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二次創作まとめ

0センチ

【サトセレ】

■アニポケXY

■アニメ本編時間軸

■SS

 

***

 

ポケモンの声が遠くで聞こえる。
オレンジ色の夕日が差し込むポケモンセンターには、今夜の宿を求めてトレーナーたちが集まって来ていた。
カロスリーグ出場を目指して旅を続けていたサトシたちもまた、疲れ切った足を休ませるため、この小さなポケモンセンターに立ち寄る。

ピカチュウをはじめとするポケモンたちをジョーイに預け、彼らの回復を待つ間にソファへと腰掛ける4人。
他愛もないことを語り合う中で、サトシはふと窓の外へと視線を向けた。
哀しげな夕日が山々の間から沈みゆくその景色は、今日という日の終わりを告げようとしている。
今夜はこのポケモンセンターで一泊することになるだろう。
明日に向けて、ポケモン達だけでなく自分も体力を回復させておこう。
そんなことを考えていたサトシの耳に、ユリーカの可愛らしい声が届く。


「セレナどうしたの?」


向かい合わせのソファに座っているユリーカは、隣のセレナに目を向けている。
彼女からの疑問を向けられたセレナは、自分の両手の平を広げ、困ったようにその指先を眺めていたのだ。
その表情は悩ましげなものであり、小さくため息も吐いている。


「うーん。なんか手荒れがひどいの」


セレナの手を覗き込むように彼女に近づくユリーカ。
その眼に映る指先は確かに荒れており、所々ささくれができていた。
乾燥している冬の時期ならばまだしも、現在は比較的暖かい季節。
そんな時期に乾燥肌になってしまうだなんて。
常時身だしなみに気を遣っているセレナにとって、この手荒れはかなり気落ちする症状であった。


「手荒れはあまり油断できませんね。長く放置していると、ひび割れて出血する事もあるみたいですから」
「そうなのか?手荒れって大変なんだな」


持ち前の知識を活かして解説したシトロンの言葉に、隣で腰掛けていたサトシは素直に感心する。
そしてセレナがしているように、自分の手を広げて見てみるが、無骨な手は全くと言っていいほど荒れていない。
どこまで自分は健康体なんだと心で笑ってみるが、自分のように決して丈夫と言えないセレナにとって、手荒れはしょっちゅう襲ってくる大敵らしい。
“またハンドクリーム塗らなきゃな”という彼女のつぶやきから、そんな事が推測できる。


「でも、乾燥するような季節じゃないのに、どうして荒れちゃうのかしら」
「そうですねぇ……。乾燥が原因でないとすると、おそらくストレスですかね」
「ストレス?なんだそれ、新しいポケモンか!?」


興奮気味に言い放たれたサトシの言葉に、一瞬だけシンとした静寂が訪れる。
何かマズイことを言ってしまったのだろうかと首を傾げるサトシ。
そんな彼の言葉に、斜め前に腰掛けていたユリーカが“ぷっ”と吹き出した瞬間、セレナとシトロンも釣られるようにケタケタと笑い出した。
なぜ彼らが笑っているのかよく理解していないサトシは、その光景をキョトンとした表情で見つめている。


「もーサトシったら!違うわよ!ふふふっ」
「ストレスと言うのはですね、簡単に言うと精神的ダメージのことを言うんですよ。“イライラする”とか言いますよね?あれと似た感じです」
「ストレスがポケモンの名前だと思ってたなんて、サトシらしいね!」


実にサトシらしい勘違いに、シトロン、ユリーカ、セレナは肩を揺らして笑い合う。
けれど、何故だかそんな彼女たちに馬鹿にされているような感覚はない。
優しい笑顔に包まれ、サトシ自身もなんだかおかしくなって笑い出す。


「あれ?てことはさ、セレナはストレスが溜まってるって事だよね?大丈夫?」
「うーん。ストレスを感じた事は無いんだけどね……


お腹を抱えて笑っていたユリーカだったが、思い出したかのように心配顔でセレナを覗き込む。
旅を始めた頃は、不慣れな環境に疲れを感じることも多々あった。
しかし、数々の街を訪れ、色々な土地を巡るうちに旅にも慣れ、今は気落ちするようなことも滅多にない。
ストレスを感じているという自覚はないが、残念ながら“ストレス”というものは本人も知らないうちに蓄積していくものである。
セレナ本人が平気だと思っていても、自分でも分からないうちにストレスを溜めていることも多いのだ。


「なぁシトロン。そのストレスってのは、どうやったら無くせるんだ?」
「ストレス解消法ですか……。一般的にはたくさん体を動かしたり、大きな声を出したりすることが効果的だとは思いますね」
「ならバトルが一番だぜ!」


