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二次創作まとめ

ジャリボーイ陥落大作戦

【サトセレ】

■アニポケXY

■アニメ本編時間軸

■短編

***

 

「10万ボルトだ!」


10歳にしては迫力のある声に従い、黄色い相棒は容赦なく電撃を放ってくる。
尾てい骨にビリビリくるような10万ボルトを浴び、小爆発とともに体が浮かび上がった。


「やな感じ〜〜〜!!!!」


3人声を揃えて叫ぶその台詞は、もはや決まり文句と化している。
今日は思ったよりも遠くに飛ばされ、見知らぬ森の中へと落ちて行く。
身体中が痛いが、これもいつもの事。
重要なのは、怪我をしているかどうかよりも“何故こんなことになったか”である。
いつも通り、ムサシ、コジロウ、ニャースは円になって反省会を開始する。
普段ならば、“あそこであぁすりゃ良かったニャ”と適当にまとめ、即座に終わる反省会だったが、今日ばかりは違かった。
そのようなずさんな体制に、珍しくムサシが異議を唱えたのだ。


「もっと綿密に作戦立てた方がいいと思うのよね」


割と豪快な性格であるムサシらしくない意見であったが、正論でもある。
コジロウとニャースは大いに頷くが、その“綿密な作戦”と言うものがいつも思い浮かばないのだ。
ピカチュウを追い回して随分時間が経つ。
ターゲットの主人であるジャリボーイは着々とジムバッジをゲットしているというのに、自分たちはどうだろう。
彼が地方を跨ぐたびに追いかけてはいるが、一向にあの電気ネズミをゲット出来ずにいる。
ここらで何とかしなくては、ボスに顔向けできない。
そんな焦りからか、ムサシはあるアイデアを思いつく。


「そもそも、ピカチュウをどうにかしようって考えが間違ってるのよ!」
「どういう事だよムサシ」
ピカチュウの前に、あのジャリボーイを何とかしなくちゃでしょ!」


ポケモンは基本的にトレーナーの意見に従うものである。
ピカチュウ自体が手強い相手だというのに、彼に指示しているトレーナーであるジャリボーイはもっと手強い。
まず彼を何とかしなくては、ピカチュウをゲットする未来など遠いのではないだろうか。
そんなムサシの言葉に、ニャースは額の小判をきらめかせながら強く頷く。


「ムサシの言うことは最もだニャ。でも、ジャリボーイをどうにかするって具体的にどうするのにゃ?」
「簡単よ。周りを利用しちゃえばいいの」
「周りを利用?」


ジャリボーイを直接どうにかすることは、なかなか難しいだろう。
しかし、彼を囲む仲間たちをつつき、隙を作ることは大いに可能だ。
旅仲間である他の3人を利用し、ジャリボーイの隙を作る。
そしてその隙をついてピカチュウをゲットだぜ。
そんな完璧な作戦を提案したムサシは、口元にいやらしい笑みを浮かべていた。


「例えば、あのジャリメガネの発明を利用するとかね!」
「それ、前にもやって盛大に失敗しただろ?」
「えー。じゃあ、リトルジャリガールを人質に取るとか」
「人質作戦は成功した試しが無いニャ!」
「なによもう否定意見ばっかりね!じゃあ……」


残るはジャリガールだが、彼女はこちらの役に立ちそうな発明が得意なわけでもない。
さらに人質にとろうにも、彼女自身がトレーナーである以上難しいだろう。
一番利用しにくい相手だが、どこかに弱味のようなものがあるはずだ。
ムサシは自分の頭をフル回転して考える。
ジャリガールの弱味…ジャリガールの弱味…。

彼女の過去の行動を懸命に思い出してみると、ある1つの法則性が見えてきた。
そういえばジャリガールは、ジャリボーイと会話している時は随分と………。
一行を覗き見る機会が多いロケット団は、ジャリボーイ一行の日常会話を双眼鏡で盗み見ることも多かった。
今思い返してみれば、ジャリガールは妙にジャリボーイに対して好意的な態度を取っている。
これはもしかすると、もしかするのかもしれない。
ムサシの中に秘められた女の勘が働く。


「ジャリガールを使うのよ。あいつをうまく煽れば、ジャリボーイの隙を作れるかもしれないわ!」
「ジャリガールねぇ…。何か方法でもあるのか?」


胡座の上に頬杖をつくコジロウの顔は、少々の呆れが見え隠れしていた。
あまりムサシの作戦を頼りにしていないのだろう。
隣のニャースもまた、小さな腕を組みながら複雑そうな顔をしている。
その顔をすぐに尊敬の眼差しに変えてやるわ!
ムサシは満を辞して作戦を話し出した。


「ジャリガールはね、きっとジャリボーイのことが好きなのよ。だからその恋に協力するふりをして、ジャリボーイの隙を作らせるの!」
「えぇ!?ちょ、ちょっと待てよ!ジャリガールって、ジャリボーイのこと好きだったのか!?」
「初耳だニャ!」
「なーによあんたら鈍感ねぇ。これだから男は……」


どうやら自分の周りの男たちは、ジャリボーイと変わらないほど鈍感属性らしい。
ムサシは思わずため息をついた。
いくらジャリンコのままごと程度の好意とはいえ、恋は恋。
そこを突かれればかなり痛いはずだ。
しかも、“協力する”という言葉は恋する乙女にとってかなり心強い武器となる。
相手がまだ男を知らない10歳の少女であれば尚更だ。
そこを利用し、ジャリガールとジャリボーイがきゃっきゃうふふな隙ありありの雰囲気になった所でピカチュウを強奪。
そのままサカキ様に献上して幹部就任役員就任いい感じ〜!という寸法だ。
この完璧な作戦に、コジロウとニャースも同意を示してくれた。
3人は立ち上がり、先ほどまでの暗い雰囲気を消し去るように笑顔で向き合う。


「よし!そんじゃあジャリボーイ陥落大作戦、開始よ!」
「「おーっ!!」」
ソーナンス!」

こうして、ロケット団によるジャリガールの恋を助ける計画が始まった。
もちろん、助けるフリである。

 

 

Mission 1

ジャリガールに接触せよ!


いつも通りロケット団の襲撃を受けたサトシ一行は、10万ボルトでそれを撃退した後、何事もなかったように旅を続けていた。
山中をしばらく歩き、見えてきたポケモンセンターへと立ち寄る。
この先はしばらく街もホテルも無いため、今夜はこのポケモンセンターに泊まることになるだろう。

ロビーで一息ついたサトシ一行は、それぞれ自由に時間を過ごす。
そんな中、次のトライポカロン開催が近くまで迫っているセレナは、ひとり外のバトルフィールドへ出ていた。
テールナーヤンチャムニンフィアとパフォーマンスの練習を行うためである。
幸い、このバトルフィールドに他のトレーナーの姿はなく、貸切状態だ。
さっそく練習を始めるため、テールナーのボールに手をかけたその時だった。


「ちょっと待った!」


すぐ近くで、何者かの声が聞こえる。
姿が見えないその声に動揺したセレナは辺りを見渡すが、やはり誰もいない。
なんだか怖くなった彼女は、少しだけ怯えた声で口を開いた。


「い、一体なんなの…?」


まるでその声を待っていたかのごとく、彼女の言葉に反応して草むらから何かが飛び出してきた。
その何かは“とう!”と掛け声を飛ばし、セレナの前に着地する。
野生のポケモンかと思ったが、そうでは無いらしい。
飛び出してきたものの正体は……。


「い、一体なんなの?と聞かれたら」
「答えてあげるが世の情け」
「世界の破壊を防ぐた
ロケット団!!」


見慣れた2人と1匹の姿に、セレナはその名前を叫ぶ。
しかし、せっかくの口上を邪魔された彼らは、ズコーッと音を立ててその場に倒れ込んでしまう。
おかげで砂埃が舞い上がり、セレナはケホケホと咳き込んだ。


