【サトセレ】
■アニポケXY
■新無印時間軸
■短編
***
リサーチフェローの仕事は、ゴウの想像以上に多忙を極めた。
カントー圏内はもちろん、他の地方を跨いでポケモンたちの調査を行うこともある。
遥々このホウエンにやってきたのも、その調査の一環。
色違いのポケモンばかり出現するという小さな森の生態調査にやってきたサトシとゴウ。
いつもは互いの相棒であるピカチュウとラビフットだけを伴い、2人と2匹で調査を進めるのだが、今回だけは別の同行者がいた。
「ちょっとワンパチ、あんまり急がないで……!」
森の地面に張り巡らさた太い木々の蔦たちに足を取られ、バランスを崩しながら歩くコハルは、はしゃぎつつ前を走るワンパチを引き止める。
普段は調査に着いてくることは無いサクラギ博士の娘・コハルだったが、今回は父から“たまには外で学んでおいで”と、半ば叩き出される形で2人について行くことになってしまった。
性格上、サトシやゴウと違ってアクティブとは程遠いコハルは、内心興味もないリサーチフェローの仕事にあまりいい顔をしていなかったが、両脇を固める少年ふたりが彼女の手を取り、強引に連れ出すものだから抵抗など出来るわけもない。
散歩気分で遥々やってきたワンパチと共に、色違いのポケモンを探してこの険しい森の中を進んでいるという状況なのだ。
まるで気分が乗らないコハルの心情を知ってか知らずか、数歩先にいる幼なじみのゴウはスマホロトムを弄りながら周囲を見渡している。
コレクター気質の強いゴウのことだ。
きっとこの森に生息しているであろう色違いのポケモンたちを大量にゲットしてやろうと息巻いているのだろう。
その証拠に、今日のゴウはいつも以上に張り切っている。
そろそろ疲れがピークに来ているコハルを全く気にかける気配がないほどに、ポケモン探しに夢中なのだ。
まったく、少しは気遣ってくれたっていいのに。
内心文句を垂れるコハルだったが、言い争いになるのは面倒だったため、あえて口には出さなかった。
疲労に心がすり減っていくコハル。
全くそれを気にしないゴウへの小さな怒りとともに、彼女はひとつの疑念を抱いていた。
それは、ゴウとコハルの数メートル後ろを歩くサトシである。
彼もまた、ゴウ以上にポケモンに強い関心を持つ少年。
色違いのポケモンたちが多くいるこの森にいれば、はしゃぎ騒ぐのは容易に想像できる。
しかしながら彼は、珍しく冷静で落ち着き払っていた。
その理由は、おそらく…。
「大丈夫か?セレナ」
「うん。ありがと、サトシ」
太く大きな蔦を乗り越えるため、少女に手を貸すサトシ。
セレナと呼ばれたその少女は、伸ばされたサトシの手を握り、バランスを取りながら歩みを進める。
サトシもまた、そんなセレナを気遣いながら手を強く握り、まるでエスコートしているかのように隣にピタリと着いていた。
彼女、セレナとは今日初めて会った。
ホウエンに到着した途端、サトシがスマホロトムで通話しながら“えっ、ホントに!?”と驚いた声をあげ、通話を切るやいなや、“昔の仲間が同じ街にいる。少し会いたい”と言い出したのは今日の午前中のこと。
昼前頃にポケモンセンター前で待ち合わせたその“昔の仲間”というのが、こんなにも可愛らしい女の子だったとは、ゴウもコハルも思っていなかった。
サトシの名前を呼びながら駆け寄ってきた少女、セレナの頬が少しだけ赤く染っていたことを、コハルは見逃さなかった。
色々と話しているうちに、今回の色違いの森での調査にセレナも同行することになり、4人で森に入ったのは1時間ほど前。
彼女に会ってから今に至るまで、サトシはまるで別人のようであった。
それまでは、移動中の船の上でゴウと共に色違いのポケモンたちに早く会いたいと興奮していたが、セレナが来た途端、急に精神年齢が5歳ほど上がったように見える。
子供っぽい落ち着きのなさは消え、妙に冷静で優しく、そして紳士的。
特にあのセレナという少女に対しては、それが如実に現れる。
大きな水たまりがあれば必ず手を貸し、行く手に段差があれば気をつけるよう声をかけ、そして定期的に“疲れていないか”と問いかける。
幼なじみであるゴウとは違い、サトシは少し前に出会ったばかりで、彼の全てを知っているかと問われればそんなことは無い。
