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二次創作まとめ

オレンジボックス

【サトセレ】

■アニポケXY

■学パロ

■SS

 

***

 

「1600年に勃発した関ヶ原の戦いは東軍の勝利に終わり、家康は1603年に江戸幕府を開く。これによって長く続いた戦国時代は終わり……


給食が終わった後の5時間目は、どんなに真面目な生徒であろうと睡魔に襲われる。
オーキド先生の心地よい低音ボイスは、彼の授業を受けている生徒達へと平等に眠気を与えてしまう。
それは窓際の席でノートをとるセレナも同じ。
オーキド先生が板書した文字を白いノートに書き写しながら、セレナは小さくあくびをした。

ゴトン!

そんな彼女の眠気を覚ますように、前方から痛そうな音がした。
気になってノートから顔を上げてみると、斜め前の席に座っている生徒が、右腕を机に立てた状態で突っ伏している。
どうやら頬杖をつきながら授業を聞いていたが、限界がきて眠ってしまったらしい。
ピクリとも動かなくなってしまった彼、サトシの後ろ姿を見て、セレナは焦る。
彼はつい先日、オーキド先生に居眠りを注意されたばかりだ。
また眠っているとなれば、きっと再び怒られてしまう。

セレナは自分のノートをビリッと破き取ると、それを丸め、サトシの背中めがけて投げつける。
自分の前の席に座っているミルフィが、その光景に気付いてニヤッと笑みを浮かべたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
ポトンと音を立て、丸まったノートはサトシの背中に命中する。
“ナイスコントロール!”と自分を褒めるセレナだったが、すぐに焦りの表情を浮かべ、ノートへと視線を戻した。
先ほどまで教科書を読みながら教室を歩き回っていたオーキド先生が、鬼のような形相でサトシの席の横で立ち止まったのだ。


「ぅうん……


セレナからの一撃を受け、サトシは目をこすりながら顔を上げる。
眠気まなこに映るのは、自分をじっと見下ろすオーキド先生の姿。
サトシは一瞬で頭が真っ白になり、表情を引きつらせた。


「あ」
「“あ”じゃない。これで何度目じゃサトシ」
「すいません先生。えっと、明治維新のハナシでしたっけ?」
「放課後職員室に来なさい」
……はい」


そう言ってサトシが視線を落とした瞬間、教室内からはドッと笑いが起こる。
数日前にも起こったこのやり取りに、セレナは小さく苦笑いをこぼした。
サトシは授業中、いつも寝ている。
そのおかげでテストの点数は散々だが、本人がそれを気にしていないことが問題なのだ。
クラスのムードメーカー的存在であるがゆえに、友人にも先生達にも好かれているのが救いなのかもしれない。

やがて授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、オーキド先生は“今日はここまで”と呟いた。
起立と礼を済ませれば、途端に斜め前のサトシの席には生徒達が集まって行く。
その光景は、彼が人気者であるという確かな証拠でもある。


「起こすのが一足遅かったわね」


前の席から体ごと後ろを向いたミルフィが、口元に笑みを浮かべながら言ってくる。
そんな彼女に苦笑いをこぼしながら、セレナは“そうね”と返した。
机に出ていた日本史の教科書を引き出しにしまい、新しく次の授業で使う理科の教科書を取り出すセレナ。
しかし、何故か日本史のノートだけは一向に机にしまう気配がない。
ノートの表紙に『日本史』と書かれているため、どの教科も同じノートに書いているわけでもなさそうだ。


「ねぇセレナ。なんで日本史のノート仕舞わないの?」
「あぁ、えっと……


セレナが何か言いかけたその時だった。
横からハスキーな声で、セレナの名前が呼ばれる。
ミルフィが視線を向けてみると、そこにいたのは先ほどまで友達に囲まれていたサトシだった。
セレナの机に手をつき、ニッと笑うサトシの笑顔はやけに爽やかで、人気の理由がよく分かる。
ふとセレナに視線を戻すと、彼女はわずかに頬を染めて視線を泳がせている。
こんなにも分かりやすいのに、何故このムードメーカーは察しが悪いのか。
ミルフィには疑問だった。


