Mizudori’s home

二次創作まとめ

だってアイツが甘すぎる

【タイユニ】

ゼノブレイド3

■ゲーム本編時間軸

■短編


低層から吹く風はひんやりと冷たく、足元から吹き上げるようにひゅひゅうと音を立てて頬を撫でる。
風鳴を聞くたび、ここが相当な高所であることを実感して鳥肌が立ってしまう。
昔から高所が苦手だったユーニは、このモルクナ大森林に差し掛かったあたりで少々元気をなくしていた。
太く生い茂った木の幹が複雑に絡み合うこの森は、下を覗き込めば凶暴なモンスターがうごめく不気味な低層が広がっている。
足を滑らさないように足元に視線を落とせば低層との高低差が目に入り足が震える。
足が震えれば滑るリスクが高まるため結局下を観なければならないという負の連鎖に陥っていた。


「ミオ、手を貸すよ」
「ありがとう、ノア」


数メテリほど幅がある太い幹を歩いていた一行の前に、大幅一歩分の溝が現れた。
溝の真下には下層の毒沼がある。落ちれば命はない。
男の足ならば簡単にまたげる幅ではあるが、女の足では一人で飛び越えるには少々リスクがあるだろう。
男性陣と身軽なノポン2匹は、先行して易々と溝を飛び越える。
残された女性陣3人に向かって、一番最初に手を伸ばしたのはやはりノアだった。
延ばされた手に、ミオは迷うことなく自らの手を重ねて溝を飛び越えた。


「セナ、来い」
「うんっ」


数歩後ろに下がり、助走をつけてセナは飛ぶ。
手を伸ばして対岸で待っているランツの胸に、彼女は余裕をもって到達した。
残るはユーニのみ。
こんな高いところを飛び越えるだなんて、一人でできるとは思えなかった。
ふと、自身の相方へと視線を向ける。
相方が飛び越えるために手を伸ばしていたノアやランツに背を向けながら、“瞳”を開いている。
今後のルートを確認しているのだろう。

そんなのいいからアタシを手伝えよ。
ノアやランツはミオとセナを手伝ったのに、なんでお前は何もしようとしねぇんだよ。

こちらを全く気にする気配のないタイオンに苛立ち、じっと睨みつけていると、ノアとランツが対岸から手を伸ばしてきた。


「ユーニ、飛ぶんだ」
「え?」
「受け止めてやっから、ほら来い」


自分へと延ばされる幼馴染二人の二本の腕は、頼りがいがあった。
ほんの少しの恐怖心を抱えたまま、ユーニはノアとランツの手をつかみながら溝を飛び越える。
何とか着地したユーニの肩に、ノアの手が触れる。
“お疲れ”と声をかけてくる彼の笑顔を見て、ようやく安心できた。
まだ少し手が震えている。こんな悪路を行くのはもうこりごりだ。
そんなことを思っていると、先ほどまで瞳を開いていたタイオンが歩み寄ってくる。


「飛び越えるのに随分と時間がかかったな」


その言葉は、ユーニの怒りを買うのに十分な威力を発揮した。
誰のせいだ。お前が手伝わなかったからだろ。
ノアでもランツでもなく、お前がアタシの手を取る役目だったはずなのに。

色々言いたいことはあったが、一言でも発してしまえば口が止まらなくなる気がして、あえて何も言わなかった。
“ふんっ”と鼻を鳴らしてタイオンの脇を抜け、黙って再び歩き出す。
背後からタイオンの“ユーニ?”と戸惑った声が聞こえたが、何も答える気にはならなかった。

タイオンとインタリンクできるようになったのはつい先日のこと。
出会ったばかりの頃は嫌な奴だと思っていたけれど、案外周りに気を配れる奴だということを最近知った。
コロニーラムダでの一件で、彼の過去に少しだけ触れられたせいか、そこまで嫌な奴じゃないのかもしれないと思い始めていたが、どうやら気のせいだったらしい。
優しいところがあるのは間違いないが、やはり嫌味な一言がどうしても目立ってしまう。
素直なノアや単純なランツと長く付き合ってきたユーニにとって、タイオンの素直さに欠ける捻じれた性格は理解しがたい。

2人の関係性は、少しずつ距離を縮めつつはあるものの、まだまだ友好的とは言えない距離感だった。


***


揺らめく焚火を見つめていると、不思議と心が落ち着く。
恐怖や怒りで震える心が、次第に鎮まっていくのが分かった。
けれど体はそこまで簡単にはいかないらしく、まだ指先が小刻みに震えていた。

メビウス、ディー。
ケヴェスキャッスルにて、かつての友であるヨランと共に現れたあの男の瞳は、嫌と言うほど覚えている。
自分の体を引き裂き命を奪った、あの恐ろしい瞳。
思い出すだけで、胸の奥がむかむかする。
頭の片隅にあるあのセピア色の記憶が確かに自分自身のものなら、あの瞳に一度殺されている。

