に対する株も上がるだろう。
手を伸ばし、もうすぐでニンフィアの体に触れられるというところで、僕の手は何者かによって掴まれた。


「あれ?カイル、キーストーン持ってるんだな」
「えっ」


僕の手首を掴んできたのはサトシだった。
どうやら右手の手首につけたキーストーンのバングルが気になったらしい。
これはついこの前見つけたもので、まだメガシンカ出来るポケモンを持っていないから実際に使ったことは無い。


「もしかして、メガシンカ出来るポケモン持ってるのか?」
「い、いや、まだゲットしてないけど…」
「なぁんだそうなのかぁ。もしいたらバトルしてもらおうと思ってたのに」


肩を落とすサトシの横で、セレナはニンフィアをボールに戻してしまっていた。
あぁ、まだ僕が触っていなかったのに。
サトシが邪魔をしなければ、ニンフィアを撫でることができた。
もしかしたら、どんなポケモンでも懐いてくれる僕の良さをセレナにアピールできたかもしれないのに。
くだらないことで引き留めるなんて。
僕はサトシに掴まれている手を振り払い、再び自分の席に着く。
視界の端で、セレナがサトシの耳元に口を寄せて何かを言っているのが見えた。
口の動きから察するに“ありがとう”と言っているように見えたけど、何故彼女がサトシにお礼を言っているのか、僕には意味がよく分からなかった。

夕食が終わり、みんな思い思いの時間を過ごしはじめた一行。
シトロンは夕食の後片付けを。ユリーカはデデンネとプニちゃんと呼ばれている緑色の生き物の世話を。
サトシはポケモンたちと特訓を。そしてセレナはテールナーのブラッシングをしていた。
これはチャンスだ。みんながバラバラのことをして過ごしている今なら、セレナとふたりきりになれるかもしれない。
僕はそそくさとセレナの隣に歩み寄り、すぐ横に腰かける。


テールナーの毛並み、綺麗だね」
「ありがとう。毎日ブラッシングしてるおかげね」


セレナの丁寧なブラッシングに、テールナーはうっとりと目をつぶっていた。
近くで見ると、セレナはやっぱりかわいい。
同年代でこんなに綺麗な子は他にいない。
もっともっと仲良くなって、セレナのことを知りたい。距離を縮めたい。
勇気を振り絞り、僕は彼女とふたりきりになる作戦を実行することにした。


「セレナ、よかったらこの後二人で星を見に行かない?」
「星?」
「そう。向こうの丘に星が綺麗に見える場所があるんだ」
「そうなんだ。素敵ね」
「だろ?どうかな、今から二人で…」
「セレナーーーっ!」


遠くからセレナを呼ぶ声がする。
振り返れば、こちらに大きく手を振っているその声の主の姿があった。
またサトシだ。
先ほどまでポケモンたちの特訓に明け暮れていたはずのサトシは、ゲッコウガルチャブルといった彼のポケモンたちに囲まれた状態でこちらを見つめていた。


「どうしたの?サトシ」
「今日、ポフレって作ってたりするか?みんなが食べたいって言ってるんだ」


サトシの言葉に、周りを囲んでいたポケモンたちが“食べたい食べたい”とアピールを始める。
その姿を見たセレナは小さく笑みをこぼし、“今用意するわね”と言って立ち上がり、サトシの元へ駆け寄って行ってしまった。
あいつ、また…!
僕がセレナに近付こうとすると、いつもサトシからの邪魔が入る。
わざとなのか、それとも偶然なのかは分らないが、何とかセレナとの距離を縮めようと奮闘している僕にとってサトシは邪魔な存在でしかなかった。
肩にピカチュウを乗せたサトシをきっと睨みつけてみる。
するとその視線に気が付いたのか、彼は不意に僕の方へと顔を向けてきた。
まずい。目が合ってしまった。睨んでいたのがバレただろうか。
一瞬焦った僕だったが、サトシから全く邪気のない笑顔を向けられたことでその緊張感は和らいでしまった。