だが、少なくとも今日のサトシは普段とは違う。
その要因が、あのセレナであることは確かだ。
そういったことに鈍いゴウはまるで気にしていないようだが、コハルの目には明らかだった。
あのセレナという少女。
サトシは“昔の仲間だ”と言っていたが、本当にそうだろうか。
そんな疑問が、疲労とともにコハルの中で渦巻いていた。
「おーいサトシ!何やってるんだ?早く来いよ!」
「あぁ!悪い悪い!」
前方にいるゴウに促され、サトシはコハルを追い抜いてゴウの元へと走る。
地面では複雑に蔦が絡み合っていて歩きにくいというのに、全く躓く事無くヒョイヒョイと走っていく後ろ姿は、いつものサトシそのもの。
あんなに早く進めるなら、いつまでも後ろの方でゆっくり歩いていないで、ゴウと一緒にさっさと進めばよかったのに。
足元に視線を落とせば、ワンパチが急かすように吠えている。
足が短いというのに、この子もよく転ばないな。
そんなことに感心していると、後ろから鈴の音のような声がかけられた。
「その子、可愛いわね」
「えっ」
「ワンパチっていうんだっけ?コハルに懐いてるのね」
「あ、うん。そうみたい」
短い足で低くぴょんぴょんと飛ぶワンパチを抱き上げると、尻尾をこれでもかと言うほど振り回し、嬉しさを爆発させる。
そんな姿に“可愛い”とつぶやき、セレナは細い指でワンパチの頭を優しく撫でた。
セレナの笑顔を間近で見つめ、コハルは何となく察してしまった。
サトシがわざわざ後ろをゆっくり歩いていたのは、セレナに歩調を合わせていたからなのかもしれない。
あのポケモンにしか興味がなさそうなサトシがそこまで気遣うこのセレナという少女は、もしかすると……。
「セレナって……」
「ん?」
「サトシと付き合ってるの?」
「………え?」
「サトシの彼女なの?」
「えええぇぇぇぇぇ!?!?!?」
セレナの叫びは、木々がおいしげる森の中で大きく木霊した。
当然、前方にいたサトシとゴウにも聞こえていたようで、驚いたように背後を振り返ってセレナとコハルに視線を向けている。
だが、そんな2人以上に驚き慌てふためいているのはセレナの方だった。
なぜそんなに慌てているのか理解出来ていないコハルとは対照的に、大いに焦り散らしながらも声を押え、セレナはヒソヒソとコハルに抗議する。
「な、なんでそんなこと……」
「だってサトシ、セレナのこと凄く気遣ってるし、妙に優しくしてるから」
「そ、そうかな……。でも私たち、別に付き合ってなんて……」
「そうなんだ。じゃあ、サトシがセレナのこと好きなだけなのかな」
「そ、そ、そ、それはもっと違うと思う!」
「どうして?」
「どうしてって……」
コハルは知るよしもなかった。
セレナがどんなに手を尽くしても、サトシの愛情がポケモンから逸れ、自分に注がれることは無かったということを。
セレナにとってサトシは手の届かない存在であり、送り続けている熱視線は一方通行でしかないということを。
サトシがセレナを気遣っているとすれば、それは単にサトシが優しいからでしかない。
それ以外の理由や背景はないのだ。
現に彼は、セレナと再会したその時、全く顔色を変えずに微笑んできたのだから。
別れ際、あんなことがあったのに平然としていられるのは、彼がセレナをまるで意識していない証拠と言えた。
だが、そんなことを馬鹿正直にコハルに話したところでどうにもならない。
なんと弁明すればいいかと戸惑っているうちに、前方にいる意中の相手から声が掛かっていた。
「2人ともどうしたんだー?早く行こうぜー!」
サトシの声に我に返ったセレナは、視線をコハルから前方のサトシに向ける。
首を傾げているピカチュウを肩に乗せたサトシと、キョトンとしているゴウ、そして退屈そうにしているラビフットが遠くに見えた。
モタモタしている間に、彼らは随分先に行ってしまっていたらしい。
そもそもこれはサトシとゴウのリサーチフェローとしての仕事として来ているのであって、以前のように旅の寄り道ではないのだ。
無理を言って着いてきている身分で、これ以上立ち話をして迷惑をかける訳には行かないと判断したセレナは、大声で“今行く!”と返事をすると、再びコハルに視線を向け、その耳元で囁く。
