Mizudori’s home

二次創作まとめ

太陽は月をも照らす

【サトセレ】

■アニポケXY

■アニメ本編時間軸

■短編

***

 

ポケモンセンターは非常に便利な施設である。
トレーナーであれば誰でも宿泊が可能であり、ポケモンの回復、提供される料理、その全が無料なのだ。
今までアサメの実家から遠出することなど殆ど無かったセレナにとって、このポケモンセンターという場所はとんでもなく優しい施設に思えた。

今夜もセレナは、旅の途中で立ち寄ったこのポケモンセンターを十分に活用している。
仲間たちが寝静まった深夜。
彼女はここの管理者であるジョーイに許可を貰い、被服室にて作業をしていた。
借り受けた一台のミシンを稼働させ、ガタガタと音を立てながら布と布を縫い合わせていく。
実家にいた頃は家の手伝いを殆どせず、母からよく小言を言われていたセレナだったが、裁縫だけはよくやっていた。
お洒落に目がないその性格が相まって、服を自ら作るという事にも興味関心が向いていたのだ。
だからこそ、数日後に控えたトライポカロンの衣装を作るこの作業にも、苦痛を全く感じない。

さすがに自分の衣装を作るだけの技術は無いが、テールナーヤンチャムの衣装ならばセレナでも作成可能だ。
あの2匹にはどんな服が似合うだろうか。
そんなことを考えながら作ることに、セレナは苦痛どころか楽しみさえ見出していた。


……よし、後は手縫いでやろうかな」


出来上がったヤンチャム用の小さな衣装を持ち上げ、ため息をつく。
ミシンでは細かい作業が難しく、小さな模様を入れる作業は手縫いでやっている。
時刻は夜中の2時。
手縫い作業が終わるのは、大体1時間後あたりだろうか。
セレナの夜は長い。
針山から細い針を抜き、糸を通すと、慣れた調子で衣装に刺繍していく。
そんな時だった。
被服室の開けっ放しだった扉から、誰かが中に入って来たのは。


「セレナ?」
「え?いっ!」


聞き慣れた声に反応し、針を思わぬ方向に動かしてしまう。
そのせいで、セレナは細い針先を自らの人差し指に突き刺してしまう。
一瞬だけ顔を歪ませ、慌てて刺してしまった指を見れば、少量の血がぷくっと出て来てしまっていた。
やってしまったと後悔している間に、被服室に入って来た人物がこちらへ駆け寄ってくる。


「大丈夫か?」


その人物とは、サトシであった。
ミシンの前で椅子に座っているセレナの前に跪き、その手を取る。
彼女の細く白い指先から出血している様子を見て、サトシは申し訳なさそうに目を伏せた。


「ごめんな、いきなり話しかけたせいで
「ううん、平気。私の不注意だったから。それより、どうしたの?こんな夜中に


一度眠るとなかなか起きないサトシが、こんな夜中にふらふらと出歩いていることは珍しい。
何かあったのだろうかと聞いてみるが、その答えが得られる前に、セレナは思考を停止させてしまう。
なんと、セレナの怪我をした指をサトシがぱくりと咥えてしまったのだ。
暖かなサトシの口内の感覚が、セレナの指先に伝わる。
いきなりのことに、セレナは思わず顔を赤くしてしまった。


「トイレに起きたらこの部屋の電気がついてたからさ。ちょっと様子を見に来たんだ。セレナ、絆創膏もってるか?」
「えっ、あ、うん。持ってるよ。そこのポーチの中」


セレナの手を掴んだまま、サトシは机の上にあるピンク色のポーチへと視線を向ける。
小さなそのポーチの中には、絆創膏などの簡単な救急グッズや風邪薬など、様々なものが入っていた。
“ちょっと漁るぞ”と一言添え、サトシはそのポーチを開く。
どうやら自分の手当てをしてくれるつもりらしい。
その気持ちは嬉しいが、自分の失敗をサトシにフォローしてもらうのは忍びない。
セレナは高鳴る胸を抑えながら、焦ったように口を開く。