「な、名乗りぐらいちゃんと言わせなさいよ……」


不発に終わった口上に、ムサシは文句を垂れる。
しかし、当のセレナはそんな事情を全く気にしていない様子で、警戒心を露わにしながらこちらを睨んでいる。
毎日のように自分たちを襲っている者たちがイキナリ現れれば、警戒するのも無理はないだろう。


「またピカチュウを奪いにきたの!?」
「ノンノン。今日の俺たちの狙いは、お前だジャリガール!」
「え!?」


モンスターボールを構えながら敵意を剥き出しにするジャリガール。
ようやく立ち上がったコジロウは、そんな彼女を指差し得意げな表情で言った。
この作戦を考えたのは自分なのに、何であんたがそんなに得意げなのよ。
ムサシは内心コジロウに対してそんなクレームを入れるが、今はそんなことはどうでもいい。
まずはジャリガールの警戒心を解かなくては意味がないのだ。


「今日のニャーたちは、おミャーらと戦う気は無いのニャ。ただジャリガールに協力するために来たのニャ」
「協力…?」
「ジャリガール。あんた、ジャリボーイの事が好きなんでしょ」
「は、はぁっ!?」


ムサシの言葉に、セレナは素っ頓狂な声をあげる。
大きすぎる反応は、明らかな事実を表していた。
ビンゴね。
心でそう呟くと、ムサシはセレナから視線を外さずにほくそ笑む。


「な、な、イキナリ何言って……」
「大当たりみたいだニャ」
「まぁそう慌てなさんな。俺たちはただ、ジャリガールの恋路を応援してやろうってだけなんだから」
「応援…?」


頬を染めながらも動揺するセレナ。
そんな彼女の瞳には、疑いの念が込められていた。
ただ単に応援すると言っても、毎度毎度ピカチュウを奪うため襲撃をかけてくる自分たちは、普通なら信用されないだろう。
信頼を得るため、それらしい“理由”というものが必要だ。
3人は顔を見合わせ、事前に打ち合わせておいた台本通りに口を開く。


「アンタたちには、ホワイト先生と会った時の借りがあるし、それを返そうってわけよ」


以前、ロケット団は分裂の危機に陥ったことがある。
それを手助けしたのが、サトシたちであった。
正直、それを本当に恩として感じるほど人のいい3人ではないが、セレナの疑念を払拭するにはもってこいの理由である。
しかし、どうやら彼女はそこまで単純な性格ではないらしい。
未だ疑惑の目で3人をじっと見つめている。


「そんなこと言って、本当はまたピカチュウを奪うつもりなんでしょ?そうはいかないんだから!」


きっと睨みつけ、セレナは背後のポケモンセンターへと走り出す。
恐らく建物内にいるサトシへと助けを求めに行くつもりなのだろう。
そうなってしまってはこちらに都合が悪い。
バトルフィールドの砂を蹴って走るセレナの背中に、コジロウとニャースは焦りを見せる。
しかし、真ん中に立つムサシは彼らと違い、妙に冷静さを保っていた。


「ずーっと片想いってのも辛いもんよねぇ、ジャリガール」


ムサシの挑発するような声色に、セレナの足は止まる。
振り返ることは無いが、彼女が動揺していることは明らかであった。
今が好機とばかりに、ムサシは口元に笑みを浮かべて責め立てるように口を開く。


「友達のままでいいのかしら?少しは進展したいと思わない?人生経験豊富な大人の言うことは聞いておいた方がいいわよ?」
「………」
「まぁ、アンタがこのままの関係でいいって言うのなら、それでもいいけど」


これは賭けでしかなかった。
あえて突き放すような言葉を投げかけるムサシに、セレナからの反応はない。
サトシを呼びに行くわけでも、ムサシたちに歩み寄るわけでもなく、ただその場に立ち尽くしている。
恐らく、どうするべきか考えているのだろう。
思いもよらない言葉で説得を試みるムサシを、コジロウとニャースはハラハラと眺めていたが、そんな彼らの心配をよそに、ジャリガールは動きを見せる。


「本当に、協力してくれるの……?」


ゆっくりと振り返るセレナの瞳からは不安が感じられた。
その目に宿る本心は、“頼りたい”と言っているようにしか見えない。
“もらった!”と心でガッツポーズを決めながら、ムサシはニッコリと微笑む。


「あったりまえじゃない!同じ女同士、恋の悩みはわかち合わなきゃ!ね?」


長いこと彼女とタッグを組んでいるコジロウは知っている。
ムサシのあの笑顔は、嘘をついているときの笑顔だ。
しかし、セレナがその笑顔の裏にある彼女の黒い作戦を読み取れるわけもなく、ムサシは見事に恋する乙女を手中に落としてしまう。
あぁ、可哀想に。
ムサシに手を引かれ、作戦本部となる近くのボロ小屋へと連れて行かれるセレナの後ろ姿を見ながら、コジロウは内心手を合わせるのだった。


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Mission 2

ジャリボーイに告白せよ!


ポケモンセンターのすぐ脇にある木造の小屋。
ロケット団はここを作戦本部として使っていた。
壁や天井に数カ所穴が空いており、隙間風がピューピューと吹き込んでいるが、気にしない。
雨が降れば複数箇所からポタポタと雨漏りしてしまうが、気にしない。
そんな絢爛豪華な作戦本部に連れてこられたセレナは、小汚いパイプ椅子に座るよう促される。
座った瞬間埃が舞い、椅子からギシィッと悲鳴が上がったが、気にしない。

本部につくなり、ムサシはパチンと指を鳴らすが、両脇に立っていたコジロウとニャースはキョトンとした表情で首を傾げている。
そんな彼らにイラつき、“アレよアレ!”と怒鳴り散らすと、2人はようやく合点がいったように顔を見合わせた。
ボロ小屋の、いや本部の端に置かれたガラクタの山からいそいそと何かを運び出し、椅子に腰掛けるセレナの前に置く。
どうやら彼からが運んで来たのは、ホワイトボードだったようだ。


「いい?ジャリガール。あたしたちが協力すると決めた以上、アンタとジャリボーイには意地でもくっついてもらうわよ!」
「く、くっつく!?」
「そう!そのための作戦をいつくか考えてしたわ。まずアンタがやるべき作戦はコレよ!」


キュポッと音を立て、手に持っていたマジックペンの蓋を外すムサシ。
そのままホワイトボードに何かを書き始めるが、殆ど何も書けていない。
どうやらインク切れのようである。


「何これ全然書けないじゃない!」


パァァァンという音とともに、マジックペンは床に叩きつけられる。
何をそんなにイライラしているのか分からないが、ロケット団にとってムサシのこの行動は日常でしかないらしく、コジロウもニャースも全く動揺していない。
“じゃあこれでどうだ?”と新しいペンを差し出すコジロウにお礼も言わず、すぐさま受け取ると、素早く作戦名をホワイトボードに書いていく。
その字が妙に達筆なのは何故だろう。


「最初の作戦はコレよ!」
「えぇ!?」


“とりあえず告白”
大きくそう書かれた文字に、セレナは驚きを隠せない。
とりあえずという言葉を辞書で引いてから作戦名を発表してほしいものだ。
告白という勇気を最大限に発揮しなくてはならない行為は、奥手なセレナにとって無理がある。
すかさず“出来るわけがない”と首を横に振るセレナだったが、作戦を提示したムサシがそれを許すわけがない。


「甘い!蜂蜜入りのお汁粉と同じくらい甘いわよジャリガール!」
「は、はぁ…」
「ジャリボーイは“超”がつくほどの鈍感野郎だって事くらい知ってるでしょ?ストレートに告白しないと想いは伝わらないのよ!」
「それはそうだけど……」


サトシと旅をする中で、彼の鈍感さは痛いほどに実感していた。
だからこそ、ムサシの言いたいこともよく分かる。
しかし、やはりそんな勇気などセレナは持ち合わせていなかった。
もし振られてしまったら?
そんなことを考えると、一歩踏み出す勇気が出ない。
自分のスカートをぎゅっと掴み、下を向くセレナの姿に、ムサシはため息をついた。


