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二次創作まとめ

密室の甘露

【タイユニ】

ゼノブレイド3

■ゲーム本編時間軸

■短編

 


タイオン先輩は、とても頼りになる人だ。
頭脳明晰で冷静沈着。どんな状況に陥っても判断力が鈍らず、広い視野で戦局を見定め、一手先の展開まで見通している。
そんな先輩を、僕は尊敬していた。
数年前、コロニーラムダからこのコロニーガンマに異動してきた先輩は、シドウ軍務長指揮の元、着々と功績をあげていき、今ではガンマの作戦立案課に欠かせない人材となっている。
同じ作戦立案課の後輩として、タイオン先輩の存在は誇りでもあり憧れでもある。
 
そんな先輩がコロニー9との戦闘で行方不明となり、ミオ先輩やセナ先輩と一緒に命からがら帰ってきたのは数カ月ほど前のこと。
ケヴェスの兵士3人を伴って帰ってきた先輩は、ウロボロスという得体のしれない力を手に入れていた。
頭脳派で、それでいてそんな力まで手にしてしまうだなんて、やっぱり先輩はすごい人だ。
ミオ先輩やセナ先輩たちと一緒にガンマを出て旅に出てしまったのは残念だったけれど、時折帰って来てはこうして後輩への教導に時間を割いてくれるのはありがたい。
今日も僕は、数週間ぶりにガンマに帰ってきたタイオン先輩を指名し、彼の教導を受けていた。


「先輩、質問があります。山脈での戦闘の場合、やはり高所に陣取ったほうが絶対的に有利なんでしょうか?」
「そうだな…。教本通りに考えれば確かに高所に陣取るのは戦の定石だ。だが例外もある」
「というと?」
「水路が限られている場合だ。高所に陣取ったとして、水路が確保できない場所では補給が出来ない。補給が出来なければ長期戦には望めない。数少ない水路を絶たれて麓を囲まれたら、部隊はジワジワと壊滅してしまうだろう。高所を取るのが戦の定石というのは、水路が確保された安定した場所に限るということだ」
「なるほど……さすがタイオン先輩です!」


教壇に立つ先輩を声高々に褒め称えてみると、先輩は眼鏡をクイッとかけなおして薄く笑みを浮かべ、満足そうに頷いた。
先輩の知識量はやっぱり凄い。
さすがはあの頭脳派軍務長で知られるイスルギ軍務長の元で手腕を振るっていただけのことはある。
いつかは僕も、タイオン先輩のような軍師になりたい。
そんなことを胸に秘めつつ、先輩が教えてくれた言をノートに書き記していると、後ろから“クスっ”という笑い声が聞こえてきた。


「後輩に褒められて得意げだな、タイオン」


腕を組み、天幕の骨組みに寄りかかるように立っていたのは、先輩の仲間の一人であるケヴェス兵。
確か名前はユーニと言ったはず。
先日、セナ先輩と一緒にフツたちが教導を受けた相手でもある。
茶化すような彼女の言葉に、タイオン先輩は見るからにムッとして言葉を返す。


「冷やかしに来たのなら帰ってくれ」
「はいはい悪かったよ。シドウが呼んでるぜ?」
「シドウ軍務長が?」


どうやらこのユーニという先輩は、タイオン先輩を呼びに来ただけだったらしい。
教導中とはいえ、軍務長に呼び出されてはいかないわけにはいかない。
教本を閉じて懐に仕舞うと、タイオン先輩はすぐに“分かった”と返事をする。


「今日の教導はここまでのようだ。中途半端になってしまってすまない」
「いえそんな。とても勉強になりました。またよろしくお願いします!」


一礼すると、先輩は“あぁ”と小さく笑って教導用の天幕を後にした。
残されたのは僕と、ユーニ先輩だけ。
タイオン先輩の仲間であるケヴェス兵は彼女を入れて3人いるが、ノア先輩ともランツ先輩とも少しだけ話したことがある。
だが、ユーニ先輩とは全く接点がない。
何か話を振ったほうがいいのだろうかと迷っていると、意外にも向こうから声をかけてきた。