「大丈夫よ!絆創膏くらい自分で巻けるから
「片手じゃやり辛いだろ?」


ポーチからピンク色の絆創膏を取り出すと、サトシは丁寧にセレナの指へとそれを巻いていく。
自分の前で跪き、手を取って絆創膏を巻いてくれているサトシの様子を、セレナは顔を赤くしながらもまじまじと観察してしまう。
先ほどまで寝ていたため、帽子を被っていないサトシ。
セレナの位置からは、その顔を良く見下ろすことができる。
意外にも睫毛が長い彼は、こうして近くで見てみると子供ながらに整った顔をしている。
本人はそんな自覚は無いだろうが、セレナにとってサトシという人物は、この世の誰よりも魅力的で素敵な人であった。

そんな彼に、まるで求愛されているかのように跪かれているこの状況は、まさに旅仲間の役得と言えるだろう。
これがただの手当てではなく、本当に求愛されている状況だったならどんなにいいことか。
そんな情況を脳内で思い浮かべ、セレナはまるで茹でられたオクタンのように赤くなる。


「よし、こんなもんかな。指、動かし辛くないか?」
「へっ?あ、うん!平気!ありがとね、サトシ」


自分の指を見てみれば、先程針を刺してしまった人差し指には丁寧に絆創膏が巻かれていた。
妄想の世界から一気に引き戻されたセレナは、動揺を隠すように笑みを浮かべる。


「で、セレナこそ何やってんだ?こんな夜中に


立ち上がったサトシは、机の上に置かれたミシンや手縫い道具、そして作り途中の衣装に目を向ける。
セレナがこうして夜に何か作業をしていることは珍しくないが、そのほとんどが趣味であるお菓子作りだった。
そのため、珍しくお菓子作りではなく裁縫をしている彼女の意図がサトシには掴めない。


「次のトライポカロンのために、衣装を作ってたの。私の衣装はともかく、ポケモンたちの衣装は売ってないし、自分で作らなきゃいけないから」
「そっか。でも、何もこんな夜中にやらなくても


旅をしている彼らにとって、夜更かしは決していい事とは言えない。
睡眠を満足に取れなくては、旅の道中で体調を崩すこともある。
そんなリスクを負いながらも、夜中に作業することはないのではないだろうか。
サトシはそんな意味も込めて聞いてみた。
するとセレナは、作り途中だったヤンチャムの衣装を広げながら口を開く。


「この作業結構時間かかるから、日中にやると長時間同じ場所に滞在しなくちゃならないでしょ?私1人のために、みんなに迷惑はかけられないよ」
「セレナ
「それにね、コッソリ衣装を作っておいて、本番でみんなをビックリさせるのも楽しいじゃない?」


綺麗な笑顔を見せてくるセレナからは、全く疲れが感じられなかった。
きっと、この作業は彼女にとって楽しいものでしかないのだろう。
そんなセレナの姿に、サトシは慈しむように目を細めた。
そして、そっとセレナの隣の椅子に腰掛けると、正面にある大きめの窓から覗く満月を見つめる。
2人で同じ場所に座る場合、普通なら向かい合うことの方が多いだろう。
しかし今のサトシは、何故かセレナの正面ではなく隣に腰かけた。
そんな彼の行動に違和感を覚え、セレナは不思議そうな顔でサトシへの視線を向ける。


「セレナって、凄いよな」
「え?」
「誰も見てないところで努力できるなんてさ」


窓の外にある美しい月から視線を逸らすことなく、サトシは隣のセレナに向かって言葉を添える。
サトシがどうしていきなりそんなことを言ってくるのかが分からず、セレナはヤンチャムの衣装を抱えながら首をかしげた。