「それにね、あんまりモタモタしてると他の女に先を越されるわよ?」
「え?それってどういう……」
「ジャリボーイのやつ、あれで女の友達が多いのよ」


ムサシが語る真実は、セレナを焦らせるには十分な素材となった。
もう長い間ピカチュウを追いかけ、サトシを見てきたロケット団は、彼の友人関係を殆ど把握している。
いつも必ず旅のメンバーに異性がいて、旅をする中で出会った友人の中にももちろん異性がいる。
彼女たちがサトシに恋愛的好意を寄せているのかは不明だが、将来的に男女の仲となる友人が出てくるかもしれない。
その可能性をあえて突きつける事で、セレナの背を押してやろうという作戦である。
そんなムサシの作戦を察したのか否か、後ろで見ていたコジロウとニャースも、思い出したかのように口を開く。


「そういえばジャリボーイのやつ、いつも女の子を連れて旅してたよな」
「そういえばそうだったニャ。ジャリガールはおミャーで5代目だニャ」
「ご、5代目!?」


セレナは知らなかった。
サトシが、それほどまでに多くの女の子たちと旅をしていたことを。
彼はあまり自分から身の上話をするようなタイプではない。
だからこそこちらから聞かない限り、過去の仲間たちのことを知る術は無いのだが、セレナは敢えて今まで触れてこなかったのだ。
なんとなく、聞くのが怖い。
そしてセレナのそんな恐怖を煽るような真実が、ロケット団によって知らされてしまった。
焦りと小さな嫉妬が、彼女の顔を曇らせてゆく。


「ライバルは多いってわけ。あんまり時間かけてられないわよ?」
「……っ」


俯き、考え込むセレナ。
確かにムサシの言う通り、奥手を極めて口を紡ぎ続けた結果、サトシに恋人が出来てしまっては元も子もない。
ここは勇気を振り絞って、想いを伝えてみるのも1つの手では無いだろうか。
セレナ自身、サトシからは他の女の子たちには向けられない、特別とも言える優しさを注がれているという自覚があった。
ほんの少しだけ、希望があるかもしれない。
なら、その希望に賭けてみるのも悪く無い。
セレナは決意を胸に、立ち上がる。
再び椅子がギシィッと激しく鳴ったが、気にしない。


「分かった。私、サトシに告白する!」


大々的に宣言された告白に、その場にいたロケット団3人は“おぉ〜”歓声をあげる。
ムサシは決心したセレナへと歩み寄ると、その華奢な肩に腕を回し、得意げな笑みを浮かべて言う。


「よく言ったわよジャリガール!男は度胸、女も度胸よ!」
「愛嬌の間違いだよな?」
「ムサシの場合、愛嬌じゃなくて最恐だニャ」


後ろでヒソヒソと耳打ちし合うコジロウとニャース
そんな2人に絶対零度の睨みを利かせ、黙らせるムサシなのであった。


**********


ポケモンセンターで休憩を取っていたサトシは、暫く特訓をした後、ピカチュウを含めた手持ちのポケモンたちをジョーイに預けていた。
ポケモンの回復には時間がかかる。
その間、どうやって時間を潰そうか考えていたサトシであったが、そんな彼にセレナが声をかけてきた。
“話がある”と。
少しだけ様子がおかしい彼女に手を引かれ、連れてこられたのポケモンセンターロビーの隅。
モジモジとして視線を泳がせているセレナは、何故だか頬が赤い。
今、彼女が一世一代の告白をしようとしていることに、サトシは気付いていない。

ロビーの窓の外には、緊張したセレナと、そんな彼女を不思議そうに見つめているサトシの様子を伺う影が3つある。
ロケット団の3人だ。
窓にへばりつくようにしてジャリンコたちの様子を眺めているその表情は、3人揃って真剣そのもの。
セレナのポケット忍ばせていた盗聴器から2人の会話は聞くことができる。
耳を澄まし、目を凝らし、ロケット団はジャリガールの告白を大いに応援していた。


「それで?話ってなんなんだ?」
「う、うん。えっと……その……」
「セレナ、大丈夫か?なんか、顔赤いけど」


漏れ聞こえてくるジャリボーイの言葉に、ムサシは視線を外してため息をつく。
ジャリガールの顔が赤いことには気づく癖に、自分に向けられた好意には気付けないのか。
これは思った以上に強敵だなと考えるムサシの耳に、コジロウとニャースの“あーっ!”という叫びが届く。
鼓膜が破れるのでは無いかと思うほどの大声に顔をしかめながら、ムサシは何事かと窓の向こうへと視線を戻す。
するとそこには、首の周りがむず痒くなるほどに甘酸っぱい光景が広がっていた。


「熱でもあるんじゃないのか?」


盗聴器から漏れ出るジャリボーイの声は、やけに優しいものだった。
そんな言葉とともに、彼は熱を測るかのようにジャリガールの額に手を触れている。
なんだあれは。
ジャリボーイのやつ、いつの間にあんな胸キュンアクションを使えるようになったんだ?
開いた口が塞がらないムサシを他所に、隣で見ていたコジロウは楽しげな笑みを浮かべている。


「あぁ、いいな、ああいうの。青春だよなぁ」
「おミャーらはラブラブって言葉を使うには5年遅いニャ」


呑気なコジロウは、眼前に広がるジャリンコたちのラブラブに和んでいる様子。
しかし当の本人であるセレナの心境は“和み”とは程遠く、突然サトシに触れられた事で激しく動揺していた。
“だ、大丈夫よ!”と発熱疑惑を否定すると、サトシの手は離れていく。
少しだけそれを惜しみながら、言わんとしている“大事な話”をしなくてはと、深く息を吸い込んだ。


「サトシ、あのね、私……。私……」
「ん?」
「サトシのこと……す、す、す…」


残り1文字という大きすぎる壁が、セレナの前に立ちはだかる。
窓の外でその光景を見ていたロケット団は、“言え!言え!”心で呟く。
恥ずかしさで死んでしまいそうなセレナは、ついに、その後の言葉を吐き出すように続けた。


「す、凄く尊敬してるの!!」


ポケモンセンター内に大きく木霊するセレナの叫びに、サトシをはじめとするその場にいたトレーナーたちを唖然とさせる。
窓の外からその光景を眺めていたロケット団3人も、力が抜けきってしまいズコッと音を立てて転んでしまう。
違うだろ!そうじゃないだろ!
ムサシが心でいくらそう叫んでも、窓の向こうで顔を赤くしているジャリガールに届くことはない。
あまりの羞恥心に、本当に言いたいことが言えなくなってしまったのだろう。
ほとんど衝動的にサトシへの尊敬の念を暴露してしまったセレナは、焦りを隠せず早口で言葉を続ける。


「ほ、ほらサトシってバトルも強いし頼りになるっていうかいつも明るくてみんなを引っ張っていってくれるし危なくなると必ず助けてくれるし一緒にいると安心できてかっこいいっていうかそのあのえっと」
「ぷっ」


まくし立てるように並べられた言葉たちに、サトシは思わず吹き出してしまう。
グローブをつけた手の甲を口元に当て、楽しそうに笑う彼に、セレナの口も止まってしまった。
あまりにも慌てた様子で喋るセレナの姿が相当可笑しかったのだろう。
しばらく声をあげて笑った後、サトシは鼻の下を摩りながら笑顔を向けてくる。


「ありがとな、セレナ。すげぇ嬉しいよ」


満面の笑みで述べられたお礼は、セレナを再び羞恥へと突き落としていく。
そんな嬉しそうな顔しないでよ。
ますます恥ずかしくなっちゃうじゃない。
頬は熱を帯び、どうしようもなく赤く染まる。
告白はできなかった。
けれどもそれと同等に恥ずかしいセリフを言ってしまったのではないだろうか。
目の前のサトシに真っ赤な顔を見られぬよう、セレナは“じゃあ”と一言だけ挨拶すると、足早にポケモンセンターを後にした。



Mission 3

ジャリガールをコーディネートせよ!