「悪いな。教導の邪魔しちまって」
「仕方ないですよ。タイオン先輩、いつもみんなに頼られてて忙しいですから」
「頼られてる?」
「はい。いつも冷静沈着で堂々としていて頼りがいがあって…。困ったことや分からないことがあったらタイオン先輩を頼れって、皆から引っ張りだこなんですよ」


タイオン先輩の知識は戦闘に関することだけに留まらない。
食べ物や土地の気候、レウニスに関する知識まで幅広い。
そんな先輩を事ある事に頼っている後輩も少なくはない。
面倒見がいい先輩は嫌な顔一つせずに付き合ってくれて、いつも親身に問題解決へと導いてくれる。
僕だけじゃなく、ガンマの若手たちにとっても頼りがいのある先輩だった。


「ふぅん、タイオンがねぇ~」


去っていくタイオン先輩の背を、ユーニ先輩は腕を組んだままにやにやした顔で見つめていた。
最近、タイオン先輩がこのユーニという先輩と口喧嘩している光景をよく目にしている。
内容はほんの些細なことで、ユーニ先輩がタイオン先輩を“細かい”だの“ねちねちしてる”だの言って怒らせていることがほとんどだ。
恐らく馬が合わないのだろう。
 
一緒に行動しているとはいえ、相手は元々敵の兵士。
心のどこかで歪が生じていても無理はない。
ウロボロスの力は、ケヴェスの人間と力を合わせなければ行使できないと聞いていた。
タイオン先輩の相手は他の誰でもない、このユーニ先輩だ。
ユーニ先輩が悪い人だとは思わないが、気の合わない相手とバディを組まなければならないなんて可哀そうだ。
そう思っていた。あの光景を見るまでは。


********************


作戦立案課が所有している倉庫には、これまでの戦闘で使った戦略の記録や、消費した兵糧の記録、被害や功績の記録などが数多く収められている。
後学のため、過去の戦績に目を通しておこうと倉庫に入った僕は、あとから誰かが同じ倉庫内に入ってきたことに気が付いた。
話し声から察するに、2人の男女らしい。
男の方の声には聞き覚えがあった。タイオン先輩だ。
もう一人は誰だろう。
僕がいる場所から2つ先の棚で何か探し物をしているらしい。


「へー。随分たくさん保存してあるんだな。おっ、昇進記録だって。タイオンも載ってたりして」
「載ってるだろうが勝手に見るなよ、ユーニ。そういうのは個人情報だ」
「はいはい。相変わらずお堅いことで」


どうやらタイオン先輩と一緒にいるのは、例のユーニ先輩だったらしい。
話しかけたほうがいいのだろうか。
だが、2人で話をしているようだし、邪魔するのは悪い気がしてとりあえずそのままにしておくことにした。


「なんか最近疲れてるよな、タイオン」
「なんだ急に」
「ため息多いしよく目頭押さえてるし顔色もちょっと悪い」


ユーニ先輩の言葉に、僕は少し驚いた。
タイオン先輩たちがガンマに滞在するようになってから今日で5日。
その間、僕は毎日のように先輩と言葉を交わしていたが、疲れて居るそぶりなんて一切見せていなかった。
ユーニ先輩の言葉に、タイオン先輩が小さく息を吐く音がする。


「そんなに疲れているように見えるのか、僕は」
「他の奴らは気付いてないんじゃね?そういうの隠すの無駄に上手いだろ、お前」
「…ならどうして君は気付いたんだ?」
「タイオンのことくらいすぐに分かるって」


少しだけ意外だった。
ユーニ先輩はあまり気を遣える性格じゃないと思っていたから。
タイオン先輩とも相性が悪くて、いつも口喧嘩ばかりだと思っていたけれど、2人きりの空間になった途端、タイオン先輩もユーニ先輩も随分声色が穏やかで優しくなっている。
これが本来の2人の距離感なのだろうか。


「後輩に聞いたよ。お前、後輩たちに頼られまくってんだろ?どうせ得意げになって何でもかんでも手貸しちまってんだろ?」
「と、得意げになんてなってない!まぁ、際限なく手を貸しているのは事実だが」
「結果疲れ果ててりゃ世話ないよな」


