Mizudori’s home

二次創作まとめ

ナイトとヴィラン

【タイユニ】

ゼノブレイド3

■ゲーム本編時間軸

■短編


6人のウロボロスは、基本的にいつも行動を共にしてはいるものの、目的によっては別行動をとることも多かった。
今回、シティーに到着した一行はモニカから2件の依頼を受け別行動をとることになった。
片方は荷物の運搬任務。片方はモンスターの討伐任務である。
討伐任務の方は目標となっているモンスターの住処が遠方にあるため、労力も時間も要するだろう。
相談の結果、荷物の運搬任務はユーニとタイオンが、討伐任務はその他のメンバーが担うこととなった。

運搬任務は、その名の通りロストナンバーズの倉庫から各拠点に資材を運搬するだけの任務である。
そのため、ユーニとタイオンは早々に役目を終えてシティーに帰還した。
当然、討伐任務の方に向かった仲間たちは未だ帰還しておらず、“瞳”の通信によると想定よりも長引きそうで、5日は戻れそうにないという。
手持無沙汰になってしまった2人は、そのままロストナンバーズの手伝いを続けつつ寄宿舎にて仲間たちの帰還を待つことにした。

とはいえ、ロストナンバーズたちの仕事を手伝うと言っても、勝手が分からない2人に触れる仕事はそう多くない。
一日の半分以上は、暇な時間として費やされていた。

夜。気分転換のため憩いの広場を散歩していたユーニは、背後に妙な気配を感じて立ち止まる。
振り返ってみるが誰もいない。
だが、どこからともなくじめっとした視線を感じた。


「はぁ……。またかよ」


小さく呟き、ユーニは走って公園を後にした。
ここ最近、1人でいると視線を感じることが多くなった。
その視線は夜でも昼でもお構いなしで、決まってシティーにいるときだけ感じる。
酷い時はすぐ後ろに気配を感じることもある。
誰かに見はられているような感覚に、ユーニは居心地の悪さを感じていた。
見張られているとしていったい誰が何の目的でしているのだろう。

ティーの保守派の仕業だろうか。
彼らはメビウスと積極的に交戦しているロストナンバーズやウロボロスを良く思っていない。
諜報活動の一環として見張られている可能性は十分あった。
 
しかし、同じくシティーに滞在しているタイオンは何も言ってこない。
人一倍勘が働く彼があのねばりつくような視線と気配に気付かないわけがない。
恐らくは自分だけが見張られているのだ。
だが、いったい何故?
どうしても理由が分からなかったユーニは、モニカに事情を打ち明けることにした。


「ふむ。それは所謂ストーカーという奴かもしれないな」
「すとーかー?」


ロストナンバーズ地下指令室。
エレベーターを降りた先でモニカと合流したユーニは、指令室でコーヒーを飲んでいたモニカにありのままを話した。
最近一人になるたび見られているような感覚があること、後をつけられている気がすること、見張られているような気配を感じること。
ユーニの話を黙って聞いていたモニカは、少し苦い顔をしながら聞き慣れない単語を口にした。


「なんだよそのストーカーってのは」
「歪んだ愛情を向けてくる危険な奴らのことだ。相手に好意を向けているのは間違いないが、好意の押し付け方が身勝手で一方的なことが多い」


ゆりかごから産まれたユーニには、未だ理解できないシティーの価値観や文化は多い。
このストーカーという気質を持った人間の心理も、彼女には理解できそうになかった。
てっきり何か恨みを持たれているのかと思っていたが、監視行為がまさか好意からくるものだとは。
 
とはいえ、1人になるたび後ろからずっと後をつけてきたりじっと見つめられたりするのは流石に居心地が悪い。
どうしたものかと頭を抱えていると、モニカは飲んでいたコーヒーのカップをテーブルに置き、ユーニの顔をまっすぐ見つめた。


「このシティーでも、若い女がストーカー被害に遭うことは少なくない。ストーカーは放置しているとエスカレートして、最終的に相手に危害を与えることも多いし、用心に越したことはないな」
「どうすればいいんだ?」
「そうだな……。一番手っ取り早いのはなるべく一人にならないことだ。出かける場合は信頼できる誰か……。出来れば異性に同行してもらえ。守ってもらうんだ」