「何やってんのよジャリガール!!」


作戦本部であるボロ小屋へ戻ったセレナを待っていたのは、鬼のような形相をしたムサシだった。
腰に手を当て、キーキーと説教をする彼女の言葉を聞きながら、セレナはしゅんと項垂れている。
普段からムサシの怒号を聞いているコジロウとニャースは、口にすら出さないものの、真っ向から怒られているジャリガールに大きな同情を寄せていた。


「尊敬ってなによ!そんなこと言ってもジャリボーイには意味ないでしょ!」
「でも、すごく嬉しそうにしてくれたし、あれはあれでいいかなって……」
「甘い!お砂糖入りの餡蜜と同じくらい甘い!そんな甘ったれた事言ってると、いつか他の女に掻っ攫われるわよ!?」
「うっ…」


“告白する”と断言したにもかかわらず、直前で怖気付いてしまったセレナはムサシの言葉に言い返すことが出来ない。
どれだけ固く決心したとしても、いざ本人を目の前にしてみるとなにも言えなくなってしまうのだ。
そんな自分に大きな嫌悪感を抱きながら、セレナは悲しげに俯いてしまう。
しかし、ムサシもそんなセレナの心情を理解できないわけではない。
“仕方ないわね”とため息をつくと、再びホワイトボードの前に立ち、なにやらマジックで文字を書いていく。


「次の作戦いくわよ。第二作戦は……これ!」


ホワイトボードに書き終わったムサシは、左手で勢いよくホワイトボードを叩く。
バンッ!と大きな音を立てながら、ホワイトボードはひっくり返り、ゴトンとムサシの頭にぶつかってくる。
あ、やばい。あれはキレるぞ。
そんなコジロウの予想はバッチリ的中し、ムサシはぶつかってきたホワイトボードに1人罵声を浴びせる。
“なんなのよもう!”と何度目かの怒号を飛ばすと、咳払いしながら回転してしまったホワイトボードを直す。
ようやく書かれた作戦名がお目見えし、セレナはキョトンとした表情を見せた。
真っ白なボードには、黒のマジックでデカデカと“ジャリガールコーディネート作戦”と書かれている。


「コーディネート……?」
「そう!告白が無理ならあっちを振り向かせればいい!男を振り向かせるならまず見た目を磨けばいい!とりあえずいい服を着なさい!見た目が良くなればあのジャリボーイも少しはときめくはずよ」
「見た目……」


ムサシの言うことは最もだった。
いくら性格が良くても、料理が上手くても、喋りが上手くても、まず見た目が良くなければ意味がない。
気になる相手を振り向かせるために、見た目を磨くということは一番の近道なのだ。
ムサシが提示したのは、“コーディネート”という言葉。
つまり、セレナに似合うハイセンスな服を、ロケット団の3人が見繕うということだ。
いつの間に買って着たのだろう。
ムサシ、コジロウ、ニャースの3人は、ブティックの紙袋を抱えていた。
ロケット団はいつも決まった服を着ているので、彼らのセンスなど知る由もない。
大きな不安を抱えながら、セレナは“お願いします”と頭を下げた。


「じゃあまず私からね!これよ!」


ムサシが袋から取り出した服を見て、セレナは顔を引きつらせた。
彼女が自信たっぷりの表情で突き出してきたのは、黒ベースに金色が施された派手なヒョウ柄ワンピース。
ラメがふんだんに散りばめられたそのワンピースは、小屋に取り付けられた照明に反射して眩しく光っている。
露出も多く、セレナが一度も着たことがないタイプの服だということはよく分かる。
こんなものを着るのか…?
こんなものを着てサトシが振り向いてくれるのか…?
セレナは黙って首を横に振った。


「なによその反応。嫌なわけ?」
「嫌」
「ちょっとジャリガール!」
「確かにその服装はナシだな」
「ナシだニャ」
「なんでよ!」
「それ今にも潰れそうなスナックのママが着てるやつだろ?」


コジロウの言葉を聞いた途端、ムサシは彼の整った顔めがけて平手打ちをかます
彼女の手の平はコジロウの額にヒットし、パァァァン!という乾いた音が小屋に木霊する。
うずくまるコジロウを気にすることなく、ムサシは頑なに拒絶するセレナをひと睨みすると、派手なヒョウ柄ワンピースを紙袋に仕舞った。
さすがに自称元女優というだけあって、彼女はハイセンス過ぎる。
そんな先端的なセンスにはとてもついていけない。
意外にもあっさり諦めてくれたムサシにホッと安堵すると、セレナは肩の力を抜いた。


「仕方ないニャ!ニャーのセンスでジャリガールをプロデュースしてやるニャ!」


特徴的な声とともに、ニャースはその小さい体で紙袋を漁る。
どうやら彼もセレナのため、服を用意してくれていたらしい。
人の言葉を話せるとはいえ、ポケモンであるニャースに人間のセンスが分かるのだろうか。
そんなセレナの心配はやはり的中し、彼が柔らかい肉球で掴み上げた服は、予想外すぎるセンスであった。


「え、なによこれ…」
「服だニャ」
「分かってるわよそんなこと」


呆れきったムサシが、ニャースの手から服を摘まみ上げる。
彼女の手によって広げられたのは、エネコロロデザインの着ぐるみであった。
言葉を失う一同。
なぜこんな空気になっているのかわからないニャースは、1人首を傾げていた。


「一応聞くけど、なんでこれにしたの?」
エネコロロちゃんの特性はメロメロボディだニャ。これを着ればジャリボーイもメロメロだニャ」
「却下で」
「ニャ!?」


セレナの無情な一言に、ニャースは一気に顔色を変える。
まさか拒否されるとは思っていなかったようだが、セレナからすれば何故これが採用されると思ったのか不思議で仕方がない。
ニャースは悲しげな表情で見つめてくるが、セレナは無言で首を振る。
エネコロロのメロメロボディも、人間であるサトシには効くわけもない。
ボツとなってしまった悲しみにくれ、ニャースは着ぐるみを紙袋に戻す。
やはりと言うべきか、ロケット団の個性的すぎるセンスには付き合えそうにない。
彼らに協力を仰ごうなど、間違っていたのかもしれない。
セレナがそんな後悔を抱き始めた時だった。
今まで沈黙を貫いていたコジロウが、ガタンと音を立てて突然立ち上がる。
彼の額には、先ほどムサシに叩かれた赤い跡が残っていた。


「ムサシ、ニャース、俺はがっかりだよ!」
「何がだニャ?」
「2人のセンスがこんなにアレだなんて!」
「アレって何よ!ねぇアレって何よ!」


大層傷ついた様子を見せるムサシやニャースに一切目を向けず、コジロウは椅子に座るセレナの目の前に膝を折る。
“これを着てみてくれ”と紙袋を手渡してくる彼の目は、闘志の炎に燃えていた。
その熱すぎる視線に苦笑いを浮かべながら、受け取った紙袋の中を覗き込む。
すると、先ほどまで曇った表情を見せていたセレナの瞳が、驚きと喜びに輝いた。
コジロウから受け取った紙袋を抱え、小屋の端にかけられたカーテンに包まり着替え始めるセレナ。
しばらくシュルシュルと着脱を繰り返し、数分後にセレナはカーテンから飛び出した。
目の前に現れた彼女を見て、ムサシとニャースは仰天することとなる。


「えっと、どうかな?」


トップスは清楚感溢れる白いカットソー。
ボトムスはミモレ丈のスカートで、セレナが好んでいる赤をチョイスしている。
足元は黒いショートブーツ。
控えめなヒールなので、足がスラッと細く見えるのが特徴だ。
首元には小さな飾りがついたネックレスが輝いている。
安物なのであまり目立つ代物では無いが、ワンポイントとしての役割は十分に発揮されていた。
更に頭には黒のハットが乗せられており、シックな印象を受けるアイテムである。

