Mizudori’s home

二次創作まとめ

問1.あなたの好きな人について

【タイユニ】

ゼノブレイド3

■ゲーム本編時間軸

■短編


見上げた星空は、皮肉にもいつもより輝いて見えた。
夜の星ってこんなに綺麗だったっけ。月ってあんなに丸かったっけ。空ってあんなに真っ黒だったっけ。
そんな不毛なことを考えてわざと意識を別のところへ持って行こうとするが、どうしても忘れられそうもない。
明日から自分たちはどうなるのだろう、という漠然とした不安を。

それは突然の出来事だった。
キャッスルからの勅命という、いつもとは空気感の違う任務ではあったが、アグヌスとの戦闘を伴うという面ではいつもと変わらない仕事のはずだった。
おくりびとのくせに前線で奮闘しようとするノアをいつも通り守って、体を張って無茶をしようとするランツをいつも通り回復させて、襲い来る顔も名前も知らないアグヌスの兵たちを斃す。
何もかもがいつも通りのはずだった。
なのに、戦って命を奪うという殺伐とした日常が、今日という一日であっという間に崩れ去ってしまった。

あの顔中しわしわだった男、ゲルニカは、ウロボロスだのメビウスだの運命共同体だの、訳の分からないことを言っていた。
その言葉の意味は半分も理解出来なかったけれど、自分たちは今目の前にいる気に食わないアグヌスの連中と“特別な関係”になってしまったことだけは理解できる。
 
理解力はある方だ。座学も苦手ではなかったし、割と楽しいと思える。
けれどユーニには適応力が欠けているという自覚があった。
例えばいつも妙に聞き分けがいいノアのように、状況を飲み込んですぐに受け入れるだけの適応力と順応性があれば、もう少し落ち着いていられたかもしれない。
だが、自分はノアとは違う。
1期の頃から敵だと刷り込まれてきた相手と一緒に無防備に夜を明かせるほど肝は据わっていない。

シュラフに寝ころんだまま、ユーニは焚火の周りに目をやった。
2匹のノポンは既に並んで眠っている。呑気なものだ。
ランツはいつも通り寝る前の筋トレに勤しんでいて、少し離れた場所でアグヌスの青い髪を持つ少女、確かセナと名乗っていた少女も同じように筋トレをしている。
そういえば自己紹介の時、彼女は筋トレが趣味だと言っていた。
距離をあけて腕立てをしている二人だが、互いにチラチラと視線を送り合っている。
そこに会話はないものの、同じ趣味を持つ者として互いの存在を気にしているのだろう。

焚火を挟んだ向こう側には、ノアが椅子に腰かけている。
その隣に座っているのは、獣の耳を持つアグヌスのおくりびと、名前は確かミオ。
2人はメビウスと呼称されていたあの化け物と戦った際、妙な力によって共闘を果たしていた。
ゲルニカはその力を“ウロボロス”と呼んでいたが、詳しいことはまだよくわからない。
けれど、“ウロボロス”になって一緒に戦うと、妙な連帯感が生まれるらしい。
現にノアとミオは、先ほどまでブレイドを交えていたとは思えないほど馴染んでいる。
まるでずいぶん昔から知った仲であるかのような距離感だ。
ウロボロスになると、あんなふうに気を許し合えるのか。
まだ誰とも“インタリンク”していないユーニには、敵同士であったにも関わらず微笑み合えるノアとミオの気持ちは理解できなかった。

ふと、焚火の脇に置かれた簡易テーブルに腰かけている男へと視線を送る。
褐色の肌に黒縁の眼鏡。ランツほどではないものの、それなりの長身にところどころ跳ねた癖毛。
そして肩のあたりをしきりに浮遊している変な紙のようなブレイド
そのすべてが見慣れなかった。
 
名前はタイオン。珍しい名前だったので一番最初に覚えられた。
第一印象としては、“なんだか頭が固そうなやつ”だった。
戦闘の後、一番敵対心を剥き出しにしていたのは彼だったし、ランツほどではないもののこの状況に強い拒否反応を示していた。
自己紹介も名前と所属だけぶつぶつ言っただけで、何が得意なのか何が趣味なのかも教えてくれていない。
ミオやセナに比べて、あのタイオンと名乗る青年だけ、ユーニの中で情報が明らかに少なかった。

興味がないと言ったら嘘になる。
ずっと相容れなかったアグヌスの連中がどんな人間なのか、知りたい気持ちはそれなりにあった。
けれど、だからと言って積極的に親しくなろうとは思えない。 
アグヌスは敵。その固定概念が、ユーニの中に未だ強く残っているからだ。
 
だが、だからと言っていつまでも遠ざけてはいられない。
一緒にシティーを目指すと決めた以上、無駄に仲違いして亀裂を生めば自分たちの生死にも関わってくる。
息を合わせて乗り越えなければならない困難が、この先次々と襲い掛かってくるだろう。
いつか来るその時のためにも、少しは距離を縮めておく必要があるのかもしれない。

