Mizudori’s home

二次創作まとめ

僕はどうかしている

【タイユニ】

ゼノブレイド3

■ゲーム本編時間軸

■短編


「タイオンってアタシのこと結構好きだよな」


何の脈絡もないその言葉に、タイオンは手に持っているスプーンを手放してしまいそうになった。
急に何を言い出すんだ。彼女は。
対面の席に座り、同じメニューを食べているユーニを見つめながらタイオンは眼鏡の位置をなおした。
 
久しぶりにアグヌスキャッスルに立ち寄った一行は、ゴンドウの依頼でキャッスル内の雑用を頼まれていた。
各自で手伝えそうな仕事を請け負った一行は、今日一日別々に行動している。
請け負った仕事がひと段落ついたタイオンは昼食を摂るために休憩所へ立ち寄ったのだが、そこでたまたま一緒になったのがユーニであった。

一緒に旅をしているとはいえ、2人きりで食事を摂る機会はあまり無い。
取り留めのない会話を交わしていた2人だったが、突然空爆の如く爆弾のような話題を投下してきたユーニの言動に、タイオンは思わずフリーズする。


「急に何の話だ」
「アタシのこと何かと気遣ってくれるし、ずっと話聞いてくれるし、なんだかんだ優しいし?」


シチューを頬張りながら、ユーニはチラリとタイオンに視線を向ける。
この休憩所で二人一緒に食事を始めたとき、タイオンはユーニに“疲れていないか”と声をかけていた。
今日は朝から肉体労働が多かったため、アグヌス人と違ってひ弱なケヴェス人であるユーニには荷が重いだろうと踏んでの気遣いだった。
その会話があった上で先ほどの“好きだよな”発言に至ったのだろう。
 
確かに嫌いかと言われれば嘘になる。
出会ったばかりの頃はあまりに自由奔放な彼女の性格にうんざりしたこともあった。
が、思ったことを素直に口にできる性格だからこそ、その言葉に背中を押されたことが何度もある。
旅を始めたばかりの頃に比べれば、タイオンの中でユーニという存在は、ただの“相方”と呼ぶには物足りない相手へと変化していた。


「…まぁ、嫌いではないが」
「そこは好きって言うところだろ?」
「仲間として信頼はしている。だが性格は正反対だしものの考え方も価値観も違う。相容れない部分のほうが多いのは事実だろう」
「それは確かにな」


常に思考を巡らせて手足を動かすタイオンと、考えるよりもまず動くことを善しとするユーニは、性格も考え方も全く異なる。
まるで磁石のSとNのように対極に位置している2人は、重なり合う部分のほうが少ない。
共感できる部分が少ないからこそ喧嘩も多く、ノアとミオ、ランツとセナといった他の仲間たちに比べて打ち解けるのに時間がかかったのも事実だった。
 
ウロボロスの力を共有している相方とはいえ、彼女の全てに共感し理解できるというわけではない。
そもそも別の人間なのだから当たり前なのかもしれないが。


「けど、アタシは結構好きだぜ?タイオンのこと」


さらりと言い放たれた言葉に、再び手が止まる。
シチューを食べようとしたタイミングでその言葉が飛んできたため、口を開けたままタイオンは体を固くさせた。
そんな彼を見つめながら、ユーニは頬杖をつきニッと笑う。
どうせまた“素直じゃない”だの“面倒臭い”だの文句を言われるものだとばかり思っていたが、彼女はまっすぐ好意的な言葉を投げつけてきた。
それも剛速球で。
あまりの不意打ちに、タイオンはターキンが豆鉄砲を食らったように面食らう。


「ごちそうさーん」


だが、タイオンが何かを言う前にユーニは食器を乗せたトレイを持ち上げテーブルから立ち上がる。
どうやら一足先に食べ終わってしまったらしい。
言いたいことだけ言って去ってしまったユーニの背中を、タイオンは呆然と見つめた。
 
