【ノアミオ/タイユニ/ランセナ】
■ゼノブレイド3
■ゲーム本編時間軸
■短編
ケヴェス、アグヌスの名の元生まれた者たちの寿命は10年。
決して長いとは言えないその生涯は、世の中の理を半数も理解できないうちに死んでいく。
戦いに生き、戦いに死んでいく彼らには、20年30年と生き続けていく人間が本来あるべき正しい生涯というものを想像できずにいた。
想像できないものには好奇心が宿る。
分からないことは知りたくなるのが道理。
ウロボロスの力を得た6人は知りたがっていた。
人間が本来歩むべき“人生”という名の道を。
「ということでゴンドウからこれを貰ってきたも」
そう言ってリクとマナナが取り出したのは、2匹のノポンが持ち上げるにしてはかなり大きな箱。
2匹がゴンドウから貰ってきたというその箱には、大きく“人生ゲーム”と書かれている。
奇抜な箱のデザインと、聞き慣れない“人生ゲーム”という単語に、6人のウロボロスは互いに顔を見合わせた。
「なんだそれ。人生ゲーム?」
「その名の通り、人間の人生を体験できるゲームですも!」
「オマエたち、本来人間はどんな人生を歩むのか気になってたハズも。このゲームで遊べば、疑問が解けるも!」
リクやマナナから箱を受け取ったランツは、怪訝な表情で箱に視線を落としている。
大きさの割ににそこまで重くなく、軽く振ってみると“がしゃがしゃ”と音がする。
箱の中に細かい何かが大量に入っているようだ。
ランツが抱えている箱を横から覗き込んだタイオンが、眼鏡を直しながら訝し気に声を挙げる。
「こんなもので人間の一生を体験できるのか?にわかには信じられないが」
「間違いないも!」
疑惑に満ちたタイオンの言葉に、リクは自信満々に胸を張った。
日頃から本来の人間の在り方というものに6人が興味を抱いていると知っていたリクは、マナナを伴ってゴンドウに相談を持ち掛けた。
手っ取り早く人間の一生を知れるスグレモノはないか、と。
しばらく考え込んだゴンドウは、“めんどくせ”と小さくつぶやきながら頭を掻くと、両脇に控えていたアギョウ、ウンギョウに指示を飛ばした。
しばらくして戻ってきた彼らが抱えていたものこそ、この人生ゲームという代物である。
“これやらせとけばなんとなく理解できんだろ。知らねぇけど”
ゴンドウのその言葉を信じたリクとマナナは、嬉々としてこの箱を6人に届けたという経緯である。
「なぁ、そもそもゲームってなんだ?聞いたことねぇぞ」
「“遊び”の一種らしいデスも。いわゆるシミュレーションゲームってやつデスも」
「シミュレーション?」
「ユーニたちも、コロニーにいた頃アグヌスとの戦闘をする前は駒を使って模擬戦をやってたハズも。それとおんなじも」
「つまり……疑似的に人間の人生をシミュレーションできるということか」
「その通りデスも!」
ノアの言葉に、その場にいた全員が納得した。
互いが各コロニーにいた頃、戦闘を行う前は必ず作戦を確認するため盤上で駒を使った模擬線が繰り広げられる。
あのシミュレーションは戦闘を疑似体験するものだったが、それの人生バージョンと言い換えたほうが想像しやすいだろう。
ようやくゲームの趣旨を理解できたセナは、“面白そう”と目を輝かせていた。
「私やりたい!ミオちゃんも一緒にやろうよ!」
「そうね。せっかくだしやってみましょうか」
「ゴンドウの話では、こういうゲームは大人数でやった方が楽しいらしいも!だから全員でやるも!」
「全員?僕もやるのか」
「当然だろタイオン。せっかくのリクやマナナの好意を無駄にするなって」
人間の人生に関心を持っているタイオンだが、遊びだのゲームだのには全く興味が湧かない。
だがユーニの言う通りリクやマナナがせっかくゴンドウにまで相談を持ち掛けてくれた行為を無下にはできなかった。
“よしやるか!”と気合を入れたランツによって、箱が開かれる。