ノアにはインタリンクしたミオがいる。
ランツは同じ趣味を持ったセナと相性が良さそうだし、自分の役目はこのタイオンとかいう男と距離を縮めることにあるかもしれない。
今のところ親しくなれる要素は皆無だが、話してみれば案外いい奴かもしれないじゃないか。
こういうのは柄じゃないが、今後のためにも少し頑張ってみよう。
そう決意すると、ユーニは寝転がっていたシュラフから立ち上がり、ゆっくりとタイオンの元へと歩み寄った。
そして、数時間前まで自分を殺そうとしていた男に、恐る恐る声をかけてみる。


「あのさ、それ、何飲んでんだ?」


話すきっかけは何でもよかった。
ただ、一番最初に目についたのが簡易テーブルの上に置かれたマグカップだったので、それを話題として適当に選んだまでのこと。
彼が何を飲んでいようと特に興味はなかったが、これで会話が広がるなら別にいい。
だが、ユーニの問いかけに全く答えることなく、タイオンは左のこめかみのあたりを押さえたまま何も反応がない。
聞こえなかったのだろうか。


「なぁ、聞いてんのか?」
「……」
「おいって」
「……」
「タイオン!」
「はぁ……」


何度呼び掛けても反応がないタイオンに苛立ち、半ば怒鳴るように名前を呼びながら顔を覗き込むと、彼の左目が薄い光を放っていた。
そこでようやく気付く。彼が“瞳”を見ていたということを。
そういえば、アグヌスでは“瞳”の機能が左目に入っているんだった。
普段右目で“瞳”を見ていたため、左のこめかみを押さえているタイオンの行動が“瞳”を起動させているためのものだったとは思い至らなかったのだ。

しまった。“瞳”で何か見ていた最中だったのか。
集中しているところを邪魔してしまったかもしれない。
“悪い”と言おうとして口を開きかけたその瞬間、タイオンはため息とともに随分苛立った視線をこちらに向けてきた。
眼鏡のレンズ越しに相手を威圧するようなその目つきに、ユーニは少しだけむっとする。


「なんだ?」
「いや、何飲んでんのかなって思っただけ」
「用件はそれだけか?そんなクダラナイことでいちいち声をかけないでくれ」
「は?んだよその言い方。こっちは親切心で声かけてやったのに」
「声をかけてくださいと一言でも頼んだか?見ての通り今僕は明日以降のルートを確認しているんだ。大した用もないなら馴れ馴れしく声をかけないでくれ」
「なっ……」


こちらが心の扉を叩く前に、タイオンは派手な音を立てながらシャッターを下ろしてしまった。
不機嫌そうに鋭い目をしたまま再び“瞳”に集中し始めるタイオン。
もはや、ユーニと会話する気など一切ないらしい。
拭えない敵対心を隠そうともしないタイオンの態度に、元々穏やかではない性格のユーニは苛立ちを倍増させていく。

なんだこいつ。
こっちが気を利かせて距離を縮めようとしたのに、余計なお世話だってのかよ。
アタシだって本当はお前なんかと話したくなんかねぇよ。
でも仕方ねぇだろ、一緒に行動するって決めたんだから。
いつまでそうやって敵扱いする気だよ。
お前がそういう態度で来るなら、アタシだってもう知らない。勝手にしやがれ


「あぁそうかよ。悪かったな馴れ馴れしくして。もう二度と声なんてかけねぇから安心しな!」


“是非そうしてくれ”
そんな嫌味ったらしいタイオンの追撃を背中に受けながら、ユーニはドスドスと大きな足音を立てながらシュラフに戻り、ふて寝を開始した。
もう視界にアイツを入れたくない。
タイオンがいる方に背中を向けて寝転がると、視線の先に仲良く寄り添って眠っている2匹のノポンがいた。

ノポンとはいえこいつらもさっきまで敵同士だったのに、よくそんな無防備に寝れるよな。
アタシには無理だ。あんな嫌味ったらしくて頭が固くて態度も悪い奴と仲良くするなんて。
 
ふと、背後からノアとミオの会話が聞こえてきて視線を向ける。
焚火越しに見える二人は、ミオの日記に揃って視線を落としながら親し気に会話をしていた。
さらにその向こうでは、距離をあけて筋トレに勤しんでいたランツとセナが、トレーニングを中断させてたどたどしく会話を始めている。
まだ視線は合わせていないが、時折微笑みながら言葉を交わしていた。
その光景を横目に見ながら、ユーニはため息をつく。

ノアとミオの間に起った“インタリンク”。
もしあの力を自分たちも使いこなせるのだとしたら、自分はセナかタイオンと組むことになる。
けれど、たぶんセナの相手はランツになるような気がした。
あの二人は共通点も多そうだし、相性も悪くはなさそうに見える。
そうなったら、自分のパートナーになるのはきっとあのタイオンなのだろう。
あいつと一緒に戦えるのだろうか。
ノアやミオがしたように体と命を共有して、息を合わせて戦うなんてこと、アイツと出来るのだろうか。
ムリだ。絶対に出来ない。出来るわけがない。
あんな奴と組むなんて、まっぴらごめんだ。