口に運ぼうとしたスプーンを置き、足を組み、頬杖を突く。
脳裏に反響するのは先ほどのユーニの言葉。
好き。スキ。すき。
あれはどういう意味だ?“好き”にも色々な種類があるだろう。
友愛としての“好き”。親愛を表す“好き”。
彼女の言う“好き”は果たして何を意味する“好き”なのか。
 
例えばユーニはモフモフしているからという理由でビビットが好きだと言っていたが、ビビットと同列という意味で“好き”という言葉を使ったのかもしれない。
だとしたら自分は彼女の中でビビットのような存在と言うことか。
それはなんだか癪に障る。

足を組み替え、再びシチューを口内に運ぶ。
咀嚼しながらも、ユーニから贈られた言葉の意味をずっと考えてしまう。
言葉一つに思考を奪われるだなんて柄じゃない。
だが、なぜか考えずにはいられない。
考えれば考えるほど、落ち着かなくなっていくのは何故だろうか。


***


ティーに初めて足を踏み入れて以降、一行はこのシティーを拠点に旅を続けていた。
ロストナンバーズの寄宿舎に部屋を借り、住人や兵たちの困りごとを解決しながらメビウスの動向を追う日々。
 
殺伐とした旅を続けながらも、タイオンはこのシティーで一つの楽しみを見つけていた。
それが、シティーで名物となっているバスティールである。
食事としてもスイーツとしても楽しめるこのシティー名物をタイオンはいたく気に入っている。
今日もまた、暇を見つけてバスティールの露天へと向かうタイオン。
そんな彼の傍らには、珍しくユーニの姿もあった。
寄宿舎を出ていく相方の背中を見つけ、バスティールを買いに行くのだろうと予想を付けてついてきたのである。


「チョコットソースにふわクリームスキートシロップ…。どちらにすべきか」
「いつまで悩んでんだよ」


露店の外に置かれている立て看板の前にしゃがみ込みながら考え込んでいるタイオンの背後から、頭の後ろで手を組んでいるユーニが呆れたように呟いた。
バスティールを買いに行くたび、立て看板の前でこうして悩み続けるタイオンの姿はもはや恒例となっており、ユーニも何度もこの光景を目にしたことがある。
ウロボロス一行のブレインである割に案外優柔不断なところがあるタイオンは、甘めのトッピングをふたつ挙げて悩んでいるようだった。


「僕のことは気にせずさっさと注文すればいいだろ」
「へいへい」


勝手についてきたくせに文句の多いやつだ。
看板を眺めながら心で悪態をつくタイオン。
そんな彼の脇を抜け、ユーニは先に露店の店主に注文を伝え始めた。
 
“チョコットソーストッピングがひとつとふわクリームスキートシロップトッピングがひとつ”
 
聞こえてきた注文内容は二つ分のトッピングだった。
そんなに食べるのか。随分空腹だったんだな。
そんなことを思っていた矢先、看板を見つめていたタイオンの視界に一本のバスティールが差し出された。
チョコットソーストッピングのバスティールのようである。


「ほらタイオンの分。分け合えばどっちも食えてお得だろ?」


ユーニのもう片方の手に握られているのはふわクリームスキートシロップトッピングのバスティール。
どちらも食べるためにふたつ注文したわけではなく、どちらにするか悩んでいたタイオンのために二つ注文したということか。
聡いタイオンは、そんなユーニの気遣いに感付いてしまう。
差し出されたバスティールを受け取ったタイオンは、ゆっくりと立ち上がった。


「…まぁ確かに、その方が効率はいいな」
「だろ?」
「君はいいのか?ほかに食べたいメニューがあったんじゃないか?」
「まぁあったけど。これも美味いしな」


手に持ったバスティールに豪快にかぶりつくユーニ。
口の端に白いクリームを付けながら笑う彼女は、満足そうに笑っている。
ユーニから受け取ったチョコットソースのバスティールに自分もかぶりつくと、口内に甘く、そしてほろ苦い風味が広がる。
やはり美味い。
甘いものを摂取すると脳が幸福感を得るというが、まさにその通りだと思う。
胸が躍る。心が躍る。
けれど、この胸の高鳴りはチョコットソースの甘みがもたらしたものだとはどうにも思えなかった。
 