椅子の上に胡坐をかいて座っていたユーニは、モニカから言い放たれた言葉に眉をひそめた。
守ってもらうなんて、そんなのガラじゃない。
そのストーカー野郎が危害を与えようとした来たら返り討ちにすればいいじゃないか。
だがモニカ曰く、男を隣に連れて歩くだけでそういう連中への抑止力にはなるという。
暴力で解決するより、向こうの意思で諦めてもらった方が穏便に解決できるはず。
そんなモニカの言い分はもっともだった。

信頼できる男。
一番に思い浮かんだのは、やはり相方であるタイオンだった。
彼なら事情を話せば快く頷いてくれるだろうし、パートナーである彼と一緒にいるときに危ない目に遭っても最悪インタリンクすればいい。
昔馴染みであるノアやランツも信頼できる男ではあったが、しばらくシティーを留守にしているこの状況では頼れない。
こうしてユーニは、消去法でタイオンをボディーガードに選抜することにした。


***

「……ストーカー?」


教本を読みふけっていたタイオンは、突然自室を訪れたユーニからの言葉に首を傾げた。
ティーに滞在している間、一行は基本的にこのロストナンバーズの寄宿舎に宿泊している。
部屋は男子と女子で別れているが、他の仲間たちが出払っている今、それぞれの部屋はタイオンとユーニの個人部屋と化している。
タイオンの私室と化した男子部屋を訪れたユーニは、モニカからアドバイスされた通りタイオンを頼ることにした。

“ストーカー被害に遭っているらしい”
そう口にしたユーニの言葉にタイオンは不思議そうな顔をしていたが、状況を詳らかに伝えると彼の表情はどんどん深刻になっていった。
最終的には読んでいた教本を閉じ、ベッドの上に腰かけていた足を組みながら視線を落として深く考え込みはじめる。


「——てことだから、今後はなるべく一緒に行動してほしいんだけど」
「なるほどな。分かった。いいだろう」


予想通り、タイオンはごねることなく快諾した。
断られるとは思っていなかったが、すんなり受け入れてくれた彼にユーニは安堵する。
ストーカーなど恐れるほどではないと思っていたが、どうやら無意識に不安感を感じていたらしい。
タイオンが頷いてくれたことに、安心感を覚えている自分がいた。
お礼を言いながらタイオンの隣に腰かけると、彼は柔らかく微笑みながら“気にするな”と言葉を返した。


「それにしても“ストーカー”か。そんな奇異な行為に走る輩がいるとは」
「アタシもびっくりだよ。好意があるから後を付け回したり危害を加えたりするんだって。なんかよく分かんねぇよな」
「危害、か……」


言葉をゆっくり咀嚼するタイオン。
そして彼は、すぐ隣に腰かけているユーニの方へ体を向け、真剣な眼差しで問いかけてきた。


「君は何もされてないか?」
「今のところは何も。まぁ、なんかされても返り討ちにしてやるけどな」
「あまり相手を刺激するようなことはするな。なにかあったら必ず僕に言ってくれ。いいな?」


念を押して来るタイオンの言葉は、明らかにユーニを心配している様子だった。
彼は優しい。不器用ではあるが、仲間が危険に晒されるかもしれないこの状況を黙って見過ごせるような人間ではないのだ。
自分を心配してくれている様子のタイオンにほんの少し心がくすぐられる。
自分の膝に両手で頬杖を突き、前のめりになってタイオンの顔を覗き込んだユーニは、口元に笑みを浮かべながら問いかける。


「なんだよ、優しいじゃん。そんなにアタシのことが心配?」
「仲間の身を案じるのは当然のことだ。何をニヤついている?」
「べっつにー?」


不服そうな表情のまま、タイオンは再び手元の教本に視線を落とす。
真剣な眼差しで教本を見つめているその横顔を、ユーニは密かに盗み見ていた。

その夜以降、ユーニは寄宿舎から出る際は必ずタイオンを伴うよう心掛けた。
ミチバ食堂に食事に行く際も、モニカに会いに行く際も、バスティールを買いに行くときも、夜の公園に散歩に行くときも、必ずタイオンに声をかけた。
頻繁に声をかけているにもかかわらず、タイオンは一度も面倒そうな顔を見せず、必ずユーニに着いて来てくれる。
いつも隣にタイオンがいるこの状況に、ユーニは不思議と幸福感を感じていた。