「はぁ……最悪」


やはり自分には、ノアのような適応力はないらしい。
もっと大きな器があれば、タイオンの嫌味も腹の立つ態度も笑って受け流せたのかもしれない。
だが、自分はそういう人間じゃない。
こういう性格じゃなければ、もう少しうまくやれていたのだろうか。
そんなことを考えながら目を閉じてみるが、やはりうまく眠れそうになかった。


***


見上げた星空はいつも通り輝いて見えた。
今日も星が良く見える。月は昨日と同じように美しいし、夜の闇もいつもと変わらない。
何も変わり映えのない空をシュラフに寝転がりながら見つめ、ユーニは考える。
このアイオニオンが形成される前の世界でも、同じように夜の星は輝いていたのだろうか、と。

ユーニは元々、こんな風に哲学的なことを考えるような性格ではない。
与えられた状況を特に考えることなく受け入れ、常識を常識として疑わず、この世界に疑問を持つことも思考を巡らせることもしてこなかった。
そんな彼女が、世界の成り立ちだの生きる意味だの、深いことを考え始めたのはきっとウロボロスの力を手に入れたのがきっかけだ。
あの時から、ユーニの10年で終わるはずだった運命は大きく変わってしまった。

まさかアグヌスの者たちと一緒に旅をすることになるとは思わなかったし、人間が10年の限界を超えて生きられるだなんて知らなかった。
死んだはずのヨランと敵対することも予想がつかなかったし、アグヌスの女王、ニアと直接会話する機会に恵まれたのもまさに予想外。
ケヴェスの女王ならともかく、敵側だったアグヌスの女王に謁見することになるだなんて、3か月前までは全く想像していなかった。
そして、そのニアから聞かされたアイオニオンの成り立ちも、想像どころかまるで考えの至らない場所にある事実だった。

そりゃ哲学的にもなるって。

自分自身に言い聞かせるように心の中で呟く。
ふと周囲に目をやれば、夜の星空と同じくらいいつも通りな仲間たちの姿が見える。
二人並んで楽し気に会話をしているノアとミオ。
すぐ近くで筋トレに勤しんでいるランツとセナ。
寄り添って眠っているリクとマナナ。
そして、簡易テーブルに腰を掛けてマグカップに口をつけているタイオン。
野外でキャンプをするときの光景は、ウロボロスになったあの日と何も変わっていない。
変わったことがあるとするなら、短かったミオの髪が腰まで伸びたことくらいだろうか。

目を閉じてみても、やって来るのは睡魔ではなく鬱陶しい哲学的な疑問のみ。
こんな難しいことばかり考えるなんて、自分らしくない。
それもこれも、ニアから一気に理解しがたい世界の理を聞いてしまったせいだ。
 
気紛らわせたい。そう思ったユーニは、眠れない体を無理やり起こしてシュラフから立ち上がる。
一番に向かった先は、タイオンの元だった。
一人で静かにハーブティーを飲んでいる彼に話し相手になってもらおうと思ったのだ。
話題は特にない。けれど、無理やり話すきっかけを探さずとも、彼となら何とかなるような気がした。


「タイオン」


名前を呼ぶと、彼はすぐにこちらに目を向けてくる。
無言で振り返ったタイオンの左目を見てようやくユーニは気が付いた。
彼が“瞳”の機能を起動していたことに。
タイオンは一行の参謀役だ。いつも目的地や最善ルートはタイオンが“瞳”の機能を駆使して模索し、彼が提案したいくつかのルートを仲間内で相談し合い、目的地を決める。
それが6人の行動パターンである。
恐らく今夜も“瞳”を使って明日以降のルートを考えていたのだろう。
集中しているところに声をかけてしまったことに一瞬罪悪感を感じ、ユーニは“あ…”と声を漏らした。


「悪い。“瞳”見てたんだな」
「あぁ。どうかしたか?」
「いや、大した用事はないからいいや。続けてくれ」
「え、あ、待った!」


ただ気を紛らわせたかっただけで、特に大事な用があったわけではない。
仲間のためにいろいろ考えを巡らせてくれているタイオンの時間を奪うわけにはいかなかった。
適当に話を切り上げてシュラフに戻ろうとしたユーニを、タイオンがとっさに引き留める。
振り返ると、先ほどまで座っていたタイオンは何故か立ち上がっていて、慌てた様子で“瞳”の機能をシャットダウンしていた。
 
“なに?”と問いかけると、タイオンは引き留めたくせにすぐに用件を言わず、“いや、えっと…”と視線を泳がせている。
何か言いたいことがあったから引き留めたんじゃないのか。
しばらくタイオンの言葉を待っていると、彼はテーブルの上に置いてあった飲みかけのマグカップを視界に入れた途端、ようやく顔を上げた。