紙の箱の中には、地図のようなものが描かれた大きな折り畳み式の板紙や、レウニスを模して造られた駒。
そして金貨や紙幣のような小物が大量に入っている。
板紙の真ん中にはルーレットのようなものが取り付けられており、1から12の数字が表記されていた。
「いろいろ入ってるね」
「どうやって遊ぶんだろう」
隣同士に座ったミオとノアが、箱の中身を覗き込みながらほぼ同時に首を傾げた。
マナナが6人それぞれにレウニス型の駒を配布している横で、ゴンドウから遊び方を教えてもらったリクが丁寧に説明を始める。
6人はこの板紙のマップの上に駒を置き、中央に設置されたルーレットを順番に回していく。
出た目の数だけ駒を進めることができ、止まったマスに書かれていることに従って所持金が増えたり職についたりすることができるという。
マップはアイオニオン全体を模して描かれており、スタート地点はアエティア地方。
ゴールであるカデンシア地方のエルティア海に到着した時点で、一番所持金が多い者が勝利、というルールらしい。
「なるほど。案外単純なルールだな」
「要は一番大金持ちになりゃいいんだろ?余裕余裕」
そう言って、ユーニは自分の駒をスタート地点に置いた。
そんな彼女の後に続くように、他の5人も自分の駒をスタート位置に並べていく。
まずこのゲームを始める前に行わなければならないのは、ルーレットを回す順番を決めることである。
ゴールにたどり着いたものは、到着した順位に応じてボーナスが加算されるというルールもあるため、早く着けば着いた分だけ得ということになる。
つまり、一番最初にルーレットを回す者が、理論上最も有利となるのだ。
「おっし。じゃあまずは俺から……」
「待てランツ。何故問答無用で君からなんだ」
「そうそう。しれっと一番有利な順番取ってんじゃーよ」
「ちっ、バレたか」
ルーレットに手を伸ばしたランツにいち早く抗議したのは、タイオンとユーニであった。
頭が働く彼ら相手に、こっそり自分が有利になる戦法を使うのは無理があったらしい。
さらりと姑息なことをやってのけようとする自らの相方に、隣に座っていたセナは苦笑いを零した。
「え、えっと……じゃあどうやって順番決めようか」
「一番手だけ決めて、あとは時計回りでいいんじゃないかな」
「ノアの意見に賛成。じゃあ一番手は年長者の私から……」
「ミオ」
諭すようなタイオンの声が、ミオを制止する。
眼鏡の奥に光る眼光は、ミオのズルを見逃しはしない。
“冗談だったのに……”とつぶやきながら耳を折り畳み、ミオはしぶしぶ手を引っ込めた。
あわよくば一番手を掻っ攫おうとする仲間たちの浅ましさに、タイオンは呆れたように深いため息を零す。
「はぁ……全く君たちは、もう少し自らの欲を抑えないか。ここは平等にくじで決めよう。僕が既に作っておいた」
そう言って、タイオンはくるくると丸めてひも状にした紙を6本取り出した。
先端はタイオンの拳によって握りこまれている。
即座にくじを用意したタイオンの手際の良さに、横からセナが“さすがタイオン!準備早い!”と褒めたたえていた。
その賛辞を聞いたタイオンは、得意げな表情を浮かべながら言葉をつづける。
「当然だ。僕を誰だと思っている。さて、当たりくじは先端が赤く塗られている。そのあたりを引き当てた者が一番手ということでどうだ」
「異議なし!じゃあ先ずは俺が……」
早速タイオンの手中にあるくじを引こうと手を伸ばすランツ。
そんな彼から逃れるように、タイオンは即座にくじを持っている手を挙げて避けた。
「待て。このくじを作ったのは僕だ。最初にくじを引く権利は僕にある」
「なんだその理論」
ユーニのぼやきを無視しつつ、タイオンは自分の手の中にあるくじを一本つまみ上げた。
するりと顔を出したくじの先端は、赤く染まっている。
それは、一番手の栄光を表す当たりくじだった。
横からランツとセナが“あ!”と驚きの声を挙げる。
赤く染まり切ったくじを見つめながら、引いた本人であるタイオンは不敵に笑う。