「なぁ、カイルも一緒に食べようぜ。セレナのポフレ、めちゃくちゃ美味いんだぜ」


サトシからかけられた言葉に、僕ははっと我に返る。
そうだ。いつだったかのトライポカロンで、セレナは一次審査でポフレを作ったことがある。
そんな彼女のポフレを食べられるなんて、めったにない機会だ。
サトシは気に入らないが、声をかけてくれたことだけは感謝することにしよう。
立ち上がり、急いでサトシとセレナの元へ駆け寄ると、セレナが抱えている小さなバスケットには色とりどりのポフレが並んでいた。


「うわぁ、美味しそう!」
「ありがとう。どうぞ召し上がれ」
「いいの?じゃあお言葉に甘えて…」


一番手前、最も取りやすい位置に並べてあったチョコレートのポフレに手を伸ばす。
すると、そのポフレに触れる直前、セレナから焦ったような声で“待った”がかかった。


「あっ、カイルちょっと待って!ごめんね、そのポフレ、サトシのなの」
「えっ?」


僕が取ろうとしていたチョコレートのポフレを手に取り、セレナはそっとサトシに差し出した。


「この前作った時、これが一番おいしいって言ってたから。サトシ用にまた作ってみたの」
「ホントに?サンキュー、セレナ!これ美味いんだよなぁ」


セレナの手から小さく可愛らしいポフレを受け取ったサトシは、幸せそうな顔をしてかぶりつく。
僕が食べるはずだったポフレなのに。
そんな光景を見ていた他の仲間たち、シトロンとユリーカも、ポフレの匂いにつられて集まってくる。
サトシ用だと残していたあのチョコレートのポフレだけがなくなったバスケットを差し出し、セレナは彼らに“好きなのをどうぞ”と差し出した。
その光景を見た瞬間、僕の胸にちくりとした痛みが走る。
この二人には専用のポフレがないのに、どうしてサトシにだけ作っているんだ?
これじゃあまるで、サトシを特別扱いしてるみたいじゃないか。

セレナに促され、僕はバスケットから改めてポフレを受け取った。
モモンの実がトッピングされた、かわいらしくも食欲をそそる見た目である。
セレナが作ったポフレを食べれるのは嬉しい。
けど、心が晴れない。
モモンの実は好物のはずなのに、横からサトシによって掻っ攫われてしまったあのチョコレートのポフレの方が美味しそうに見えるのは何故だろう。


「美味いか?ピカチュウ
「ピカピッカァ」


貰ったポフレを半分に割り、肩の上のピカチュウに与えているサトシサトシの姿に、僕は無性に腹が立った。


********************


夜。
僕はサトシやシトロンと同じ男子用のテントで眠っていた。
寝袋は元々自分で持っていたものがあるし、特に不自由はなかったけれど、いつも一人きりで寝ているせいか誰かのすぐ隣で寝ころぶのは少し居心地が悪く感じてしまう。
いつの間にか目が覚めて周りを見渡してみると、右隣で眠っていたはずのサトシの姿が無かった。
サトシの寝袋の奥では、シトロンが規則正しい寝息を立てている。
トイレにでも行ったのだろうか。
何となく寝苦しさを感じた僕は、テントから出てあたりを散歩することにした。

林の中を歩きながら思い浮かべていたのは、やっぱりセレナの顔だった。
この調子でいけば、明日の夕方には目的地の街に到着するだろう。
そうなれば、きっとセレナともさよならだ。
それは惜しい。
もっと一緒にいたいし、できれば一緒に旅がしたい。

聞くところによると、サトシの目標はカロスリーグに出場することらしいし、トライポカロンに出場し続けているセレナとは旅の目的が大きく異なっている。
僕が旅をしているのは、各地で行われているトライポカロンを生で見るためだ。
同じくトライポカロンの開催地を巡っているため、例の大会を目指しているという意味では彼女と僕の目的は一致する。
ならば、全く違う目的を持っているサトシなんかと一緒にいるよりも、僕と一緒に旅をした方が断然いいはずだ。