「君も飲むか?」


マグカップを指さしながら問いかけてくるタイオンの言葉に、ユーニは甘えることにした。
マグカップの中身がいったい何なのかは、聞かずともわかる。十中八九ハーブティーだ。
ユーニの頷きを確認すると、タイオンはもう一つマグカップを用意して茶葉をテーブルの上に取り出す。
ユーニがタイオンのすぐ近くに置かれた椅子に腰かけてしばらくすると、マグカップに注がれたハーブティーが差し出された。
この香りはセリオスアネモネハーブティーだろう。
 
早速両手でマグカップを持ち上げて口をつけると、淹れたてだったせいか随分と熱い。
“あちっ”と悲鳴を漏らすと、視界の端でタイオンが即座にこちらに顔を向けてきたのが分かった。
淹れたてのハーブティーは熱いが、舌を火傷する程度ではない。
二口目を飲み進めるユーニの様子を見て、タイオンは安堵したように視線を外す。


「なんか、味が違う気がする」
「よくわかったな」


タイオンのハーブティーはいつも美味いが、今回はより美味しい気がする。
味に深みがあるというか、言葉で表現するには難しいがとにかく味が一段階美味しくなっているのだ。
指摘されるとは思っていなかったのか、ユーニの何気ない呟きにタイオンは驚いている。
曰く、お湯の温度を少し高くしたのだとか。
ユーニが口をつけた途端、不慣れな熱さに襲われたのはそのせいだった。


「温度変わるだけでこんなに違うんだな」
「だが元の温度に戻すべきかもしれない」
「なんで?」
「熱かっただろ」
「ちょっとな。でもそこまでじゃなかった」
「いや。次からはもとに戻す。舌を火傷されたら困るからな」
「アタシはこっちの方が好き」
「そう、なのか」
「まぁお前に任せるわ。淹れてくれんのはお前だし」
「……じゃあ、次もこの温度で淹れよう」


ユーニの方へ視線を向けることなく、タイオンは片手に持ったマグカップをぐいっと飲み干した。
空になったカップを持って、彼は近くにある水源へと向かう。
きっとカップを洗いに行ったのだろう。
タイオンの夜のルーティーンは大方把握している。
ハーブティーを飲んで、カップを洗ったらすぐに就寝だ。
きっとすぐにシュラフに入ってしまうのだろう。
だがタイオンは、カップに滴る水を布巾で拭いながら再びユーニの隣に座った。

あれ。寝るんじゃないのか?
まだマグカップに残っているハーブティーを飲みながら横目でタイオンを盗み見ると、彼は教本を読むでもなく“瞳”を見るでもなく、何もせずただユーニの隣に座っていた。
テーブルの上を指でトントンと一定のリズムで叩きながら、組んだ足をぶらぶらと揺らすタイオンには落ち着きがない。
特にやることが無いのならさっさと寝ればいいのに、彼は一向にシュラフに向かう様子がなかった。
やがて、隣に腰かける彼はユーニを一瞥したあと視線をふわふわと泳がせ、たどたどしく口を開いた。


「あの、」
「ん?」
「いや、えっと」
「なんだよ」
「……なんでも」


何か言いかけて、タイオンはすぐにやめてしまった。
言いたいことがあるというよりは、話題を探しているように見える。
今は寝るよりも会話する気分なのかもしれない。
もしそうだとしたら、この男にしてみればかなり珍しいことだ。
ちょうど気を紛らわせたいと思っていたことだし、ちょうどいい。
たまには実のない会話をしてみてもいいかもしれない。
そう思ったユーニは、つい先ほどミオから聞いた話を思い出しつつタイオンに話題を提供してやることにした。


「なぁ、さっきミオから教えてもらったんだけど、今日ってアタシらがウロボロスになってちょうど4か月の日なんだってよ」
「え?あ、あぁ、4か月……。もうそんなに経ったのか」
「やっぱそう思うよな」
「色々なことがありすぎたからな」


10期を超えて以降も毎日日記をつけていたミオは、ウロボロスの力を得たあの日からいったい何日経過したのかきちんと把握している。
そんな彼女曰く、今日は自分たちがあの戦場で邂逅し、ウロボロスの力を得てからちょうど4か月目にあたるのだとか。
 
当初はミオの限界期限であった3か月までしか見えていなかったが、この旅が4か月目に突入するほど長いものになろうとは思ってもいなかった。
旅を始めた当初に自分に、“この気難しい男と4か月以上付き合うことになるぞ”と告げたらどんな反応が返ってくるだろうか。
きっと心底嫌がったに違いない、
それほどまでに、出会った当初の自分はタイオンを嫌っていた。
そして、タイオンもまた自分を嫌っていたに違いない。
出会った当初のことを考えていたユーニの隣で、タイオンは不意にふっと空気が漏れるような笑みを零した。