“何度だって殺してやるよ”

笑いながら言い放たれたあの言葉を思い出し、ユーニは自分の両膝を抱え込むようにして背中を丸めた。
あの瞳が、爪が、声が怖い。
認めたくないけれど、あのメビウスを前にすると何も考えられなくなって足がすくむ。
こんなのらしくない。そう思っていても、どうしようもなかった。
あの男が言ったように、また殺されてしまう日が来るのかもしれないと思うとたまらなかった。
誰でもいい。いますぐ助けてほしい。


「ユーニ」


静かな夜に、一人で恐怖に耐えるユーニの名前が呼ばれる。
顔を上げた時、そこにいたのはタイオンだった。
片手にはステンレス製のマグカップ
差し出されたそれを受け取ると、やはり中身はハーブティーだった。
そういえば、前にもこうして彼からお茶を振舞ってもらったことがあったっけ。
あの時も確か、ディーのことを思い出して震えが止まらなくなった時だった。


「眠れないのか」
「あ、あぁ。ちょっと、考え事してて」
「ケヴェスキャッスルでのことか?確か、“ディー”と名乗っていた…」


タイオンからの問いに、ユーニは何も答えなかった。
ケヴェスキャッスルを脱したのはつい数時間前のこと。
すぐそばまで迫ったシティーを目指し歩いていた一行は、途中で夜を迎えてこの休息地で明日を待つことにした。
ディーやヨランとの殲滅兵器を巡る戦い。
機械で出来た女王との激しい戦闘。
そして謎の第三勢力の乱入。
今日はいろいろなことを一度に体験しすぎたせいで非常に疲れている。
それは他の仲間たちも同じようで、すでにユーニとタイオン以外の仲間は全員寝床についていた。


「さっきはすまなかった」


ぽつりと呟かれたタイオンの言葉に、ユーニは首を傾げた。
“さっき”とは何のことだろうか。
追求してみると、タイオンはばつが悪そうに“ディーたちとの戦いで随分辛く当たってしまっただろう”と視線を落としながら言った。
ディーやヨランと戦っていた際、恐怖で動けなくなっていたユーニに対しタイオンは何度か声を荒げた。
ユーニの様子がおかしいことは以前から気付いていたが、その理由や原因は何も知らなかった。
あの絶体絶命だった状況で急に足を止めたユーニの行動に相当焦ったのだろう。
強い言葉と態度で“動け”と怒鳴ってしまった。
ユーニが抱える真実を知った今、タイオンは自身の言動を悔い始めていた。


「君の気持ちも知らず、申し訳なかった」
「いいって。あの土壇場で動けなくなったアタシが悪い」
「だとしても、もっと君の気持に寄り添うべきだった」
「インタリンクしてたあの状態で相方の動きが急に止まったら怒るのも当然だって」
「だが……」
「アタシが悪い。だから気にすんな」


それは、自分に言い聞かせた言葉だった。
ウロボロスの力は強力だが、インタリンクして体を共有するということは、自分が窮地に追い込まれたらタイオンも危なくなるということだ。
この体は、もはや自分だけの体ではない。
中合わせで命を共有しているタイオンのためにも、あそこで怖気づいた自分の行動は愚かとしか言いようがなかった。
謝るのはこっちのほうだ。
カップを握る手に力が入る。悔しさをにじませるユーニの表情をじっと見つめた後、タイオンは独り言のように呟いた。


「君のパートナーは僕だ。僕が一番君のことを理解していなくちゃいけないのに」


隣に腰掛けるタイオンに視線を向ける。
炎を見つめる彼の褐色の瞳は、どこか悲しみを帯びていた。
ラムダで泥人形のイスルギと対峙したときと同じ顔をしている。
これは、自分を責めている顔だ。
身の回りで起きる悪いことは全て自分のせいだと思い込んで、自責することで誰かを責めないように努めている、優しい顔。
やっぱりこの男は、誰よりも優しい。
炎に照らされるその横顔を見つめながら、ユーニは小さく笑みを零した。


「責めないんだ、アタシのこと」
「何故君を責める必要がある?」
「だって、アタシが最初から全部話してればもっと動きようがあったかもしれないだろ?」
「君が何も話さなかったのは、僕が頼りなかったからだ。もっと君に信頼されるよう動いていたら、きっとこうはならなかった」
「そうやってお前は、自分を責めることで他人のせいにしないようにしてるんだな」
「そういうつもりは……」
「優しいよな、タイオンは」


すぐ隣で、タイオンが息を詰める気配がした。
マグカップを握る手に力が入っている。
そして、焚火の火がはじける音にかき消されるほどの小さい声で“君ほどじゃない”と呟かれた。
タイオンが優しいことは知っていた。けれど、その優しが自分に向けられることはないと思っていた。
だが、ユーニが思う以上に彼は誰に対しても優しくて、不器用ながらも慈しむ心を持っている。
その柔い心に触れたおかげか、体の震えはいつの間にか消えていた。