明日、夜が明けたら一緒に旅をしようと誘ってみようか。
出会ったばかりの僕相手に首を縦に振ってくれるかはわからないけれど、セレナと過ごせる時間は残りわずかだし、チャレンジしてみる価値はある。
何より、セレナがこれ以上あのサトシと一緒にいるところを見たくない。
他の誰かならともかく、あんなに子供っぽくて、空気も読めなくて、ポケモンのことしか頭にないような奴に、セレナを渡したくはない。
勝負は明日。
たとえ断られても、押せ押せで粘ればきっと…。

そんなことを考えている間に、僕はいつの間に開けた丘にたどり着いていた。
この丘から見える星空は絶景で、昼間セレナを誘おうとしていた場所はずばりここだった。
あの時サトシに邪魔されていなければ、二人きりでここに来られたかもしれないのに。

ふと周囲を見渡してみる。
すると、丘の上に立った一本の巨木のそばで、ニンフィアヤンチャム、それにテールナーが寄り添いあって居眠りをしているのが見えた。
サングラスをかけているヤンチャムを見るに、恐らくあればセレナのポケモンたちだろう。
どうしてこんなところに?
移動しながら覗き込んでみると、茶色いロングブーツを履いた白く茶色い足が、巨木の影から覗いて見えた。
間違いない。セレナだ。この巨木の影に、セレナがいる。
そうか、星が綺麗な場所があると昼間僕が言ったから、一人でその場所を探してここにたどり着いたんだ。
なんだ、そういうことなら僕も誘ってくれれば良かったのに。

跳ねる心抑えながら、僕は巨木の影に回り込む。
ニンフィアたちと一緒に、巨木に寄りかかって一人居眠りをしているに違いない。
そう思い込んでいた僕は、視界に飛び込んできた光景に頭が真っ白になった。
確かにそこにセレナはいた。
瞼を閉じ、小さく口を開け可愛らしい寝顔を晒しながらすやすやと夢を見ている。
だが、そんな彼女の頭は、隣に腰かけている一人の男の方にもたれかかっていた。
サトシである。
彼の膝の上では、同じようにピカチュウが寝息を立てていた。
一人起きていたらしいサトシと視線が合う。
その瞬間、サトシの口元に小さく笑みが浮かんだように見えた。


「あぁ、カイルか。どうした?眠れないのか?」


眠っているセレナやポケモンたちに配慮しているのか、小さな声で問いかけてきた。
だが、そこ声はいつもより低く、それでいて妙に楽し気に響いた。
気のせいだろうか、彼の表情が昼間の明るいものとは違う。
まるで月明りに照らされた彼笑みが、嘲笑に見えてしまう。
僕は思わず言葉を詰まらせた。
だが、ここで黙り込んだら負けだ。平静を装わなくちゃ。


「な、なにしてるの?こんなところで」
「あぁ。ちょっと外を散歩してたらたまたまセレナに会ってさ。パフォーマンスの練習してたんだ」
「練習?こんな夜中に?」
「セレナはそういう娘なんだよ。いつもみんなの見てないところで努力してる」


僕から視線を外し、サトシは自分の肩にもたれかかって寝息を立てているセレナに視線を向ける。
その視線や微笑みはやけに優しくて、先ほどまでの怪しげな笑顔とは正反対だった。
この慈しみに満ちた顔も、昼間には見せなかった顔だ。
まるでセレナのことを全て分り切っているかのような物言いは、僕をただただ苛立たせる。
寝る前にシトロンが教えてくれたが、サトシたちはカロスリーグに出場するために数か月前に旅を始めたらしい。
だとしたら、君だってセレナと出会ってからそう長くは経っていないはずだ。
どうしてそんな、昔から知っている、みたいな言い方が出来るんだ。