「あれから君は随分と変わったな」
「アタシぃ?いやいや変わったのはお前の方だろ」
「僕は何も変わらない」
「いいや変わった。あの頃はめちゃくちゃ感じ悪かったし」
「それは君も同じだろ。何かあるといつも食って掛かってきて」
「お前がいちいち喧嘩売ってくるからだろ?」
「誰が喧嘩なんて……。だいたい君はいつもいつも——」


タイオンが体ごとこちらを向いてまで反論を開始したと同時に、何故だか急に笑いがこみあげてきた。
“ぷっ”と吹き出したあとに笑い始めるユーニの様子に、エンジンがかかりかけていたタイオンは戸惑い、言葉を止める。
彼女の様子に眉をひそめながら“何が可笑しいんだ”と問いかけると、彼女は自然に目元に溜まった涙を指先で拭いながら“だってさ——”と言葉を続けた。


「あの頃は腹立って仕方なかったのに、今こうやってタイオンと言い合ってても何も苛つかないからさ、ちょっと笑えてきた」
「だ、だからってそんなに笑うようなことじゃないだろ」
「悪い悪い。あんなに嫌いだったのに不思議だなぁって思って」


あの頃は、タイオンの言うことやることすべてが気に入らなくて、いちいち牙を剥き出しにしながら腹を立てていた気がする。
彼の言葉一つ一つが嫌味に聞こえて、とにかく気になった言動に片っ端から噛みついては喧嘩になっていた。
 
今思えばそこまで怒るようなことじゃなかったと思えるトラブルも多い。
きっと“嫌な奴”という前提で接していたせいだろう。実際にはそこまでじゃない。
優しいところもあるし、少し不器用なところが目立つ性格をしているということもよく知っている。
相方として過ごしたこの4か月は、確実にユーニとタイオンの距離を縮めるに至った。

“そんなに嫌っていたのか…”というタイオンの小さな呟きが聞こえたような気がしたが、あえて聞こえないふりをした。
相手を嫌っていたのはタイオンも同じだろうし、今更それをここで責め合っても意味はないと思っていたから。


「そういえばさ、最初に自己紹介した時も、お前所属と名前しか言わなかったよな」
「そうだったか?」
「ランツもそうだったけど、やっぱりあの時照れてたのか?」
「違っ……そんなわけないだろ。あのときはただ、混乱していたというか……」
「じゃあ、——んっ、」
「ん?」


目の前に座っているユーニは、手のひらをタイオンに向ける形で何かを“どうぞ”と促してきた。
その手の意味が分からず首を傾げていると、ユーニは“自己紹介だよ自己紹介”とまさかの単語を口にした。


「自己紹介?なんで今更……」
「お前あの時何も教えてくれなかったじゃん。挽回のチャンス与えてやるよ」
「そんなのいらない。というか、今更何を言えというんだ。僕のことは十分知っているだろ?」
「知らないこともあるかもしれないだろ?」
「あったとしてもどうせどうでもいい情報だろ」
「んだよ。別にいいじゃねぇか自己紹介くらい。けちくせぇ」
「け、ケチ!?」
「それともなんだ?まだ照れてんの?ランツのこと笑えねぇなぁお前も」
「だっ、誰が!そんなことで照れるわけがないだろ!」
「じゃあほら、所属と名前。どーぞ」


タイオンは頭脳明晰、まさに参謀役にピッタリな男だった。
だが、参謀に必要な冷静沈着さが少々欠けている。
それを良く知っているユーニは、彼を煽り思うがままの道に誘導させることが仲間内で一番うまかった。
挑発すれば彼は簡単に乗ってくる。
案の定、ユーニの煽りに綺麗に乗ってきたタイオンは、“どーぞ”と差し出された手に渋々従うほかなかった。


「……コロニーガンマ、地形局作戦立案課所属。名前はタイオン」
「よくできました。じゃあ得意技は?」
「ちょっと待て、まだ続くのか?」
「当たり前だろ?所属と名前はあの時も聞いたし」
「じゃあ何故わざわざ聞いたんだ」
「ほらほら早く教えろよ、得意技。それともまだ照れてんのか?」
「うるさい。照れてない」


所属と名前を言うだけで解放する気はさらさらなかった。
あの時聞けなかった得意技や趣味についても、ユーニはタイオンと過ごす日々の中で随分前に知ってしまっている。
だが、彼が自分自身のことをどんな言葉を用いて紹介するのか興味があった。
それに、こうしてタイオンを揶揄っているのも結構楽しい。
愉悦を顔に滲ませているユーニに抗議的な目を向けながらも、タイオンは渋々回答を始める。