前に震えが止まらなかったときは、ハーブティーを飲んだおかげで落ち着いたのだとばかり思っていた。
でも、本当は多分違う。
タイオンの声を聞いたから、落ち着いたんだ。
他人の存在に心の在り方を左右されていることに情けなさを覚えると同時に、タイオンの優しさに触れたことで喜びすら感じている。
不思議な感情に苛まれつつ、ユーニはマグカップハーブティーを飲みほした。


「最初はさ、なんでこんな奴とって思ってた。性格も戦い方も正反対だし。でも、だからこそ良かったのかもしれない。アタシに見えないものがお前には見える。タイオンとならこれからもやっていける気がするよ」
「ユーニ……」


そろそろ眠くなってきた。
温かいハーブティーを飲んだおかげで、心もすっかり落ち着いている。
ディーから向けられるあの鋭い瞳を忘れることは出来ずとも、今夜ぐっすり眠ることくらいは出来そうだ。
空になったカップをタイオンに手渡し、ユーニは“お茶ありがとな”と微笑みながら立ち上がる。
寝床に向かおうとした彼女の手を、今度はタイオンの手が引き留めた。


「そう思うのなら、もっと頼ってくれ。必ず君の力になってみせるから」


それはガラにもないストレートな台詞だった。
いつもは少し距離を取って様子を伺うように見守っているくせに、今はすぐ近くで自分を守ろうとしている。
真っすぐ見つめてくるその瞳にいつもの遠慮や憂慮はない。
それが本心からの言葉だと分かったとき、胸の奥で何かが跳ねた気がした。
そして、“わかった”と返事をすると、再びタイオンのすぐ隣で膝を折り目線を合わせる。
突然物理的に距離を詰めてきたユーニに戸惑っている彼の眼鏡に手を伸ばし、そっと奪い取った。


「お前がパートナーでよかったよ、タイオン」


眼鏡を取られたタイオンには、今のユーニの顔をはっきりと捉えることが出来ない。
彼から視界を奪ったのは、小さな恥じらいが滲む笑顔を見られたくなかったからだった。
視界がぼやける中、タイオンは瞳を大きく見開いた。
そして、彼に眼鏡を返すと逃げるように速足で寝床に向かう。
ガラにもないのはアタシも同じか。
自らの羽根をいじりながら、ユーニは頬を赤らめていた。
彼女は知らない。背後で残されたタイオンが、自分以上に赤い顔をしながら自らの胸を抑えていたことを。


***


ロストナンバーズのメンバーに案内される形で初めてシティーに到着してから、早くも2カ月近くが経過した。
あれから色々あり過ぎて、正直心が追い付いていない。
自分たちは死と再生を何度も繰り返していたという事実に打ちひしがれたり、人間としての正しい在り方をシティーの医者から教示され言葉を失ったり、エヌの手によって監獄に収監されたり、ミオとエムの体が入れ替わっていたと判明し深く安堵したり。
感情の起伏が激しい2カ月だった。

そんなある日のこと。
一行は久方ぶりにモルクナ大森林を訪れていた。
コロニータウを訪れるためである。
やはりこの場所の高所には慣れない。
森林に入った途端小さく足が震えだす。
そんなユーニに、前を歩くタイオンが何度も振り返りながら様子を伺ってくる。
その視線には気付いていたものの、何か反応するほどの余裕などなかった。

やがて、以前訪れたときも通りがかった深い溝の前に到着する。
前回と同じように男性陣と2匹のノポンが先行し、ノアとランツがミオとセナに手を伸ばす。
2人の女性陣が飛び越えていく背中を見つめながら、今回もノアやランツに手伝ってもらいつつ対岸に渡るのだろうと思っていたユーニに、思わぬ人物から手が差し伸べられた。


「ユーニ、掴まれ」
「えっ」


手を伸ばしてきたのはタイオンだった。
かつてここを訪れたとき、彼は対岸に渡れず難儀していたユーニには目もくれず、一人で瞳の機能を開いていた。
そんな彼が、今はまっすぐ自分を見つめながら手を貸そうとしている。
その事実に驚き戸惑っていると、対岸にいる彼は怪訝な表情を浮かべ始めた。


「どうした?」
「いや、別に…」


余計なことを言うとまた機嫌を損なって手を引っ込められそうな気がするので、あえて何も言わないことにした。
差し伸べられた手に自らの手を重ね、勢いをつけて飛び越える。
タイオンの意外にがっしりとした胸板に勢いよく飛び込んだと同時に、彼の左手がユーニの腰に回る。
不意に抱きしめられた形となったことに少したじろぎながらも、ユーニはタイオンを見上げて礼を言った。