「休憩がてら暫く二人で話してたんだけど、さっき寝ちゃったんだ。最近野宿ばっかりだったし、マスタークラスも終わったばっかりだから疲れが溜まってたんだろうな」
「そんな。じゃあもっと早く言ってくれれば良かったのに」


昼間のセレナは、居眠りをしてしまうほど疲れが溜まっているようには見えなかった。
明るく元気に振舞っていたし、疲れを感じさせるようなそぶりは一切なかった。
もし昼間のうちに言ってくれていれば、休憩の回数も増え、結果的に街に到着するのが遅くなったかもしれない。
そうなれば、セレナと僕が一緒にいられる時間も、必然的に長くなっただろう。
もっとちゃんとセレナを観察して、休憩を提案すればよかった。
そんな後悔を抱いていた僕に、サトシは再びあの嘲り笑うような笑顔を見せながら言った。


「セレナは強いから、疲れてるところとか見せたがらないんだよ」


背中から腕を回し、自分に寄り添うセレナのミルクティー色の髪を撫でながら、サトシは低くくぐもった声で言う。


「俺以外には」


馴れ馴れしいサトシの行動にイラつきを覚える前に、彼から恐ろしい言葉を投げつけられた。
こちらをまっすぐ見上げるサトシの目には、光が無い。
その真っ黒に染め上がった瞳の奥からは、感情が全く読み取れなかった。
だが、これだけは分かる。牽制されたのだ。
彼女にとって、自分は特別な存在だ。だから近づくな、と。
昼間、サトシにだけ特別にポフレを作っていたセレナ。
彼女の行動は、単に仲間の一人へ好物を作っただけの、裏なんて何もないただのやさしさだと思いたかった。
だが、それは違うのだと他でもないサトシから突き付けられてしまった。
彼は自覚しているのだ。彼女にとって自分が特別な存在であるということを。
そして彼女の隣も、他の誰かに譲る気は無いのだ。
それが分かった途端、僕は全身から力が抜けていった。
この二人の間に、僕が入り込む隙なんてない。


********************


“急用を思い出したので先に行きます。昨日はありがとう”

そんな手紙をシトロンがテントの中で発見したのは今朝のことだった。
テントの外から漏れ出る朝の陽ざしで目が覚めると、隣にはサトシの姿もカイルの姿もなく、カイルが眠っていたはずの場所にはそんな置手紙が置かれていた。
夜のうちに出て行ってしまったらしい。
別れの挨拶はきちんとしたかったなと、シトロンは一人残念な気持ちを抱きながら肩を落とす。
すると、突然テントの出入り口が開き、いつの間にか寝巻からいつもの服に着替えたらしいサトシが顔を覗かせた。


「ようシトロン。おはよう」
「おはようございます。サトシ、今朝は随分早いですね」
「あぁ、まぁな」


サトシは寝起きがいい方とは決して言い難く、一行の中でも最年少であるユリーカの次に遅く起きてくることが多い。
無論、毎朝シトロンの方が速く目覚めるのだが、今日は何故かサトシの方が先に目が覚めている。
しかも既に着替えまで済ませているとは驚いた。


「サトシ、カイルなんですが、こんな置手紙を残していなくなっていました。先に行ってしまったみたいですね…」


カイルが横になっていた場所に置かれた紙を差し出すと、サトシはちらっとその手紙に目を通す。
そして、驚く様子も悲しむ様子もなく、“ふーん”と頷いた。


「そっか。まぁしょうがないよな」


そのあっけらかんとした返答に、シトロンは少し驚いてしまった。
彼は明るく前向きな性格ではあるが、人一倍友達想いなところがある。
たった一日とはいえ一緒にいたカイルが突然いなくなれば、きっと驚くか悲しむだろうと踏んでいたのだ。