その夜も、ちょっとした習慣になっている夜の散歩に出かけた。
当然、隣にはタイオンが付いて歩いている。
とりとめもないことを話しながら二人並んで歩いていたその時だった。
背筋が凍るような鋭い視線が、ユーニの背中に突き刺さる。
間違いない。例の“ストーカー”だ。

纏わり付くような気配を感じ、足先から寒気が這い上がってくる。
そんな得体のしれない奴、何も怖くないと思っていたが、いざまた遭遇すると恐怖を感じてしまう。
振り返ってみるけれど、やはりそこには誰もいなかった。
だが、間違いなく見られている。
恨みがましく睨みつけるような目で、どこからともなくユーニを睨んでいるのだ。
その気配はタイオンも感じていたようで、不意にユーニの華奢な肩にタイオンの手が回ってきた。

肩を抱かれ、引き寄せられる。
と同時に、切羽詰まった様子のタイオンの瞳と目が合った。


「走れるか?」
「う、うん」
「よし、いくぞ」


合図とともに、肩を抱くタイオンが走り出す。
そんな彼に導かれるような形で、ユーニも走り出した。
右に左に路地を曲がる。だが、背後から迫る気配は遠のくことが無かった。
後を追ってきている。それが分かった瞬間、ユーニの恐怖感はピークに達した。
虚勢を張っていても、自分が繊細な性格だという自覚はある。
こうして気味悪く後を追いまわされれば、頭が真っ白になってしまうのだ。

やがて二人は寄宿舎に到着した。
駆け足で入り口に駆け込み、階段を上がって男子部屋へと飛び込んだ。
タイオンによって扉が閉められた瞬間、強張っていたユーニの身体から力が抜ける。


「ハァ……っ」
「ユーニっ」


膝から崩れ落ちそうになるユーニの身体を、タイオンがとっさに抱き留める。
身体に力が入らない。四肢ががくがくして立っていられない。
震える体でタイオンに抱き着くと、ユーニの身体を支えながらゆっくり腰を下ろし、彼女の背中に腕を回した。


「大丈夫だ。僕がいる」
「うん……っ」
「怖かったな。ここなら安心だ。何があっても僕が守ってやれる」
「っ……」


震える体で、縋るようにタイオンに抱き着くユーニ。
彼から感じるぬくもりに、冷え切った心が温められていく。
こうして抱きしめられていると、無条件に落ち着いてしまうのは何故だろう。
暫くユーニの身体を抱きしめていたタイオンだったが、ゆっくりと彼女を立ち上がらせると、“ハーブティー飲むか?”と問いかけてきた。
その問いかけに、ユーニは迷うことなく頷く。
今は、例のハーブティーに頼りたい気分だった。

タイオンに促され、ユーニは並べられたベッドに腰かける。
各部屋に設置されている簡易キッチンでハーブティーの用意をし始めた彼の背を見つめながら、未だ治まらない震える右手を抑え、ユーニは眉間にしわを寄せる。


「駄目だなアタシ。怖くねぇとか言っておきながら、このザマだ」
「どこからともなく監視されている上に、あぁして追いかけてきたんだ。恐怖を抱かない方がおかしい」
「そうかな。でも、タイオンがいなかったからマジでやばかっただろうな。お前がいてくれてよかったよ」


ハーブティーカップに注いでいたタイオンの手が、一瞬だけ止まる。
数秒の沈黙ののち、彼はか細い声で“それは何より”と呟いた。
やがてタイオンの手によってハーブティーが運ばれてくる。
ユーニが一番好きな、セリオスアネモネハーブティーだ。


「ありがと」


礼を言いながら受け取ると、彼は“熱いから気をつけろ”と念を押してきた。
フゥーフゥーと息を吹きかけ、冷ましながら口をつける。
セリオスティーの甘やかな香りとさわやかな風味が口の中に広がり、ユーニの心を大いに癒してくれる。
 
悪夢に怯えた時、タイオンはいつもこのセリオスティーを黙って差し出してくれていた。
その心遣いにどれだけ救われているか分からない。
ユーニの夢に散々登場して彼女を苦しめていたディーはもう既にこの世にいないというのに、まさかこんな形でまたセリオスティーに頼ることになるとは。