「あ、ありがとう」
「……あぁ」


眼鏡を押し込みながら即座に顔を逸らすタイオン。
腰に回っていた左手を離し、まるで避けるように大袈裟に距離を取る。
足早にそそくさと歩き出すタイオンの背中を見つめながら、ユーニは少しだけ苛立ちを覚えた。
 
なんだ今の。なんで急に避けるみたいに距離を取ったんだ?と。
態度や言葉は以前よりも柔らかくなったが、最近はあまり視線を合わせてくれない。
目が合ってもすぐに逸らされるし、顔をふいっと背けられることも多くなった。
好かれているのか嫌われているのかよくわからない。
首をかしげながら、ユーニは先を行く仲間たちの背に続き歩き出す。
前を歩いていたタイオンが、隣にいたランツに“なんでそんなに顔赤いんだ?”と問いかけられていた声は、ユーニの耳には届いていなかった。


***


「いやぁ嬉しいねぇ。わざわざ俺に会いに来てくれるなんてさ」


そう言って、フゲンはユーニの隣に腰かけた。
やたらと距離が近い彼に少し違和感を感じながらも、別に嫌悪感を抱くほどではなかったため特に離れることなく食事を続ける。
“ちょっと様子を見に来ただけだっつーの”と言うユーニの言葉に、フゲンはまた調子のいい笑顔を浮かべながらも“またまたぁ、俺のこと気にかけてくれてたんだろ?”と都合のいい解釈で返事をした。

一行がコロニー30に到着したのは数時間前のこと。
ルディに頼まれていたドルークの部品を届けるためにやって来たのだが、フゲンに声を掛けたのはまさに“ついで”でしかなかった。
 
先日コロニーイオタから自由を求めてこのコロニー30に向かったフゲンを、かつての上官であるニイナは心配していた。
彼女の性格上、素直に気持ちを口にすることはなかったが、瞳での通信で現状報告した際、ノアが“コロニー30に向かっている”と口にした瞬間、彼女は明らかにいつもと違う反応を見せていた。
恐らくは、フゲンの顔を思い浮かべていたのだろう。
ニイナにフゲンの現状を伝えてやりたいと考え、ユーニとタイオンはルディと話している一行からとは別でフゲンを訪ねたのだ。

元々アグヌスの人間である彼にとって、ケヴェスのコロニーであるコロニー30は少々居心地が悪いのではないかと危惧していたが、どうやら無用の心配だったらしい。
ノポンで溢れ返っているコロニー30の緩い雰囲気は、フゲンのいい加減な生き方に合っているようだった。
思ったよりも伸び伸びとしているフゲンの様子に安堵しつつも、相変わらずベタベタと馴れ馴れしい態度には少々呆れてしまう。
正面に座って一緒に食事をしているタイオンも、フゲンのヘラヘラした態度が気に食わないのか先ほどから機嫌が悪い。


「ここはノポンがいっぱいで退屈はしないんだけど、可愛い女の子があんまりいなくてさぁ。ユーニはまさに砂漠に現れたオアシスみたいなものだよ」
「オアシスねぇ……」
「相変わらず綺麗な羽根だよな。ユーニの可憐さを際立たせてる」
「アタシが可憐?言われたことねぇけど」
「可憐だろどう見ても。はぁ~~〜君の周りの男たちは見る目がないな。こんなに綺麗で可愛くて可憐なのに」


フゲンの口からはまるで湯水のように誉め言葉が溢れてくる。
そのすべてが薄っぺらく感じてしまい、ユーニはほとんど聞き流していた。
だが、正面の席に座ってハーブティーを飲んでいるタイオンはフゲンの言葉を耳に入れながら不機嫌のボルテージをどんどん上げているように見える。
足を組み替える頻度も高くなっているし、眼鏡越しにフゲンをギロリと睨む回数も増えている。
纏わりつかれているのはこっちだというのに、どうしてタイオンがそんなに苛ついているのだろうか。


「ユーニ、良かったらこのあと二人でちょっと出かけないか?眺めのいい丘を見つけたんだ。一緒に星を見に行きたいな」
「星?」
「そう。きっと気に入ると思うんだ」


そう言いながら、フゲンはユーニとの距離を詰めて肩に腕を回してきた。
ユーニの華奢な肩にフゲンの手が触れ、彼の方へと引き寄せられる。
流石に鬱陶しいなと思い体を離そうとしたその瞬間だった。
目の前に座っていたタイオンが突然人差し指をくるりと回しフゲンに指先を向けた。
と同時にどこからともなく一枚のモンドが現れ、ユーニを抱き寄せていたフゲンの手をぱちんと弾く。
突然走った手の甲への痛みに“いてっ”と悲鳴を挙げたフゲンは、咄嗟にユーニの肩から手を放してしまった。
狼狽えるフゲンを一瞥し、苛立ちを滲ませた声色でタイオンは言う。