「さっきの授業のノートなんだけどさ」
「いいよ。はい」
「おっ!流石セレナ!サンキューな!」


ピンク色のノートを手渡されたサトシは、満足そうに微笑んだ。
不真面目で有名なサトシと、才女で有名なセレナは、不思議と仲が良い。
こうして度々サトシが彼女にノートを借りに来る光景は、この教室内では決して珍しいことではないのだ。
きっと、セレナが日本史のノートを机に仕舞おうとしなかったのは、サトシが借りに来ることを予知していたからなのだろう。
少しだけ頬を赤らめながらノートを手渡した彼女に、ミルフィはニヤリと笑う。


「ねぇサトシ。なんでいつもセレナにノートを借りるの?」
「え?」
「だって、借りるだけならシトロンやショータでもいいわけでしょ?なんで毎回セレナなの?」
「ちょ、ミルフィ!」


真っ赤な顔で止めようとするセレナだが、もう疑問を口に出してしまっているのだから一足遅い。
期待と不安と羞恥が入り混じった表情で、セレナはサトシとミルフィを交互に見つめる。
ミルフィのからかい癖はいつもセレナを困らせていた。
しかしながら、鈍感なサトシは自分がセレナとの仲をからかわれている事実に気付けていない。
だからこそ、いつも恥じらうことなく素直な気持ちを口にして来るのだ。


「だってさ、セレナの字ってすげぇ綺麗だろ?それに他のみんなのノートより分かりやすいんだよ」
「ほー」


なかなか高評価に値しそうな褒め言葉に、ミルフィは感心する。
サトシの割にはいい答えじゃない。
こういうことを言えるからこそ、モテるセレナのハートを射止めたのかもしれないが。
案の定セレナはというと、やはり恥ずかしそうに俯いているが、満更でもないようだ。
さっさと付き合いなさいよ、と2人の背中を叩いてやりたくなるが、呑気で可愛い2人だからこそこの距離感を保っているのだと思うと、そんな迂闊なことも出来なくなってしまう。


「じゃあありがとな、セレナ。明日には返すからさ」
「うん」


サトシは笑顔でそう言うと、借りたノートでセレナの頭を優しくポンと触れる。
そして颯爽とセレナたちの席から離れると、自分の席付近で立ち話ししていたシトロンやショータと肩を組み、教室から出て行ってしまう。
彼がいなくなったことを確認したその瞬間、セレナは“きゅう”と不思議な鳴き声をあげながら机に突っ伏した。
彼女が机に伏せた瞬間、“ごつん”という痛そうな音がしたのは気のせいでは無いはずだ。


「何してんの」
「だってかっこいい」
「少しだけね」
「今の見た?頭ポンって!ポンって!あぁもう私ダメ……


悶えるようにバタバタと足を動かすセレナは、とてもこのクラスのマドンナ的存在には見えない。
このやたら男子に人気のセレナという女子生徒は、なかなか努力家なのである。
例えば、授業中寝ている彼のためにわざわざノートを破って投げつけ、起こそうとしたり、成績が危機的状況である彼のためにわざわざ解説付きのノートを作成したりと、とにかく献身的なのだ。
そんな尽くしたがりな彼女の好意はまっすぐサトシだけに向けられ、ブレることはない。
この事実を、彼女に想いを寄せている数多の男子たちが知ったらどうなるだろう。
恐ろしいことを想像し、ミルフィは背中を震わせた。


**********


誰もいない夕方の教室が好きだった。
窓からわずかな風とオレンジ色の夕陽が差し込む情景は、セレナの胸をキュンと締め付ける。
放課後、その日の日直を任されていたセレナは、誰もいないこの夕方の教室で1人日誌を書いていた。
窓側の席に座っているため、綺麗な夕陽が机の上の日誌を明るく照らしてくれている。
教室の外からは吹奏楽部のヘタクソな演奏が聞こえてくるが、その音も何故だか嫌いになれない。