ふと、隣にいるユーニへと視線を移す。
彼女は気分屋でがさつで、口も悪く大雑把。
その言動のほとんどが理解も共感もできないものばかりだったが、時折こうしてやけに甘く柔らかい優しさを向けるときがある。
急に優しさを配り始める彼女の行動には、動揺を禁じ得ない。
もう少し素直に礼を言えばよかったと後悔し始めたとき、自分に向けられている視線に気が付いたユーニが顔を上げた。


「なに?」
「あ、いや、別に」
「あぁ、こっちも食いたいってか?しゃーねーな、ホラ」
「えっ」


今度はユーニが食べていたふわクリームスキートシロップトッピングのバスティールが差し出された。
つい先ほどユーニがかぶりついた跡がくっきり残っている。
そもそも“分け合う”という前提でふたつ注文したのだからこの流れになることは予想できたことだが、いざ差し出されると戸惑ってしまう。
何故なら目の前のそれはたった今ユーニが食べたばかりのバスティールだから。
彼女が口を付けた部分に、自分もかぶりつかなくてはならないわけだ。
嫌と言うわけではない。
ただ心臓がやけに煩くなって、落ち着かなくなる。それだけのことだ。


「なんだよ。いらねーの?こっちも食いたかったんだろ?」
「あ、あぁ…」


彼女が持っているバスティール恐る恐るかぶりつく。
クリームの甘さがダイレクトに舌に伝わって、幸福感が高まっていく。
と同時に、顔に熱がこもっていくような気がした。
 
“美味い?”とにこやかに聞いてくる彼女に、タイオンは上擦った声で“あぁ”と短く返事をした。
何ともぶっきらぼうで愛想のない返答。
だが、これが今のタイオンが出来る精一杯の対応だった。
口元についたクリームを拭いながら顔をそらす。
これ以上、まっすぐユーニの顔を見ていられなくなったのだ。
ただユーニからバスティールを分けてもらっただけなのに、何故こんなにも落ち着かないのか。
大それたことをしているわけでもないのに。


「じゃあアタシも」


そう言って、ユーニはチョコットソースのバスティールを握るタイオンの手に自分の手を重ねてきた。
急になんだ。
驚いてぎょっと彼女を見つめると、タイオンの手ごとバスティールを引き寄せてパクっと食べてしまった。
つい先ほどタイオンが口を付けたその場所を。
“あっ”と思わず声を漏らしたタイオンを横目に、ユーニは満足そうに笑顔を浮かべながらもぐもぐと口を動かしている。
いつも男勝りな彼女のその笑顔がやけに無邪気で、視界に入れた途端頭が真っ白になった。


「そっちも美味いな」


笑いかけてくる彼女から逃げるように、タイオンは視線をそらしながら眼鏡をかけなおす。
あぁ、心穏やかではいられない。
ユーニが笑いかけるだけで、柄にもない優しさを向けてくるだけで、心が波打つ。
いつもの冷静な自分ではいられなくなる。
彼女といると、どうにもむずむずして仕方がない。
まるで振り回されているようで癪に障る。


「…寄宿舎へ戻ろう。ノア達と今後について話さなくては」
「だな」


次第に早くなる心臓の鼓動に急かされるように、タイオンは歩き始める。
その背に続く形で、ユーニも後ろからついてきた。
タイオンが背後のユーニに振り返ることはない。
結局礼を言う機会を逃してしまった。
足早に寄宿舎に向かいながら、タイオンは手元のバスティールに視線を落としながら肩を落とした。