「勝手に触るな。もっと距離を取れ。あと気安く名前を呼ぶな」
「はぁあ?」


モンドに弾かれ赤くなっている手の甲を撫でながら、フゲンは素っ頓狂な声を挙げた。
やけに怒っているようなタイオンの態度と表情が腑に落ちない。
まるで大事にしている宝物を勝手に触られた時のような反応を見せるタイオンに、少しだけ心がムズムズする。
 
すると彼は、ユーニの目の前に置かれた料理の皿を引き寄せ、自分の隣の席に配置する。
急に料理を遠ざけられたユーニは何事かと抗議めいた目線を送るが、すぐにタイオンがしたかったことに気が付いた。
料理が置かれた隣の席。つまりユーニの正面の席を彼は指さしている。
“ここに座れ”ということだろう。

戸惑いながらも立ち上がってタイオンの隣に移動すると、彼は相変わらず冷たい目線を正面のフゲンに向けていた。
牽制するようなその視線に、聡いフゲンが気付かないわけがない。
わざわざフゲンの隣からユーニを移動させたタイオンの魂胆に気付き、フゲンは頬杖を突きながら深いため息をついた。


「そんなにムキにならなくてもいいじゃない、もじゃもじゃ君」
「その呼び方はやめてくれ」


瞳を伏せ、ハーブティーカップに口をつけるタイオン。
その横顔を見つめながら、ユーニは考える。
今の行動には一体どんな意味が隠されているのだろうか、と。
もしかすると意味なんてないのかもしれない。
ただ気まぐれに、へらへらしているフゲンを見て苛立ちを覚えたから怒っただけなのかも。
けれど、それだけではないような気もする。

“勝手に触るな”

その言い草はやけに幼稚で、彼らしくない。
まるで、嫉妬しているかのような、そんな言い方だ。
いやいやまさか。そんなわけない。
どうしてタイオンが自分に嫉妬なんてしなくちゃいけないのか。
ただの相方だというのに。
ありえない。気のせいでしかない。
そんなことを自分に言い聞かせながら、ユーニは食事を再開する。
タイオンとフゲンが隣で何か話をしていたような気がするが、内容は全く耳に入ってこなかった。


***


コロニーラムダに立ち寄ったのはかなり久しぶりのことだった。
当初は立ち寄る予定ではなかったものの、せっかく近くまで来たのだからイスルギ軍務長に挨拶したいというタイオンの要望を叶える形で、一行は滝の下にコロニーを構えるラムダへと足を踏み入れた。
 
相変わらずひっくり返ったままの鉄巨神を傘にするように、滝がぽっかりと口を開けている。
湿地帯の中央に位置しているせいか、このコロニーは他の場所よりも空気が清らかだ。
かつて所属していたコロニー9以外で居心地のいいコロニーと言えば?と聞かれたら、ユーニは間違いなくこのコロニーラムダを挙げるだろう。

ラムダに到着して早々、タイオンはイスルギに挨拶するために軍務長室へと向かう。
そしてようやく出てきたと思ったらすぐに作戦立案課の後輩たちに腕を引かれて会議室へと引きずり込まれてしまった。
このコロニーで活躍している作戦立案課の兵たちは、タイオンにとって後輩のような存在である。
イスルギからの信頼もあついタイオンは、ラムダの若手たちにとって頼れる先達と言えた。
訪れるたびに後輩に担ぎ上げられ、周囲のモンスター討伐に関して知恵を借りたいと頼まれているタイオンを見るのはもはや慣れている。

相変わらずモテモテだな。
野外食堂の椅子に腰かけながら、会議室に引きずり込まれるタイオンの様子を見つめユーニは微笑んだ。
そんな彼女の名前を背後から呼ぶ声がする。
振り返った先にいたのは、他の誰でもないこのコロニーの軍務長、イスルギだった。


「ユーニ、タイオンはどうした?」
「あぁ、作戦立案課の連中に引っ張られて行ったぜ?アイツになんか話でもあったのか?」
「先ほど渡し忘れていたものがあってな。申し訳ないが、ユーニから彼に渡しておいてもらえるか?」


軍務長の名を冠する彼は、非常に忙しい。
最近は疲労が顔に出るほどの仕事量に忙殺されているイスルギの困りごとを1つでも減らせるのであれば、タイオンへの渡し物などお安い御用だった。
快く了承し、手を出すユーニにお礼を言うと、イスルギは懐から取り出した小さな小瓶をユーニの手の上に乗せた。
その小瓶の中身を見た瞬間、ユーニの心臓は跳ね上がる。
小瓶の中身は、瑞々しい4枚の葉を持ったフォーチュンクローバーだった。


「え、これ……」
「以前タイオンから頼まれていたんだ。この近くにフォーチュンクローバーが自生しているはずだから、もし見かけたら取っておいてほしいと。何に使うのかは分からないが、タイオンのことだ。きっと何か重要な使い道があるのだろう」