「おいしい」
「当然だ。こだわっているからな」
「実益もちゃんとある」
「それも当然だ。僕が淹れているんだからな」
「あははっ、なにそれ」


一口、二口とお茶を飲み進めていくごとに、心の平穏が戻っていく。
心が落ち着いたせいか、ぼんやりとした眠気が襲ってきた。
今になって精神的疲れが出たのだろう。襲い来る眠気はユーニの頭を支配し、次第に瞼を重くしていく。


「やば。眠くなってきた」
「リラックスしている証拠だな」
「んー……、そうかも」


意識が朦朧としてきた。
なんだか猛烈に眠い。目を開けていられない。
コクリコクリと頭をもたげ始めたところで、ユーニの意識は混濁し始める。
白くぼんやりとした意識のなか、不意に身体に浮遊感を感じた。
どうやら誰かに抱き上げられているらしい。
視界の端に白い服と褐色の首元が見える。
あぁ、タイオンだ。タイオンが横抱きにして女子部屋まで連れて行ってくれるのだろう。
やっぱり彼は優しい。タイオンと一緒にいれば、きっともう大丈夫だ。
そんなことを考えながら、ユーニは深い深い眠りについた。


***

目を覚ますと、寄宿舎の見慣れた天井が視界に広がった。
眠気眼のままあたりを見渡してみると、どうやらそこは女子部屋のようだった。
瞳の時刻は朝7時半。どうやらタイオンのハーブティーを飲んでいる最中に眠ってしまい、彼がこの部屋まで運んでくれたらしい。
後でお礼を言わなくては。

ベッドからいそいそと抜け出し、女子部屋に設置されている簡易的な洗面台で顔を洗う。
白いタオルで顔を拭きながら、ふと目の前の鏡に視線を向けた瞬間、妙な違和感に気が付いた。
首筋のあたりに、何やら赤いできもののようなものが鎮座している。
虫にでも刺されたのだろうか。
 
手でなぞってみるが、虫刺され独特の膨れ上がった感触もない。
なんだこれ。いつの間にこんなのできたんだ?
まぁいいか、ここならちょうどいつも着けているチョーカーで隠れるはずだ。
タイオンに指摘されることはないだろう。
一瞬不審に思ったユーニだったが、顔を拭き終わるころにはもう気にならなくなっていた。

階段を降りて談話室に向かうと、そこには既にタイオンの姿があった。
向かい合うように置かれたソファに腰かけながら、彼は手に持った何かを見つめている。
何を見ているのだろう。
気になったユーニは、タイオンの手元を覗き込む。
彼の手に握られていたのは白い小袋で、そこには“処方薬”の文字が。
袋の正体はどうやら何かの薬らしい。驚いたユーニは、心配そうに眉をハの字に寄せながら後ろからタイオンの肩を叩いた。
その瞬間、驚いた彼の肩がびくりと跳ね上がる。


「びっくりした……」
「なにそれ薬?タイオン体調悪いの?」
「そんなに大したことじゃない。ただ、最近頭痛がひどくて眠れない日が続いているんだ。だからホレイス先生に睡眠薬を処方してもらっていてな」
「えっ、大丈夫かよ?」
「あぁ。夜遅くまで教本を呼んでいたツケが回って来たらしい」
「なぁんだ自業自得じゃねぇか。心配して損した」


頭痛に悩まされていると聞いて少し心配になったユーニだったが、原因を聞いてすぐにその気持ちは吹き飛んでしまった。
タイオンは確かに夜遅くまで読書にふけることが多い。
野宿の際も薄暗い空間で活字を追っているのだから頭痛に襲われても当然と言える。
腕を組んで呆れたような表情を見せるユーニに、タイオンは少しだけ不敵な笑みを浮かべながら問いかけた。


「随分と優しいな。そんなに僕が心配か?」
「仲間を心配するのは当然のことだろ。ニヤつくな馬鹿」


先日のやり取りと同じ会話が繰り広げられたことで、2人の間に笑いが起きる。
顔を見合わせ笑い合った後、ユーニはタイオンが腰かけてるソファの隣に腰を下ろした。


「あのさ、今夜ウェルウェルの店に買い物行かなくちゃいけないんだけど……」
「そうか。実は僕もこの睡眠薬の受け取りにホレイス先生を訪ねようと思っていたんだ。すまんが、帰りに合流でも平気か?」