***


ティーを出た一行は、船に乗ってカデンシア地方を横断していた。
数日かけてコロニーミューに到着した頃には、長い船旅で6人と2匹のノポンは疲れ切っていた。
気を利かせてくれたマシロをはじめとするミューの若者たちによって用意された風呂を、ノアやランツたちは数日ぶりに楽しんでいた。
 
そんな中、タイオンは一人天幕の中で瞳の機能を起動させ地図を開いている。
明日以降の経路を確認するためだ。
カデンシア地方の海は広く、どんな経路を選択しても船の上で過ごす時間は必然的に多くなる。
体力の消耗が激しくなる船上での時間を少しでも削るため、こうした前日のルート確認は非常に重要となるのだ。


「あれ、お前まだ風呂行ってなかったのか」


1人で瞳を開いていたタイオンに声をかけてきたのは、外から帰ってきたユーニだった。
牧場にいるアルマの世話を手伝っていた彼女も、またまだ風呂に入っていない。
マシロに“風呂の用意が出来た”と言われ、準備をするため天幕に戻ってきたのだ。


「あぁ。君もまだだろう?早く行ってくるといい」
「タイオンは行かねーの?」
「このルート確認が終わったら行く」
「ふうん」


パイプ式の簡易ベッドに腰掛け、足を組みながら瞳の機能を開いているタイオンの横をユーニが横切る。
荷物の中からバスタオルやシャンプーを探しているようだった。
 
さて、自分もさっさとルート確認を終わらせて風呂に入ってしまおう。
今日は一日中船の上で波に揺られていたせいか疲れている。
湯船につかって肩の凝りや腰の痛みを癒してしまいたい。
瞳に映る地図を眺めながらルート確認を行っていたタイオンだったが、そんな彼の“瞳”がない右目の視界に、ユーニの顔が突然映り込む。
足を組んでいたタイオンの膝にそっと手を置きながら、彼女はタイオンの顔を覗き込んでいた。
驚き、思わず背筋を伸ばしたタイオンにいたずらな笑みを見せながら、ユーニは言う。


「一緒に入るか?」
「は、はぁ!? な、な、なにを…!」


思わず瞳の機能を切り、盛大にうろたえる。
心臓が大げさなほど跳ね上がり、全身の血液が頭に上るようにカッと顔に熱が宿る。
動揺を隠せないタイオンの様子にプッと吹き出したユーニは、声を上げながら笑い始めた。


「冗談だよ冗談!そんなに動揺すんなって」
「だ、誰が動揺なんて…!」


いくら誤魔化そうとも、タイオンが動揺している事実は隠せそうになかった。
言い訳がましい彼の様子に、ユーニは笑みを浮かべながら彼の肩を叩いた。
“じゃあな”と軽く挨拶すると、彼女はバスタオルやシャンプーを抱えて天幕から出て行ってしまう。
 
また一人きりになった天幕の中で、タイオンはムッと唇を尖らせた。
何だ今のは。揶揄われたのか?
冷静に考えて、コロニーに所属していた頃は男女一緒に入浴していたのだからそこまで動揺する必要もないはず。
何故あそこまで動揺してしまったのだろう。
あんなに挙動不審になる必要はなかったのに。
 
狼狽えてしまったがゆえに、ユーニにからかわれるスキを作ってしまった。
彼女はいつもそうだ。こちらが少し弱みを見せるとすぐに悪戯な笑みを浮かべて揶揄ってくる。
言葉や行動で翻弄し、こちらが戸惑うと笑って“冗談だ”と去って行ってしまう。
そんな彼女の行動に振り回されてばかりだった。
 
なんだか納得がいかない。いつも彼女の好きなように翻弄されて、心を惑わされている。
たまにはこちらも彼女を揶揄ってやりたい。
自分の行動でユーニを激しく動揺させられないだろうか。
赤い顔のまま腕を組み、腹立たしさを抑えながらタイオンは対ユーニ用の策を練り始めるのだった。


***

カデンシア地方を抜けてケヴェスキャッスル地方に到着した一行は、浮遊岩礁の上でキャンプを張ることとなった。
常に雷が轟いているこの場所にしては珍しく、今日は空が晴れ渡っている。
 