“それではあとは頼む”と手を挙げて、イスルギは颯爽と去っていった。
残されたユーニは、手の中にある小瓶をただただ見つめていた。
 
フォーチュンクローバーはユーニが集めていたものだ。
彼女がこのクローバー集めを趣味としていることはタイオンもよく知っている。
知り合いからフォーチュンクローバーを探してくれと依頼された覚えもないし、コレペディアで依頼をかけている者も見当たらない。
このクローバーが何かの素材になることもなければ、料理の食材として活用されることもまずない。
となると、タイオンがわざわざイスルギにフォーチュンクローバーの入手を頼んだ理由はただひとつだけだった。


「アタシの、ため……?」
「何がだ」
「え、うおっ!」


突然背後からかけられた声に、全く色気のない声が出てしまう。
飛びのくように立ち上がると、すぐ後ろにいたタイオンが少し驚いたように眉をあげていた。
頭の中を支配していた人物の予期せぬ登場は、ユーニを挙動不審にしてしまう。


「な、なんだよ。会議もう終わったのか?」
「いや、中断してもらったんだ。流石に疲れていたからな」


ユーニが座っていた対面の席に腰かけたタイオンは、足を組みながら眼鏡を外すと目頭のあたりをぐりぐりと押し込み始めた。
しばらく長距離の移動が続いたせいで、それなりに疲れが溜まっていた。
どうやらタイオンも例外ではなかったらしく、疲労感を滲ませる顔色で項垂れている。
そんな彼の姿を見つめながら、ユーニは小瓶を握った右手の力をぐっと強めた。


「あ、あのさ。これ、さっきイスルギからタイオンに渡してくれって預かったんだけど」
「ん?……あ」


テーブルの上を滑らせるように指先で差し出した小瓶を視界に入れた途端、タイオンはフリーズする。
そして、すべてを理解したように深くため息をつきながら頭を抱えだした。
予想通りのその反応に“やっぱりか”と納得しつつも、ユーニは何も言わずにタイオンの言葉を待つ。


「イスルギ軍務長、よりにもよって何故本人に……」


癖毛を掴むようにして頭を抱えているタイオン。
彼の指の間から見えるその顔は、今までにないほど赤く染まっていた。
その表情を見て確信してしまう。
つい先ほど自分が立てた仮説は、一方的な妄想などではなかったのだと。
そして、こちらを伺うように視線を上げたタイオンは、観念したように肩を落としながら口を開いた。


「もし見つかったら、君に贈ろうと思ってたんだ……。いらないなら返してくれ」


視線を逸らし、口元を隠しながら真っ赤な顔で言うタイオン。
その顔をを見ていると、心がふわりと浮き上がるような感覚に陥ってしまう。
こういうのを、“浮ついている”と言うのだろうか。
タイオンがわざわざイスルギに協力してもらってまで手に入れたものだと思うと、ただでさえ貴重なフォーチュンクローバーが、余計にきらめいたものに見えた。


「いらないわけないだろ?お前がイスルギを顎で使ってまで手に入れたフォーチュンクローバーなんだから」
「なっ……その言い方はやめてくれ!誤解が生じるだろ」
「だってそうだろ?わざわざ“見つけたら取っておけ”ってパシらせたわけだ」
「違っ…あぁもうやっぱり返してくれ!君に贈ろうとした僕が馬鹿だった」
「いやだってば」


小瓶を奪い取るために伸びてきたタイオンの手から守るため、ユーニはさっと小瓶を救い上げて彼の手から逃れた。
小瓶を奪おうとするタイオンと、死守しようとするユーニ。
野外食堂で繰り広げられるその幼い攻防は、ラムダの中で非常に目立っていた。
そんな彼らの姿を、イスルギは遠くから見つめている。
ユーニは知るよりもなかった。二人を観察していたイスルギが、“やはりユーニのためだったか”とほくそ笑んでいたことを。


***


タイオンから向けられる遠回しな優しさは、一度目に付くと気になって仕方がなくなってしまった。
進む先に段差を見つけると必ず“気をつけろ”と声をかけてくるし、モンスターとの戦闘が終わった後も絶対に“怪我はないか?”と聞いてくる。
ハーブティーを淹れてくれる時も“火傷しないように”と一言注意を促してからカップを渡してくるし、足場の悪い場所を歩くときは当然のことのように手を差し伸べてくる。
 
出会ったばかりの頃に比べて、このタイオンという男は格段に優しくなっていた。
それも、ユーニ相手にだけ。
元々同じアグヌス出身であるミオやセナにも優しさを向けていたが、彼女たちに向ける優しさと、自分に向ける優しさはどこか違う色をしていた。
 
ミオやセナには涼しい顔で優しさを振りまく癖に、ユーニが相手となると途端にぶっきらぼうになる。
遠回しな言葉と態度。興味のないふりをした視線。そして余裕のない赤い顔。
彼がよく口にする“スマートさ”や“美しさ”とはかけ離れた不器用さがそこにはあった。
 