セレナのイメージカラーである赤を取り入れつつ、全体的にシックな色合いで決めたコジロウのコーディネートは、大人っぽさを前面に出したものとなっていた。
一瞬で変身を遂げたセレナの姿に、ムサシとニャースは驚きを隠せず口をポカンと開けている。
悔しいが、コジロウのセンスは大正解だ。
驚きながらも、ムサシとニャースは顔を見合わせて頷いた。
恥ずかしそうにミルクティー色の髪を触りながら俯くセレナに駆け寄り、3人はその背を叩く。


「いいじゃない!大人っぽいじゃない!」
「だろ?流石俺のコーディネート!」
「これならジャリボーイもいちころニャ!」
「そ、そうかな?」
「おう!自信を持てジャリガール!お前は今、最高に輝いているぞ!」
「ほ、本当に?」


持ち前のテンションでセレナを持ち上げていくロケット団
そんな彼らの甘美な言葉に、セレナは次第に顔を赤らめていく。
普段は悪巧みばかりな彼らだが、今回ばかりはその言葉に嘘は無かった。
コジロウのコーディネートによってセレナはいつも以上に可愛らしく着飾っている。
普段着とは違う格好をすることで得られる効果は、“ギャップ”という大きなもの。
これを使えば、今世紀最大の鈍感男であるサトシであろうとも、少しくらいは反応を示すことだろう。
“まぁ私の方が輝いてるけどね!”と鼻息を荒くするムサシを無視し、コジロウとニャースはセレナの背を押す。
この姿を見れば、きっとジャリボーイもトキメキというものを覚えることだろう。


「頑張れよー!ジャリガール!」
「ジャリボーイを落とすのニャー!」


サトシにこの格好を見せるため、小屋を後にするセレナ。
そんな彼女に全力で手を振って送り出すロケット団
彼らの間には、形容しがたい珍妙な絆が生まれていた。


**********


作戦本部、もといボロ小屋のすぐ近くにあるポケモンセンターに戻ると、ロビーで談笑している仲間たちの姿が目に入る。
ソファーに座って楽しそうに話しているシトロン、ユリーカ、そしてサトシ。
赤い帽子をかぶった想い人を遠くからじっと見つめ、セレナは大きく深呼吸をする。
この格好を見たら、サトシは一体どんな反応を示すだろう。
褒めてくれるだろうか?
少しくらいは、自分を意識してくれるだろうか?
少しの期待と大きな不安が、セレナの胸を渦巻く。
“よし”と両手で小さくガッツポーツを決めると、仲間たちの元へと歩き出した。


「ジャジャーン!どうかな、この服!」


談笑中の仲間たちの元へと突然姿を見せたセレナ。
赤いミモレ丈のフレアスカートを揺らしながらやってきた彼女に、仲間たちは驚いたように目を見開いている。
そんな光景を、ロケット団3人は先ほどと同じように窓の外から眺めていた。
さて、彼らが、というよりもジャリボーイがどんな反応を示すか気になるところだが、今は黙って見守るが吉だろう。
窓に張り付く3人に気付くことなく、いつもと違う格好で現れたセレナに気を取られたユリーカは口を開く。


「セレナ、どうしたのその格好!」
「新しい服を買ってみたの!どうかな?」
「お似合いですよ!大人っぽくていいですね!」
「うん!セレナすっごく綺麗!」
「ありがとう!」


やはりシトロンとユリーカは優しい。
着飾ったセレナに目を輝かせながら、2人は大いに褒めてくれた。
その言葉に、嘘やお世辞は一切含まれていない。
反応の良い2人の様子を盗み見ながら、窓の外のロケット団は顔を見合わせ、ニシシと笑う。
このぶんなら、きっとジャリボーイもいい反応を示してくれるに違いない。
そんな確信を持って再びポケモンセンター内に視線を戻す3人。
彼らの視線を一身に浴びているなど知る由もないジャリボーイは、いつもと違うセレナをじっと見つめている。
何か言葉を発することもなく、ただ黙って彼女に視線を向けているジャリボーイの表情は、なんとも言えない複雑さが滲み出ていた。


「ねぇねぇサトシ!セレナの格好、素敵だと思わない?」
「え?あ、えーっと……」


何も言わないサトシに業を煮やしたユリーカは、ソファーに座ったままボーッセレナを見つめている彼に詰め寄った。
セレナがサトシに想いを寄せていることを知っている彼女なりの気遣いなのかもしれない。
話を振られたサトシは戸惑い、なにやら迷っているかのような表情を見せていた。
彼の口から出てくるであろう言葉に期待を寄せ、セレナは密かに息を飲む。
しかしながら、現実というのは常に無情なものである。
セレナの期待を粉々に粉砕するような言葉が、サトシの口から遠慮がちに飛び出してきた。


「俺は……前の方がいいと思うぜ」


言いづらそうに放たれた言葉は、セレナの心を打ち砕くには十分すぎる威力である。
思わず言葉を失うセレナ。
その場は凍りつき、なんとも居心地の悪い空気がその場を支配する。
“サトシ!”と声を張り上げて顔を近付かせてくるユリーカは、明らかに怒っているようで、鋭い目つきでサトシを睨む。
隣に腰掛けているシトロンもいたたまれず、焦っているような表情を見せている。


「あんのジャリガキ!!」


窓の外からその光景を見ていたムサシは、今にも目の前の窓ガラスを割って中に侵入しそうな勢いで立ち上がった。
今ムサシの行動を放っておくとまずい。
一瞬でそう判断した両脇のコジロウとニャースは、ムサシの腕を掴み、全力で止めに入る。
しかし、ムサシの怒りはもっともだ。
彼ら3人が、というよりもコジロウが懸命に考えたコーディネートをバッサリと否定されてしまったのだから。
自分たちがこれほどまでにショックを受けているのだから、本人であるセレナはよほど辛いに違いない。
そんな彼らの予想通り、ロビーの真ん中で立ち尽くしているセレナは俯いていた。
その表情は、ロケット団が盗み見ている窓からは垣間見ることが出来ない。


「そっか……そうだよね。ごめん」
「セレナ…?」
「いきなりごめんね。じゃあ、また後で…」
「あっ、おいセレナ!?」


逃げるように走り去っていくセレナ。
そんな彼女の名前を呼んでみるサトシだったが、セレナの足は止まることなく、ポケモンセンターから出て行ってしまった。
彼女がいなくなった途端、隣のユリーカからは非難の視線を向けられる。
反対側に座っているシトロンは、深い深いため息をついた。
しかしながら、サトシは言い訳めいた言葉を一切発することはない。
ただ、申し訳なさげな表情で、セレナが出て行った自動ドアの方向を見つめるのだった。



Mission 4

ジャリボーイを陥落せよ!