「得意技はこのモンドだ。偵察に使ったり防御に使ったり、治療に役立つこともある自立型ブレイドだ」
「自立型ねぇ…。扱い難しそうだけど、なんでそのブレイドにしたんだ?」
「質疑応答にも応じなくちゃいけないのか?」
「別にいいじゃん。教えてくれたって」
「……元々は別のブレイドを使っていたんだが、ナミさんにこっちの方が合っているんじゃないかと言われて変えたんだ」
「へぇ~。そういえば再生されたナミのブレイドもそれと同じだったもんな」


今思えば、タイオンが何故モンドを使っているのか、その理由について深堀りをしたことはなかった。
なるほどナミのの影響か、とユーニはすぐに納得する。
彼にとってナミはかつての上官であり恩師のような存在だ。
そんな人から勧められたブレイドだからこそ、こうして今も使い続けているのだろう。


「じゃあ趣味は?」
ハーブティーだろうか。茶葉や温度、焙煎方法にもそれなりに拘っている」
「だろうな。じゃあさ、なんでハーブティーを好きになったんだ?」
「それは……なんでだったかな」


ユーニからの質問に、タイオンは腕を組みながら考え込んだ。
ハーブティーに関する自分の記憶を呼び起こしているのだろう。
数十秒ほどたった後、ようやく顔を上げたタイオンは“詳しく覚えていないが——”という前提の元、ハーブティーとの馴れ初めを話し始めた。


「ケヴェスとの戦闘で精神に異常をきたす仲間をどうにかしたいと思っていたんだ。何か方法はないかと模索した結果、ハーブティーには心を落ち着かせる効能があると知った。それも茶葉によって効能が微妙に違う。その奥深さを追求していくうちに——」
「ハマっていったわけか」
「確かそうだったと思う」
「ふぅん。仲間への思いやりがきっかけだったってわけね。それは知らなかった」


また一つ、タイオンの知らない部分を垣間見ることが出来た。
それがなんとなく嬉しくて笑いかけると、彼は表情を隠すように眼鏡を押し込む。
いくら戦うことが日常だったとはいえ、そんな日常に心を壊してしまう者も少なからずいた。
彼らの心的負担を少しでも軽くすべく努力した結果、ハーブティーという趣味を手に入れたのだという。
その経緯も理由も実にタイオンらしかった。
仲間のために効能を調べつつハーブティーを研究するタイオンの様子が易々と想像できてしまう。


「んじゃあ次な。えっと…」
「あの時教え合ったのは趣味と得意技だけだったはずだが?」
「モンド以外で好きなブレイドは?」
「聞いているのか?まったく……」


タイオンに質問をぶつけ、それに渋々答えてもらうこの問答は、意外にも楽しかった。
タイオンはあまり自分のことを話すタイプではない。
だからこそ、彼自身の口で知らない情報を得られるのは貴重な機会である。
この問答を辞める気配など微塵も見せないユーニの勢いに押され、タイオンは次の質問の答えを考え始める。
強引に話を切り上げてもよかったが、そこまでするほど不愉快ではなかった。


「好きなブレイドか。そうだな。君のガンロットは割と得意な方だな」
「ほえー、マジで?」
「元々モンドは援護を得意とするブレイドだ。同じように味方の力を高めたり傷を癒したりする君のガンロットは、僕の肌に合っている。ある意味君よりもうまく使いこなせている自信もある」
「言ってくれるじゃん。流石にアタシより上手いは言いすぎだろ」
「どうかな。今度腕試ししてみるか?」
「おっ、いいなそれ。楽しそう」


好きなブレイドについての質問は、タイオンにとって意外に答えやすい質問だったらしい。
ほとんど即答と言っていいスピードで答えた彼は、ユーニのブレイドを挙げた。
すぐ隣で自分が使っているところを何度も見ていたため、要領を掴みやすかったのかもしれない。

質問に答えたタイオンは、先ほどまで渋々とった様子で回答していたが、ここにきて少し温度感が上がったように見える。
笑顔を交えながら答えてくれるタイオンの様子に気を良くしたユーニは、また次の質問をぶつけてみた。


「じゃあ次。好きなコロニーはどこ?」
「所属しているコロニーガンマと言いたいところだが、やはりコロニーラムダだろうな。ラムダは僕が最初に派遣されたコロニーだし、イスルギ軍務長には大恩がある」
「タイオンだけに?」
「面白くないぞ」
「あははっ。まぁでも、それ聞いたらシドウが悲しむかもな」
「あぁ。だから内緒にしておいてくれ。もちろんミオやセナにもな」
「りょーかい」


笑いながら頷くと、タイオンもこちらを見つめながら眼鏡のレンズ越しに瞳を細め、穏やかに笑った。
いつの間にかタイオンの纏う空気から“渋々”という言葉が消え、ユーニからの質問に何の疑問も持たず素直に答えてしまっている。
きっと、タイオンも少しだけ楽しくなっているのだろう。
どんどん柔らかくなる彼の態度に気付きつつあったユーニによって、質問の嵐は続く。


