【サトセレ】
■アニポケXY
■アニメ本編時間軸
■SS
***
最近、なんだか調子がおかしい。
バトルで中々勝てないとか、そういうことじゃない。
むしろここ数週間は連戦連勝で、バトルのことについて特に思い悩むこともない。
問題は、俺自身にある。
何故だか暇さえあればボーッとしてしまう。
それも、ただ呆然としているわけじゃない。
いつの間にか、ある人物の事を考えてしまっているのだ。
それは……。
「サトシ?」
「え?」
呼ばれて視線を向ければ、そこにいたのはセレナ。
俺の顔を心配そうに覗き込んでいる。
彼女の顔を見た途端、心臓がいきなり激しく高鳴るのを感じた。
「大丈夫?なんかボーッとしてるみたいだけど」
「あ、ああ。大丈夫」
ドクドクと自己主張を続ける心臓と、熱がこもり始める顔を誤魔化すかのように笑えば、セレナは“そっか”と微笑み、テールナーへのブラッシングを再開させる。
椅子に腰掛けている俺の膝上でポフレを頬張っていたピカチュウも、首を傾げてこちらを見つめている。
「なんでもないって」
「ピーカ?」
膝上の相棒は俺の言葉を聞いて納得したらしく、またポフレにかじりつく。
幸せそうなピカチュウとは裏腹に、俺の口からはため息が溢れた。
最近、なんだか調子がおかしい。
具体的に言えば、セレナが関わると調子がおかしくなる。
さっきみたいに話しかけられれば心臓が煩くなるし、目が合えば顔が熱くなる。
こんな事は初めてだった。
どうしちゃったんだろうな俺。
風邪でも引いたのかな?
それなりに人が集まっているこのポケモンセンターの中心で、椅子に座りながら考える。
けれど、この症状の原因は考えても考えても分からない。
不意に、遠くでマシンの調整を行っているシトロンの姿が目に入る。
あいつなら物知りだし、この症状が一体なんなのか分かるかもしれない。
後で相談してみようかと考えていると、隣に座ってポケモンたちのブラッシングをしていたセレナが突然立ち上がった。
「私、ちょっとポケビジョン観てくるね!」
「うん、行ってらっしゃーい!」
1人でPCの方へと歩いていくセレナ。
そんな彼女に、デデンネを撫でていたユリーカが手を振る。
小走りで去っていくセレナの後ろ姿をボーッと見ていて、ハッとした。
まただ。
またセレナの姿を目で追っていた。
いつもいつも気付けばセレナの姿を探してしまっているのも、最近出はじめた症状のひとつ。
シトロンやユリーカ相手にこの症状が出た事は一度もない。
セレナに限って現れるこの症状の正体を、俺は知らない。
「あれ、セレナさんじゃないですか!?」
考えに耽っていると、セレナの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
“セレナ”という単語に敏感になっている俺は、当然その声のする方へと視線を向ける。
すると、PCの前に座っていたセレナの周りを、数人の男たちが囲んでいる光景が目に入ってくる。
男たちは興奮気味にセレナに詰め寄っているが、どうやら彼女の知り合いというわけではないらしい。
「この前のマスタークラスファイナリストのセレナさんですよね?」
「ええ、そうですけど…」
「うわラッキー!俺超ファンなんです!握手してください!」
「俺も俺も!」
セレナとの距離を詰め、握手を求めてくる男たちに、セレナは笑顔で対応している。
パフォーマーはファンがいればいるほど大きな存在になれる。
それを知っているセレナは、決してファンをないがしろにはしない。
ファンサービスをはじめたセレナを、俺はユリーカと並んで見つめていた。
「セレナすごいね!あんなにファンがいるなんてさ!」
「あぁ…」
けど、随分距離が近くないか?
もう少し離れろよ。
あんなに大勢で囲まれたらセレナが困るだろ。
ほらみろ、セレナのやつちょっと困った顔してるじゃないか。
セレナもセレナだ。
あんなのテキトーにあしらって戻って来ればいいのに。
……あれ?
俺、なんでこんなにイライラしてるんだ?