わざわざ立ち上がり、拳を握って熱く語るサトシ。
いきなりソファから立ち上がったせいで、膝の上に乗せていたリュックが“ゴトン”と派手な音を立てて床に転がった。
これまたサトシらしい持論の展開に、セレナとユリーカは再び顔を見合わせて笑う。
確かにサトシの言う通り、大声で指示を飛ばして熱くなれるポケモンバトルはストレス解消にピッタリだろう。
しかし、あまり頻繁にバトルをしないセレナにとって、その解消法はあまり適切とは言えない。


「バトルかぁ。たしかにいいとは思うけど、もう少し手軽にできる方法は無いかしら」
「そういえば……


バトルはそれなりに広い場所でしか展開できない上、ポケモンを持っている相手がいなければ成り立たない。
時間もかからず、すぐに出来るストレス解消法は他に無いのだろうか。
そんなセレナの小さな呟きに、シトロンは視線を上に向けながら思い出したかのように口を開いた。


「誰かとハグをすればストレスが減ると噂で聞いたことがあります」
「ハグ?」
「それならすぐ出来るね!ねぇセレナ、やってみようよ!」


確かにハグならば、時間もかからずどこでも出来る。
本当にストレス解消になるのなら、かなり便利な方法だ。
兄の言葉を聞き、ユリーカは目をキラキラ輝かせながらセレナに向けて腕を広げる。
ニッと歯を見せて笑顔を浮かべる彼女を、そっと腕に抱いてみた。
小さなユリーカは簡単にセレナの腕の中に収まってしまい、暖かな温もりを与えてくれる。


「あ、確かに落ち着くかも」
「ユリーカも落ち着くー!」


まるで抱き枕を抱いてるような感覚に、セレナは癒されてしまう。
抱き合いながらふわりとした空気を漂わせるセレナとユリーカ。
そんな2人を見つめながら、噂は本当だったのかとシトロンは1人感心した。
これでセレナのストレスが少しでも減ればいいのだが……
そんなことを考えていると、立った状態でその光景を見つめていたサトシから、破壊力のある発言が飛び出した。


「抱き合うと落ち着くのか……。シトロン、俺たちもやってみるか!」
「え!?」


あまりに驚いて、メガネがずれる。
その後、強引にサトシに抱きつかれ、周囲のトレーナーたちに妙な視線を向けられたことは言うまでも無い。


**********


それから数時間。
太陽も空から立ち去って、夜が訪れる。
日中は暖かかったものの、暗くなれば少しだけ肌寒くなった。
ポケモンセンターに宿泊することになったサトシたちは、ジョーイから宿泊部屋を1つ与えられていた。
シトロンとユリーカはお風呂へ、サトシは飲み物を買いに行っているため部屋にはセレナ一人きりである。
お風呂上がりのセレナは先ほど髪を乾かし終え、リックの中を漁っていた。
取り出したのはピンク色の小さなチューブ。
数日前に購入したハンドクリームである。

ゆずの香りがするそのクリームをむにゅっと手の甲に絞り出し、丁寧に手に塗り込んでゆく。
柑橘系の爽やかな香りが漂い、荒れた手に潤いをもたらしてくれる。
これで手荒れも少しはマシになるといいのだが。
指先にまでクリームをなじませていると、部屋の扉が“ガチャッ”と音を立てて開いた。
入ってきたのは、飲み物持って帰ってきたサトシである。


「おかえりサトシ」
「ただいま。あれ?シトロンとユリーカは?」
「お風呂だよ」


サトシの肩から飛び降りたピカチュウは、セレナが腰掛けているベッドに飛び乗り、彼女の手をくんくんと嗅いでいる。
ゆずの香りが気に入ったのだろう。
ひらすら鼻をピクつかせていた。
セレナが腰掛けているベッドの向かいに並んだベッドへと座ったサトシは、購入してきた緑茶の蓋を開け、グビグビと喉に流し込んでゆく。
そしてそのペットボトルから口を離し、ベッド横の棚へと置くと、彼はセレナの手へと視線を落とす。


「何やってたんだ?」
「ハンドクリーム塗ってたの」
「手荒れ、やっぱり治らないのか」
「うん。でも、クリーム塗ってたらきっと治るよ」


見つめる彼女の手は、先ほどよりも良くなっているとはいえ、まだささくれが目立つ。
いつもの彼女の綺麗な手を知っているだけあって、その荒れきった手はサトシを少しだけ悲しくさせる。
ささくれ1つ1つが、セレナの心労を表しているような気がして、なんとなく申し訳なくなる。
もし、シトロンの言う通り彼女がストレスとやらを溜めているのなら、自分にはそれを解消してやる義務があるのでは無いだろうか。
どこからやって来たのか分からないそんな責任感がサトシを駆り立て、例の提案をしてしまう。


