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二次創作まとめ

優しさのこたえ

【サトセレ】

■アニポケXY

■アニメ本編時間軸

■SS

 

***

 

最初は不安で仕方がなかった。
出会ったばかりの人たちと一緒に旅をするなんて。
それに、メンバーの中には長年想い焦がれたサトシがいる。
好きな人と四六時中一緒だなんて、どうにかなってしまうのではないだろうか。
しかし、慣れというのは恐ろしいもので、ずっと一緒にいればそれなりに馴染んでしまう。
隣に並んだだけでドキドキしていた頃が懐かしい。
けれども彼を好きな気持ちは今も変わらず、旅の中で不意にドキッとさせるような行動を見せてくることがある。

それはいつも通りの朝だった。
昨晩野宿をしたため、今朝は自分たちで朝食を用意しなければならない。
シトロンは早い時間から個性的はカラクリを動かして、4人分のホットサンドを作ってくれていた。
セレナもまた、シトロンの隣に立って野菜を切る手伝いをしている。
彼ほど料理ができるわけではないが、この旅を通して手伝い程度は出来るようになった。
彼女が野菜を切り終わると同時に、普段着に着替えたサトシとユリーカが2つのテントを畳み終えた。


「うわぁ!今日も美味しそう!」
「ちょっと待っててくださいね、ユリーカ。もう少しで出来るから」
「はーい!」


元気よく返事をしたユリーカは、すでに用意されていた折りたたみ式の食卓につく。
テーブルの上に座らせたデデンネのヒゲをいじっている様は非常に可愛らしい。
ユリーカを待たせないためにも、早く食事の用意をしてしまおう。
サラダを盛り付けたセレナは、次に焼きあがったパンに塗るためのジャムへと手を伸ばした。


「あれっ」


手に取ったイチゴジャムの蓋を開けようとするが、硬くて開かない。
力を込めてもう一度開けてみようとするが、やはり開かない。
溜息をついて自分の手のひらを見てみれば、痛々しく真っ赤に染まっていた。
この蓋を開かなければジャムが塗れない。
さてどうしようかと考えていると、後ろからグローブをつけた手が伸び、セレナの手から瓶を奪う。


「ぃよっと。ほら、開いたぞ」


その手の正体はサトシだった。
セレナが苦戦していた蓋を難なく開け、彼は爽やかに瓶を手渡す。


「あ、ありがとう」
「おう」


不意の出来事に動揺し、セレナは顔を赤くさせる。
すると横から、ホットサンドを用意していたシトロンが“焼きあがりましたよ”と声をかけてきた。
ラクリからは湯気が上がっており、彼は中からこんがり焼けたホットサンドを取り出す。


「運ぶの手伝うぜ、シトロン」


食卓に並べようと用意を始めるシトロンの方へとサトシは向かう。
そんな彼が開けてくれた手元にあるイチゴジャムの瓶へと視線を落とせば、トクンと小さく胸が鳴る。
自分ではどう頑張っても開けられなかったのに、サトシはほんの一瞬で開けてしまった。
その事実は、サトシが男の子なのだと改めて実感させられる。
ああ、かっこいいなぁ
セレナのそんな心の呟きは、誰にも聞こえていない。
頬を染めて瓶を見つめていた彼女だったが、横から誰かの視線を感じてハッとする。
視線を感じる方へと目を向ければ、そこには食卓についたまま頬杖をつき、ニヤーッといやらしい笑みを浮かべるユリーカの姿が。
まずい、見られた。
さらに顔を赤くしたセレナは、誤魔化すようにパンを手に取り、乱暴にジャムを塗りたくるのだった。


**********


「ごちそうさまでした」


シトロンの作る料理はいつも通り美味しくて、少しも残さず平らげてしまう。
食べ終わり、手を合わせたユリーカは、早速食卓から立ち上がってデデンネピカチュウと一緒に遊びに出てしまった。
セレナは後片付けをするために、食卓に並んだ空の皿を重ね合わせて集める。
8枚分重ねて持ちあげようとすれば、流石に重い。
すぐそばにある湖で食器洗いをするのだが、そこまで持って行けるだろうか。