「おお!当たりくじだ。つまり僕が一番手ということだな。平等にくじで引いた結果なのだから文句はないな?」
「隙ありっ!」
「うおっ!」
隣に座っていた相方であるユーニが、隙をついてタイオンの手からくじの束をひったくる。
一番手をもぎ取れた状況に油断していたのだろう。
いとも簡単にするりと手の中から抜けていったくじの束に、タイオンは動揺を隠せない。
他の仲間たちの目に晒された残り5本のくじは、タイオンが最初に引き当てた一本目のくじと同じく、先端が赤く塗られていた。
「全部、当たりくじ……」
茫然とする仲間たちの輪の中で、ノアの声だけが虚しく響く。
全てを当たりくじにして自分が最初に引くことで、必ず一番手になれるよう細工をしていたらしい。
すべて赤く染まったくじをつまんでいたユーニは、渾身の力でくじをすべて握りつぶしてしまった。
そして、般若のような形相でタイオンに詰め寄る。
「ゴリゴリの不正じゃねーか!なぁにが“少しは自分の欲を抑えろ”だ!お前が一番抑えろ!」
「ひどいよタイオン!私たちを騙すだなんて!タイオンがそんな姑息で卑怯でどうしようもない人だとは思わなかった!」
「タイオン、そういうズルはちょっと……なんというか、少し引くかな」
女性陣3人の鋭い言葉の矢が、無遠慮にタイオンの体中へと突き刺さる。
“ぐっ”と痛みをかみしめるタイオンに、ランツもノアも味方はできなかった。
哀れと思いながらも、姑息な手段で一番手を勝ち取ろうとしたことは事実。
女性陣からの罵倒によってその罪が贖えるのであれば安いものだろう。
だが、諦めの悪いタイオンは鋭い言葉にズタボロになりながらも最後の足掻きを見せる。
「勝利のために手段を択ばないことの何が悪い!? どんな悪どい手法を使ったとしても勝てば官軍負ければ賊軍だ!」
「タイオン……そんな邪悪な台詞、メビウスでも言ってなかったぞ……」
苦笑いを零すノアのつぶやきは、誰にも聞こえることなく溶けていった。
結局、一番手を誰にするかの議論は1時間ほど続き、収拾がつかなくなり始めたところでリクがようやく一つ提案してくれた。
順番にルーレットを回して一番大きな目の数を出した者が一番手になればいい、と。
その言葉に従った結果、一番手に選ばれたのは――
「やはり僕が一番手を飾るにふさわしいな」
「また不正してんじゃねーだろうな」
「失敬な!」
ランツに疑惑の目を向けられつつも、一番手の座を手に入れたのはほかでもないタイオンであった。
このゲームは一番にゴールにたどり着けば莫大な賞金が手に入る。
最終的な所持金の多さで勝負が決まるルール上、一番手をもぎ取ることができたのは非常に大きい。
この勝負、もらった。
内心ほくそえみつつ、タイオンは改めてルーレットへと手を伸ばす。
くるくると回るルーレットが指示した数字は11。
上々の滑り出しである。
嬉々とした表情で自らの駒を11マス分進めたタイオンはそのマスに書いてある小さな文字を上機嫌で読み始める。
「“ハプニングマス。高原を散歩中ゴンザレスに遭遇。殴られる”……とあるが?」
「あ、ハプニングマスに止まったらもう一度ルーレットを回してほしいも。出た目の数字によって効果が変わってくるも」
「なるほど…」
ゴンザレスに殴られるという物騒な内容のマスにあたってしまったことに一抹の不安を感じつつ、タイオンはルーレットを回す。
出た目は12。一番大きな数字だった。
それを見た瞬間、リクとマナナは顔を見合わせ、何故か二人そろってタイオンに手を合わせ始めた。
「タイオンさん。ここで死亡デスも」
「お悔やみ申し上げるも」
「はっ!?!?」
2匹のノポンから淡々と告げられた悲惨な事実に、タイオンは思わず立ち上がった。
死亡?死亡といったか?
まだ1ターン目だぞ。
本来の人間の人生を知りたいがために始めたこのゲームで、10期すら生き延びることなくたった1ターンで死ぬなんてあり得るのか?