“今日の出来事”と書かれた欄に何を書こうかと考えている最中、セレナはふと窓の外へと視線を向けた。
そこから見えるグラウンドではサッカー部が練習試合を行なっており、その掛け声がここまで聞こえてくる。
こういうのを、青春と呼ぶのだろうか。
そんなことを何となく考えていたセレナの耳に、“ガラガラ”と教室のドアを開ける音が届く。
誰かが入ってきたらしい。
自然な流れでドアの方へ視線を向ければ、そこにいた人物を見てセレナは思わず固まってしまう。


「あれ、セレナ。帰ってなかったのか」


そこにいたのは、サトシだった。
彼の姿を視界に入れた途端、セレナの心臓は面白いほど敏感に高鳴る。
そういえば、彼は先ほどの日本史の授業でオーキド先生に呼び出されていた。
きっと職員室でこってり絞られた後なのだろう。
いつも明るい彼の表情からは、少しだけの疲労が見て取れる。


「うん。日誌書いてたの」
「セレナって真面目だよなぁ」


机の間を縫うように歩み寄り、サトシはセレナの前の席に腰掛けて体を後ろに向けた。
本来はミルフィの席であるその場所に、好きな人がいる。
あれ?いつもミルフィと向き合っているときって、こんなに距離が近かったっけ?
向き合って座っているだけなのに、どうしてこうもドキドキしてしまうのだろう。
セレナのシャーペンを握る手は、完全に止まってしまっていた。


「やっぱり、綺麗だよな」
「え?」
「セレナの字」


彼女の手元に広げられた日誌を覗き込み、サトシは言う。
丸っこくて、いかにも女の子らしいその字は、彼女の性格そのものを表しているように思えて、サトシは好きだった。
クラスの中でもトップクラスの成績を誇る彼女は、自分の友人たちの間でも人気者で、こうして2人きりで話す機会は滅多にない。
そう考えると、この時間はものすごく貴重なものに思えて、サトシは得をした気分になる。


「そうかな?」
「そうだよ。さっきのノートだってすっげぇ読みやすいしさ。……あ、そうだ」


何かを思い立ったように立ち上がると、サトシは隣にある自分の机を漁りはじめる。
そしてその中から一冊のノートを取り出した。
先ほどセレナが貸した日本史のノートである。
何かを探しているらしく、パラパラとページをめくっていくサトシ。
目当てのページを見つけた彼は、“あった”と小さく呟いて開いたノートをセレナに向けた。


「なぁ、この数字なんなんだ?」
「ん?」


サトシが指差した場所は、ノートの端。
丁寧な字で書き連ねてある授業内容の脇に、その数字の塊は記されてあった。
よく分からない数字たちが、逆ピラミッド型に羅列している。
ノートを借りた後、この数字たちを目にした途端、サトシはこの数字の正体が気になって気になって仕方がなくなってしまったのだ。
真面目なセレナが、こんなに意味不明な落書きをするとは思えない。
きっと何か意味のあるものなのだろう。
そう考えたサトシは、好奇心に満ちた瞳で彼女を見つめる。
するとセレナは、そんな目に見つめられながらも楽しげな笑みを見せた。


「これね、相性診断なの」
「相性診断?」
「そう。ミルフィと一緒にやってたの。2人の名前の母音を数字に当てはめて、それを足していくの。最後に二桁になったら、それが2人の相性の良さになる」


その説明を聞いた上で再びノートの文字へと視線を落とせば、その意味がよく理解できる。
逆ピラミッド型の一番下には73と記されており、それがミルフィとセレナの相性度だと言うことらしい。


「セレナもこう言うことやるんだな」
「こういうこと?」
「ほら、セレナって真面目だから」
「女の子はこういうのみんな好きなのよ」
「そうなのか。じゃあさ、俺らもやってみようぜ」
「えっ」