以前、ユーニはパワーアシストの調整に必要な部品をウェルウェルに発注していた。
その部品が夜に店に届くというので、受け取りに行く必要がある。
だが、タイオンも大事な薬を受け取る用事があったらしい。
流石に彼の私用を曲げてまで自分の都合に付き合わせるわけにはいかない。
 
ウェルウェルの店は人通りの多い通りに位置しているし、きっと一人でも問題はないはずだ。
帰りはタイオンが合流してくれるというし、きっと大丈夫。
そう言い聞かせてはみたが、表情に不安がにじみ出ていたらしい。
隣に座っていたタイオンが、不意にユーニの頭にその褐色手を添えてきた。


「なるべく人通りの多い道を歩くんだ。何かあったら大声で叫べ。いいな?」
「わかってるって。ありがとな、タイオン」


レンズ越しのタイオンの瞳が、優しく細められる。
頭を撫でるその温かな手つきに、ユーニは密かに癒されていた。
この何もかもを慈しむような手に甘えていたい。
優しく、そして頼りになるタイオンの手の感触を感じながら、ユーニは少し紅潮した顔で彼を見つめるのだった。


***

やがて、シティーに夜がやって来る。
屋内の鉄巨神内に展開している関係で、ここは昼も夜もいつでも薄暗い。
とはいえ、やはり夜の時間帯になると大通りとはいえ人通りも少なくなる。
ほんの少しだけ不安ではあったが、ユーニは何とか一人でウェルウェルの店にたどり着くことが出来た。
その間、不安を煽るようなことは特に起きなかった。

ウェルウェルから目的の素材を受け取り、ユーニは店を後にする。
その素材は片手のひらに収まるほど小さなもので、上着のポケットに難なく仕舞うことが出来た。
あとはホレイスの医療施設からやって来るタイオンと合流するだけ。
ウェルウェルの店から離れ、近くのベンチに腰かけたユーニは、時間を確認するため瞳を起動させた。その時だった。
また背後にあの不気味な視線と気配を感じる。
まずい。今はタイオンが一緒じゃないのに。
 
一気に身体が恐怖で固まってしまったユーニは、恐る恐る背後を振り返る。
いつもは振り返ったところで誰もいないはずだったが、今夜ばかりは違っていた。
数十メテリ離れたエーテル灯の真下。ぼんやりとしたオレンジ色のエーテル光に照らされているその場所に、男は立っていた。
小太りで、白い服を着た不気味な男だった。
その男は瞬きもせずに、光の灯らない目でユーニをじっと見つめている。
見ていると吸い込まれそうになるほど不気味なその目と視線が絡み合った瞬間、ユーニは小さく“ヒッ”と悲鳴を挙げた。

あいつだ、アイツが今までずっと自分をストーカーしてきた張本人だ。
そう確信したユーニは、脱兎のごとくその場から逃げ出した。
全速力で逃げるユーニ。すれ違う人にぶつかりながら逃げる彼女だったが、背後から這い寄る気配は遠のくことがない。
周りに人がいるにも関わらず追ってくるその気配に、再び悲鳴を挙げそうになったその時だった。
正面に見慣れた人影が歩いているのが見える。タイオンだった。
前方から走って来るユーニの姿に驚き目を丸くする彼の胸に、彼女は無遠慮に飛び込む。


「ユーニ!? どうした」
「タイオン……っ、あいつ、あいつが……っ」


振り返るのが怖かったため、タイオンの胸に顔を埋めながら背後を指さした。
彼女が指さす方へと視線を向けたタイオンが、頭上で息を詰める気配がする。
どうやら彼の目にも、あの不気味な目をした男が見えたのだろう。
胸板に飛び込んできたユーニの身体を抱きしめると、彼は力強く引き寄せながら走り出す。


「急いで帰ろう。後ろを見るな」


肩を抱き寄せられ、タイオンに連れ去られる形でユーニも走り出す。
彼の言う通り、決して後ろを振り返らないよう下を向いて走った。
相変わらず後ろから迫りくる気配は消えることがなく、ずっと2人を追いかけてきている。
背後から突き刺さる鋭い視線は、ユーニの悪夢に何度も登場し続けたあのディーを彷彿とさせた。
追いつかれたらどうなってしまうのだろう。
捕まって、殺されてしまうのかもしれない。
嫌だ、怖い。
タイオンの服をぎゅっと握りしめながら、ユーニはとにかく走った。