頭を抱えるタイオンの横で、彼の肩に手を置いたユーニが憐みの目を向けてくる。
「享年1ターンか…。無念だったな、タイオン」
「あぁ…でも、いい奴だったよな、アイツ」
「忘れない。私、タイオンのこと絶対に忘れないよ…!」
「ミオ、おくってあげよう」
「そうね、ノア」
「待て待て待て!笛を吹こうとするな!僕はまだ死んでないぞ!」
本気なのか悪乗りしているだけなのか。
仲間たちは悲しそうに眉をひそめながらタイオンに向かって合掌している。
ご冥福をお祈りされている状況に怒りを覚えたタイオンは、何度も何度も自分の駒が止まったマスに書かれている文章を読み返していた。
「何が“ゴンザレスに殴られる”だ!唐突すぎるだろ!」
「人生は得てして何が起きるか分からないものも。今日ゴンザレスに殴り殺されようと明日投下物資の下敷きになろうと、後悔しないよう生きるのが人生というものも」
「流石リク!なんだかよくわからないけどとっても深いデスも!」
“どこがだ”と抗議したくなったタイオンだったが、もはやそんな気力もなくなってしまっていた。
折角一番手を取ったというのに、まさかの最初のターンで死んでしまうとは。
力なく椅子に座り直し、茫然自失な表情でうなだれているタイオン。
その左隣に座っていたセナが、自分の駒を手に立ち上がった。
「じゃあ次は私だね!それっ」
セナがルーレットを回した瞬間、力が強すぎたせいかルーレットが設置されている板紙が一瞬浮いた。
板紙の上に載っていたタイオンの駒がころころと転がり、テーブルの下へと落ちていく。
死亡し、駒さえも落とされてしまったタイオンはその光景を見てなんだか泣きたくなった。
セナの手によって出た数字は5。
示された数字に従い駒を進めてみると、青い色で塗られたマスに到着した。
「“敵と交戦後、追剥を行い5億G得る”。やったぁ!」
「えぇっ!?」
セナが読み上げた文章を聞いた瞬間、仲間たちは一斉に立ち上がった。
彼女の駒が止まっているマスには確かに“5億G得る”と記載がある。
セナの読み間違いなどではないようだ。
「と、突然5億Gって…」
「めちゃくちゃだろ…」
「どうなっているんだこのゲームは!バランスがおかしいだろ!」
1ターン目で突如死んでいったタイオンと、突如億万長者になってしまったセナ。
あまりにも対照的な結果となってしまった二人の姿に、ミオやユーニもさすがに苦言を呈し始めていた。
無論、1ターン目で死亡を言い渡されたタイオンとしては面白くない。
このゲーム専用の紙幣を束で手にし、目を輝かせているセナを指さしながら、彼はリクとマナナに抗議する。
「突然空から大金が降ってくることもあるも。そのお金をどう活かすか考えるのも人の人生だも」
「流石リク!人生の何たるかをよくわかっていマスも!」
これが人生。そう言い切られればそうなのかと納得するほかない。
闘いの日々の中で生きている自分たちの人生も悲惨なものだが、本来の人間の人生もこれほどまでに波乱に満ちているものなのだろうか。
ノアたちは、アイオニオンを模したマップを眺めながら絶望し始めていた。
この後も、波乱に満ちた人生ゲームは2ターン目、3ターン目と続いた。
1ターン目で5億Gを獲得した2番目のセナは順調に金持ち街道をまっしぐら。
資本金100憶を超える大企業の敏腕社長に就任し、政界進出をも噂される財界のトップへとのし上がっている。
3番目のランツは1ターン目で芸術マスに止まり、職業カード“音楽家”を獲得。
売れないバンドマンとして各地を転々とする日々。
貯金はナシ。毎日雑草を食って生きている。
4番目のノアは1ターン目で順調に有名スクールに合格。
しかし就職試験に全敗してしまい派遣の傭兵に落ち着くも、2ターン目で特殊技能カード“ギャンブラー”を獲得。
賭場に入り浸るギャンブル狂いとなってしまっていた。
5番目のミオは1ターン目で特殊技能カード“容姿端麗”を獲得。
恵まれた容姿でスカウトされ、コロニーの歌姫としてデビュー。
多くのファンを抱え、時にはスキャンダルに見舞われながらも強くたくましい歌手人生を送っている。
6番目のユーニは1ターン目でスクールを不合格になり学力不振に見舞われるが、特殊技能カード“魅惑”を獲得。
これにより異性に好意を寄せられまくり、日々プロポーズされては断る人生を送っていた。
様々な男に貢がれているため、不労所得で生きている。
そして1番目のタイオンは死んでいる。
現在所持金1位は若手女社長であるセナ。
続いて歌手として人気絶頂のミオ。男に貢がせているユーニと続き、大きく差が開いて貧乏バンドマンのランツ、そしてギャンブルで身を滅ぼしつつあるノアが最下位である。
「よし、次は俺だな。頼むぞ…!」
5ターン目。
自分の番が回ってきたランツは、祈るような気持ちでルーレットを回した。
所持金はもはや底を尽きている。
このターンで形勢逆転できなければ、間違いなく借金地獄になるだろう。
それだけは避けたい。
くるくると回ったルーレットが指示した数字は7。
駒を進めた先に記載されていたマスには、驚くべきことが書いてあった。
「“結婚マス。近くのプレイヤーと結婚する”」
「ケッコン…?」
結婚というワードは、何度かモニカの口から聞いたことがあった。