ドキリと胸が鼓動する。
まさかサトシからそんな提案をされるとは思わず、セレナは一瞬だけ思考を停止する。
彼はあまりこの手の占いは信じないタチだと思っていたため、その言葉はセレナにとってかなり意外なものだった。
そういえば、こっそりにでもサトシとの相性を計算したことなど今までなかった。
普通こういうものは、一番に好きな人との相性を図るのだろうに。
どこか抜けている自分に少しだけ呆れながら、セレナは頷いた。

慣れた調子でツラツラと数字を書き込んでゆく。
その光景を、サトシも再びミルフィの席に腰をかけて覗き込んできた。
最初の行に書かれた数字は、2人の母音から来る数字。
その下の行から、数字を足した数を書き込んでゆく。
計算が進むたび、数字の位が小さくなる。
小さくなるたび、2人は息を呑む。
高い数字になりますように。
そんなことを思いながら計算するセレナだったが、現実は非情なものである。

30

叩き出された数字はなんとも言えない低さを誇っており、2人を沈黙させる。
計算を間違えたかな、と上の行を何度も見返してみるが、悲しいほどにセレナの計算は完璧だった。
やはり、現実は非情なものである。


………
………
「低いな」
「そうね」
………
………
………ぷっ」


サトシが吹き出したと同時に、2人は堰を切ったように笑い出した。
広い教室に、2人の笑い声だけが響く。
いつの間にか外から聞こえてきていたサッカー部の掛け声も、吹奏楽部のヘタクソな演奏も消えている。
聞こえるのは2人の明るい笑い声だけ。
まるでこの世には自分とサトシの2人しかいないようで、30という数字を忘れてしまうほどにセレナは明るい気持ちになってしまう。
やがて込み上げてきていた笑いが止み、2人はひーひー言いながら肩を揺らす。


「当たってないな、この占い」
「うん、当たってない」
「占いなんてさ、いい結果だけ信じてればいいんだよな」
「私もそう思う」


お互いに顔がほんのり赤いのは、きっと夕日に照らされているからだ。
歯を見せて笑うサトシの表情を見ていると、やっぱり胸がドキドキと高鳴って、自分の気持ちを改めて思い知らされる。
例えば彼のどんな所が好きなのかと聞かれたら、きっと沢山ありすぎて指が足りなくなってしまうだろう。
いま、目の前で楽しそうに笑うサトシは、自分にどんな感情を抱いているのだろう。
もしも彼の気持ちが分かる占いがあったなら、迷わず手を伸ばすのに。
けれど、きっと嫌な結果になったら直ぐに忘れてしまうんだろうな。
だって、占いなんて、いい結果だけ信じていればいいのだから。


「そろそろ帰るか」
「うん」


立ち上がったサトシにつられるように、セレナも席を立つ。
日誌はまだ途中までしか書いていないけれど、たまには手を抜いたっていいだろう。
カバンに筆記用具をつめ、セレナはサトシとともに教室を出る。
扉から出る直前、ふと教室を振り返ると、先程まで2人がいた教室は夕陽で照らされ、オレンジ色に染められていた。
廊下を並んで歩き、階段を降りて職員室へ向かう。
担任のカルネ先生に日誌を渡すと、2人は校舎を後にした。

下駄箱で靴を取り出し、履き替える。
昇降口から出て、グラウンドを歩きながら校舎の正門に向けて歩き出した。
セレナの家は東、サトシの家は西方面にあるため、あの正門を出ればサヨナラだ。
10メートル、5メートルと正門までの距離が縮むたび、セレナの胸は締め付けられていく。
先ほどまで美しく感じていた夕陽が、何故だか今は哀しく見える。


「じゃあな、セレナ」
「うん」
「またあした」
「またあした」


小さく手を振って、サトシは去ってゆく。
その背を見送って、セレナも歩き出す。
あーあ。
早く明日になればいいのに。
夕陽に照らされて映し出される自分の影を見つめながら、セレナは思うのだった。


END