簡易キッチンで作業しているマナナと、本日料理担当であるランツとミオが夕食を作るため奮闘している。
ノアとセナは少し離れたところでブレイドを素振りしており、リクに関してはジェムストーンの整理を行っていた。
暇を持て余していたタイオンは、先日シティーで購入した小説という本に視線を落としている。
その隣で、ユーニは彼が先ほど淹れたハーブティーに舌鼓を打っていた。

各々が好きなことをして過ごすこのキャンプの時間が、タイオンは好きだった。
殺伐とした闘いの日々の中で、“今日も無事生き残れた”と噛みしめることが出来る。
この時間を迎えるたび、心は平穏を取り戻してゆく。
 
ふと、隣に腰掛けているユーニへと視線を向ける。
読書をしているタイオンに気を遣っているのか、彼女は先ほどから一度も声をかけてきていない。
本に集中できるのはいいことだが、すぐ隣にいるというのに何も会話が発生しないというのもなんだか寂しい気がした。
すると、彼女の白くきれいな羽根に何かが着いていることに気が付いた。
恐らく小さな枯れ葉だろう。


「ユーニ、羽根に何かついてるぞ」
「え?」


不意に声をかけられ、ユーニはタイオンの方へと振り向いた。
どうやら羽根についたゴミに気が付いていなかったらしい。
彼女と視線が交じりあった瞬間、タイオンの頭に一つの策が浮かんできた。
これはチャンスだ。いつもから揶揄われている仕返しに、こちらもちょっとした悪戯をしてやろう。
例えば羽根についた枯れ葉を取るついでに、わしゃわしゃと羽をくすぐってやるとか。
取ったふりをして、あえてそのまま枯れ葉を付けたまま暫く放置してやるとか。
なににせよ、いつもやられっぱなしな状況を見返してやるにはいい機会だ。


「取ってやる。じっとしていてくれ」
「おう、ありがとな」


あくまで親切を装いユーニに微笑みかける。
その笑みがいつも以上に黒さを帯びていることに、ユーニは気付いていなかった。
見ていろユーニ。今すぐその余裕綽々な態度を崩し、動揺させてやる。
そして今度はこちらから揶揄ってやろう。
企みを胸に秘めながら手を伸ばすタイオン。
しかし、その羽根に触れる直前、ユーニの長いまつげが並んだ瞼がゆっくりと閉じていった。
伸ばした手がぴたりと止まる。

なんで目を閉じるんだ?
瞼についているならともかく、ごみが付いているのは羽根だぞ。
そんな顔で瞳を閉じる必要なんてどう考えてもないだろう。
自ら視界をふさいでしまったら、何をされても気付かないかもしれない。
目を閉じるユーニの顔は、いつだったかシティーで見た口づけを交わす男女を連想させた。
まるで口づけを待つしおらしい少女のような顔で、彼女はタイオンの手を待っている。

ごくりと生唾を呑む。
心臓がうるさく騒いでいる。
もはや、いたずらだとか仕返しだとか、そんなくだらない事を考えている余裕など綺麗さっぱりなくなっていた。
すると、閉じられていたユーニの瞳がゆっくりと開かれ、じっとりとした視線でタイオンをとらえ始めた。


「何してんだよ」
「へっ?」
「早く取ってくれって」
「あ、あぁ、すまない…」


いつまでたっても羽根に触れてこないタイオンを不思議に思ったユーニが、不機嫌そうに目を細めながら文句を言ってきた。
焦ったタイオンは、悪戯してやろうと画策していたことも忘れ、ユーニの羽根についた枯れ葉を素直に取り払う。
枯れ葉が離れ、再び美しさを取り戻したユーニの羽根。
彼女は自らの羽根を撫でて乱れをなおすと、タイオンの手中に収まっている枯葉に視線を落としながら小さく笑った。