愛し合う者同士が家族となり、一緒に生きていくこと。
どうやらこのゲーム上でもそのシステムはきちんと存在するらしい。
結婚というものがイマイチどういうものか理解できていない一行ではあるが、非常におめでたい事柄であるということはモニカからも聞いている。
生き残っている5人の中で初めての既婚者が出たことに、周囲からは“おお”という歓声が上がった。
「ランツさんから一番近いプレイヤーは……あっ!セナさんデスも!」
「えっ、私!?」
「俺とセナが……ケッコン?」
ランツと一番近い位置に駒を配置していたのは、2マス進んだ先にいたセナだった。
隣同士に座っていた二人は見つめ合い、茫然としている。
そんな二人を祝福するように、ノアたちは軽く拍手を贈っていた。
“おめでとう”“幸せにね”と祝福の言葉であふれるその空間は、まさに結婚式の二次会のような空気間だった。
しかし、ルールブックを開いていたリクの言葉によって、その雰囲気も一瞬で殺伐としたものに変わる。
「ちなみに、結婚したらお互いの所持金は共有になるも」
「な、なに!?」
ノアの切羽詰まった声が響く。
全員の視線が、セナの前に置かれた紙幣の束へと集まる。
総資産、ざっと86憶。
そのすべてが、ランツとの共有財産となるのだ。
最下位から数えて2番目の位置にいた彼が玉の輿に乗ったことで急にのし上がったという状況に、他の4人は開いた口がふさがらなかった。
「それだけじゃないも。他の4人は結婚した2人に3万Gのご祝儀を払わないといけないも」
「ご、ご祝儀!?」
「うそ…」
「ふざけんなテメェら今すぐ離婚しろ!」
「お前さんさっき散々“おめでとう”とか言ってたじゃねーか!」
億万長者にのし上がった彼らに、ただでさえ少ない現金を献上しなくてはいけないなんて理不尽だ。
不満を抱きながらも、ユーニとミオはしぶしぶご祝儀を支払うことに。
だが、ギャンブルで借金があるノアには払える金がない。
さらに借金を積み重ねながらご祝儀を渡す彼の手は震えていた。
「セナ、俺が幸せにしてやるからな。だから別れるなんて言わないでくれよな?絶対」
「う、うん…」
所持金がほぼ底を尽きていた売れないバンドマン、ランツは、妻となった富豪、セナの手を握り真剣な表情で囁いていた。
その目はどこか血走っているように見えた。
新婚だというのになぜかあまり幸せそうに見えないランツとセナのやり取りを見つめながら、タイオンは隣のユーニにこそっと耳打ちを始める。
「この前モニカが言っていたが、あぁいうのを“ヒモ”というのだろうな」
「だな…。いつか別れるぜ、あれ」
悪意ある視線を向けながらぼそぼそと会話するタイオンとユーニに、ランツが“そこうるさい!”と怒鳴る。
視線を逸らして誤魔化す二人の横で、次にルーレットを回す予定のノアは腕を組みながら考えていた。
現在の所持金はマイナス200万G。特殊技能カード“ギャンブラー”の効果によって毎ターン数万Gを失ってしまうという業を背負っている。
このまま普通にプレイしていても、所持金が増えることはきっとないだろう。
ここは逆転の一手を狙うしかない。ずばり結婚だ。
つい先ほどランツを救った結婚という手段を使えば、相手の所持金が共有されることで借金も帳消しになるはず。
幸い、先ほどランツが止まった“結婚マス”は、現在ノアの駒が止まっているマスからも狙える距離にある。
あのマスに見事停止することが出来れば、自分も誰かと結婚することができるのだ。
ノアはふと、隣に並んで座っているミオとユーニに視線を向けた。
セナとランツが結婚した今、自分が結婚相手として選べるのはこの二人のどちらか一方。
ミオは今や地方を股にかける有名歌姫で、所持金もセナの次に多い。
ユーニも特殊技能“魅惑”のお陰で定期的に一定の収入を得ているためそれなりに所持金は高いが、いかんせんスクール受験に失敗した過去があるため、まともな職に着けておらずそこまで生活は安定していない。
となれば、結婚相手として狙うべき相手はたった一人である。
「ミオ…」
「うん?」
「俺は、君と結婚したい!」
「えっ…!」
突然の告白に、ミオの頬は赤く染まる。
急に何を言い出しているのだろうと疑問を抱く前に、ノアは畳みかけるように言葉をつづけた。
「俺はミオ(の所持金)が欲しいんだ!」
「ノア…」
なんとも男らしい宣言だったが、ユーニとタイオンにはノアの魂胆が透けて見えていた。
この中で一番所持金が少ない彼は、ランツのように誰かと結婚することで相手の収入に頼ろうとしている。
甘く聞こえるストレートな言葉にミオは感激しているようだが、残念ながらノアの目的はミオの金だった。
“金目当てか…”
“金目当てだな…”
口には出さずとも、タイオンとユーニはノアの必死な形相を眺めながら同じことを思っていた。
「ノア…こんな私で、いいの?」
「もちろん。ミオじゃなきゃダメなんだ」
「嬉しい…。ありがとう、ノア」
「おめでとうミオちゃん!」
思わず立ち上がり、拍手をするセナ。
どうやら彼女はミオと同じく、ノアの魂胆に気付いていないらしい。
セナの隣に座っている夫、ランツは同じ穴の狢であるせいかノアの考えを理解し、気まずそうに視線を逸らしていた。
“ミオもセナもアホなのか?”