やがて二人は寄宿舎にたどり着く。
流石にあの男も寄宿舎内には入って来れないらしく、気配はいつの間にか消えていた。
階段を上がり、昨日と同じように男子部屋に導かれる。
扉を開けて中に入った瞬間、安堵感と恐怖感が一気にせり上がり何も考えられなくなった。
息が乱れる。身体に力が入らなくなって、タイオンの身体にしがみつきながら寄りかかってしまった。


「大丈夫か、ユーニ」
「はぁ…、はぁ……」
「ここなら大丈夫だ。安心してくれ。ハーブティーを用意しよう。きっと落ち着くはずだ」
「うん……」


タイオンに肩を抱かれながら、ユーニはそっとベッドの上に腰掛けた。
またあのハーブティーを淹れてくれるらしい。
速足で簡易キッチンに向かったタイオンの背中を見つめながら、ユーニは震える手で自らの両肩を抱きしめた。
 
好意からくる行動とはいえ、無言で付け回されるだけでこんなにも恐怖を感じてしまうとは思わなかった。
もし一人の時にあいつにまた出くわしたら、と思うと怖くて仕方がない。
タイオンがいてくれたからこそ、あの場を切り抜けられたのだろう。
きっとユーニ一人きりだったら、頭が真っ白になって一歩も動けなかったはずだ。

暫くして、タイオンがハーブティーカップを片手に近づいてきた。
湯気が湧きたつカップを渡しながら、彼はまた“熱いから気を付けてくれ”と念を押してくる。
まだ少し震える手でカップをで受け取ると、湯気から香って来る甘い香りに癒される。
ユーニの隣に座ったタイオンは、カップを抱えながら熱いハーブティーを冷まし始めた彼女の背中を優しくさすっている。
彼の優しさをすぐ隣で感じながら、ユーニはゆっくりとハーブティーに口をつけた。


「おいしい……」
「落ち着いたか?」
「うん。少し」
「そうか。ならよかった」


一口、二口の飲み進めるごとに、バクバクと高鳴っていた心臓がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
不思議だ。タイオンにこうして触れられて、声をかけられていると、不思議と心が安らぐ。
彼が淹れてくれたハーブティーの香りも相まって、つい先ほどまで心を支配していた恐怖感がどんどん薄れていく。
タイオンという存在に心を握られているかのようだった。


「ありがと。さっきタイオンがいなかったらやばかったかも……」
「あぁ。やっぱり君を一人にすべきじゃなかったな。すまない。これからは君のそばを離れないようにしよう」
「悪い。迷惑かけて」
「気にするな。パートナーだろ?」
「うん……」


いつもの強気な性格が嘘のように、ユーニはしおらしく俯いていた。
タイオンのハーブティーを持つ手がどんどん温かくなっていく。
すぐ隣に頼れるタイオンがいる。それだけで、心が温かくなる。
 
安堵感を得たせいか、また眠気が襲ってきた。
あの小太りの男が毎日のように後を着けて来るせいで、精神的に疲れてしまっているのだろう。
たまらなく眠い。瞼が重い。
頭をもたげながらこくりこくりと頷いていると、タイオンが隣から囁くような声で問いかけて来る。


「眠いのか?」
「ん、ちょっと……」
「疲れたんだろう。眠っていいぞ、ユーニ」
「んー……」


零さないようにハーブティーカップを取り上げサイドチェストに置くと、タイオンはユーニの肩を抱き寄せた。
ユーニの頭が、力なくタイオンの肩に寄りかかる。
タイオンの服や体からほんのり香って来るセリオスアネモネの香りが、一層ユーニを安心させ、眠りに落としていく。
優しい。どうしてこんなに優しいんだろう、タイオンは。
相方だから?それとも——。


「僕がずっと隣にいてやるから。安心して眠れ」


タイオンのその囁きを最後に、ユーニは完全に意識を手放した。
長く生え揃った睫毛が並ぶ瞼がゆっくりと閉じられ、眠りの世界に堕ちていく。
規則正しい寝息を立て始めたユーニの頭を優しく撫でながら、タイオン口元に笑みを浮かべていた。
首にかかる彼女の明るい髪をかき上げ、白い首元を露出させる。
そして、彼女の首に巻かれた黒いチョーカーを取り払うと、首元に咲いた赤い跡が顔を出す。