そのたどたどしい優しさを受け取るたび、こっちが恥ずかしくなってくる。
心がむずむずして、落ち着かなくなってしまう。
この気持ちは何だろうか。そして、タイオンが自分に向けてくる淡い感情はいったい何だろうか。
大方の予想はついていながらも、確信は出来ずにいる。
そんな感情を誰かに向けたことも向けられたこともないため、イマイチ確信が持てないのだ。

ティーを訪れたある日、“恋の心理学”という本をウェルウェルの店で見つけたのは偶然だった。
これは何かと店主であるウェルウェルに尋ねると、“恋する気持ちを知るにはこの本を読むのが一番だも!”という回答が返ってきた。

“恋”
形のない曖昧なその二文字を、ユーニは良く知らない。
以前モニカから説明を受けたが、やはり理解は難しかった。
“いずれお前たちも分かる時が来る”と彼女は笑っていたけれど、その“いずれ”とは一体いつなのだろう。
仲間内でもっとも知識を蓄えているタイオンは、もう愛だの恋だのという概念を理解したのだろうか。
そんなことを考えながら、いつの間にかユーニはその本を購入していた。

本を持ち帰り、寄宿舎の談話室で早速読み始めたユーニ。
ウェルウェルの書店でたまたま見つけたその本に書かれていたことは8割方意味不明だったが、一部理解できる内容も記載されていた。

恋とはつまり、相手のことが頭から離れなくなる切なく淡い気持ちのこと。
愛とはつまり、大切な相手を想い慕うこと。
両者は似て非なるものである。
恋は人を盲目にさせ、愛は人に見返りなく何かを与えたいと思わせてしまうのだ。

その一文を読み、ユーニは眉をひそめた。
特定の誰かのことばかり考えるなんてことが実際にあるのだろうか。
生きていればたくさん考えることが出てくる。
明日は何を食べようか、とか。
明日を生きるためにはもっと強くならなくちゃ、とか。
誰か一人のことをずっと考えている暇なんて、自分たちにはない。
 
そう思って、はっとした。
脳裏に浮かんだのは、タイオンとインタリンクするときに見えるあの光景である。
浮遊する体の周りに見えるのは、タイオンの記憶。
かつて二人がインタリンク出来たばかりの頃は、イスルギやナミとの記憶ばかりが浮かんでいた。
だが、最近は違う。
ユーニの顔ばかり浮かぶのだ。
 
焚火を前に一緒にハーブティーを飲んだ時の光景。
くだらないことで言い合いをしている時の光景。
窮地に立たされ、背中合わせで敵と対峙している時の光景。
日々を重ねるごとに浮かんでくる記憶は増えていって、タイオンの辛く悲しい記憶を塗りつぶしていく。
インタリンクした際に見えるあの映像は、きっと相手にとって印象的な記憶なのだろう。
10年間生きてきた中で、きっともっと印象的な記憶はあったはずなのに、今タイオンの心に浮かんでいるのは、自分との記憶ばかり。

アイツは、アタシのことばっかり考えてるのか……?

浮かんできた考えを振り払うように首を振る。
いやいや違う。それじゃあまるでタイオンがアタシに恋してるみたいじゃないか。
違うって。絶対違う。
アイツがアタシにそんな感情を向けているわけがない。
だって二人はただの相方だし。ありえない。

そう言い聞かせながら、ユーニは再び手元の本に視線を落とす。
ページをめくると、新しい項目が記載されていた。
“恋心を抱くとは”
そこに記載されている内容は、匂いに関するものだった。

恋と匂いの関係は密接である。
好意を抱いている相手の匂いを“心地よい匂い”と認識する場合が多くある。
特に相手の匂いを“甘い”と感じると、その好意は確かなものと推察できるだろう。


「匂い、か」


本を見つめながら一人つぶやいた。
ソファに深く腰掛け、本から意識を浮遊させて思い出す。
そう言えば、タイオンの匂いってどんな感じだろう。
勝手なイメージは、ハーブのような爽やかな香り。汗臭さや泥臭さとは程遠そうだ。
 
不意に、自分の腕をくんくんと嗅いでみる。
自分自身の匂いはなかなか分からないが、タイオンはアタシの匂いをどう感じるのだろう。
そんなことを思っていると、談話室に誰かが入ってくる気配がする。
ハッとして振り返った先にいたのは、風呂から上がったばかりのタイオンだった。
まだ濡れている髪をタオルで拭きながら歩いていた彼は、どうやら自室に戻る途中らしい。
ソファに座って読書に耽っているユーニの姿を見つけると、ぴたりと足を止めて視線を向けてきた。


「珍しい。本を読んでいるのか」
「んだよその言い方。アタシだって本くらい読むっつーの」
「何の本を読んでいるんだ?」
「教えてやんねぇ。それより——」


呼んでいた本を閉じ、タイトルが見えないように裏表紙を上にしてソファの上に置く。
勢いよく立ち上がり、背後に立っていたタイオンに歩み寄ると、ぐっと顔を近づけて彼の首のあたりをくんくんと嗅いでみた。
 