まるで公開プロポーズのような空気になってしまっていることに、ユーニは頭を抱え始めた。
「盛り上がっているところ悪いけども、結婚は互いの同意だけじゃできないも」
「そうデスも!ちゃんと結婚マスに止まらないといけませんも!」
「そ、そうだった。よし…!」
リクとマナナの言葉でようやく目が覚めたノアは、恐る恐るルーレットに手を伸ばす。
ランツの駒が停止している結婚マスにたどり着くにはあと5マス。
ルーレットで5を出さなくてはならない。
確率は12分の1。ごくりと生唾を飲み込みながら、ノアはルーレットを回す。
出た目の数字は6。
惜しくも結婚マスを1マス分多く飛び越えてしまった。
「くっ…結婚できなかったか…」
「いや待てよノア。マスの文章をよく見ろ!」
ランツに促される形で、ノアはマスを覗き込む。
彼が止まったマスには、“ハプニングマス”というおどろおどろしい文字が並んでいた。
「“ハプニングマス。バーで出会った女性をお持ち帰りし一夜の過ちを過ごす。ルーレットを回す”」
「“一夜の過ち”ってどういう意味だ?」
「さぁ…」
意味がよくわからない言葉に首を傾げるランツとセナ。
そんな彼らの横で、ノアはマスの指示に従いルーレットに手を伸ばす。
出た目は8。その数字をちらりと確認したリクは、ルールブックを手に“あっ”と声を漏らした。
「偶数が出た場合は…一番近いプレイヤーと結婚することになるも」
「既婚者のランツさんセナさん以外で一番近いプレイヤーはユーニさんデスも!」
「はっ!?」
「えっ!?」
タイオンとミオがほぼ同時に立ち上がる。
瞬間、テーブルが激しく揺れてマップの板紙が大きくずれてしまった。
ノアが停止しているハプニングマスから一番近いのは、一つ後ろのマスに止まっているランツだが、彼は既婚者だ。
同じ理由でセナも候補から除外され、残ったプレイヤーの中で最もノアから近い場所に駒を配置していたのは、他でもないユーニである。
「出来ちゃった結婚だから子供も同時に増えるも。ちなみに5つ子だも」
「子供!?」
「い、いきなり子供が出来たのか!?しかも5人も!?」
リクからもたらされた衝撃の事実に、たまらずランツとセナも立ち上がる。
マスに書かれた内容から察するに、“一夜の過ち”というのはそういことだったのだろう。
シティーに到着したばかりの頃、医者のホレイスからそれなりに性交渉の何たるかを教わっていた6人の頭に、ありありと浮かんでしまう。
ノアとユーニが“一夜の過ち”を犯してしまう光景を。
「どういうことノア!私と結婚するんじゃなかったの!? なんで…なんでユーニと!」
「ま、待ってくれミオ誤解だ!これはゲームであって現実じゃ…」
「ゲームねぇ…。へー、アタシとのことはつまり遊びだったってわけかノア。子供までできてるのに」
「ゆ、ユーニ!悪ノリしないでくれ!」
「ユーニが…ユーニがノアと結婚……しかも子供まで…!」
ノアの胸倉をつかみ揺さぶるミオ。
責め立てられるノアを揶揄うように悪ノリするユーニ。
そして、椅子の背もたれを抱えながら青い顔をしているタイオン。
人生ゲームのマップを囲みながら、一同の雰囲気は修羅場と化していた。
焦るノア、怒るミオ、ニヤつくユーニ、絶望するタイオンを眺めながら、ランツとセナは顔をひきつらせた。
「ノアさんとユーニさんの財産が共有になりますも。よってノアさんの借金はチャラになりましたも」
「ほ、ホントか?」
「なに嬉しそうにしてるの!」
「ご、ごめん…!」
ミオは隣のノアをきっと睨みつけると、自分もルーレットに手を伸ばす。
ノアのターンが終了し、ようやく訪れた自分のターンに、ミオは深呼吸する。
ランツとセナ、そしてノアとユーニが結ばれてしまった今、独り身は自分だけ。
タイオンは1ターン目に死亡が確定してしまった以上、ミオは自分の力ひとりで富豪を目指さなければならない。
ゲームとはいえ勝負は勝負。
それなりに負けず嫌いな性格であるミオは、気合を入れてルーレットを回す。
出た目の数だけ進んでいくと、“ラッキーマス”という青いマスに止まった。
ラッキーマスはその名の通りラッキーなことが起きる幸運なマスである。