「チョーカーで隠したのか。ここにつけたのは間違いだったな」


眠りに堕ちているユーニの膝下に手を差し入れ、背中を支えながら横抱きにすると、彼女の身体を自分のベッドの上に横たえる。
恐怖で滲んでいた彼女の表情は、タイオンのハーブティーに舌鼓を打ったことで安らかな顔に変わっていた。
自分という存在が、彼女に安堵感を与えているのだと思うとたまらない。
ユーニの白い玉のような頬を撫で、タイオンは彼女の名前を囁いた。

すると、静かだった寄宿舎の男子部屋男の扉がゆっくりと開いた。
古くなった部屋の扉が、キィ…と悲鳴のような甲高い音を立てながら開いていく。
廊下の明かりを背に立っていたのは、先ほどユーニを光のない目でじっと見つめていた、あの小太りの男だった。

ゆっくりと部屋に入って来るその男を一瞥すると、タイオンはすぐにユーニへと視線を戻し、背後の男を気にすることなく右手の指をパチンと鳴らす。
その瞬間、男の身体がボフッと音を立てながら煙で包まれた。
白い煙の中からゆっくりと抜け出してきたのは一枚のモンド。
幻影を作り出していたそのモンドは、ひらひらと舞うようにタイオンの元へと戻っていく。
傍にやってきたモンドを手のひらに乗せて迎え入れると、タイオンは眠ったままのユーニに視線を落として口を開く。


「怖い思いをさせてすまない、ユーニ。でも仕方ないんだ」


手のひらに迎え入れた小さなモンドを、タイオンはグシャッと音を立てて握りつぶす。
そして、幻影の男と同じ光の灯らない目でユーニを見つめ、冷たい笑みを浮かべた。


「こうでもしないと、君は僕を頼ってくれないからな」


ユーニの頭の後ろに手を差し入れて支えると、タイオンは彼女の額に口付けを落とす。
ちゅっ、とリップ音を立てて唇を押し当てると、心が昂る。
こめかみ、瞼、鼻先、頬に口付けて、最後は唇に口付けた。
柔らかなユーニの唇を味わいながら、タイオンの息は次第に荒くなっていく。
唇の間から舌を侵入させ、動くことのない彼女の舌を吸う。
抑えが利かなくなった彼は、ついにユーニの上に覆いかぶさり、抵抗しない彼女の手に自らの手を重ねた。


「はぁ……っ」


唇を離しても、ユーニが目を開けることはない。
当然だ。ホレイスには、ひどい頭痛で全く眠れないから一番効果が高い薬が欲しいと頼んだのだ。
そんな薬をハーブティーに溶かして3錠も飲めば、そう簡単に起きるはずがない。
 
眠りの世界に堕ち、抵抗も出来ない彼女を一方的に愛でるこの時間は、タイオンにとって至福の時だった。
心が昂る。身体が熱くなる。
浮つく心を必死で抑えながらユーニの首筋に顔を埋めると、彼女の匂いがダイレクトに鼻腔をくすぐる。
その匂いをスンスン嗅ぎながら、息が乱れていく。


「はぁ……ユーニ、相変わらずいい匂いだな、君は」
「んん……、タイ、オン……」


唸りながら、ユーニは吐息交じりにタイオンの名前を囁いた。
その瞬間、彼は息を詰めて首筋に埋めていた顔を上げる。
起きてしまったのかと思ったが、ユーニは目を閉じたまま寝息を立てている。
どうやら寝言だったらしい。
愛らしく自分の名前を呼んでくれる彼女に、タイオンの心は喜びで満たされる。


「ユーニ……。夢でも僕を求めてくれているのか。可愛いな……」


嬉しさのあまり再びその唇にかぶりつく。
全てを奪うように舌で口内を蹂躙し、角度を変えながら愛でていく。
唇を離すと、2人の唇が唾液の糸でつながり、そしてすぐに途切れた。
やがて、乱れた彼女の明るい髪を優しく整えてやると、白い首筋に手を這わせる。