「ありがとな、タイオン」


手に持ったハーブティーカップに再び口を付けるユーニ。
そんな彼女の横顔を見ていると、再び心臓が握り込まれたように苦しくなった。
まただ。またユーニのペースに呑まれてしまった。
彼女がただ瞳を閉じただけで動揺するだなんて僕らしくもない。
どうしてこんなにもあっけなく振り回されてしまうのか。
悔しい。腹が立つ。
と同時に、また心がむずむずしてきた。
首の辺りが無性にかゆい。
だがなぜだろう。心が湧きたって落ち着かない。
僕はどうかしているのか。

自問自答しても答えを得られないまま、タイオンは小説へと視線を戻す。
しかし、いくら並んでいる活字を凝視しようとも、小説の中の世界に集中することはできそうにない。
どれだけ集中しようと努力しても、意識がふわりふわりと浮き上がり、右隣に座っているユーニへと吸い込まれてしまう。
らしくない。らしくないぞ僕。
自分にそう言い聞かせながらも、タイオンは結局1分たりとも集中することが出来なかった。


***


野外でキャンプを張る際は、基本的に誰か一人を見張りにたてて時間が経ったら交代することになっている。
見張りの順番は当番制で、今夜最初に見張りをするのはタイオンの役目だった。
ノアやミオたちに“おやすみ”と軽く挨拶を交わし、タイオンは寝袋が並んだ場所から少し離れた場所で焚火を起こし、空を見上げる。
そんな彼の隣にやってくる一つの人影があった。
ユーニである。
いつもの薄着のまま黙ってタイオンの隣に腰掛けた彼女は、目の前で燃え盛る焚火に枝を投入しながらあくびをもらした。


「寝ないのか」
「あぁ」
「なんで」
「なんとなく」
「休めるときに休んでおいた方がいいぞ」
「でも一人で見張りって退屈だろ?二人で一緒にやったほうが時間たつの早いかなって」
「一人でも二人でも変わらないだろ。どちらにせよ見張りは退屈なものだ」
「そうかぁ?アタシはタイオンと一緒にいるの結構楽しいけど?」


焚火の火がパチンと跳ねた。
その音と共に、心臓がまた跳ね上がる。
さらりと言い放たれた言葉に、舞い上がっている自分がいる。
 
“好き”だとか“楽しい”だとか、彼女はどうしてそんな好意的な言葉を簡単に吐けるのだろうか。
少しは恥じらいだとか遠慮だとか、そういう心はないのか。
彼女が惜しみなくそういう言葉を使うから、その好意を浴びるたびに心が躍ってしまう。
無様に喜びを感じてしまう。
どうせ彼女は特に深い意味もなくそういう言葉を使っているに違いないのだ。
そんな軽い言葉たちにいちいち喜ぶなんてばからしい。
分かっていながらも、羽毛のようにふわりと浮き上がる心を抑えられそうになかった。


「またそうやって冗談を」
「んー?」
「君はいつもそうだな。僕をからかうために思ってもいないことばかり言う。いちいち本気にすると思ったか?」
「んー…」
「そうやって軽い言葉を次から次へと吐くのもいただけない。君は楽しいかもしれないがされた側は戸惑うだろ。いや、僕は全く戸惑っていないが」
「んー。ふあぁぁ…」


タイオンのぼやきに、ユーニはあくびをしながら適当な返事を返す。
そんな彼女の態度がやっぱり気に入らなくて、タイオンは視線をそらしながら愚痴っぽく言葉を続ける。


「だいたい、君は態度が軽すぎる。他人をからかうような言動ばかりとって、勘違いされたらどうする。相手が僕だから本気にせず済んでいるが、もし思慮の浅い人間だったら無駄に期待して無駄に心躍らせているところだぞ。相手を期待させる言動はいい加減控えたほうがいい。ちなみに僕は全く期待もしていないし勘違いもしていないが。それに――」