なんとか力を込めて持ち上げると、両腕に皿の重みがズッシリと乗る。
持ち歩けないような重さではないが、10歳の女の子にとってはかなりの重量であった。
ヨタヨタと湖へ歩くセレナ。
そんな彼女の名を、背後からサトシが呼ぶ。


「セレナ。手伝うよ」


食卓の椅子から立ち上がったサトシは、皿を運ぶセレナへと駆け寄る。


「あ、大丈夫よこれくらい」
「重いだろ?ほら」


セレナが両腕に重ねて持っていた皿を、サトシは半分持ち上げる。
いとも容易く持ち上げられた皿たちは彼の腕に収まり、セレナの腕への負担を減らす。


「ありがと、サトシ」


2人は並んで湖へ向かう。
背丈は自分と変わらないというのに、やっぱり彼は男の子で、こんなささな動作でそれを実感されられる。
胸が小さくときめいた。
こういうのを、“きゅんとする”と言うのだろうか。
彼の隣に座り、洗剤をつけて皿を洗う。
鼻歌混じりにゴシゴシと擦るサトシの横顔を盗み見て、セレナは小さく微笑んだ。
かっこいいと思ったら、今度は可愛い一面を見せてくる。
クルクルと目まぐるしく回る彼の魅力は、セレナを夢中にさせるのだ。

サトシの横で少しだけ頬を赤らめながら皿を洗うセレナ。
そんな彼女は、再び遠くの方から視線を感じてハッとする。
周りを見渡せば、遠くでピカチュウデデンネを遊ばせていたユリーカがこちらをじっと見つめていた。
目が合った瞬間、小さな彼女はニヤーッといやらしい笑みを浮かべる。
まずい。また見られた。
セレナは慌てて視線を逸らし、誤魔化すようにゴシゴシと皿を擦るのだった。


**********


食事を終えた4人は、早速次の街目指して歩き出した。
目的地までは山を抜けなくてはならないらしい。
山道にさしかかると、道が急に険しくなってきた。
足元が悪く、注意して進まなければまともに歩けない。
そんな山道を、ユリーカは難なくスイスイと進んでしまう。


「みんな早く早くー!」
「ま、待ってよユリーカ……!」


小猿のようにすばしっこく前進していく妹に必死でついて行こうとする兄だが、その息は荒い。
そんな足取りの重いシトロンの後ろから、サトシとセレナが歩いていた。
シトロンほど体力が無いわけではないが、一番後ろを歩いているセレナも、今日ばかりは体力を消耗している。
その理由は足にあった。
山道に入った直後のこと、セレナは地面に広がる蔦に足を取られ、足首を捻っていたのだ。
その時から、どうも右足が痛む。
おそらく捻挫だろう。

今すぐ立ち止まって休みたいところだが、彼女が休憩を提案することはなかった。
次の街まであと少し。
少し我慢すれば、今日中には辿り着くだろう。
自分のせいで旅の足が止まり、周りに迷惑をかけることだけは嫌だったのだ。
痛む右足を密かにかばいながら歩くセレナ。
そんな彼女に、サトシはチラリと視線を送る。


「セレナ、足怪我してるだろ?」
「えっ」


前を歩くサトシは振り返り言う。
突然言い当てられた事実に戸惑ったセレナは、一瞬だけ言葉を失ってしまった。
サトシの言葉に驚いたのは、セレナだけではない。
前を歩いていたユリーカとシトロンも足を止め、“えっ?”と振り返っていた。


「セレナ、怪我してるんですか?」
「うそー!全然気付かなかった」
「休憩しましょうか?」
「だ、大丈夫よこれくらい!歩けないほどじゃないし」
「けど、痛いだろ?ほら、乗れよ」


