Mizudori’s home

二次創作まとめ

概算30センチ

【サトセレ】

■アニポケXY

■未来捏造

■SS

 

***

 

「ずっと前から好きでした」


久しぶりに再会したセレナは、顔を赤くしながらそう言ってきた。
一瞬の静寂とともに、風が2人の間を吹き抜ける。
何を言われたのか理解出来なかったが、セレナの恥じるような表情を見てよく分かった。
今、自分は好意をもって告白されたのだ。
昔から、友人の1人だと思っていたセレナから。


「俺もスキだよ、セレナのこと」
「違う。私の“好き”とサトシの“スキ”は違う」


俯き、視線を逸らすセレナ。
彼女の言っていることの意味が、よくわからない。
違うってなんだ?
スキという言葉に、大きな違いなどあるものなのか?
それよりも、セレナはどうしてそんなに哀しげな顔をしているんだ?
わからない。


「サトシの答えは知ってた。私のことを、ずっと友達としてしか見てないことも。でも、気持ちだけは伝えたかった。たとえ、疎遠になることになっても」
「え


疎遠になる?
何故?
友達としてしか見てないって、だって俺たち友達じゃないか。
セレナは俺のことを、友達だと思ってなかったってことか?
親しい仲だと思っていたのは、俺だけだったのか?
一緒に旅をして、楽しいことも嬉しいことも、悲しいことだって共有してきたのに。
なのにどうして


「急にこんなこと言って、ごめんね。ほんとに、ごめん」


ようやく見せた彼女の笑顔は、本当の笑顔などではなかった。
目に涙をいっぱい溜めて、泣くことをぐっとこらえながら無理やり見せた笑みは、痛々しい。
セレナにそんな顔をさせている原因は、俺なのか
結局セレナは、そのあと何を言うわけでもなく、サトシの前からそそくさと去って行った。
自分に背を向けて去って行くセレナを呼び止めることはしなかった。いや、出来なかった。
もしも名前を呼んで彼女が振り返ったとして、俺は一体どんな言葉をかけてやればいいんだ?
正解がわからなかった。
今の俺には、遠くなって行くセレナの背を見つめることしか出来ないんだ。

数日経ってから、俺はこの出来事を兄貴分でもあり親友でもある男に報告することになる。
医者の卵になったタケシは、コーヒーを啜りながら俺の話を黙って聞いていた。
そして全て話終わったあと、タケシは小さく笑ってこう言った。


「どちらかが特別な感情を抱いた時点で、その2人は友達ではいられなくなるんだよ」


タケシの言う、特別な感情とはなにか。
セレナは俺に対して、特別な感情とやらを抱いていたのだろうか。
わからない。
それはどんな感情なのかとタケシに問いただしてみても、“それは自分で体感して知るべきだ”としか言わず、教えてはくれなかった。

“友達ではいられなくなる”
タケシの言った言葉が真実ならば、きっとセレナは俺のことを友達だとは思っていなかったのだろう。
でも俺はセレナのことを

考えれば考えるほど頭が痛くなった。
考えてるだけなんて俺らしくない。
そう思い、セレナに真意を聞こうと端末を手にしたことは何度もあった。
けれど、電話番号を押しただけで、電話をかけることはできなかった。
どんな話をすればいいのかわからない。
どんな風に聞けばいいのかわからない。
“たとえ疎遠になることになってもー”
あの時のあの言葉は、セレナなりのサヨナラだったのかもしれない。
そう思うと、何もできなかった。


**********


雨上がりの空を見上げてみれば、曇天の空から光が差し、虹が出ていた。
ピカチュウとともにベランダへ出て、そんな灰色の空を眺める。
あれから数年。
子供とは言えない年齢にまで成長した俺は、トレーナーとしてそれなりに実力を高め、一部からはポケモンマスターと呼ばれるほどになった。
大人として、きちんと巣を作るべきだと考えた俺は、数ヶ月前にカントーにあるこの高層マンションの一室を買った。
マサラタウンからも近く、拠点にはしやすい。
ただ、この広めの部屋に一人暮らしは、少し寂しかった。


「ピカピ、ピーカーチュ」
「ん?」


“あれを見て”そう言ってサトシの裾を引っ張るピカチュウ
彼が指差したのはマンションの真下。
エントラスの方だった。
引越しのトラックが止まっており、引越し業者のスタッフが慌ただしくマンションへと荷物を運び入れている。
恐らくこのマンションのどこか一室に、新しい住人が引っ越してくるのだろう。
自分のような一人暮らしか、はたまた家族なのかは知らないが、きっと自分の知らないところで、知らない人の新しい人生がここからスタートするのだろう。
そんなことをぼんやり考えていると、部屋の壁の向こうからガタガタと音がした。


「え?」


何事かと思い部屋に引っ込む。
すると、ダイニングの壁の向こうから、確かに物音が聞こえる。
隣の部屋は確か空き部屋だったはず。
先ほどの引越し業者といい、隣の空き部屋からの物音といい、これはもしかすると……


ピンポーン


部屋のインターホンが鳴った。
どうやらサトシの推測は当たっていたようだ。
引っ越してきた住人は隣の空き部屋に住むらしい。
そしてこのインターホンは、恐らく隣人の挨拶回りか何かだろう。
まだ引越し作業の途中だろうに、もう挨拶に来るとはなんとも律儀なものだ。


「はーい」


肩に飛び乗ってきたピカチュウと共に、玄関へと向かう。
鍵を開け、ドアノブを掴み、ゆっくりと扉を開ける。
時々思う。
もしもあの時、このインターホンに出なかったら、このマンションに引っ越して来なかったら、今頃どうなっていたのだろう。
少なくとも、俺はこの時のことを良かったと思っている。
この扉を開かなければ、きっと俺は“特別な感情”というものを知ることが無かったと思うから。


「はじめまして。隣に引っ越してきました、アサメタウン……あ、」
……セレ、ナ?」
………サトシ」


壁を挟んで概算30センチ先に、彼女は引っ越してきた。


END