タイオンの言葉が終わるよりも前に、肩にストンと重みが乗ってくる。
視界の端にはユーニの白い羽根。
彼女の柔らかな髪の感触が、首筋にあたってほんの少しくすぐったい。
ユーニがふざけて肩に頭を乗せてきていることはすぐに理解できた。
あぁ、たま揶揄われている。
もうだまされないぞ。どうせ悪戯を仕掛けて後で笑うための行動に違いない。
ひとつ文句を言ってやろう。


「ユーニ、君はまたそうやって――」


肩に寄りかかっているであろうユーニに抗議するため視線を向けた瞬間、思考が停止した。
瞼を閉じ、規則正しい寝息を立てている彼女の行動は、故意による悪戯などではない。
睡魔に襲われ、そのまま眠ってしまったがゆえに寄りかかってきてしまったらしい。
揶揄われているわけではなかった。
その事実を咀嚼した瞬間、顔に熱がこもっていく。
なんだ、寝てしまうほど眠かったのなら、ノアやミオたちと一緒にさっさと寝床に行けばよかったのに。
なんでいちいち見張りに付き合ったりしたんだ。

“一人で見張りって退屈だろ?”

脳裏に反響するユーニの声。
柔らかい笑顔は焚火の優しい明りに照らされて、やけに綺麗だった。
もしかして、気を遣ったのか?
1人で見張りをしている僕のために。

穏やかな顔で眠っている彼女の顔を覗き込むと、小さく開かれた口から吐息が漏れている。
前髪が目にかかって、彼女の顔がよく見えない。
見たい。もっときちんと彼女の寝顔が見たい。
ゆっくりと手を伸ばし、指でそっと彼女の髪を耳にかけてやると、彼女の長い睫毛がよく見えた。
無垢で、傷を知らないその顔は、起きているときに比べて随分とあどけなかった。
何故だろう、この顔をずっと見ていたくなる。

なんだか、可愛い。

そう思った瞬間、心臓がバクバクと高鳴り始めた。
彼女はこの小さな口で、自分のことを“好き”と言っていた。
“タイオンと一緒にいるのは楽しい”とも。
その言葉は本当なのか。本心からくる言葉なのか。
真意はわからない。
 
彼女の心の中に入って、その目から僕を覗き込んだら、彼女が何を想っているのか少しは分かるのかもしれない。
けれど、タイオンとユーニは別の人間だ。
その心を細部まで読み解くことなどできるわけがない。
だからこんなにも切なくなるのだろうか。
相手の心が知りたくて、どう思っているのか暴きたくて、好かれたくて。
言動一つ一つに一喜一憂してしまうのだ。

どうかしているな、僕は。

彼女が眠っているのをいいことに、タイオンはユーニの手を取りその指に自分の指を絡ませた。
まだ温かい彼女の熱を手のひらに感じながら、再びユーニの顔を見つめる。
こんなこと、ユーニが起きているときに出来るわけがない。
どうせまた揶揄われるだけだ。
だから、こうして彼女が眠っているときにしか距離を縮めることが出来ないのだ。

彼女の手を握りしめながら焚火の炎を眺めていると、手から伝わる温もりのせいかだんだんと眠気が襲ってきた。
瞼が重くなっていく。
まるで甘いものを食べたときのように、脳内がとろけていく。
ユーニが隣にいて、触れ合っているというだけでふわりと浮つくような幸福感に包まれた。
やがて、タイオンはそっと瞼を閉じるのだった。


***


瞼の向こうの眩しさに、タイオンはそっと目を開けた。
眼鏡をしていないため視界がぼやけているが、どうやら寝袋の上で眠っているらしい。
昨晩は見張りをしていてそのままうとうとしてしまった気がするが、いつ寝袋に移動したのだろう。
ようやく頭がさえ始めた頃、腕の中で何かを抱きしめていることに気が付いた。
なんだこれは。視界がぼやけてよく見えない。
腕を上げ、枕元に置いてあるであろう眼鏡を手探りで探す。
ようやく探し当て、いつもの調子で眼鏡を装着すると、視界がようやくクリアになっていく。
そして気付いてしまった。自分が抱きしめている“なにか”の正体を。