「じゃあ、好きな食べ物は?」
「キノコ料理は全般好きだな。あとは甘いものだ。糖分は脳を活性化させる。考え事するときには欠かせない。あとはシティーのバスティールも気に入っている」
「バスティールな。お前シティー寄る度いつも食べてるもんな。ちなみに好きなトッピングは?」
「あぁ聞かれると思った。そうだな……。チョコットソース……いや、ふわスキートシロップだろうか。いやでもアルドンソーセージも…」
「はいはい分かった分かった。次な?好きな飲み物は?やっぱハーブティー?」
「そうだな。セリオスティーが一番好きだが、この前飲んだサンサンイチジクのジュースも美味かった」
「はっ?なにそれアタシ知らない!どこで飲んだんだよ」
「コロニータウだ。ユズリハに作ってもらった」
「うわずりぃ!アタシも飲みたかったのに!」
「あれは美味かった。飲んだことのない人間が哀れに思えるほどだ」
「自慢しやがって。くっそォ絶対次コロニータウ行くとき飲んでやっからな」
「せいぜいユズリハに媚びを売っておくといい。それで?次の質問はなんだ?好きなモンスターか?好きな地方か?それとも好きなレウニスとかか?」
「うーんそうだなぁ、じゃあ……好きな人は?」
「……え?」


今までの流れと同じように思いついた質問をぶつけてみると、タイオンは急に表情を硬くさせた。
一つ前の質問までは即答していたというのに、急に勢いが衰えたタイオンを不思議に思い首を傾げるユーニ。
そんな彼女を前にしながら、タイオンは何度も瞬きを繰り返し、“す、好きな、人…?”とと質問返しをしてくる。


「そう、“人”。好きな食べ物や飲み物があるんだから、好きな人だっているだろ?」
「あ、あぁ…そういうことか。そ、そうだな、えっと……」


バスティールが好き。
ハーブティーが好き。
キノコ料理が好き。
好きなものはいくらでもあるはずだ。
ならば、“人”はどうだろう。
タイオンが好きだと思える“人”は、いったい誰なのだろうか。
 
それはユーニの頭に浮かんだ素朴な疑問であった。
深い意味など微塵もない。
きっとイスルギかナミのどちらか。もしくは両方だろうと踏んでいた。
タイオンの人生に大きな影響を与えた人物と言えば、その二人を置いて他に居ないだろう。
 
彼のモンドはナミの教示によって受け継がれたものだし、好きなコロニーはどこかという質問でイスルギのラムダを挙げるくらいなのだから、やはりイスルギのことも深く慕っているはず。
答えが簡単に予想できる質問ではあったが、ユーニの予想に反してタイオンは随分と答えを渋っていた。
この質問こそ即答できると思ったのだが。
何故だか真っ赤な顔で視線を泳がせている。
かと思ったら、今度はこちらの様子を伺うように横目でじっと見つめてきた。
何だその顔は。もしかして、イスルギを言うかナミを言うかで迷っているのか?
別に“一人に絞れ”とは言ってないんだから二人とも言ってくれていいのに。


「一人に絞らなくてもいいんだけど?」
「え?」
「ナミかイスルギかで悩んでんじゃねーの?」
「な、なんでその2人の名前が出てくるんだ?」
「なんでって……え、好きじゃねぇの?」
「い、いや、好きといえば好きだが、その……」


何か言いたげな様子で視線を泳がせているタイオン。
どうやらナミとイスルギで迷っていたわけではないらしい。
なら何を迷っているのだろうか。
ナミでもイスルギでもない、別の誰かを思い浮かべていたというのだろうか。
だとしたら一体誰だろう。
ダメもとで聞いてみるか。
未だ赤い顔のままもごもごと言葉を詰まらせているタイオンの顔を覗き込みながら、ユーニはハッキリしない相方を少し揶揄ってみることにした。


「もしかして、アタシとか?」
「は、はっ?」
「相方だもんな。そりゃあナミやイスルギと同じくらい好きに決まってるよな?」
「な、ち、違う!」


ほんの少し揶揄っただけのつもりだった。
だが、タイオンはユーニが想像していたよりも遥かに力強く否定の意を示してくる。
その速さに、少しだけ戸惑ってしまった。
一方、強く否定したタイオンもまた、何故かショックを受けたように戸惑っていた。
“あ、いや…”と言葉にならない声を漏らしながら落ち着かない様子で瞬きを繰り返している。

思ったよりも強く否定されてしまったユーニは、案の定むくれていた。 
なんだよ、ちょっと揶揄っただけじゃん。
そんなにムキになって否定することなくね?と。
心に生まれた小さな痛みを感じ、ユーニはうまく笑えなくなってしまった。
タイオンの方へと向けていた体を前へと戻し、いったん落ち着くために彼が淹れてくれたハーブティーに口をつける。
アツアツだったはずのハーブティーは、いつの間にかぬるくなっていた。