「ほら、この前夜中にも1人でポフレ作りの練習してただろ?ああやって誰にも見られないところで頑張れるセレナは凄いよ」
「そう、かな?」
「ああ。頑張ってるよな、セレナ」


夜空の月から目を離すことなく、優しい笑みを浮かべるサトシ。
その笑顔には驚くほど屈託がなくて、太陽のように輝いていた。
“頑張ってるよな”
その言葉がサトシの口から飛び出た途端、セレナの心は軽くなっていった。

先日初めて挑んだトライポカロンでは、ファーストステージで敗退してしまった。
初めて見た夢を追うため、自分なりに努力してきたつもりだった。
けれど、負けが決まったその瞬間、その努力が全て否定されてしまったような気がした。
頑張ることは大切だけど、それが報われなければ意味がない。
もしかすると、自分が今までしてきた“努力”というものは、無駄なものだったのではないか。
そんなことを思った時もあった。
しかし、サトシは“頑張ってるよな”と笑ってくれる。
自分の頑張りを言葉で認めてくれたのは、彼が初めてだった。


「サトシにそう言ってもらえるのが、1番嬉しい」


自分を認めてもらったことは、セレナにとって喜ばしいことだった。
それこそ、涙が出てしまうくらいに。
瞳に涙を溜め、俯きながら、セレナは呟く。
少しだけ声を震わせている彼女の方へチラリと視線を向ければ、優しげな目をしたその姿は妙に大人びて見えた。


「なぁ、セレナ」
「ん?」
「もう少し、ここにいていいか?」

 

 

サトシにしては珍しく落ち着き払った声だった。
彼の方を横目で見てみると、サトシは月を見上げたまま優しげな目をしている。
穏やかな表情をしている彼は何を考えているのかわからないが、不思議と不安にはならなかった。


「じゃあ、紅茶淹れるね」


被服室の脇には、簡易キッチンが設けられている。
そこには白いポットがあり、中にお湯が入っていた。
セレナが自分で飲むために用意した紅茶用のお湯である。
サトシにも淹れてあげようと椅子から立ち上がったセレナの手を、彼はそっと掴んだ。
自分のものに重ねられた暖かな手の感触に少しだけ驚き、セレナはサトシに目をやる。


「いいよ、自分でやる。セレナは作業しててくれ」


そう言って微笑むサトシに頷くと、セレナは再び椅子に腰を落ち着かせる。
作りかけであったヤンチャムの衣装を手に取ると、その布に針を通し始めた。
サトシは簡易キッチンへと足を向け、カタカタと食器を鳴らしながら紅茶の用意を始める。
おそらく飲食物の用意には不慣れなサトシが、きちんと出来るだろうかと一瞬だけ不安になるセレナ。
しかし、キッチンに立つサトシの後ろ姿がやけに不似合いで、その様子を盗み見たセレナは小さく笑みをこぼす。

やがて紅茶を淹れ終わったらしいサトシは、縫い作業を行うセレナの横に腰掛ける。
何も言わずにまた月を眺めるサトシ。
同じように何も言わず縫い作業を進めるセレナ。
2人の間には静かな沈黙が流れているが、その沈黙が心地いい。
きっとこの場にいたのがサトシではなく他の誰かだったなら、この沈黙に耐えられないだろう。
サトシと2人きりの空間にいるという事実はセレナの胸を高鳴らせるが、不思議と居心地が悪いとは思わなかった。
何も喋らないからこそ集中できる。
セレナの作業効率は明らかに上がっていた。


……できた」


息の抜けるような声で呟き、セレナはヤンチャムの小さな衣装を持ち上げる。
その衣装は所々に細かい刺繍が施されており、可愛らしいことこの上ない。
長時間かけて作った甲斐あって、それはかなりの出来であった。
口をつけていたティーカップを置き、サトシもその衣装へと視線を向ける。