「もう少し見えるところにつけてやらないとな」


そう言って、タイオンはユーニの首筋に既に咲いている赤い跡の少し上に吸い付いた。
強く強く吸い付けば、その白い肌に真っ赤な跡が着く。
新しくついたその印を見つめながら、タイオンは満足そうに微笑んだ。


「僕の痕跡をたくさん残しておかないとな。嬉しいだろ?ユーニ」

   
彼の指が、首筋からゆっくりと下に向かってユーニの身体を撫で始める。
首筋から鎖骨、肩、胸、脇腹、臍、そして腰。
するりするりと降りていく指がくすぐったかったのか、ユーニは目を瞑ったまま身体をくねらせ、“んっ…”と艶めかしい声を出した。
その姿を見下ろしながら、タイオンは不敵に微笑み舌なめずりをする。


「君は無防備すぎる。シティーにはウロボロスをよく思わない輩もいる。少しは警戒してもらいたかったんだ」


力の抜けた彼女の白い腕を掴み、そっと上にあげる。
顔を出した無防備な脇に顔を埋めると、タイオンはすべすべとしたそこに舌を這わせた。
深い眠りに堕ちているユーニに体にぞわりとした感覚が走り、夢うつつのまま両足を擦り合わせる。
夢中になって脇に舌を這わせているタイオンの息は、次第に荒くなっていく。


「怖かったな。でも偉いぞ、ちゃんと僕を頼れて」


タイオンの舌が、白い脇からゆっくりと腕を伝い、ユーニの細い指へと到達する。
彼女の指先に何度も口づけを落とすと、瞼を重く閉ざしたままのユーニを恍惚とした表情で見下ろした。
再びユーニの顔に口元を寄せると、その小ぶりな耳に舌を這わせる。
すると、先ほどまで規則正しい寝息を立てていたユーニは“ふっ…”と甘い吐息を漏らした。
その吐息を聞いた瞬間、タイオンの腹の奥で渦巻いていた欲が一気に加速する。


「気持ちいいか?昨日も悦んでいたし、君は耳が好きなんだな」
「……ぁ、はっ」


頬を撫でながら、反対側の耳に舌を這わせる。
淫靡な水音が耳元で響いている。
意識を取り戻さないまま、ユーニはタイオンの舌になすがまま小さく吐息を漏らし続けている。
一向に起きる気配がないユーニを蹂躙しながら、タイオンもまた熱い吐息を何度となく吐き続けている。
下半身に熱が灯る。彼女の足の間に押し付けながら、タイオンの舌は一層激しくユーニの耳を犯していた。


「はぁっ、だめだ。ユーニ……。我慢できない……」

 

投げ出された手に自らの褐色の手を重ねると、タイオンは再び彼女の柔らかな唇に口付けを落とす。
唇を食みながら強引に舌を入れ、歯列をなぞる。
滾らせた欲の塊をユーニの足の間に押し付けながら腰を揺らせば、自然と艶めかしい吐息が漏れてしまう。
唇を離すと、ほんの少し頬を紅潮させたユーニを見下ろしながらタイオンは手の甲で濡れた唇を拭う。


「君は僕がいないと生きていけない。僕だけを頼っていればいいんだ。ずっと」


その囁きは、ユーニに届くことはない。
彼女の白い手を握りながら、タイオンは刻印が刻まれた胸元に舌を這わせるのだった。


***


「あれ?まただ……」


翌朝、女子部屋のベッドで起床したユーニは、いつも通り顔を洗うため洗面台の前に立った。
すると、首筋のあたりにまた赤い跡を見つけて眉間にしわを寄せる。
昨日の跡は随分薄くなっているものの、チョーカーで隠せる位置だったからまだよかったが、今日見つけたこの跡はどう頑張っても隠せそうにない場所についている。
昨日に引き続き、寝ている間に虫に刺されたのだろう。全く困ったものだ。

白い首筋に浮かぶ赤い跡に手を添えながら、ユーニは女子部屋を後にする。
階段を降り、1階の談話室に降りると、そこにはいつも通りソファに座り教本に視線を落としているタイオンの姿があった。
彼の隣に腰掛けて名前を呼ぶと、いつも通りの優しい微笑みを向けてきた。


「おはよう、ユーニ」


その笑顔の奥底に隠した独りよがりな心は、今日もまたユーニだけを見つめている。
彼女に気付かれないよう、タイオンはそっと幻影を作り出すためモンドを飛ばした。