ボロ小屋、別名作戦本部へと戻ってきたセレナ。
彼女は先ほどと同じ椅子に座り、木製でできた机の上に突っ伏していた。
机の周りは埃まみれだが、綺麗好きな彼女がそれを気にする余裕がないほど、その心は傷付いているらしい。
そんな彼女を囲うように立つのは、ムサシ、コジロウ、ニャースの3人。
同情に満ちた目を向けているコジロウとニャースに反し、ムサシの瞳は怒りに燃えている。
“ダン!”と大きな音をたて、床に転がっていた小さなペンキ缶に足を乗せ、ムサシは喚くように口を開く。


「なんなのよあのジャリボーイ!こっちが散々考えに考え抜いたコーデをバッサリなんて!」


“考えたのは俺なんだが…”という言葉が頭に浮かんだが、口にするのは敢えて避けておいた。
その言葉を口にした瞬間、ムサシの鉄拳が飛んでくることは容易に想像できる。
その光景を思い浮かべ、コジロウは密かに身震いする。
しかし、そんな彼の様子に目をやることもなく、ムサシはどんどんヒートアップしていく。


「ほんっとにムカつくわね!この格好がだめならじゃあどんな服が好みだって言うのよ!」


あまりに大声を出したせいで、ムサシの声はこの小さなボロ小屋に木霊する。
未だコジロウが用意してくれた服に身を纏ったままのセレナは、突っ伏していた顔をそっとあげ、3人を見つめる。
ようやくセレナの表情を確認することが出来た3人は、思わず彼女の顔から目を背けてしまった。
何故なら、セレナの目は赤く腫れていたから。
涙を見せないように、ずっと突っ伏して隠していたらしい。
そんなセレナの脆いような強さが痛々しくて、コジロウとニャースは眉をひそめてしまう。


「ごめんなさい。なんか、やっぱりだめみたい」
「ジャリガール…」
「協力してくれてありがとう。でも、もういいの…」


ガタッと音を立て、立ち上がるセレナ。
その背はやけに小さく見える。
履き慣れないヒールをコツコツ鳴らしながら小屋を出ていこうとする彼女の背に、3人は何も声をかけてやることが出来なかった。
協力してやる。
ジャリボーイとうまくいくよう背を押してやる。
そんなことを自信満々に言い出したのはこちらだというのに、その作戦のせいで、1人の少女が傷ついてしまった。
その事実は、愛と真実の悪を貫く彼らにとって、罪悪感を煽る事態である。

このまま、彼女を行かせてしまっていいのだろうか。
あの小さく丸い背を、放っておいていいのだろうか。
そんなモヤモヤした気持ちを、コジロウとニャースは抱いていた。


「ジャリガール、泣いてたのニャ…」
「なぁムサシ、このままでいいのか?」


この作戦においてリーダー的役割を発揮しているムサシに視線を送ってみると、彼女は珍しいくらいに無表情であった。
しかし、彼女と長い付き合いであるコジロウは知っている。
あの顔は、納得がいっていない顔だ。
きっと彼女は、このままジャリガールを放っては置かないだろう。
そんな予想は的中し、ムサシは低い声で呟いた。


「いいわけないでしょ」


歩き出したムサシの歩幅は、前を歩くセレナよりも大きく、すぐに追いついてしまう。
そして、彼女の細い手首を掴み上げ、強引に引き止めた。
当然セレナは驚いて振り向くが、そんな彼女の視界に入ってきたのは、冷たい目をしたムサシの顔。
今までに見たことがないようなその表情を見て、喉元まで出かかっていた抗議の言葉を飲み込んでしまった。
何故、そんな顔をしているのだろう。
まだ子どもであるセレナには、ムサシのそんな表情の裏に隠された感情など読み取れるはずもない。


「いい?ジャリガール。今からやることは、私たちロケット団が勝手にやることだから、間違っても罪悪感なんて抱かないでよ?」
「え?……うわっ、ちょっ、何するの!?」


勢いよく引き寄せられ、腕を掴まれたまま引っ張られるように小屋の中に戻っていく。
強引に手を引かれているため、転びそうになるセレナを全く気遣うことなく、ムサシはコジロウとニャースのもとへとセレナを連れ戻してきた。
相変わらず無表情でジャリガールの手を引くムサシは、口をポカンと開けて突っ立っているコジロウとニャースに向かい、言葉を発する。


「忘れてたわ。私たち、“悪の組織”なのよね。本来のやり方でやるわよ」


ムサシの言葉は、コジロウとニャースのやる気を煽るきっかけとなる。
カントー1の悪徳組織であるロケット団の末端としてその名を連ねている者たちとして、3人には“悪”を貫く覚悟と誇りがある。
少女の恋路を助けることに、いちいち回りくどいことをしていても仕方がない。
自分たち悪の組織だからこそできる手段があるはずだ。
そのたった一言で、そんなムサシの心情がダイレクトに伝わってくる。
簡単に言いたいことが通じてしまうほどに、3人の繋がりは深く強いのだ。
不敵な笑みを浮かべて頷くコジロウとニャース
2人の同意を確認し、ムサシはジャリガールの手首を握ったまま再び足早に歩き出す。


「ちょ、ちょっとやめて!離してってば!」


これから何をされるか分からない恐怖に喚くセレナ。
何も答えることなく、3人は悪の手段を実行するのだった。


**********


マサラタウンのサトシさん。マサラタウンのサトシさん。至急、カウンター前までお越しください。繰り返します……』


ポケモンセンター内にかかったその放送は、サトシたちがいる宿泊部屋からも聞こえてきた。
陽が落ちてきた夕方ごろ、サトシ一行は話し合いの結果、今晩はこのポケモンセンターに宿泊することとなった。
その事を、この場にいないセレナにも報告しようとしていたわけだが、ポケモンセンターから出て行ってしまった彼女にはそれを伝えるすべがない。
どこへ行ったのだろうと心配していた折に、そんな放送を耳にしたわけだ。

おそらく、預けていたポケモンたちの回復が終わったのだろう。
受け取りに行くついでに、ジョーイさんにセレナを見なかったか聞いてみよう。
そんな事を考えながら、サトシはシトロンやユリーカを部屋に残し、1階のロビーへと向かった。
階段を降り、ロビーへとやってきたサトシだったが、やはりその場にセレナの姿はない。
脳裏に浮かぶのは、サトシの言葉を聞いて切なげに笑う彼女の顔。
胸が痛む。
けれど、サトシはあの時セレナに向かって投げかけた言葉に、何の後悔も罪悪感も感じてはいなかった。
何故ならあれはサトシの本心であり、自分の考えに嘘をついてまでセレナを褒めようなどとは一切考えていなかったからだ。


「ジョーイさん、放送で呼び出されたサトシです。ポケモンの回復が終わったんですか?」
「ああ、お待ちしてました。回復はもう少しかかるので、待っててくださいね。実は、貴方宛にメッセージが届いていまして…」


どうやらポケモンの回復が終わったわけではないようだ。
ジョーイは何やらカウンターの下をガサゴソと漁り、何かを探している様子。
サトシはカウンターに身を乗り出し、探し物をしている彼女へと質問を投げかけた。


「ジョーイさん、あの、セレナ……。あ、いえ、俺くらいの歳の、ピンク色の帽子をかぶった女の子を見ませんでしたか?」
「ピンク色の帽子……?いいえ、見てないわね」
「そうですか……」


ジョーイの回答に、サトシは肩を落とす。
彼女はずっとこのカウンターにいたはずだから、見ていないとなると、やはりセレナはあれからこのポケモンセンターには戻ってきていないということになる。
もうすぐ日が暮れるだろう。
セレナの荷物は宿泊部屋に置いてあるため、いつかは戻ってくるだろうが、暗くなる前に帰ってこなければ流石に心配になってしまう。
外まで出て探しに行った方が良いかもしれない。
そんな事を考えていると、カウンターの下から“あったあった”とジョーイの声がした。


「はい、これ」
「ん?」
「貴方宛に届いていたメモですよ」


ジョーイの手から渡されたのは、白い小さなメモだった。
誰からのメモだろう。
そんな疑問の答えは、開いたメモの中に記されていた。

 

『ジャリガールは預かった。助けたければ隣の木造小屋に1人で来い。他に助けを呼べば、ジャリガールの命のはない。  R』


メモに記された言葉の羅列は、サトシの心臓をぎゅうっと締め付けて行く。
ガヤガヤとうるさいはずの周囲の雑音が、一瞬にして耳から遠ざかり、何も聞こえなくなってしまう。
真っ白な頭で懸命にこの状況を理解しようと考えてみると、まず最初に浮かんだ言葉は非常にきな臭いものだった。

“誘拐”

そう、セレナは誘拐されたのだ。
それも、ずっと自分のピカチュウを追い回していたロケット団に。
フリーズする頭。
言葉を失った口。
メモから視線をそらすことができない目。
その全てから、動揺が滲み出ていた。