随分とドライな反応に少々違和感を感じながらも、まぁ一日だけしか一緒にいなかったわけだし、そんなものかとシトロンは自分を納得させた。
普段着に着替えテントの外に出ると、既にセレナがテーブルの用意を始めていた。
セレナもすでに起きていたのかと驚きながら、急いで朝食の準備を開始する。
後になって起きてきたユリーカと一緒に、セレナへカイルからの手紙を見せると、やはり二人とも驚いていた。
特にセレナは他の三人よりも多くカイルと会話をしていたため、その驚きも人一倍大きかったようである。


「カイルいなくなっちゃっとのー!? つまんなーい!もっと遊びたかったのにー!」
「そうね…。またどこかで会えるといいわね」


肩を落とし、寂しそうなそぶりを見せるセレナとユリーカ。
2人の様子をテーブルに腰かけ見ていたサトシは、膝の上に座らせているピカチュウの頭を撫でながら口を開いた。


「まぁ、旅は別れと出会いの連続だからな。またきっと会えるよ」


サトシのそんな一言を最後に、カイルの話題は幕を閉じた。
朝食をとり終わり、一行は再び西の街目指して出発する。
前を歩くシトロンとユリーカの背に少しだけ距離を取りながら、セレナはサトシの隣を歩いていた。


「ねぇサトシ、昨日はごめんね。なんか眠っちゃったみたいで…」
「気にすんなって。疲れが溜まってたんだろ?」
「うん、ちょっとだけ…。でも、シトロンやユリーカには内緒にしておいてくれる?あんまり心配かけたくないから」
「分かった。けど、あんまり無理すんなよ?辛くなったらすぐに言ってくれ」
「うん。ありがとう、サトシ」


前を歩くシトロンやユリーカに聞かれないよう、小声で話すセレナに合わせ、サトシも小さな声で返答する。

昨晩、セレナはこっそりとパフォーマンスの練習をしていた。
たまたまそこに現れたサトシと休憩がてら巨木に寄りかかりながら話しているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
目が覚めると既に空は白んでいて、すぐ近くにサトシの顔があった。
サトシの肩に寄りかかりながら眠っていたのだと分かると、顔から火が出そうになるほどの恥ずかしさが襲ってくる。
自分が起きるまで座った体制のままでいてくれたサトシのやさしさに胸を暖かくしながら、二人は他のポケモンたちが起きるのを待ってこっそりテントまで戻ったのだ。


「あ、そういえば…。私が寝ぼけていただけなのかもしれないんだけど…」
「ん?」
「サトシ、夜誰かと話してなかった?」


霧のようにぼやける意識の中、セレナはすぐ近くでサトシが誰かと話しているような声を聞いていた。
具体的な会話の内容も、誰と話していたのかすらわからない。
けれど、頭に響いてくるサトシの声はいつもより低く、なんだか少し怖かった。
もしかしたらただの夢だったのかもしれない。
曖昧な記憶をもとに問いかけてみれば、サトシはいつも通りの笑顔を浮かべながら言い放つ。


「いや。誰とも話してないぜ」
「そっかぁ。そうよね。気のせいよね」


そう言って、セレナはシトロンとユリーカに追いつくため走り出す。
ユリーカの隣に立ち、笑顔で会話に混ざるセレナの背を見つめながら、サトシはズボンのポケットに手を入れる。
早朝、シトロンが起きる前にテントの中で見つけ、乱暴に丸めてポケットへ押し込んだ一枚の手紙。
それを広げ、再び文字を目で追ってみる。


セレナへ
1枚目の紙に書いた通り、僕は先に行きます。
ただその前に、君に気持ちだけは伝えたくて手紙を書くことにしました。
セレナ、僕は君が好きです。
迷惑かもしれないけれど、この気持ちだけは知っておいてほしかった。
これからも一人のファンとして君を応援し続けます。
パフォーマンス、頑張って。
カイル

丁寧な字で書き綴られたその手紙を、サトシは再びくしゃくしゃに握りつぶした。
気持ちだけは知ってほしいだなんて、そんな勝手な願望を叶えてやる義理はない。
今後華々しい道を歩むはずのセレナにとって、そんな好意は重荷でしかない。
セレナは、何も知らなくていいんだ。


END