いつも冷静沈着なタイオン先輩が、ユーニ先輩の言葉に動揺している。
その事実に少し吃驚した。
そして、2つ先の棚の向こうにいるであろう2人の様子が気になり始めてしまう。
2人はどんな距離感で話しているのだろう。
溢れ出る好奇心に負けてしまった僕は、足音を立てないように倉庫内を移動し、棚の影からこっそりと顔を出す。
するとそこには、資料を閲覧する者のために設置された長椅子の端に座っているユーニ先輩と、その近くの棚で資料を立ち見しているタイオン先輩の姿があった。


「ん」


不意にユーニ先輩が、自分が座っている長椅子の隣を軽くたたいた。
“座れ”の合図だろうか。
その合図を見たタイオン先輩は、意図が咀嚼できなかったらしく首をかしげている。


「疲れてんだろ?横になって休めよ」
「ここでか!?」
「どうせ疲れて休んでるところ後輩に見られたくないんだろ?ここなら誰もいねぇしさ」


いや、いるが。
心の中で思ったが、もはや棚の影から飛び出して声を掛けられるような雰囲気ではない。
あぁこれはどうしたものかと内心頭を抱え始めたとき、タイオン先輩がぶっきらぼうな口調で言葉をつづけた。


「僕は枕がないと満足に眠れないタイプなんだ」
「めんどくせーやつ」
「悪かったな」
「じゃあアタシの膝を枕にすればいいんじゃね?」
「はっ!?」


タイオン先輩が、倉庫内に響き渡るほどの声量で素っ頓狂な声をあげた。
無理もない。それほどユーニ先輩の提案は衝撃的なものだったのだから。
 
膝を枕にするということは、タイオン先輩がユーニ先輩の膝に頭を乗せて眠るということ。
そんなことを、あのタイオン先輩が甘受するわけがない。
驚いたように目を丸くしているタイオン先輩に向かって、ユーニ先輩は自分の膝を叩き、“ほら”と促している。
無駄だ。どうせ断られるのがオチだ。
そう思って棚の影から再び覗き見ると、タイオン先輩は視線をそらしながら眼鏡をかけなおし、ほんの少しだけ赤い顔で口を開いた。


「し、仕方ない。君がそこまで言うなら…」


え!? 先輩!?
隠れている状況じゃなかったら、確実に抗議の声をあげていただろう。
口では渋々、という感じだが、それにしては妙にしおらしい態度の先輩は、長椅子に横たわりそっとユーニ先輩の膝に自らの頭を乗せる。
上を向いているタイオン先輩と、そんな先輩を見下ろすユーニ先輩の視線が交差する。
顔と顔の距離が随分と近い。
あんなに近い距離で人と見つめあうと、どんな気持ちになるのだろう。


「眼鏡は取ったほうがいいんじゃね?」


そう言って、ユーニ先輩はタイオン先輩の眼鏡をスッと取り上げる。
とっさに取り返そうと一瞬だけ手を伸ばしたタイオン先輩だったが、すぐに無駄だと判断したのか大人しく諦めていた。
あの先輩が、あんなにいいように扱われているなんてなんだか信じられない。


「寝心地はどうだ?落ち着くか?」


膝に寝転がるタイオン先輩を見下ろしながら、ユーニ先輩は垂れ落ちたミルクティー色の柔らかな髪を耳にかけた。
その仕草はいつも男勝りなユーニ先輩からはあまり想像できない可愛らしさを演出している。
穏やかな笑顔で見下ろされたタイオン先輩は、顔を真っ赤にさせながらそそくさと横向きに寝方を変え、ユーニ先輩の体とは反対側に顔を向けた。


「…寝心地はそこまでよくないし、正直落ち着かない」
「なんだよ、せっかく気をきかせたってのに。じゃあやめるか?」
「い、いや、いい!暫くこのままで…」
「? まぁいいけど…」


落ち着かないと言いつつ、ユーニ先輩の膝枕から一向に退こうとしないタイオン先輩の顔は、相も変わらず真っ赤に染まっていた。
先輩のあんな顔、あんな姿、初めて見た。
恐らくこの状況を盗み見ていたとバレたら、先輩に怒られてしまうだろう。
今日のことは、誰にも言えそうにない。
ユーニ先輩の膝に頬を寄せているタイオン先輩の姿を目に焼き付けながら、僕はそっと倉庫を後にするのだった。