不運が続くミオがラッキーマスに止まったことで、セナは“よ、よかったね!ミオちゃん!”と顔を引きつらせながら称賛した。
「“ラッキーマス。結婚詐欺に遭い慰謝料をふんだくる。500万G獲得…”」
一行の間に沈黙が訪れる。
空気を読まないマナナが“はい”と500万Gを渡してきたが、ミオ俯きながらその紙幣の束を受け取った。
気まずさが支配する空間を抜け出すため、セナは恐る恐る笑顔を作って再び同じようにミオに声をかけた。
「よ、よかったね、ミオちゃん…」
「よくない!全然よくない!結婚詐欺ってなに!? ラッキーマスなのに全然ラッキーじゃない!」
「お、落ち着けミオ!生きていればきっといいこともある!」
「1ターン目で死んだお前さんが言うか…」
ランツのつぶやきに、タイオンは“くっ…”と拳を握り締めながら着席した。
人気絶頂の歌姫であるミオ(独身)は、その歌声で数々の賞を受賞し、栄光をその手に掴んできたが、金ばかり手に入り心の孤独は埋められずにいる。
ターンを重ねるごとに不幸も募っていくミオは、肩を落としながら自分の莫大な所持金を眺めていた。
そんな彼女のターンが終了し、続いて隣に座っているユーニのターンが回ってきた。
「おっし、やっとアタシの番だな。ルーレットを…」
「ユーニさん、ちょっと待ってくださいも。ギャンブラーの技能カードを持っているノアさんと結婚したユーニさんは、毎ターン50万Gを支払う義務が発生しますも!」
「はっ?50万G!?」
マナナの言葉に、ユーニは大声を上げた。
手を伸ばしてきたリクによって強制的にユーニの所持金は奪われる。
結婚によって共有されるものは所持金だけではない。
相手が持っている特殊技能カードまでも共有されるのだ。
つまり、毎ターン所持金から一定額払わなければならないノアの特殊技能ギャンブラーはユーニのターンにも適応されることになる。
「おいノア!お前まだギャンブルから足洗ってなかったのかよ!結婚したんだからいい加減やめろ馬鹿!」
「仕方ないだろ!やめられないものはやめられないんだ!」
「子供いるんだぞ!5人もいるんだぞ!働きやがれこの穀潰し!」
結婚早々喧嘩を始めるノアとユーニ。
ユーニの両隣に座っていたミオとタイオンは、2人の小競り合いを聞きながら内心ほくそえんでいた。
そうだ。そうやって喧嘩に喧嘩を重ねて離婚してしまえ。
黒い笑顔で密かに笑みを浮かべるミオとタイオンを、正面に座っているセナは引いた目で見ていた。
「おいおいなんだよお前ら。結婚したんだから仲良くしろよなー、俺たちみたいに。なぁ、セナ」
「う、うん…」
無収入のランツが富豪のセナの肩を抱き微笑みかける。
困り顔で頷くセナは、ランツと結婚して以降徐々に減っていく所持金に危機感を覚えているとはとてもではないが言えなかった。
「まったく使えない夫だなぁお前は…」
そう言いながら、ユーニは再びルーレットに手を伸ばす。
くるくると回るルーレットがさした数字は9。
駒を動かした先に止まったマスには、“バッドマス”の文字が。
このマスは文字通り、不幸なことが起きるよう注意なマスである。
「えっと…“配偶者の浮気が発覚。離婚する”」
「何!?」
「離婚!?」
ユーニが読み上げた文章に、タイオンとミオが再び立ち上がる。
その表情には驚きと期待の色が滲んでいた。
“浮気”という言葉の意味が分からないランツとセナは、互いに顔を見合わせて首を傾げる。
そんな彼らの様子を察したリクは、“不貞行為のことだも。クズ男がすることだも”とかなり曖昧な情報を与えた。
「じゃあノアってクズ男だったんだ…」
「最低だな。見損なったぞノア」
「だからゲームの中の話だろ!?」
「可哀そうなノア…。ほんとに可哀そう」
言葉では同情を寄せているが、ミオの口元には笑みが浮かんでいた。
どこか嬉しそうな彼女の表情に、ノアは少し傷ついた。
だが、まだノアの不幸は続く。リクからもたされた新情報によって。
「ちなみに離婚するにあたって慰謝料が発生するも。ノアはユーニに子供一人につき200万G支払うも。あと毎ターン養育費も払う必要があるも」
「てことは、200万×5人で1000万G!? しかも養育費まで…」