「大丈夫?」


現実からトリップしていたサトシの鼓膜を刺激したのは、ジョーイの声だった。
その声で現実へと引き戻されたサトシはハッとして、メモを握ったまま脱兎の如く走り出す。
後ろから自分を呼ぶジョーイの声がするが、振り返るだけの余裕はない。
息を切らしながらポケモンセンターを飛び出し、隣に立っているという木造小屋へと急ぐサトシ。
できる限り早く、そこへ辿り着けるように走る。
その間、胸に滝のように押し寄せてくるのは大きな後悔。
そしてセレナへの懺悔であった。

あの時、自分があんな事を言わなければ、セレナはポケモンセンターから飛び出すことはなかった。
あの時、自分が直ぐにセレナを探しに出ていれば、ロケット団に誘拐されることもなかった。
ロケット団の目的は、十中八九自分か、ピカチュウだろう。
その目的を引き寄せるために、セレナは誘拐されたに違いない。
つまり、彼女が誘拐されたのは、自分のせいなのだ。
ああ、どうしてあの時、どうしてあんな事を。
そんな後悔をしていても、もう遅い。


“サトシってバトルも強いし頼りになるし、危なくなると必ず助けてくれるし、一緒にいると安心できてかっこいい”


つい先ほど、セレナはそう言ってくれた。
あの言葉を言われた途端、言葉にし難いほど大きな喜びが胸を包んでくれた。
彼女の言葉に相応しい存在でいたい。
そんなサトシの願望は、こんなにも早く打ち砕かれてしまったのだ。

セレナを旅に誘った身として、彼女を守らなければならないという義務感を抱いていたサトシは、走りながら歯をくいしばる。
こんな危険な目に合わせるつもりなんて無かったのに。
彼女は自分が守らなくてはならないはずだったのに。
セレナ、セレナ、セレナ……っ。
心で呼ぶ彼女の顔は、最後に見た切なげな表情だった。


「セレナァ!」


彼女の名前を叫びながら、木造小屋の扉を開ける。
しかし、そこは拍子抜けするほどに静かで、閑散としていた。
小屋の中には、セレナの姿は愚かロケット団の姿すら見当たらない。
この狭い中で、何があったのだろう。
とにかく探さなければ。
小屋の奥にあるガラクタの山へと駆け寄ると、ガタガタと音を立ててその山を崩していく。


「セレナ!セレナっ!どこだーっ、セレナァ!!」


声がかすれる。
ポケモンバトル以外でこんなにも大きな声をあげるのは久しぶりだった。
瓦礫の先端で指を切り、人差し指の先から小さく出血してしまう。
けれど、そんなことは気にしていられない。
あのメモの文面を見るに、ロケット団はセレナに対して、命の危機が及ぶような危害を与えようとしているのは明白だった。
もし、既に彼女が酷い目にあっているとしたら?
傷を負わされているとしたら?
想像したく無かった。

必死になって瓦礫をかき分けるサトシだったが、そんな彼の耳に、ガンガンという物音が聞こえてくる。
音がする方へと視線を向けて見ると、そこには縦長のロッカーがあった。
まさか…。
サトシは急いでそのロッカーへと駆け寄り、固く閉ざされた扉を開ける。
舞い上がった埃が気管に入り、ケホケホと咳が出る。
ふと開けられたロッカーの中へ視線を向けると、やはりビンゴだった。
そこには、両手両脚を縛られ、口をガムテープで塞がれたセレナの姿があった。


「セレナっ!」


身動きが取れずにいるセレナを抱きとめ、丁寧に足と両手を縛っているロープを解いていく。
意外にもそのロープは緩めに縛られており、直ぐに解くことができた。
口を塞いでいるガムテープも、粘着性の低いテープが用いられている。
それを丁寧に剥がすと、セレナは深く息を吸い込む。
どうやら意識はしっかりしているらしい。
見たところ目立った外傷もない。
それを確認すると、緊張で強張っていたサトシの心は、湯をかけられた様にすっと溶けていく。


「サトシ、ありが…」


とにかくお礼を言わなくては。
口が自由になったセレナは、急いで感謝を述べようとするが、サトシによってそれは阻まれてしまった。
勢いよく、強い力で抱き寄せられたのだ。
突然のことに、頭がついていかない。
あまりにも彼の力が強くて、抱きしめられた体が少しだけ痛い。
戸惑うセレナの耳元で、聞き慣れたハスキーボイスが囁かれる。


「怪我、ないか?……どっか、痛いところとか……」
「う、うん。だいじょぶ」
「そうか………よかった………っ」


噛みしめるかの様に囁かれたその声色は、どうしようもなく切なくて、悲しげで、セレナの心をきゅっと締め付ける。
そして、次にセレナの心を支配するのは罪悪感。
自分がロケット団に関わってしまったばかりに、サトシに心配をかけてしまった。
その事実が、セレナをけたたましく責め立てる。


「心配、してくれたの……?」
「当たり前だろ!?セレナに何かあったらと思うと……俺……」


何故、そんなにも悲しげな声を出すのだろう。
そんなことを言われたら、喜びを感じてしまうではないか。
罪悪感と喜びが、セレナを支配する。
こんな事態になってしまったのは、ロケット団に協力を仰いだ自分のせいなのに。
“ごめんね”
そう言おうとして、セレナはおし黙る。
先ほどムサシに言われた、“罪悪感を抱くな”という言葉を思い出したのだ。
もしかすると、ロケット団はこの展開を引き出すために誘拐偽装をしたのではないだろうか。
そんなことを考えると、容易に謝罪など述べられなくなる。
そんなセレナを抱きしめる力を緩め、ゆっくりと離れるサトシ。
彼は安堵しきった緩やかな表情を浮かべていた。


「ごめんな、セレナ。俺のせいで、こんな目に遭わせちまって…」
「え!?どうしてサトシが謝るの?元はと言えば、私が……」
ロケット団は元々俺のピカチュウを狙ってるんだ。セレナをそれに巻き込んだのは俺の責任だ。それに、さっき俺があんなこと言わなければ、こんな事には…」


彼の言葉に、先ほどの出来事を思い出してしまう。
少しだけ胸が痛み、俯くセレナだったが、あの言葉が原因でこの事態に陥ったわけではない。
サトシが責任を感じているのなら、それを否定しなければ。


「でも、似合ってないならそう言ってもらった方がいいよ。お世辞で褒められるよりは、ずっと……」
「違う!似合ってないわけじゃないんだ!むしろすっげぇ似合ってるよ!」
「えっ」


予想外な彼の発言に、セレナは顔を上げる。
視線が混じり合うと、途端に恥ずかしさが顔を出す。
赤い顔を隠すように視線をそらすセレナだったが、真正面にいるサトシは彼女をじっと見つめ、その視線をそらそうとはしない。
やけに熱いその視線に射抜かれながら、セレナは再び視線をサトシへと戻す。
恐る恐る、盗み見るように目を向けると、彼は真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
小屋の壁に所々空いている穴から漏れ出た夕日に照らされたサトシの横顔は、なんだかいつも以上に大人っぽくて、セレナは無意識に見とれてしまう。


「リボン、つけてなかったから」
「リボン……?」
「俺があげた青いリボン」


ハッとして、胸元に手をやる。
手に触れたのは、いつもの柔らかなリボンではなく、金属でできたネックレスの冷たい感触。
そういえば、コジロウが用意してくれたこの服に着替えるため、サトシが贈ってくれたリボンは取り外してしまっていたのだ。
それを、サトシは気にかけてくれていたらしい。
まさかそんな事を言われるとは思っておらず、セレナは面食らう。


「なんか、俺のリボン付けてないセレナを見るのは、その……寂しくてさ」
「サトシ……」


あぁ、今、きっと彼は何も考えずに話しているに違いない。
その言葉たちが、どれほどの破壊力をもってセレナに届いているのかも知らず、無意識な爆弾は平然と落とされていく。
あんなにも傷ついていたにもかかわらず、サトシの一言で深い傷は一瞬にして治ってゆく。
憎らしい。実に憎らしい。
けれど、憎らしいほどに、彼がすきなんだ。
心がパァッと音を立てて明るくなってゆく。
と同時に、落ち込んでいた気分が浮ついてゆく。
込み上げてきたのは、怒りでも涙でもなく、“笑い”だった。