END
※書き下ろしエピソードに続く
 …(次ページ)


********************


「奇襲作戦にレウニスの稼働は向かない。奇襲は小道や逆落としから実行するのが定石だ。音も大きく、動きも鈍いレウニスでは敵に気取られる確率が上がるだろう。確実に奇襲作戦を実行するには、身一つで疾風怒濤に攻め寄せる必要がある」


頭脳派の若手兵士たち数人相手に教導を進めるタイオン先輩は、いつも通り凛々しく頼りになる横顔だった。
昨日、あんなに赤い顔でユーニ先輩の膝に頬を寄せていたとは思えないほどに。
あの時に見た光景を、僕は誰にも口外していない。
なんとなく、先輩の尊厳にかかわるような気がして。
相変わらずタイオン先輩はするどい着眼点で過去の戦績を振り返りつつ軍略を披露している。
そんな先輩を、ここにいる若手たちは僕も含め全員が尊敬していた。
だが、昨日の一件以来、どこか遠くに感じていた先輩の存在が少々近づいたような気もしていた。
誰よりも聡明で、誰よりも頼りになるタイオン先輩も、あぁして誰かに甘えることもあるのか、と。こういう感覚を、親近感というのだろう。


「タイオン先輩、昼食を共にしてもよろしいでしょうか」
「あぁ、もちろんだ。行こうか」


教導が終わり、他の同期たちが天幕から続々出ていく中、僕はタイオン先輩に声をかけた。
ウロボロスとなった先輩たちがこのガンマに滞在できる時間は限られている。
ミオ先輩に懐くキリエがそうしているように、彼らがここにいる間はなるべく多くの時間を共にして教えを請いたい。
 
快く誘いを承諾してくれたタイオン先輩と食堂に向かうと、昼時にはまだ時間が早かったせいか席は空いていた。
向かい合うように座り、炊事班によって運ばれてきた食事に手を付け始める僕たち。
軍略や作戦のイロハを教わりながら、皿を半分ほど平らげた頃だった。
中途半端に話を終わらせたタイオン先輩が、遠くに視線をやったままぴたりと動きを止める。
どうやら僕の肩越しにある景色を見つめているらしい。
振り返ってみると、そこにいたのは大きな荷物を運んでいるユーニ先輩だった。

運んでいる箱の色や模様から察するに、おそらくあれはキャッスルからの投下物資だ。
どこからか回収してきたのだろう。
シドウ軍務長の元に運んでいる最中に違いない。
小柄なユーニ先輩が運ぶには随分と大きいその荷物は、見るからに重そうである。
1人で大丈夫だろうか。そんな考えが胸に生まれたと同時に、正面に座っていたタイオン先輩がそっと立ち上がった。


「すまない、少し待っていてくれ」
「え、あ、はい」


食器を置き、タイオン先輩は小走りでユーニ先輩の元へ向かった。
手伝うつもりなのだろうか。
ここからでは遠くて会話が聞こえない。
タイオン先輩が何かを言って両手を広げるが、ユーニ先輩は首を横に振っている。
そんな彼女の反応に、タイオン先輩は少し動揺した様子で眼鏡の位置を直す。
食い下がるタイオン先輩だったが、ユーニ先輩は結局両手に持っている物資を渡すことなくそのまま去って行ってしまった。
その背に後ろ髪惹かれるような視線を送りながら、ようやくタイオン先輩が帰ってくる。


「はぁ、まったく」
「どうしたんです?」
「重そうだから手伝おうかと声をかけたが断られた。“お前は忙しいだろ”と」
「まぁ確かに、タイオン先輩はガンマに来るといつもみんなに頼られてますからね」
「だからと言って、こちらの好意を断るのはさすがに失礼ではないか?素直に頼ってくれればいいものを…」