「なぁ、セレナ。ハグしようか」
「え!?」
「シトロンが言ってただろ?ハグすればストレスが減るってさ!ストレスが減れば、手荒れも治るかもしれないだろ?」


“来いよ”
そう言って腕を広げるサトシ。
先ほどユリーカが同じような行動をしてきたが、その時とは比べ物にならない破壊力がそこにはあった。
自分を迎え入れようとしてくれるその腕の中には、とてつもない魅力があって、セレナの心臓は煩く騒ぎ出す。
彼のそんな好意はセレナにとってチャンスでしかない。
大好きな人に抱きしめられること以上のストレス解消法など、きっとこの世に無いのだから。


「し、失礼します……


そっと立ち上がったセレナは、向かいのベッドに座るサトシのすぐ横に腰掛ける。
その胸板に頬を寄せ、寄りかかるように密着すると、彼はセレナの後頭部と背中へと腕を回して来た。
2人の距離は一気に縮まり、0センチ。
サトシのぬくもりがダイレクトに感じられる距離にいるこの体勢は、セレナを体温を急激に上昇させた。
シトロン式ストレス解消法を実践している主人たちを見つめ、ピカチュウはしばらく考え込む。
そして何かを思いついたようにベッドから飛び降りると、部屋のバスルームへと駆けて行った。

しかし、そんなピカチュウの行動を、いっぱいっぱいだったセレナは気付いていない。
なにせ、サトシ相手にこれほど密着したのは初めてだったから。
しかも、自分からの一方的な行動ではなく、サトシもそれを受け入れてくれている。
これほどまでに嬉しく、そして心ときめく状況が今まであっただろうか。
心臓が口から飛び出そうなほどに高鳴っている。
この音を、サトシに聞かれていたらどうしよう。


「セレナ、落ち着くか?」
「う、うーんと……。正直言うと、あんまり……


落ち着けるはずもなかった。
なにせ、大好きで大好きで仕方がない相手に抱きしめられているのだから。
死んでしまうのではないかと思うほどに、ドキドキする。
正直に心の内を話すと、サトシは耳元で小さく笑った。


「実は、俺も」


耳元で囁かれたサトシの声は、少しだけ切羽詰まっていた。
セレナの頭に添えられた指を、彼女の髪に絡ませると、シャンプーのいい香りが漂ってくる。
その香りを嗅いでいると、まるで意識がふわふわと遠くに浮いてしまうような、そんな不思議な感覚だ。
そして、何故だか胸がキュンとなって、ソワソワと落ち着かなくなる。
彼女を抱きしめる腕を強めれば、セレナの体が強張ると同時に、自分の胸もまたキュンとしてしまう。
この感覚は、一体何なのだろう。


「どうしてだろうな。シトロンとハグしたときは、結構落ち着いたのに」
………どうしてなの?」


恐る恐る聞いてみる。
けれどもサトシは、すぐに答えてはくれない。
少しだけ黙って何かを考えているようだ。
そして、セレナのミルクティー色の髪に顔を埋めながら、消え入りそうな声で呟くのだった。


「相手がセレナだから、なのかな」


この不思議な感覚を言葉で言い表せるほど、サトシは大人になりきれてはいない。
しかしながら、彼は一歩ずつ確かに答えに近付いていた。
いつの日か、この感覚の正体がわかる日が来るのだろうか。
きっとその日こそが、サトシとセレナの特別な日になることだろう。
そんな遠い未来などまるで予知していない2人は、ただ心地よい沈黙の中、ひたすら抱きしめ合っていた。

そんな光景が広がっていたすぐ近くの脱衣所で、風呂からあがったユリーカは、ガチゴラスパジャマに着替えてベッドルームへと戻ろうとしていた。
喉が乾いたし、早く風呂上がりのミルクが飲みたい。
そんなことを思いながら部屋へ続く扉を開けば、そこにはピカチュウの姿があった。


「あれ、ピカチュウどうしたの?」
「ピカーチュ!ピカピカ!」
「え?」


短い両手を広げて立ちはだかるピカチュウは、まるで“ここから先は行っちゃダメ”と釘を刺しているかのようだった。
どうしたのだろう。
この先のベッドルームに何かあるのだろうか。
ユリーカは脱衣所から少しだけ身を乗り出し、ベッドルームへと目を向ける。
そして驚き、大声をあげそうになったが咄嗟に自分の口に手を当て、声を抑えつける。
なるほど、ピカチュウはやっぱり賢いな。
そんなことを考えながら、ユリーカはニヤッと笑みを浮かべた。


「ふぅ、いい湯でした。あれ、ユリーカどうしたんですか?」
「だめ!お兄ちゃんにはまだ早い!」
「へ?」


いつものパジャマに着替えたシトロンが、肩からバスタオルを下げたまま脱衣所から出ようとする。
そんな兄を、ユリーカとピカチュウは必死で引き止めた。
何をそんなに必死になっているのだろうかと首を傾げるシトロンだったが、結局妹たちに邪魔され、しばらくベッドルームには戻れなかった。
甘酸っぱい雰囲気の真ん中にいたサトシとセレナは、そんなミアレ兄弟の攻防を知る由もない。


END