「と、とにかく、私とサトシはそういうのじゃないから……」
「ふぅん」
逃げるようにサトシたちの元へと駆け寄っていくセレナ。
彼女は必死に否定していたが、それでもやはり、ふたりが“ただの仲間”であるという言い分には違和感が残る。
確かに、彼女の言う通り付き合ってはいないのかもしれない。
けれど、二人の間には言葉では形容しがたい空気が流れている。
その正体は、ただの仲間内では決して醸し出すことが出来ない桃色の空気感。
“何も無いなんて嘘だ”と問いただすのは簡単である。
けれど、コハルにはセレナを問いただす理由などどこにも無かった。
「私には関係ないか」
サトシと出会って数ヶ月。
セレナに関してはまだ1時間ほどしか経っていない。
関係の浅い2人の間柄など、コハルから見れば興味のないことだった。
特にセレナに関しては、やけに可愛くてオシャレでスタイルも良くて、何よりしっかりしている印象が強い。
会って数分後に語られたポケモンパフォーマーになりたいという夢も、とても立派な志だ。
同い年とは思えないほどに自立した彼女に、コハルはとっつきにくさを感じていた。
走り去ってしまったセレナを追いかけるように、コハルもワンパチを抱えたまま歩き出す。
とにかく今日は、さっさと色違いのポケモンを見つけ出して早く帰りたい。
その一心だった。
***
数分後。
森の中を歩いていた一行だったが、先頭を歩いていたゴウの“いた!”という叫びで、全員の意識がゴウへと集中した。
何かを見つけた様子のゴウは、突然森の出口に向かって走り出す。
それを追うサトシとセレナ。そしてコハル。
疲労した体に全力ダッシュはきついものがあるが、それでも後を追わなければはぐれてしまう。
蔦に足を取られながら走った先は、木々を抜けた崖の上。
広い空がよく見える場所だった。
「うわぁ……すげぇ!」
「綺麗ね……!」
青い空いっぱいに広がるのは、森から飛び立つたくさんのアゲハントの姿。
しかもただのアゲハントではない。
飛んでいるアゲハント全てが、色違いであった。
こんなに沢山の色違いポケモンが見れるとは、サクラギ博士からもたらされた情報は真実だったらしい。
普段はあまりポケモンに関心を持たないコハルも、この珍しく美しい光景に目を奪われていた。
「よし!早速ゲットだ!」
色違いのアゲハントたちに見とれていたコハルたちのすぐ横で、ゴウはモンスターボールを構えていた。
やはりゴウは、調査目的とはいえ色違いのポケモンたちをゲットしようと考えていたらしい。
どこからか取りだしたモンスターボールを大きく振りかぶり、勢いよく投げ放ったゴウ。
しかしながら、空を飛ぶ多くのアゲハントたちにそのボールが届くことはなく、虚しく崖の下へと落ちていった。
「そんな……」
「飛んでる相手に届くわけないじゃない」
「ならもう1回……!」
「やめなさいよ。それより、調査はどうしたの?」
「あ!そうだった!写真撮らなきゃな……」
懲りることなくもうひとつのボールを取りだしたゴウを諌めたコハル。
父がせっかくゴウに依頼した仕事を無下にすることは出来ない。
コハルの言葉にようやく頷いたゴウは、モンスターボールをを仕舞い込み、代わりにスマホロトムを取りだした。
カメラ機能を起動させ、アゲハントに向けて構えると、すかさずシャッターを切る。
これだけたくさんの色違いアゲハントをカメラに収めれば、調査完了と言っていいだろう。
なんとか仕事を終えることが出来た事に安心したコハルは息をつき、安堵に肩を落とした。
「まったくもう……ゲットすることしか頭にないんだから」
「仕方ないだろ?色違いのアゲハントなんて滅多に見れないんだから」
「色なんて別に何でもいいじゃない。同じアゲハントなんだから」
「良くないって!レアなんだよ!わかんないかなぁ」
「全然わかんない」
図鑑に乗っている模様と色合いが少し違うことは理解できるが、だからこその希少性など、ポケモンにそこまで興味を持っていないコハルには理解出来るわけもなかった。
飛び立つアゲハントたちを、目を輝かせて見つめるゴウと、対照的にぼうっとその様子を見つめるコハル。
アゲハントに視線を向けたまま、2人の間でちょっとした口論が展開された。