吐き捨てるように言うと、先輩は皿の上に乗ったアルドンの肉団子を乱暴にフォークで突き刺した。
親切心を断られたことが気に入らなかったらしい。
今までは、タイオン先輩のこんなむっとした表情、戦場以外で見たことはほとんどなかった。
先輩がウロボロスとなってガンマに帰ってきて以降、こういった表情をよく見るようになった気がする。
思い返せば、先輩のむっとした顔も照れたような赤い顔も、すべてユーニ先輩が関係している場面でしか見ていない。


「あ…」


アルドンの肉団子を口内に運び入れる直前、タイオン先輩は再び遠方に視線を向けて手を止めた。
またユーニ先輩を見ているだろうか。
再び振り返ると、物資を運んでいるユーニ先輩にミオ先輩とノア先輩が声をかけていた。
やがてユーニ先輩は自分の持っていた重そうな物資を2人に半分ほど明け渡すと、3人仲良く並んでシドウ軍務長がいる天幕へと入っていく。
どうやら、ノア先輩やミオ先輩に運搬を手伝ってもらったらしい。
あぁこれは。そう思うよりも前に、目の前に座っているタイオン先輩は眼鏡越しにその光景を見つめながら恨めしそうに目を細めていた。


「なんで僕には頼らなかったくせにノアやミオの手は借りるんだ」


タイオン先輩がユーニ先輩と言い合いをした後、口元をへの字に曲げて不機嫌になることはよくあった。
今までは“馬が合わないのだろう”と思ってきたが、昨日のあの光景を覗き見てから見方が少し変わった気がする。
今のタイオン先輩は“イラついている”というより“いじけている”という表現のほうが似合う。
まるで3期の年少兵のような幼稚な顔は、いつも冷静沈着なタイオン先輩のイメージとはかけ離れすぎている。


「先輩って、ユーニ先輩と仲いいですよね」
「ん?なんだ突然」
「なんというか、ユーニ先輩には素で接してる感じです」
「まぁ、気を張るような間柄ではないな」
「なんだか羨ましいですよ。あんな風に甘えられる相手がいるって」


命の火時計から解放されたとはいえ、闘いの日々は今も続いている。
死の距離が少し遠のいたとはいえ、無縁とはまだ言い難いこの世界で、一緒にいて心休まる相手がいるということはそれだけで大きな価値だ。
まして、あんなふうに膝を貸してもらって癒してくれる関係なんて、そうそう築ける関係ではないだろう。
タイオン先輩とユーニ先輩の距離感は、ただの戦友と呼ぶには随分と近しく、そして甘美なものに見えた。
しかしタイオン先輩本人はあまりピンと来ていないようで、僕の言葉に首をかしげている。


「甘えられる?何の話だ?」
「僕も膝枕してくれるような信頼できる相手が欲しいなって話ですよ」
「なっ…!」


僕の言葉に、タイオン先輩は息を詰めた。
目を見開いた先輩の顔は、いつの間にか赤く染まっている。
その顔を見てはっとした。
まずい、今のは失言だった。言うべきではなかった。
だが、後悔してももう遅い。先輩は両手で机を叩くと同時に勢いよく立ち上がる。


「み、見ていたのか!昨日倉庫で…!」
「あ、いやその…わざとじゃないんです!」


さすがに弁明はできなかった。
タイオン先輩とユーニ先輩のひと時を覗き見てしまったのは事実。
怒られる。そう思って身構えたが、先輩は深く深くため息をつくと、再び力なく椅子に座った。
そしてテーブルに肘を突き、赤くなった顔を手で覆うと、いつもの堂々とした語り口とは相反する弱弱しい声色で囁いた。


「頼むから誰にも言わないでくれ。僕の尊厳に関わる」
「は、はい。勿論です」
「それとな、あれは甘えたわけじゃない。ユーニがあぁしろと言ったから仕方なく…」
「は、はぁ…」


仕方なく、と言う割には随分あっさりユーニ先輩の膝に屈していたような気がする。
だが、そんなこと口が裂けても言えそうにない。
火照った顔を隠すように視線をそらし、口元を覆いながらテーブルに肘をつくタイオン先輩は、やはりいじけたような表情のままぽつりと呟いた。


「あぁもう、全部ユーニのせいだ…」


END