突然接近してきたユーニの行動に驚き、タイオンはびくりと体を震わせると勢いよく後ずさる。
“な、なんだ急に!”と抗議する彼の顔ははやり真っ赤に染まっていた。
風呂上がりだからか、タイオンの体から香ってくるのはハーブの香りなどではなく石鹸の香りだった。
いい匂いと言えばいい匂いだが、ノアやランツでも風呂上りは同じ香りがするだろう。
タイオン本来の匂いを知るためには、また別の機会に嗅いだ方がいいかもしれない。


「うーん、普通の匂いだ」
「は?」
「タイオンの匂いってどんな感じだっけなぁって思ってさ」
「な、何故急にそんな……」
「ちょっと気になっただけだよ。ちなみにさ、アタシってどんな匂い?」
「どんな、と言われても。そんなにじっくり嗅いだことが無いから何とも言えない」
「じゃあほら、嗅いでみろよ」
「えっ」


顔の横の髪を耳にかけ、首筋が露出するようにして見せると、タイオンは赤い顔をしたまま固まった。
戸惑いと羞恥心を隠しきれていないその顔は、ユーニを見つめたまま瞬きすら忘れている。


「さ、さっきから何なんだ」
「いいからいいから。嗅ぐのが嫌なら別にいいけど」
「……嫌だなんて言ってないだろ」


大股で一歩近づいたタイオンが、ユーニの首筋に顔を寄せる。
彼の吐息がわずかに首に触れて、なんだかくすぐったい。
近くに感じるタイオンの気配に、何故だか急に落ち着かなくなってしまった。
 
あれ、もしかしたら今アタシ、ものすごく恥ずかしいことをしているんじゃないだろうか。
顔が火照っていくのが分かる。
自分から“嗅いでみろ”と要求した癖に、今になって離れて欲しくなってしまった。
今日はまだ風呂に入っていない。先ほどモンスターとの戦闘もあってわずかに汗もかいている。
もしかしたら汗臭いかもしれない。あぁどうしよう。もう早く離れてくれ。
 
いつまでもスンスンしているタイオンに痺れを切らし、肩を押して無理やり引きはがしてやろうかと思ったその時だった。ようやく彼が顔を上げる。
また赤い顔をしているかと思いきや意外にもそんなことはなく、むしろ不思議そうな顔をしていた。


「ユーニ、デザートでも食べたのか?」
「えっ、た、食べてないけど?」
「そうなのか?物凄く甘い香りがするからてっきり……」
「えっ?」
「え?」


相手の匂いを“甘い”と感じると、その好意は確かなものと推察できるだろう。

今まで読んでいた本に記載されていた一文を思い出し、ユーニの頭はふわふわと浮遊し始めた。
物凄くい香り。タイオンが口にしたその言葉こそ、ユーニの脳裏に甘く響く。
ウェルウェルの書店で購入したこの本がまがい物でなければ、それはタイオンがユーニに甘い“恋心”を抱いている確かな証拠であった。
 
顔にどんどん熱が籠っていく。
思考が停止して、オーバーヒートしてしまう。
真っ赤な顔で茫然と見つめてくるユーニの様子を不審に思ったタイオンが、“大丈夫か?”と問いかけながらユーニの肩に触れてきた。
瞬間、体がびくりと跳ねて平常心が遠くへと飛び去っていく。
あぁどうしよう。何も考えられない。


「あ、あのっ、いや、えっと、」
「ユーニ?」
「も、もう用は済んだからっ!どっか行け。今すぐどっか行け!」
「なんなんださっきから。様子がおかしいぞ?」
「お、おかしくない!いいから早く自分の部屋帰れ馬鹿!」


赤くなった顔を見られたくなくて、ユーニは咄嗟にタイオンの背後に回って背中を押す。
強引に談話室から出ていかせようとするユーニの行動は、タイオンに不信感を与えてしまう。
“どうかしたのか?”と顔を覗き込もうとするタイオンの視線から逃げ、顔をそむけた。
ユーニの様子がおかしいのは確かだが、どうやら理由を話す気にはなれないらしい。
仕方がないと諦めてため息をつくと、未だに背中を押してくるユーニに振り返り微笑みを向ける。


「読書もいいが早く休んでくれ。夜更かしして体調を崩さないようにな」


そう言って、タイオンはタオルで頭を拭きながら談話室から出ていった。
いつも通りの優しい言葉と態度に、いつも以上にユーニの心臓が跳ねる。
去っていくタイオンの背からふわりと香ってくるのは石鹸の香りと、先ほどまでは全くしなかった甘く切ない香り。
あぁ、この匂いは。
自分の中に生まれた甘すぎる感情に気が付き、ユーニは頭を抱えるのだった。


END