別にセレナがファンに対応するなんて普通のことじゃないか。
それがパフォーマーの正しいあり方なんだから。
それなのに俺、どうして…。
「あの、よかったら写真もいいですか?」
「は、はぁ…いいですよ」
握手やサインだけに飽き足らず、男たちの1人が写真を要求しだした。
セレナが断るわけもなく、1人の男がセレナの隣に寄り添い、彼女の肩を抱いた。
「なっ…!」
その光景を見て、反射的に立ち上がってしまった。
おかげで膝にいたピカチュウは床に滑り落ち、俺に抗議の声を挙げている。
その声が耳に入ってこないほどに、俺はセレナが男に肩を抱かれている光景に見入っていた。
「サトシ?どうしたの?なんか怖い顔してるよ」
突然立ち上がった俺に驚き、心配そうに声をかけてくるユリーカ。
そんな彼女になにか返事をしてやる余裕もなく、俺は自然とセレナたちの方へと足を進めていた。
一歩、また一歩とセレナたちとの距離を縮めていく。
近付いてくる俺にいち早く気付いたのはセレナだった。
キョトンとした表情でこちらを見つめてくるセレナの手をとって、強く引き寄せる。
「え、サトシ!?」
「お、おいお前なんなんだよ!」
黙ってセレナの手を引いて歩き出せば、男たちが怒鳴り散らしてくる。
セレナは強引に手を引く俺に抵抗する事は無かったが、文句を垂れる男たちに気を遣い、振り返りながら“ごめんなさい”と謝っていた。
男たちを気遣うセレナに対しても、何故だかイライラが募ってくる。
どうしてだろう。
セレナに対してこんなにも怒りを覚えた事は一度もないのに。
「サトシ!どうしたの?ねぇサトシってば!」
ようやく男たちから離れたところで、セレナが名前を呼んできた。
立ち止まってみたけれど、セレナを捕まえている手は何となく離したくなくて、彼女の手を掴んだままである。
「ごめんセレナ。なんか、イライラして…」
「へ?」
「セレナがあいつらと話してるの見てたら、なんでかイライラしたんだよ」
「サトシ、それって…」
背を向けたままであるため、セレナがどんな表情をしているのかは分からない。
けれど、戸惑っているのはその声色から判断できる。
困らせたかったわけじゃない。
顔を見て弁明したい。
でも、今セレナの顔を見てしまったら、動揺して上手く話せなくなる気がした。
「俺さ、最近何か変なんだ。セレナのこと考えると心臓が煩くなるし、いつの間にかセレナのこと目で追ってるし、それに、セレナが他のやつと話してるとこう……モヤモヤするっていうか…」
「…それ、本当なの?」
少しだけ震えた声が背後から聞こえる。
セレナは今、どんな表情をしているのだろうか。
気になる。
けど、振り返る勇気がない。
「ああ。けど、この症状の原因がどうしても分からないんだ。だから、今ので嫌な気持ちになったのならごめ……」
「サトシ!」
言葉を阻まれたかと思ったら、後ろにいたはずのセレナが前へと回り込み、俺に微笑みかけてくる。
その頬は少しだけ赤く染まっていた。
まさか回り込まれるとは思っていなかったため、また俺の心臓は一瞬にして煩くなる。
「私もね、サトシと同じなの。サトシのこと考えるとドキドキするし、いつの間にかサトシのこと目で追ってる。それに、サトシが他の女の子と話してるのは、出来れば見たくない。どうしてこんな気持ちになるのか、その原因もよく分かってるわ」
セレナの言葉に、俺は戸惑いを隠せなかった。
相手も同じ症状だったなんて……。
頬を赤く染めながら、もじもじと控えめに話すセレナの姿は、なんだかとても魅力的に見える。
言葉では言い表せないような、こんな複雑な感情を1人の女の子に抱いたのは初めてだった。
この気持ちは一体なんだろう。
「教えてくれセレナ。俺は一体…」
赤らんだ頬、潤んだ瞳で微笑みかけてくるセレナの顔を見ていると、たまらなく胸が締め付けられる。
知りたい。
この気持ちの正体を。
そしてセレナは、その小さな口を開く。
「それはね」
鈴を転がすような綺麗な声とともに、何かが始まる音がした。