そんな幼なじみ2人のやり取りに、セレナは小さく笑みをこぼす。
彼らの口論が、かつて一緒にカロスを旅したミアレの兄妹に似ていて、何となく微笑ましかったのだ。
「ねぇサトシ。あの二人ってただの幼馴染なの?」
「ん?どういう意味だ?」
「付き合ってるの?あの二人」
本人たちはただの幼馴染と言ってはいるが、彼らを取り巻く空気は“ただの仲良し”と言うには妙に浮ついていた。
2人が並ぶとしっくりくるというか、お似合いというか、そんな空気が漂っている。
少なくともゴウやコハルとは自分より付き合いがあるはずのサトシに耳打ちして聞いてみるが、鈍感な彼は全く意に介していない様子。
“付き合っている”という単語の意味すら、サトシの辞書には載っていないようだ。
首を傾げるサトシに、セレナはもう一度別の言葉で聞いてみることにした。
「えっと、恋人同士なの?」
「恋人!?ゴウとコハルが!?」
「え!?」
「はっ!?」
セレナの問に、サトシは思わず大声で復唱してしまう。
そのせいで、当の本人たちであるゴウとコハルにも聞こえてしまっていたらしい。
あまりにも頓狂なサトシの言葉に、2人は過剰に反応した。
「な、なんの話ししてんだよ!」
「恋人って……」
「あ、ごめんなさい。2人とも仲が良いみたいだったから、もしかしたらって」
男女の幼馴染とは、不本意ながらからかいの対象になることが多い。
それはゴウとコハルも例外ではなかった。
からかわれることなど慣れているはずなのに、大きくなるにつれて胸が高鳴るようになってしまったのは何故だろう。
セレナの言葉に顔を見合わせるゴウとコハル。
しかし、コハルは何となく気まずくなって、ゴウの視線から顔を逸らしてしまった。
「確かに2人とも仲良いよな。まぁ、俺とセレナだって負けてないけどな。な?セレナ」
「えっ!?」
まさか自分に話を振られると思っていなかったセレナは面食らう。
しかも、今さっきまで恋愛関係にあるのではないかと疑っていた男女と仲の良さを張り合おうなど、まるで自分たちもそういう関係にあるかのように匂わせてしまっている。
もちろん、そんなサトシの言葉にコハルが違和感を感じないわけもない。
「え、じゃあやっぱりサトシとセレナって付き合ってるの?」
「えぇっ!? さ、サトシに彼女!?」
コハルやセレナほど、色恋ごとに興味関心はないゴウだが、サトシというポケモン一筋な少年が、愛だの恋だのという言葉に縁がないことは彼にもわかる。
そんなサトシに、セレナという彼女がいるなど、にわかには信じがたかった。
驚くあまり固まってしまうゴウだったが、そんな彼の様子が不可解だったのか、サトシは眉をひそめながら首をかたむけている。
自分たちの仲を誤解されることに悪い気はしないが、事実では無い以上誤解は解かなければならない。
頬を赤く締めながら、セレナは焦りつつ否定の言葉を口にした。
「ち、違うの!私たちそういうのじゃ……」
「違うってなんだよセレナ。俺たちきちんと仲良いだろ?キスだってした仲だし」
「「キスぅ!?!?」」
サトシからもたらされた衝撃的な事実に、ゴウとコハルは声を揃えて狼狽える。
あまりに大きな声だったため、周囲の木々に留まっていたスバメたちが一斉に飛び立ち、サトシの肩にいたピカチュウが身体をびくつかせて地面に落ちてしまう。
まさかサトシの口から“キス”などという甘い単語が出てくるとは思わなかった。
しかもその相手が、目の前にいるセレナとは。
コハルに関しては、サトシとセレナがただの仲間であるとは思っていなかったわけだが、まさかキスまで済ませているとはさすがに思わなかった。
ゴウ以上に恋愛事への関心が薄いサトシが、ゴウ以上に経験を積んでいるなど信じ難い。
しかし、その事実を裏付けるかのように、セレナが盛大に慌てふためいた。
「ちょっとサトシ……!」
「ほらしただろ?別れる時に空港のエスカレーターで。あの時は嬉しかったぜ。キスなんて相当仲良くないと出来ない事だしな」
セレナとは違い、やけに落ち着き払っているサトシ。
どうやら彼は、その鈍感さゆえに勘違いをしているらしい。
彼の中でのキスとは、仲の良い友人がするスキンシップの最高峰といったところだろうか。
もちろん、その認識は世間とのズレがある。