「っふふふふ」
「なっ!笑うなよ!」
「ごめ……っ。だって……ふふふっ」


笑を堪えられず、声を殺して笑い出すセレナ。
そんな彼女を見て、サトシはむっと頬を膨らませ、視線を外す。
いつもはかっこいい癖に、こんな時ばかりは可愛らしい表情を見せる彼が愛しくて、また笑顔がこぼれてしまう。
こんなにも可愛い彼が、こんなにも愛しい彼が、自分の贈り物を身につけて欲しいと言っている。
それが嬉しくてたまらない。


「わかった。帰ったら着替えるね。リボンもすぐに付けるから!」


ほんのり赤く染まった顔で微笑みかければ、サトシは少しだけ目を丸くする。
そしてすぐに“おう”と鼻の下を摩りながら頷く。
この短時間でコロコロと表情が変わる彼がいとしい。
もっと彼の心に近付きたい。
もっと彼を見ていたい。
そんな事を考えているセレナの視界に、驚くべき光景が飛び込んでくる。
鼻の下を摩っていたサトシの顔に、血の跡が付いていたのだ。
まさかと思い、セレナは彼の手を握る。
突然のことにサトシは驚くが、彼よりも驚きを覚えたのはセレナの方だった。
彼の指から出血している光景を見れば、それも当然だろう。


「どうしたの!?この怪我……」
「ああ。ちょっとさっき切ったみたいで……」
「大変!すぐに絆創膏を……」


ポケットに入っているはずの絆創膏を取り出そうと、自分の服を弄るが、セレナは思い出してしまう。
そうだ。今はいつもの服じゃない。
荷物もポケモンセンターに置いたままだった。
焦りに焦りを重ね、1人で慌てているセレナの様子は少々滑稽で、サトシは思わず吹き出してしまう。


「ぷっ」
「わ、笑わないでよ!」
「悪い悪い!」


今度は自分が笑われてしまい、セレナはむっとする。
そんな彼女の顔がなんだか可愛らしくて、サトシは余計に表情を明るくさせる。
ゆっくりと立ち上がった彼は、埃がついた自分のお尻をパンパンと叩くと、セレナへと手を差し伸べる。


「さ、早く帰ろうぜ」


そう言ってにこやかに笑うサトシの表情は、いつか見たあの日のように、素敵だった。
目を細め、小さく頷くと、セレナは彼の手に自分の手を重ね合わせる。
彼の強い力に引き寄せられ、ようやく立ち上がることが出来た。
いつの間に、夕方になってしまったのだろう。
夜はもうすぐ近づいてくる。
きっとシトロンたちが心配しているはずだ。
早く帰ろう。
2人は手を繋いだままの状態で、小屋の外へと足を進めた。

サトシが扉に手をかければ、キィ…と音をたてて重そうな扉が開かれる。
小屋から出る直前、セレナはふと振り返って小屋の中へと視線を向ける。
この埃まみれの空間で過ごした今日1日は、本当に濃いものだった。
強引で、滅茶苦茶で、正直頼りにならない彼らだったが、この場所でのひと時は、ほんの少しだけ楽しいものだった。
彼らがいなければ、こうしてサトシと2人きりで話すこともなかっただろう。
サトシが自分のために必死で助けに来てくれることもなかっただろう。
今こうして2人の手がしっかりと握られているのも、ロケット団の功績と言えるのかもしれない。
セレナは誰もいない小屋に微笑みかけ、小さい声で呟いた。


「ありがとう」
「ん?なんか言ったか?」
「ううん。なんでもない」


監禁されていたというのに、やけに楽しげなセレナに、サトシは首をかしげる
小屋から出ると、すっかり太陽は身を隠し、東の空は真っ暗になっていた。
夜が訪れる前にセレナを見つけられてよかった。
きっともうポケモンたちの回復も終わっていることだろう。
急いでポケモンセンターに帰らなくては。
手を繋いだまま、2人は歩き出す。
なぜ手を離さないのかと聞かれれば、特に離す理由がないからだ。
絡み合った指から伝わってくるのは、互いのぬくもりと、強い絆。
繋がりの強さを感じながら、2人はようやく帰路につくのだった。


「そういえば、ロケット団はどうしたんだろう。姿が見えなかったけど…」
「私を閉じ込めた後、直ぐに何処かに行っちゃったわよ」
「そうなのか。何がしたかったんだろうな」
「ふふっ、何がしたかったのかしらね」


***

 

「「「かんぱーい!」」」


その日の夜のこと。
作戦本部、別名ボロ小屋から少し離れた森の中で、ロケット団は祝杯をあげていた。
資金不足であるため、今日の一杯はお酒ではなく美味しい麦茶である。
コップを突き合わせ、ゴクゴクと喉を鳴らす3人。
ほとんど同時にぷはーっと息を吐けば、言い知れぬ達成感というものが身体中に染み渡ってきた。


「いやぁ、最後の作戦、見事に大成功だったな」
「ほんとよねぇ〜。見た?あのジャリボーイの顔!ジャリガールが拐われて焦りきったあの顔!」
「ジャリボーイとジャリガール、今回の事件で距離が縮まったのは明確だニャ!」


ボロ小屋でのやりとりを、例のごとく壁の穴から覗き見していた彼らは、ニヤけが止まらずにいた。
あえてジャリガールを誘拐し、あんなメモを送りつけてジャリボーイの不安を煽り、2人の距離を一気に縮めてしまおうというこの古典的な作戦は見事功を奏したらしい。
名付けて『ジャリボーイ陥落大作戦』
この一大プロジェクトは、ロケット団の活動にしては珍しく成功に終わった。
いつもは電撃によって吹き飛ばされ、失敗に泣く夜を過ごしている彼らにとって、これほどまでに喜ばしい事はない。


「にしてもこんなに上手く行くなんて思わなかったよなぁ!」
「私の作戦が良かったのよ!当初の作戦も果たせたし、なんだかとっても……」
「「いい感じ〜っ!」」


コップを突き上げて陽気に叫ぶムサシとコジロウ。
ニャースも恒例の叫びに参加しようと口を開いたのだったが、なにやら違和感を感じて黙り込んでしまう。
何か忘れているような気がするのだ。
重要な何かを。
肉球でふにふにと顔を摩り、考えるニャース
そんな彼の難しい表情に気付いたのは、コジロウだった。


「ん?どうした、ニャースオコリザルみたいな険しい顔して」
「んー。思い出せないのニャ。そもそも、なんでニャーたちはジャリガールを応援する事になったのニャ?」
「えっ」
「それは……」


訪れる沈黙はやたらと痛いものだった。
ニャースの疑問を一緒に考えてみるムサシとコジロウだったが、2人もこの作戦の発端をどうしても思い出せない。
何か大きな目的のためにこの作戦を遂行したような気がするが、一体なんだったのか……。
その最も重要とも言える目的が、3人の頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。


「まぁ難しい事はいいじゃない!今はパァっと楽しみましょ!」
「だよな!せっかく作戦が成功したんだから、考えてたってつまらないぜ!なぁニャース!」
「そうだニャ。今夜は宴会だニャ!ニャンもかんも忘れて大騒ぎだニャー!」
ソーナンス!」


いつの間にやらムサシのボールから出てきたソーナンスを誰も咎める事なく、宴会は最高潮の盛り上がりを見せていた。
くよくよタイムは5秒で十分。
そんな信条を掲げている彼らだからこそ、こうして明るく前向きに居られるのかもしれない。
昨日も今日も明日も明後日も、彼らはピカチュウゲットのため邁進し続ける。
進め、ロケット団!明日のために!


「「「いい感じ〜!」」」


3人の陽気な雄叫びと宴会は、朝日が昇るまで続くのだった。


END