「おぉ!さすがセレナ。いい出来だな」
「ありがとう。ヤンチャムも、喜んでくれるといいんだけど
「喜ぶに決まってるよ!セレナがこんなに頑張って作ったんだからさ」


ヤンチャムは素直でいい子だ。
セレナがこの衣装を与えれば、きっとその小さな体を飛び跳ねさせながら喜んでくれるに違いない。
あとはテールナーと3人、力を合わせて優勝するだけだ。
しかし、それは言葉で言うほど簡単なものではない。
頑張ればそれが報われると言うような、そんな甘い世界ではないことは、セレナもよく分かっていた。

衣装を見つめているセレナの瞳は、少しだけ躊躇のようなものを感じさせた。
その表情をチラリと覗き見て、彼女にどんな言葉をかけるべきかと悩むサトシ。
そんな彼らを、窓の外から眩しい光が照らす。
どうやら、半分雲に隠れていた月が、風によって全体を現したようだ。
優しい光が差し込み、2人は自然と窓の外の月を見上げる。


「月、綺麗だな」
「そうね」


夜空に輝く満月は、人知れず輝いている。
そんな月から視線を逸らし、サトシは密かに隣のセレナへと目をやる。
艶のある表情で窓の外を見上げる彼女は、今、何を思っているのであろうか。
サトシはセレナから月へと視線を戻し、口を開く。


「セレナってさ、月みたいだよな」
「月?どうして?」


今度はセレナが月からサトシへと視線を移す。
首を傾げるセレナだったが、サトシがこちらへと視線を向けることはない。


「月がいないと夜は真っ暗だろう?なくちゃならない存在なのに、みんなは寝てるから月の頑張りを知らない。みんなが見てないところで努力してるなんて、セレナにそっくりだよ」


そこで初めて顔を向けてくれたサトシと視線が交わる。
こんなに長く隣にいたのに、向かい合って視線を合致させたのは久しぶりだった。
ドクン、と胸が鳴り、セレナは即座に視線を逸らしてしまう。
頬が熱い。
動揺を隠すように繕ってみても、胸の高鳴りは静まることが無かった。
恥じらうように俯くセレナの様子を不思議がりながらも、サトシはあえてどうかしたのかと問うようなことはしない。
そのまま月へと視線を戻したサトシの横顔をチラチラ盗み見ながら、セレナは口を開いた。


「私が月なら、サトシは太陽ね」
「太陽?」
「明るく周りを照らしてくれて、あったかい気持ちになれる。私も、太陽みたいな存在になれたらなぁ」


陽の光のように辺りを照らし、周りを暖かくしてくれる太陽に、セレナは憧れていた。
あんな風になりたい。
そんな感情はいつしか恋慕に変わり、考えるだけで胸をきゅっと締め付けられるような、そんな存在となっている。
セレナの言葉に、サトシは照れたように笑う。
2人の視線は、同じように美しい月へと注がれていた。


「私、次のトライポカロンで月みたいに綺麗なパフォーマンスが出来るかな?」
「出来るよ。月の頑張りは太陽が1番よく知ってるからな!」


ニカっと太陽のような笑みを見せるサトシ。
夜だというのに、彼の笑顔だけは輝いて見えた。
正直なところ、セレナはずっと不安だったのだ。
最初のトライポカロンで惨敗してからというものの、もう一度チャレンジしたいという意気と負けることが怖いという心がぶつかり合っている。
しかし、そんな彼女の背をサトシはそっと押してくれた。
サトシの小さな優しさが、セレナの心をじわりじわりと暖かくする。
見上げる月は美しい。
いつしかきっと、あの月のように輝くパフォーマーになってみせる。
太陽のようなサトシの隣で、セレナはそう誓うのだった。


「やっぱりサトシはお日様だ」


クスクスと笑うセレナに、サトシはつられるように笑った。
時刻は夜中の3時過ぎ。
翌日の朝、2人が揃って寝坊したことは言うまでもない。


END