セレナは友人として彼に口付けたわけでは決してない。
同じく大切な友人である異性、シトロンとは、天地がひっくりかえってもキスをすることなどないだろう。
セレナがそんなことをする相手はこの世界でただ1人。
マサラタウンのサトシ以外ありえないのだ。
だが、その事実を口で伝えない限り、鈍感なサトシにセレナの本心が伝わるはずもない。
「い、いや……あれはそういうつもりでしたわけじゃ……」
「ん?じゃあどういうつもりでしたんだ?」
「そ、それは……」
無垢で純粋な質問が、容赦なくセレナに襲いかかる。
真っ直ぐすぎる質問は、セレナを戸惑わせた。
このタイミングで、“好きだから”なんて恥ずかしいことをぬけぬけと言えるわけもない。
けれど、本心を言わなければならない空気が、そこにはあった。
まさに崖っぷちに追いやられたセレナの胸は高鳴る。
ずっと心に秘めていた真意が、固く閉ざされた口から飛び出ようとしてこない。
セレナの言葉を待つように見つめてくるサトシの瞳。
その視線が、セレナを酷く焦らせた。
どうする?言うべきか、誤魔化すか。
戸惑うセレナの焦りを打ち払うかのように、すぐ横から“パンっ”という手を叩く音が響いた。
「はい!この話はここまで。もうすぐ日も暮れるし、早く帰ろう」
「あ、あぁ、そうだな」
コハルの隻手によって、緊迫しつつも甘い空気感は破られ、4人を取り巻く空間が現実へと引き戻される。
コハルは強引にセレナの手を取り、ゴウとサトシを置いてグイグイ先へ進む。
そんなコハルの言葉に同意したゴウは、未だキョトンととぼけているサトシを促し、彼女たちの後を追うように歩き出した。
「おいサトシ。後できちんと説明しろよ? どんな流れでしたんだよ。というかどこにされたんだ?ほっぺか?それともまさか……」
「ご、ゴウ……?」
興味津々な様子で耳打ちしてくるゴウの勢いに引き気味のサトシ。
色恋の気配など一切なかったサトシの衝撃的な事実に、流石のゴウも興味を抑えきれないらしい。
ヒソヒソと話す背後の男子たちの会話を背中で聴きながら、セレナは未だ自分の手を引いて足早に歩いているコハルに声をかけた。
「あの、コハル。ありがとう。私……」
「やっぱり、サトシとはただの仲間じゃなかったんだね」
「えっ」
コハルのおかげで窮地を脱することが出来た。
お礼を言うセレナだが、その言葉に対する返答はなく、コハルは歩みを止めようとはしない。
そして、セレナにしか聞こえないほどの小さな声で囁いた。
「好きなんだね、サトシのこと」
振り返ったコハルは、いたずらな笑みを浮かべていた。
図星をつかれたセレナは一瞬だけ戸惑ったが、目を伏せ、頬を染めながら小さく頷く。
鈍感すぎるサトシのあの言葉と、セレナのあの焦りよう。
普通なら察しがつくだろう。
セレナの心はサトシに向けられ、別れ際にキスを贈ったが、彼の鈍感さゆえに空振りに終わってしまった。そんな所だろう。
そしてその指摘は、やはり当たっていたようだ。
赤い顔でしおらしくなっているセレナは、コハルと同じ10歳の女の子でしかない。
自分と違ってしっかりした夢を持ち、自立しているセレナに対して引け目を感じていたコハルだったが、彼女も1人の鈍感男に恋心を抱いているただの少女なのだとわかった途端、急に親近感を感じてしまう。
最初は面倒に感じていたリサーチフェローの仕事。
サトシが見ず知らずの女の子を連れてきた時の気まずさ。
蔦だらけの道を歩く疲労感。
肩が重くなるような感情を抱いてばかりの1日だったが、どうやら今日はここに来て正解だったようだ。
自分とはまるで違うステージにいるセレナでも、自分と同じようにただの少女であると分かったから。
そして、こんなにも可愛くて近い距離にいる友人を得ることが出来たから。
「コハル、サトシにだけは内緒にしておいてくれる?」
「いいよ。その代わり……」
セレナの手を離したコハルは、ワンパチを抱えたままくるりと振り返る。
スカートをひらめかせながら微笑むコハルは、セレナにとって意外な一言を発した。
「私と友達になってくれる?」
今まで退屈そうにしていたコハルの笑顔に、セレナは驚いた。
この子、こんなに綺麗に笑うんだ。
彼女の問に、セレナもとっておきの笑顔で答えることにする。
「もちろん」
END