サトシは膝を折り、セレナに背中を向ける。
どうやら彼女をおぶろうとしているらしい。
しかし、その好意には簡単に甘えられそうもない。
いくら体力のあるサトシとはいえ、セレナをおぶった状態でこの山道を行くのは辛いだろう。
自分のせいで彼に負担をかけるなんて、出来るはずもない。


「悪いわよそんな……。1人で歩けるから」
「悪化したら大変だろ?俺は大丈夫だから、甘えとけ」
………うん」
「じゃあ、サトシとセレナの荷物は僕が持ちますね」
「おう、ありがとな」


シトロンも体力的に辛いはずだというのに、彼は積極的に荷物を持とうとしてくれる。
サトシとセレナは、そんな彼にお礼を述べながら荷物を渡す。
身軽になったセレナは、目の前で膝をついているサトシの背を見つめ、人知れず息をのんだ。
サトシに迷惑をかけてしまうという罪悪感と、好きな人と密着できるという緊張感が混ざり合う。
彼の肩にそっと手をやり、体重をかけると、サトシはセレナのお尻を持ち上げるように背後で手を組み、すくっと立ち上がった。


「さ、サトシ……重くない?」
「全然軽いぜ?気にすんなって!」


同年代の少年たちに比べて、比較的力に自信があったサトシにとって、背中にかかるセレナの体重は“負担”と呼べるほどの重さでは無かった。
いつも彼の肩に乗っているピカチュウも、今回ばかりは主人の肩から降り、ユリーカの頭の上に乗っている。
そんなピカチュウにも悪い気がして、セレナは視線を落とす。


「さぁ、先を急ぎましょう。ここを抜ければ、すぐに次の街ですよ!」
「そうだな!」


シトロンの先導で、3人は歩き出す。
荷物が多いせいでシトロンの足取りは遅いが、後ろを歩くサトシにとっては、その足取りはちょうどいいスピードだった。
サトシの緩やかな足取りに揺られながら、セレナは彼の背中に頬を押し付ける。
その背から香ってくるのは、太陽のような優しい匂い。
ドキドキするはずなのに、どうしてか落ち着くような、不思議な気持ち。
きっと、迷惑をかけてしまっていると反省すべき状況なのだろうが、ほんの少しだけ怪我をしてよかったと思っている自分がいた。

サトシのぬくもりを体で感じていたセレナだったが、不意に何者かの視線を感じてハッとする。
視線を感じる方へと顔を向けると、そこにはニヤーッといやらしい笑みを浮かべながら見上げてくるユリーカがいた。
まずい。またまた見られた。
セレナは急いで視線を外し、サトシの背中に顔を埋めるのであった。


**********


白い包帯がゆっくりとセレナの細い足に巻かれてゆく。
その手つきは意外にも丁寧で、豪快な彼の性格とは相反する優しさがなんだか可笑しい。
あれからしばらく歩き、小さな町へと到着したサトシ一行は、いつも通りポケモンセンターに立ち寄った。
ピカチュウをはじめとする手持ちのポケモンたちをジョーイに預け、サトシはセレナを背負ってこの宿泊部屋へと一足早く入った。
シトロンとユリーカは、ロビーでポケモンたちの回復が終わるのを待っているため、ここにはいない。
4つのベッドが並んだこの部屋には、サトシとセレナの2人だけ。


「包帯、キツくないか?」
「うん、大丈夫」


ベッドに腰掛けるセレナは素足を伸ばし、その白い足の前に跪いたサトシが、丁寧に包帯を巻いていく。
捻挫したらしい彼女の足首は痛々しく腫れていて、その赤色を目にしてサトシは瞳を伏せる。


「ごめんなセレナ。もう少し俺が早く気づいてやれていれば
「え!?どうしてサトシが謝るの? 私の方こそ、迷惑かけてごめんね」


サトシは、セレナという少女の性格をよく知っていた。
彼女は誰よりも気を遣う女の子で、空気が読める子でもある。
だからこそ、“怪我をしたから休みたい”などと安易に言えなかったのだろう。
そんな彼女の性格を分かりきっていながら、彼女の僅かな変化に気付いてやれなかった。
もっと早く怪我に気付いていれば、こんなに悪化することも無かったかもしれないのに。
口には出さない後悔が、サトシをけたたましく責める。