「じゃあ誰だよ、好きな人。ミオか?それともセナ?ノアやランツか?」
「それは……いや、人に聞く前に自分も答えたらどうだ?」
「は?なんでアタシが?今までアタシに答え求めてきたことなんてなかっただろうが」
「今になって理不尽さを感じたんだ。僕ばかり一方的に質問されていてはフェアじゃない。君の好きな人についても聞かせてもらおう。僕が答えるのはそれからだ」
「えー……」


強引に話をすり替えようとするタイオンの言葉に、ユーニは呆れてしまう。
あんなに楽しそうに答えていたくせに今更理不尽を主張するなんて。
だが、タイオンはユーニの回答を得られるまで答えるつもりはないらしい。
随分と切羽詰まった表情でまっすぐこちらを見つめている。

好きな人、か。自分で聞いておいて、ユーニ自身は誰一人として思い浮かべていなかった。
付き合っていくうえで苦手だなと思った人物はいる。
だが、あえて好きだと思える人物などいただろうか。
 
しばらく考え込んでいると、頭の奥に一人の男の顔が浮かんでくる。
ユーニにとってたった一人の相方、タイオンである。
確かにタイオンのことは好きだ。一言余計だと感じるときもあるが基本的には優しいし、一緒にいて楽しい。いがみ合っていた4か月前が嘘のように今は隣にいて気が休まる。
 
好きか嫌いかで言えば、明確に好きだった。
だが、自分は今タイオン本人に拒絶の意を示されたばかりじゃないか。
そんな相手に、“好きな人はお前かな”なんて言えそうになかった。
気持ちが一方的すぎるような気がして、なんだか悔しかったのだ。
だからこそ、ユーニはタイオンの次に浮かんできた顔を順番に羅列していくことにした。


「ノアかな」
「えっ」
「ランツにヨラン。ミオとセナ。リクとマナナ。あとは、ゼオンにカイツにエセル。アシェラやグレイも好きかな。モニカとゴウドウ。あとはそうだなぁ……」
「ちょ、ちょっと待て。なんで僕の名前が出ない!?」


名前の羅列を続けるユーニの腕を掴み、タイオンは問い詰めるように迫ってきた。
自分の名前が一向に挙がらないことが不満だったらしい。
怒りと焦り。その他さまざまな感情が折り重なった顔で、彼はユーニを見つめていた。
なんでそんな顔するんだよ。お前だって同じようにアタシを扱ったくせに。


「お前だってアタシは違うんだろ?じゃあおあいこじゃん」
「それは……君を他の誰かと同列に語ることに違和感があっただけで、別に好きじゃないなんて一言も……」
「どういう意味?」
「……あぁもういい!とにかくこの話は終わりだ。もう寝る」


不機嫌な態度を崩さないまま、タイオンは席を立った。
まだぶつけたい質問はたくさんあったのに、強制的に終わらそうとするタイオンに少しだけ苛立ってしまう。
なんでそんなに怒ってるんだよお前は。
こっちだって別にお前のことが嫌いって言ったわけじゃないんだから別にいいだろ。
正直言って放っておきたかったが、タイオンの機嫌を直さないまま明日を迎えれば面倒なことになる気がした。
経験上、タイオンは一度へそを曲げたらしばらくは元に戻らない。
ひん曲がった機嫌はその日のうちに直すのが吉なのである。
その場を去ろうとするタイオンの腕を掴んだユーニは、彼の機嫌を直そうと仕方なく素直になることにした。


「うそうそ。お前が一番好きだよ、タイオン」


“好きな人”を思い浮かべた時、一番最初に思い浮かべたのはタイオンの顔だった。
ただ単に今目の前にいたからかもしれない。インタリンクできる唯一の相方だったからかもしれない。
それらしい理由ならいくらでも思いつくが、現に一番最初に浮かんだのは他の誰でもないタイオンであることに間違いはない。
“一番最初に思い浮かんだのはお前だったよ”という意味を込めて伝えたつもりだったのだが、タイオンはユーニの言葉を聞いてどんどん顔を赤くしていった。
まるで脳天へと血が上っていくかの如く真っ赤になったタイオンは、ユーニに掴まれている手を強引に振りほどく。


「そ、そういうことを、軽々しく言うな」


そう言って眼鏡を押し込む指は何故だか震えていた。
速足でその場を離れ、少しこけそうになりながらシュラフに横になったタイオンは、こちらに背を向けて背中を丸めてしまう。

なんだあれ。喜ぶならともかくなんで怒るんだよ。結局タイオンの好きな人も聞けなかったし。
ふてくされた表情を浮かべながら、ユーニはタイオンが淹れてくれたハーブティーを飲みほした。
空になったマグカップに視線を落としながら、ユーニは頬杖をつきため息を零す。

ナミでもない。イスルギでもない。
そしてアタシでもないならいったい誰なんだよ。

心に生まれたもやもやが晴れないまま、ユーニは朝を迎えた。
翌朝、やけによそよそしい態度をとりながら、タイオンはユーニの隣を不自然なほど執拗にキープし続けるのだった。