「うわぁっ!!」


タイオンは奇声を上げ、抱きしめていたユーニの体をとっさに押しのけた。
すやすやと眠っていたユーニは、押された拍子に背後にあった切り株に後頭部を強打してしまう。
ゴンっという鈍い音と共に目を覚ましたユーニが後頭部に手を当て体を丸めた。


「いってぇぇえ…!」
「あっ、す、すまないユーニ…。いやじゃなくて!なんで君が僕の腕の中にいるんだ!」
「はぁ?」


何故ユーニを抱きしめて眠っていたのか、タイオンには全く記憶がなかった。
となれば、ユーニが自らタイオンの腕の中に潜り込んできたとしか考えれない。
真っ赤な顔をしながら抗議してくるタイオンだが、当のユーニには彼が何の話をしているのかさえ理解が出来ていない。
ただ、起きたと同時に体を乱暴に押され、切り株にぶつけられたという事実しか頭で理解できていなかった。


「おー、2人ともやっと起きたのか」
「おはよ、タイオン、ユーニ」


起きて早々口喧嘩を始める勢いの2人に声をかけてきたのは、早朝から鍛錬にいそしんでいたランツとセナだった。
予定では、彼らはタイオンの次に朝まで見張りをする手筈だった。
もしや、と思い彼らに恐る恐る視線を向けると、筋トレを終えたばかりでわずかに汗をかいている彼らは眩しいほどの笑顔をこちらに向けていた。


「二人とも感謝しろよ?居眠りしてたお前らをここまで運んだのは俺とセナなんだぜ?」
「やっぱり君たちかっ!」


眼鏡をなおしながら勢いよく立ち上がるタイオンに、ランツとセナは一歩後ずさる。
何をそんなに怒っているのだろうか、と不思議そうに顔を見合わせていた。


「なんだよ、感謝される覚えはあっても怒られる覚えはないぜ?」
「運んでくれたのはありがたいが抱き合わせる意味はないだろう!」
「抱き合う…?」


状況が未だ理解できていないユーニは、怒っているタイオンの言葉に首を傾げた。
彼女は、寝ている間タイオンに抱きしめられていた事実をまだ知らない。


「だって、随分仲良さそうに寄り添って眠ってたから…ねぇランツ?」
「おう。手も繋いでたしなぁ」
「なっ…!」


顔を見合わせるランツとセナの言葉に、タイオンの記憶が呼び起こされる。
寄り添ってきたユーニの吐息に誘われ、思わず手を握ってしまったあの光景が、ありありと脳裏によみがえってきた。
タイミングを見て手を放そうと思っていたのに、まさかあのまま眠ってしまっていただなんて。
だが、ずっと眠っていたユーニにはまったくピンときていないようで、怪訝な表情を浮かべながらタイオンを見上げていた。


「おいタイオン、何の話だよ?手繋いでたって…?」
「い、いやなんでもない!なんでもないから!」
「あんなに仲良さそうに密着して寝てたんだから離して寝かせるのは可哀そうかなって思ったんだよ」
「そうそう!タイオン、ユーニの手をぎゅーって握ってたもんね!」
「やめてくれ!頼むからそれ以上言わないでくれ!」
 

あぁ、何故あんなことをしてしまったのか。
やっぱり僕はどうかしている。
耳をふさぎ、しゃがみ込んで丸くなり始めたタイオン。
大いに狼狽える彼の行動は、ランツやセナの目には非常に面白おかしく映った。
しかしながら、ユーニにはいつまでたってもタイオンがうろたえている理由も、彼らの話の内容も咀嚼できていない。
ただ、赤い顔でばつが悪そうにしているタイオンの背中を見ながら頭にクエスチョンマークを浮かべるしかできなかった。
結局、タイオンとランツ、セナの攻防は、ノアとミオが起きてくるまで続いたのだった。