「ノアさん、子だくさんが仇になりましたも」
結婚関係が解消されると、共通財産をきれいに二等分した額が所持金となる。
そこから慰謝料を支払うわけだが、残念ながら二等分してノアの所持金となった額よりも慰謝料の方が多くなってしまっている。
つまり、赤字である。
「慰謝料も養育費も払えない…」
「なんだそれ!アタシが稼いだ金半分持って行かれたうえに慰謝料払えないってなんだよ!こちとら子供5人引き取ってるんだぞ!金払え!」
「無理なものは無理だ!金がない!」
「このクズ男!」
「その呼び方やめてくれ頼むから!」
何度目かの口喧嘩を始めるノア、ユーニ元夫妻。
そんな二人をなだめようと立ち上がるランツとセナ。
そして、痴話げんかが繰り広げられている真ん中でマップの板紙を見つめているミオ。
彼女はマップのマス目を数えて計算していた。
ノアがユーニと離婚した今、再び彼と結婚する好機がめぐってきた。
次に結婚マスに止まることさえ出来れば、ノアと結婚できる。
そのためには次のルーレットで12をぴたりと引かなければならない。
なかなかの確立だった。
必死な形相で頭の中で計算を繰り返すミオ。
そんな彼女の隣で、ノアのせいですっかり所持金が少なくなってしまったユーニは深くため息をつきながら椅子に座り直した。
「はぁ…。ノアのせいでアタシの所持金が…」
「災難だったなユーニ。もはや逆転の手は残されていないようだ」
タイオンの言う通り、ここまで所持金を失ってしまったうえ、養うべき5人の子供を抱えているユーニの状況では、億万長者であるセナやランツ夫妻、歌姫として人気絶頂なミオに追いつく手段はもはやない。
あきらめムードに入ってしまったユーニは、手元に散らばった自分の所持金に視線を落とし小さくつぶやいた。
「せめてタイオンが生きてたらなぁ…。結婚できたのに」
「ゆ、ユーニ…!」
彼女の言葉に目を見開いたタイオンは、勢いよくテーブルを両手で叩き立ち上がった。
全員の視線がタイオンに注がれる。
そしてタイオンは、対面に座っているリクに向かって懇願するように迫った。
「頼むリク!僕を生き返らせてくれ!不幸なシングルマザーになり果てているユーニを放っては置けない!」
「もも!? 急に何を言い出すも!?」
「ユーニ、君は僕が必ず幸せにしてみせる!もちろん子供も僕が責任を持つ!たとえノアとの子であっても…!」
「タイオン…お前…」
見つめ合うタイオン(故)とユーニ(バツイチ)。
彼らを纏う空気はまさに安いメロドラマの男女でしかない。
だが、これは所詮ゲーム。ルールの上に生きている彼らの駒は、そう簡単に融通の利くものではない。
「生き返りとか流石に無理も。この世は死んだらおしまいも」
「再生があるだろう!また1期からやり直せばいい!」
「都合のいい時だけアイオニオンルール持ち出すのはやめろも!」
わいいわいがやがや騒ぎ立てる6人。
その後もウロボロス6人の人生ゲームは続いた。
18ターンで終了したこの長いゲームは、最終的に政治家にまでのし上がったセナと、そんな彼女のすねをしゃぶりつくしたランツの勝利で終わった。
ミオは結局一度も結婚マスに止まることが出来ず、金はあるが孤独な生涯に幕を閉じた。
ノアに関しては最後の最後までギャンブルにのめりこみ、あれ以降一度も所持金が黒字になることなく終了。
そしてユーニは、5人の子供を育て上げ、経済的に困窮しながらも平穏な死を迎えた。
すべてのターンが終了したその瞬間、6人は力が抜けたようにその場にうなだれる。
「お前たち…何をしているんだ?」
ウロボロス6人にちょっとした仕事を依頼するため、彼らを訪ねてきたモニカ。
部屋に入った瞬間、うなだれた6人の姿が視界に入り面食らう。
疲れ切った表情を浮かべながら、頭を抱えたノアが反応した。
「モニカ…俺たち知らなかったよ」
「うん?」
「人間本来の人生は…こんなにもつらいものなんだな…」
「は…?」
何が起きたのか理解できないモニカは、ただただ首を傾げるしかなかった。
以降、ゴンドウから譲り受けた人生ゲームの箱が再び開封されることは一度もなかった。
END