「迷惑なんて思うわけないだろ?俺たちは仲間なんだからさ」
「うん……
「もっと、俺を頼ってくれよ」


きゅっという音とともに、包帯は結ばれる。
足首と土踏まずを何度も往復して結ばれたおかげで、セレナの足はきちんと固定されていた。
結び終わり、自分の足をそっと撫でるサトシの表情は、赤い帽子のつばに邪魔されてよく見えない。
どうして、そんなに弱々しい声をしているのだろう。
まるで、自分を責めいるかのような、そんな声。
ほんの少しだけ元気を欠いてしまったサトシを、何とかいつも通りに戻してやりたくて、セレナは少しだけ焦りながら口を開いた。


「サトシは、優しいよね」
「そうか?」
「そうだよ。いつも私の事を気遣ってくれて、手を差し伸べてくれて、サトシのそういうところ、私、とっても………


その先にある言葉を口から取り出すことはしなかった。
いや、出来なかった。
たった二文字の気持ちを口にすることすら怖くて出来ないなんて、やっぱり自分は臆病者だ。
度胸の無さを改めて思い知らされたセレナは、口をきゅっと紡いで俯いてしまう。
そんな彼女の次の言葉を待つことなく、サトシは顔を上げて言った。
優しく微笑みかけるその表情は、言い表せないほど素敵で、セレナの心を痛いくらいに鷲掴む。


「誰にでも優しくするわけじゃないよ」


混じり合った視線に、どうしようもなく心臓が騒ぎ出す。
彼の言葉の意味を探るたび、自分の都合のいいように考えてしまう自分が嫌だ。
違うよ。
きっとサトシはそういう意味で言ったんじゃない。
期待しちゃダメ。
だって私はサトシにとってただの……
でもどうして?
どうしてそんなに優しい目で見つめてくるの?
そんな風に見つめられたら、勘違いしちゃうじゃない。


「ただいまー!」


ピンと張りつめた空気を破るように、部屋の扉が開いた。
勢いよく入って来たのはユリーカと、モンスターボールを抱えたシトロン。
彼の肩に乗っていたピカチュウが、サトシめがけて走り出し、その胸へと飛び込む。
相棒を迎え入れた彼の表情は、先ほどと打って変わっていつも通りに戻ってしまう。
それはセレナにとって喜ばしいような、残念なような、形容しがたい感覚だった。


「みんなの回復終わりましたよ。はい、サトシのポケモンたちです」
「サンキュー、シトロン!」
「セレナのボール、こっちのベッドに置いておきますね」
「あ、う、うん!ありがとう!」


熱に浮かされてボーッとしていたセレナだったが、シトロンの言葉で現実に引き戻される。
ボールを受け取ったサトシがセレナの足元から去り、荷物を整理するために自分のベッドの方へと去ってしまう。
その背を見つめながら、セレナは心で問いかけた。
ねぇ、さっきの言葉はどういう意味なの?
教えてよ。
いくら心で問いかけても、その答えがサトシの口から得られることはない。


「ねぇセレナ、なにかあったの?」


デデンネを頭に乗せながら、ユリーカは耳打ちしてくる。
彼女は勘がいい。
少しの変化も汲み取って、色々察してしまうその洞察力は恐ろしいものだった。
けれども、今回はそんな彼女の好奇心に明確な答えを提示できそうもない。


「ん、あったのかな……わかんないや」


ハッキリしないセレナの言葉に、ユリーカは首をかしげる
しかし、小さく笑うセレナの表情は、切なく優しいものだった。
サトシの言葉の意味は、やっぱり分からない。
でも、どうせ分からないなら、都合のいいように解釈してもいいのな。
高鳴る胸を押さえながら、セレナはそっと柔らかな視線をサトシに向けるのだった。


END